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     _/    _/_/      _/_/_/  Common Sense: 学力崩壊が階級社会を招く
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       _/  _/    _/  _/  _/_/                           22,884部 H12.03.26
 _/   _/   _/   _/  _/    _/  Japan On the Globe(131)  国際派日本人養成講座
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■1.Machine says so.■

     教育社会学専攻の藤田英典・東京大学教授が、ペンシルバニ
    ア大学の客員教授として、フィラデルフィアに滞在していた19
    83-4年頃の事である。ある日、インド人の同僚と昼食にハンバ
    ーガー・ショップに行った。ベーコン・チーズ・バーガーとス
    モール・サラダ・バーとコーヒーを注文すると、女の子がレジ
    に注文を打ち込み、1ドル39セントだと言う。

     教授はびっくりして、「ベーコン・チーズ・バーガーが1ド
    ル59セントでしょ。それにスモール・サラダ・バーとコーヒ
    ーだよ。それで1ドル39セントなの? 税込みで3ドル9セ
    ントじゃないの?」と言うと、女の子は、レジをもう一度、打
    ち直し、再び「1ドル39セント」だと言う。もう一度繰り返
    して言っても、「機械がそう言っている。 Machine says so.
    」としか、答えない。
    
     そうこうしている内に、教授の後ろには、5、6人の行列が
    できてしまった。店のマスターが出てきて、教授から事情を聞
    き、自分でレジに打ち込むと、やはり同じ答えが返ってくる。
    マスターはレジに鍵をかけて、女の子には他の機械を使うよう
    に言い、カウンターの隅で紙の上に計算を始めた。一の位から
    順々に計算していくので、もどかしい位に時間がかかったが、
    ようやく教授の暗算通り3ドル9セントという数字に達した。
    
     一緒に店に入ったインド人の同僚は、もうハンバーガーを半
    分ほど食べ終えていた。彼は「インドでもこういう事はない。
    アメリカの学校は、3R's(読み、reading、書き、writing、
    算数、arithmetic、の基礎学力)の教育をいいかげんにしてい
    るからだ」と言った。[1,p60]

■2.教育再建による『強いアメリカ』の復活■

     このような光景が、何年かしたら、日本でも広まるかもしれ
    ない。アメリカで80年代に問題となった学力崩壊現象が、今
    や日本でも起きつつあるからだ。その後、アメリカではこの反
    省から学力重視の教育改革が進められているが、現代の日本で
    は、その失敗を参考にすることもなく「ゆとり」教育が進めら
    れている。現代日本の学力崩壊を考える前に、まずアメリカで
    の前例を概観しておこう。
    
     アメリカでは60年代以降、特に高校で「暴力学園」化が問
    題となり、押しつけ的で画一的な公立学校のあり方に原因があ
    るとされた。70年代には「学校の人間化」がスローガンとさ
    れ、カリキュラムを選択制にして、自動車の整備や、各種ボラ
    ンティア活動などを単位として認める高校が増えた。

     その結果、冒頭のエピソードに見られたように青少年の基礎
    的学力の低下が顕著となり、1983年、レーガン政権のもとで、
    レポート「危機に立つ国家、Nationat Risk」が刊行さた。そ
    の中では、次のような問題提起がなされている。
    
    ・ 17歳人口の約13%は、機能的識字能力(社会的自立に
       必要な読み書き能力)に欠けており、その割合はマイノリ
       ティ(黒人その他の少数民族)では40%にも達している。
    ・ 大学入試委員会の進学適性テスト(SAT)の平均得点は、
       1963年から1980年まで一貫して低下している。
    ・ 全国の公立4年生大学における治療コース(十分な基礎学
       力のない学生に対する補習コース)の割合は、75年から80
       年にかけて、72%増加している。

     この時に見習うべきモデルとされたのが、日本の教育であっ
    た。当時、日本の中高生の学力は世界最高水準にあり、それに
    基づく高い技術力と労働者の質が、日本の経済的繁栄をもたら
    していると見なされた。
    
     報告書は「教育再建による『強いアメリカ』の復活」をスロ
    ーガンとし、全米各州で高校の卒業水準が引き上げられた。さ
    らに学校選択の幅が広げられ、学校間の競争が促進された。
    
     教育再建による「強いアメリカの復活」は、レーガン政権以
    降も、ブッシュ政権の「教育サミット」、クリントン政権の
    「2000年の目標・アメリカ教育法」として、引き継がれている。
    
■3.算数のできない大学生■

     こうして見ると、現在の日本の学級崩壊や不登校の激増は、
    アメリカの「暴力学園」現象に相当し、「ゆとり」教育が、
    「教育の人間化」のスローガンと符合していることが分かる。
    そして「危機に立つ国家」が指摘したのと同様の広範な学力崩
    壊現象が、近年、日本で急速に進んでいる。
    
     たとえば、早稲田・慶応など全国トップ・レベルの私大の文
    科系学生に次のような小中学校の問題を解かせた所、15%の
    学生が計算できなかった。[2]
    
        3x[5+(4-1)x2]-5x(6-4/2)=?
    
     中2で習う連立一次方程式では、正答率77%、中3の2次
    方程式に至っては、正答率8%という有様であった。[2,p14]
    
     駿台教育研究所などが実施した実態調査では、物理の授業に
    ついていけない工学部生や、基本的な数式が分からない経済学
    部生など、学生の学力低下について学内で問題視している学校
    が約7割にものぼることが明らかにされた。3割の大学・短大
    で高校レベルの補習授業を実施している。[3]
    
     学習指導要領では、昭和52年の改訂で教科内容を3割減ら
    し、さらに小中学校では平成14年、高校では15年から始ま
    る新教育課程では、学校完全週五日制および総合学習(生徒の
    自主的研究)の導入により、従来型の教科の学習時間はさらに
    3割削減される。合計で、教科内容は半減となる。
    
     この新課程を受けた最初の生徒が大学生となる2006年には、
    大学の教育・研究水準が大ピンチにおちいると、大学関係者は
    痛く心配し「2006年問題」なる造語さえ生まれている。

■4.学力も勉強時間も国際水準以下■

     かつては世界一だった国際ランキングも急速に落ちている。
    小学4年生の国際学力比較では、数学が16位、理科は23位
    である。シンガポールが両方とも1位で、かつての日本の地位
    を奪っている。アメリカは数学10位、理科4位と、完全に日
    本を抜いた。[4]
    
     これも当然で、まず授業時間自体が少ない。中学1年の数学
    は、日本の99時間対して、アメリカは146時間。さらに、
    塾も含めた校外学習時間の平均は2.3時間で、世界平均の3
    時間にも及ばず、調査参加39カ国中、下から9番目であった。
    十数年前に、学力世界一だった頃は、勉強時間も世界一であっ
    た。授業時間も、勉強時間も減ったので、成績も落ちたという、
    ごく当然の結果となっている。[2,p60、5]

■5.全員100点でないとおかしい■

     このような「ゆとり教育」の中心的推進人物である文部省大
    臣官房政策課長・寺脇研氏の考えを、その発言から探ってみよ
    う。寺脇氏は、大学関係者から問題視されている今回の学習指
    導要領改訂の狙いを次のように説明する。
    
         2002年からの学習指導要領では、分からないで出る子は
        一人もいないようにする。中学卒業時点で全員百点でない
        とおかしいんです。[6]
        
     また広島県の教育長時代には、高校の定員を希望者総数より
    も多くして、次のように自慢している。
        
         高校で学習したいという権利を行使したい人は、たとえ
        入学試験の点数がゼロ点でも入れます。[6]
        
     すなわち、中学卒業時点では誰でもが100点をとれるよう
    に学習レベルを落とし、高校に入りたい生徒はゼロ点でも入れ
    るようにする、というのである。ここには、中学生として、高
    校生として持つべき学力とは何か、という問いかけはどこにも
    ない。全員満点卒業、希望者全員進学という「絶対平等」実現
    のために、学習課程のレベルを落とし、とめどなく「ゆとり」
    を増やすのみである。

■6.あらゆる差別をなくす■

         いじめをなくすには、ひと言で言うと世の中のあらゆる
        差別をなくしていくことが必要です。差別を根絶するなど
        簡単にできることではありませんが、限りなくそこに近づ
        いていくことが教育のテーマだと思っています。[6]
        
    と氏は言う。これは徒競走の順位付けが差別を生み出すとして、
    足の速い子も遅い子も、全員手をつないで一緒にゴールインさ
    せる日教組の平等教育とそっくりだ。氏の見方では、成績表も、
    入学試験も、そして学力差を生むような教科内容自体が、差別
    を生み出す源なのである。
    
     実際に寺脇氏は職業教育課長だった平成4年、偏差値教育反
    対の立場から、中学の業者テスト追放の旗振り役を務め「ミス
    ター偏差値」の異名を持つ。
        
■7.アルバイターの子はアルバイター■

     「学力崩壊による国力低下」は、深刻な問題であるが、ここ
    では問わないことにする。米国での失敗と反省の歴史を事実に
    即して調べ、そして近年の日本の大学関係者の悲鳴を聞けば、
    現在の「ゆとり教育」が誤った方向を向いていることは、議論
    の余地がないからだ。
    
     ここで問題にしたいのは、寺脇研氏流の平等主義である。冒
    頭のハンバーガーショップのアルバイターを例に考えよう。舞
    台を寺脇氏が教育長をしていた広島県に移してみる。この女の
    子が結婚して、子どもを生む。アルバイターの貧しい収入では、
    とても私立などにやれないので、この子は公立高校にいくしか
    ない。
    
     昔なら東大に何十人も送り込む公立高があったので、貧しく
    とも努力して勉強すれば、奨学金を受けて望む大学に行くこと
    ができた。しかし、現在では寺脇教育長時代の「ゆとり教育」
    政策などによって、広島の公立高校全体でも、東大進学2名、
    京大3名という状態である(平成11年度)。この子がいかに
    秀才で努力家でも、裕福な家庭に生まれて小学校から塾に行き、
    私立の中高一貫教育を受けた子どもたちとの間には、超えよう
    のないハンディキャップが存在する。
    
     結局、富める家庭の子どもは、恵まれた私立校から一流大学
    に行って、ますます高収入の地位に進み、貧しい家庭の子ども
    は、学力もなく、アルバイターのような単純労働にしかつけず
    に、ますます貧しくなる。このような階級の固定化、不平等を
    我々はよしとすべきなのか?
    
■8.アメリカのような階級差別社会を目指すのか?■

     アメリカの教育改革は、学校間の競争を前提としているので、
    貧富の差が教育格差を生み、それがまた収入格差を拡大すると
    いう階級差別が、顕著になってきている。
    
     アメリカの最上位1%の家庭は、平均90億円の資産を持ち、
    全国民の資産の40.1%を保有している。逆に下位20%の
    家庭の純資産は、平均マイナス80万円強(すなわち借金)、
    次の20%はたかだか104万円、合計しても、40%の人口
    で国民全体の0.5%の資産しか持っていない。
    
     さらに悲惨なのは、83年から95年の間に、上位1%の家庭の
    資産は17.4%増加しているのに対し、次の4%はかろうじ
    て0.5%の増加、残りの95%はすべて資産が減少している
    ことだ。貧弱な学力しかない一般大衆は、アルバイターなどの
    単純労働にしかつけず、貧しいために学力もつけられない、と
    いう悪循環にはまっている。[7]
    
     寺脇氏は、「ゆとり教育」では学力が低下して困る、という
    意見に対して、

         そんな身勝手な言い分なんか、放っておきましょう。つ
        めこみ式の勉強をしなければ合格できないような、高偏差
        値の大学を受けようという生徒など全体の一割にも満たな
        いのです。そのごく一部の生徒のために、他の大多数の子
        どもを犠牲にしてかまわないと言ってはばからない大人な
        んて、身勝手としか言いようがありません。[6]
        
     と言うが、氏の平等思想は、アメリカのように1割の高学
    力・富裕階級が、9割の低学力・貧困階級を支配する階級差別
    社会をもたらすのである。
    
     明治以降の日本の公教育のすぐれた点は、どんなに貧しい家
    庭に生まれても、本人の才覚と努力で、優れた、しかも学費の
    安い公立校に入ることによって、立身出世の道が開かれていた
    ことだ。また一方では学歴はなくとも、仕事に励んで腕の良い
    職人にでもなれば、親方として尊敬され、それなりの収入を得
    られる道もあった。このような「機会の平等」こそが、わが国
    の社会的理想であり、また活力の源泉でもあった。
    
     寺脇氏流の「結果の平等」思想は、貧しい家庭の子どもたち
    の自己実現の機会を奪い、愚民として平等化することである。
    それは国家の活力を奪うだけではなく、国民の平等という理想
    をもねじまげるものだ。我々は本当にそのような階級差別社会
    を望んでいるのであろか?

■リンク■
a. JOG(071) ビル・トッテン氏の警鐘
   米国は、少数の富裕階級が富を独占し、大半の労働者階級を搾
  取する階級社会になってしまった。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. ★★「教育改革」、藤田英典、岩波新書、H9.6
2. ★★★「学力崩壊」、和田秀樹、PHP研究所、H11.8
3. 産経新聞、H11.05.26、「最高学府今は昔 学生学力実態調査 
   7割の大学で問題視」、東京朝刊、29頁
4. 「第3回国際数学および理科教育調査の再分析」、UCLA評価研
   究センター、The 21、H11.11より引用。
5. 「『ゆとり教育』が子どもをだめにする」、和田秀樹、正論、
   H11.11
6. 「日本の教育を牛耳る寺脇研の正体」、八木秀次、「諸君」、
   H11.10
7. “Recent Trends in Wealth Ownership,”エドワード・ウォル
   フ、1998消費者金融に関する連邦準備調査(ホームページ抹消)

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