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_/ _/_/ _/_/_/ The Globe Now: 一家の借金2千万 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/_/ 22,292部 H12.03.12 _/ _/ _/ _/ _/ _/ Japan On the Globe(129) 国際派日本人養成講座 _/_/ _/_/ _/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■1.四人家族あたり2,150万円の借金■ 平成12年度の予算を、平均的な四人家族あたりに直すと次 のような数字となる。[1] 収入:175万円 国債発行:109万円 支出:210万円 国債償還: 73万円 すなわち、支出が収入を35万円上回り、その分は国の借金 である国債の増加で補わねばならない。国と地方の借金を合計 すると645兆円となり、一家族あたり2,150万円となる。 2,150万円と言えば、上記の税収を中心とした政府収入 の12年分以上となる。35万円もの赤字を借金で補填してい る現状から見れば、現在の収支構造のままでは、借金返済は理 論的に不可能ということになる。 残された道は、増税による収入増、支出の削減、そしてイン フレによる借金残高の目減り、の3つしかない。たとえば、消 費税、所得税などをすべて2倍にして税収を350万円として も、仮に支出が210万円のままだとすると、毎年140万円 の返済となり、2,150万円完済までには、15年以上かか る。いずれにしろ、返済に20〜30年を要する住宅ローン並 の借金が、知らない間に積み重なってしまった、というのが実 状である。 ■2.民間資産1,200兆円は?■ これに対して、それほど心配するには及ばない、という議論 もある。まず民間の個人資産が1,200兆円あるとされてい る。四人家族あたりにすれば、4,000万円である。したが って、政府の借金が2,150万円あっても、国全体としては 資産の方が多く、まだまだ大丈夫という訳である。 しかし「何が大丈夫か」という点がくせ者である。それは単 に政府が国内で借金ができて、海外に頼らなくともよい、とい うだけのことなのである。民間の資産で、政府の借金が帳消し にできるわけではない。 民間の財布にある4千万円の個人資産を、政府が勝手に増税 で取り上げたり、借金を棒引きにすることは、社会主義国なら ともかく、自由主義経済の国では許されない。したがって、借 金をどう返済するか、という問題は、少しも「大丈夫」ではな い。 第二の反論は、政府にも資産がある、という点である。社会 保障基金残高、外貨準備などを含む預金、その他貸出金、出資 金である。特に財政赤字の国際比較では、社会保障基金を入れ ることが通常だが、日本では入れていない。アメリカが財政赤 字を解消したというのも、この社会保障基金の大幅な黒字が他 の赤字を埋め合わせているに過ぎない、という。社会保障基金 を入れて国際比較をすれば、日本の借金は、欧米よりもはるか にましである。[2] しかし、これとても、欧米よりは増しというだけで、社会保 障基金は黒字とは言っても、老齢年金など将来の支払いの決ま った資産であり、まして急速な高齢化とともに、年金制度、医 療保険自体が破綻のおそれがある。したがって、現在、黒字で あっても、財政赤字の埋め合わせには充てられないのである。 ■3.いずれ景気がよくなれば?■ 第三に、現在は財政赤字より、景気対策を優先すべきだ、と いう反論がある。景気が良くなれば、いずれ税収が増えて、借 金の返済ができる、という理屈である。 しかし、バブルの特別な期間をのぞいて、昭和50年以来、 好景気でも政府の借金は増え続けている。またバブルの時は、 財政赤字解消が一時的に達成されたとは言え、バブル崩壊後の 景気対策で、加速度的に借金が膨らんでいる。 不況の時は、赤字を出しても、公共投資で景気を刺激し、好 況になったら、借金を返済する、という理屈は、今までの財政 の歴史を見れば事実として成り立っていない。その歴史をたど れば、単に借金の問題だけでなく、我が国の政治の病根が窺え る。財政赤字の歴史をたどりつつ、この問題を考えてみよう。 ■4.田中角栄のバラマキ政治■ 昭和47(1972)年、首相となった田中角栄は、日本列島改造 論をぶち上げた。「工業の全国的な再配置と知識集約化、全国 新幹線と高速道路の建設、情報通信網のネットワークの形成」 などを謳いあげ、その財源として「積極的な財政金融政策」を 提唱した。 翌48年、田中角栄が組んだ予算は、一般会計予算14兆3 千億円、対前年24.6%増という伸び率では戦後最高の超大 型であった。そして予算の12%強にあたる1兆8千億を建設 国債でまかなった。 田中の大型予算の背景には、48年2月の変動相場制移行で 予想された円高不況克服のための景気対策があった。またアメ リカからの黒字べらしの圧力があり、公共投資による内需拡大 を図るという狙いもあった。さらに当時、各地に誕生した革新 自治体が福祉拡充を図ったため、自民党政府としても福祉予算 を増やさざるをえなくなった。 しかし、この大型予算と、ドル買い支えのために市場にあふ れた過剰資金が、年率20%以上もの狂乱物価を呼ぶ。さらに 48年11月、石油ショックが日本経済を襲う。苦境に追い込 まれた田中は、都市生活者を対象とした2兆円減税を行う。予 算規模の10%以上、さらに課税最低額を引き上げるという恒 久的な減税である。これは田中のバラマキ政治の典型であり、 また今日の財政危機の源とも言われている。 田中内閣時代に予算が膨れあがった所に、石油ショック不況 で税収が極端に落ち込み、ついに三木内閣時の昭和50年には、 赤字国債2兆3千億を含む、5兆5千億円の国債発行を余儀な くされた。本格的な財政破綻の始まりである。[3] ■5.福田赳夫の国際公約■ 昭和51年12月に首相となった福田赳夫は、翌年1月のロ ンドン・サミットで、カーター米大統領から、日独米の3カ国 が石油ショック後の世界経済の回復を引っ張るという「機関車 論」への協力を要求され、6.7%の経済成長を国際公約とし てしまう。そのために、福田は在任期間2年間に公共事業費を 34.5%も膨らませる「角栄型財政」を行った。 一方、国内では、与野党伯仲の勢いを借りて、景気回復を理 由に社会党などが1兆円減税を要求し、7300億円の減税を 実現させた。 結局、景気刺激も奏効しないまま、福田内閣の2年間で歳出 は25兆円から34兆円へと約4割増大し、国債発行残高も2 2兆円から、42兆円に急膨張した。[3] ■6.財政再建に倒れた大平正芳■ 続く大平内閣は、財政再建を訴えて、54年度予算では対前 年12.6%増と、14年ぶりの低い伸び率に抑えた。しかし、 それでも前年度を4割も上回る15兆円もの国債発行を迫られ た。 大平首相は、財政再建のため、一般消費税の導入を企てるが、 与野党の反対に阻まれて、衆院を解散。総選挙に挑むが、過労 による狭心症で倒れしまう。[3] ■7.臨調による「増税なき財政」再建路線■ 55年7月に誕生した鈴木善幸内閣で行政管理庁長官となっ た中曽根康弘の主導で、前経団連会長・土光敏夫を会長として、 臨時行政調査会(臨調)が発足、「増税なき財政再建」を打ち 出した。三公社(国鉄、電電、専売)の民営化、公共事業費・ 公務員定数の削減など、徹底的な歳出抑制を図り、58年から 61年までは一般歳出の伸びをゼロに抑えることに成功した。 しかし、54年に発生した第二次石油ショック後の世界的な 景気停滞による税収伸び悩みで、赤字削減には大きく貢献した ものの、赤字国債をゼロにするという財政再建は果たせず、こ の間も国債発行高の膨張は続いた。[4] ■8.バブル後の経済対策■ 昭和62年、日本経済は4.8%という高い成長率を達成し た。その後、平成2年まで、6.0%、4.4%、5.5%とバ ブルの狂宴が続く。その引き金となったのは、アメリカの巨額 の貿易赤字によるドル暴落を防ぐために、日本が2.5%とい う極端な低金利政策をとり続けたことであった。 バブルは同時に税収の伸びをもたらし、平成2年から4年間 は、赤字国債ゼロの財政再建を達成した。しかし、これはあく まで一時的な現象であり、バブル崩壊後は、不況対策のために、 次のような巨額の経済対策が矢継ぎ早に打たれる。 平成4年8月 宮澤内閣 10.7兆円 5年4月 13.2兆円 5年9月 細川内閣 6.2兆円 6年2月 15.3兆円 6月 大型減税 7年9月 村山内閣 14.2兆円 合計すると、平成4年からの5年間に、総額70兆円を超え る景気対策が行われたが、日本経済は順調な回復とはならなか った。巨額の税金投入だけでは、せいぜい景気の下支えとなる 程度で、本格的な景気回復にはつながらなかった。そのつけと して借金を急速に膨張させるただけであった。必要なのは、日 本経済の構造自体の改革であり、公共投資という物量対策だけ では、対処療法的な結果しか得られない、ということである。 バブル崩壊から5年目の平成7年、日本経済はようやく不況 から回復し、プラス成長と転じた。しかし、橋本内閣の財政構 造改革路線で、所得税特別減税の終了と、消費税2%引き上げ が実施され、さらに金融システム不安から景気は再び落ち込ん でしまう。橋本内閣は16.6兆円の経済対策を打つが、選挙 で惨敗し、退陣。平成10年7月に小渕内閣に替わるが、さら なる景気対策として、平成10年から3年連続の30兆円以上 の国債発行が続く。[5] ■9.どのような国を目指すのか?■ 以上で、冒頭で紹介したように、来年度で総額645兆円の 借金となるわけだが、これまでの経緯を見ると、借金の元凶と して次の3者が浮かんでくる。 ・ 景気対策として、ひたすら公共投資に予算をつぎ込む与党 ・ 人気取りのために、福祉拡大や減税を求める野党 ・ 貿易赤字対策のために内需拡大を求めるアメリカ そしてこの3つとも、田中内閣でのバラマキ政治にすでに原 型が見られるのである。それ以降、我が国は30年近くの間、 同じパターンを繰り返しては、借金を積み上げてきた。 財政改革のために消費税の創設や増額に取り組んだ大平内閣、 橋本内閣は、選挙で惨敗してしまう。わずかに自助努力で成果 をあげたのは、土光敏夫会長による臨調である。 目先の景気対策、福祉・減税のつまみ食い、アメリカからの 外圧回避といった対処療法にあけくれて、国債発行というモル ヒネをうち続けている間に、ついに借金漬けとなってしまった のが現在の財政危機だと言える。それは我々日本国民が、どの ような国を目指すのか、という長期的な志をもっていないとい う本質的問題の現れなのである。 ■リンク■ a. JOG(078) 戦略なきマネー敗戦 日本のバブルはアメリカの貿易赤字補填・ドル防衛から起きた。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) 1. 「大蔵原案内示 景気回復へ“背水の陣” 最後の大型予算 赤 字財政、臨界点近づく」、産経新聞、H11.12.20 東京夕刊 3頁 2. ★「日本経済常識のウソ」、東谷暁、文芸春秋、H10.10 3. ★★「百兆円の背信」、塩田潮、講談社文庫、S63.1 4. ★「国の借金」、石弘光、講談社現代新書、H9.2 5. ★「平成不況10年史」、吉田和男、PHP新書、H10.12
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