[トップページ] [平成12年一覧][Media Watch][070.14 報道と政治宣伝]


---------------Japan On the Globe(147)  国際派日本人養成講座
        _/_/         
         _/         Media Watch: 言葉狩り〜祭りの後で
        _/
  _/   _/  「神の国」発言に対する「言葉狩り」はヒステリック
   _/_/     な言論弾圧を煽り、世論の深化への道を封じた。
-----------------------------------------H12.07.16  26,162部

■1.騒ぎの後に残ったものは?■

         森喜朗首相の口から耳を疑うような言葉が飛び出した。
        「日本は天皇を中心とする神の国であることを、国民にし
        っかり承知いただく」
         国民主権に基づいて国会で選ばれた首相が、自らその根
        本原理を否定するような発言を行った。事態は深刻かつ重
        大である。[1]
    
     この朝日新聞社説が言うところの「深刻かつ重大」な事態は、
    結末もはっきりしないまま、総選挙が終わると、まるで台風一
    過のように、忘れ去られようとしている。一体、あのお祭り騒
    ぎは何だったのだろう?
    
     あれだけマスコミや国会で大騒ぎをしながら、何も残らない
    のでは、我が国の国政は一向に進歩し得ないことになる。どう
    も現代日本におけるこうした政治的論議には、本質的な欠陥が
    あるようだ。今回は「神の国」騒ぎを例に、どこがどうおかし
    いのか検証してみたい。

■2.「神の国」発言は「国民主権の根本原理」否定?■

     冒頭の朝日の社説で、森首相の発言のどこが問題か、述べて
    いるのは、次の一節である。
    
         戦前の日本では、天皇と神が結びつけられ、神聖な天皇
        を中心とする国家が国民を統治していた。それが、軍部に
        よる独走を許す素地となり、多くの国民が犠牲になった。
        アジアの人々にも惨禍をもたらした。
         
         その反省から戦後の日本は、天皇と政治の関係を断ち切
        り、国民主権を確立することで再生のスタートを切った。
        政経分離の原則が掲げられたのも、国家神道による弊害を
        繰り返すまいとしたからだ。
        
         この歴史の流れと、国民主権の価値の重さを自覚すれば、
        「天皇を中心とする神の国」などという発想がそう簡単に
        出てくるはずはあるまい。その分別がつかないとしたら、
        首相としての適格性が問われよう。[1]
        
     おそらく、首相発言の原文を読まずに、この社説だけ読んだ
    読者は、いかにも森首相が戦後の国民主権や政教分離の原則を
    踏みにじった発言をしたように受けとめるだろう。事実はどう
    か。

■3.森首相の「言いたいこと」は?■

     森首相が、「言いたいこと」、「一番大事なこと」として発
    言されているのが、以下の二つの節である。

         言いたいことは私は、人の命というものはお父さまお母
        さまから頂いたもの、しかし、もっと端的に言えば神様か
        ら頂いたものだ。神様から頂いた命は、まず自分の命を大
        切にしなければならないし、人様の命もあやめてはならな
        い。ということが基本でなければならない。その基本のこ
        とがなぜ子供たちが理解していないのか。いや、子供たち
        に教えていない親たちや学校の先生や社会の方が悪いんだ
        といえば、私はそのとおりだと思う。・・・
        
         お父様、お母様から頂いたことは間違いない。しかし、
        この人間の体ほど、不思議なものはない。これは神様から
        頂いたものということしかない。そうみんなで信じようじ
        ゃないか。神様であれ、仏様であれ、それこそ天照大神で
        あれ、神武天皇であれ、親鸞聖人さんであれ、日蓮さんで
        あれ宗教は心に宿る文化なんですから。そういうことをみ
        んな大事にしようということをもっと教育の現場で何で言
        えないのかなあ、「信教の自由だから触れてはいけない」
        のか、そうではない。信教の自由だからどの宗教も、神も
        仏も大事にしよう。ということを学校でも社会でも家庭で
        も言うということが私はもっともっと今の日本の、精神論
        から言えば一番大事なことではないか、こう思うのです。

     これを読めば分かるように、森首相の主張点は、最近の青少
    年がゲーム感覚で人を殺したりするのは、人の命の大切さを教
    えられていないことが原因であり、それを是正するためにも人
    間の命の不思議さを感じさせ、神仏への敬虔な心を身につけさ
    せよう、という事である。
    
     朝日新聞が論じたような天皇主権や、国家神道などという話
    とは、およそかけ離れた「教育問題」がテーマなのである。冒
    頭の朝日の社説は、この点については一言も触れずに、「天皇
    を中心とした神の国」という言葉尻だけをとらえて、「深刻か
    つ重大」と非難しているのである。

■4.意図せざる受けとリ方をされる危険■

     読売新聞の社説は、全く別の角度から論じている。
    
         まことに軽率、というべきだろう。「日本の国は天皇中
        心の神の国であることを国民に承知してもらう」という森
        首相発言のことである。・・・
        
         もちろん、森首相には、憲法の基本原理である国民主権
        を否定するつもりなどは、なかったであろう。
         発言の後半では、さまざまな宗教を挙げながら「どの宗
        教の神も仏も大事にしようと学校でも社会でも家庭でも言
        うということが、今の日本の国の精神論から言えば大事」
        と述べている。
         全体としての発言の本筋は、天皇を「現人神」とした戦
        前の国家神道的な意味合いではないことがわかる。[2]

     と、首相発言の真意をきちんと押さえながら、
    
         それでも、これに「神の国」といった言葉がからめば、
        意図せざる受けとリ方をされる危険が増す。
        
     と、不要な騒ぎを起こした発言の軽率さを批判している。ま
    ずは「大人の」良識あるコメントである。
    
■5.野党や朝日は電車の中のゴロツキ!?■

     しかし、この読売の論法では、「意図せざる受けとリ方」を
    して、騒ごうと待ちかまえている野党や、朝日新聞を含む野党
    的マスコミは、どうしようもない連中として、あきらめている
    かのようだ。
    
     たとえば、電車の中でゴロツキとたまたま目があって、因縁
    をつけられた場合に、目を合わせるような「軽率さ」が問題だ、
    というのと同じ論法である。たしかにその「軽率さ」は改める
    べきだろうが、その前に電車の中にそういうゴロツキがいるこ
    と自体が、もっと大きな問題ではないのか。
    
     本講座は、朝日新聞に代表される日本の一部マスコミが、ど
    うしようもないゴロツキではなく、将来、報道機関としての健
    全な使命と見識を取り戻すことを期待するがゆえに、以下、森
    首相の「軽率さ」はさておき、朝日新聞の姿勢を中心に批判す
    る。
    
■6.「言葉狩り」で貧弱になっていく政治的思考■

     まず、朝日新聞が何を根拠に首相批判をしているのか、を見
    てみると、唯一の理由として述べられているのは、

         この歴史の流れと、国民主権の価値の重さを自覚すれば、
        「天皇を中心とする神の国」などという発想がそう簡単に
        出てくるはずはあるまい。

     という一節である。これを裏返せば、「天皇を中心とする神
    の国」というような事を言うこと自体、「この歴史の流れと、
    国民主権の価値の重さ」を理解していない証拠だ、というので
    ある。
    
     このように首相の発言の真意も脈絡もひたすらに無視して、
    ある言葉を使ったこと自体が問題だ、とする「言葉狩り」は、
    政治的思考の貧弱化を招くだけだと、学習院大学の坂本多加雄
    教授は、次のような分かりやすい比喩で批判している。
    
         もし、将来、首相の誰かが、「社会主義にも良いところ
        があった」と発言したとして、その途端「数千万人の犠牲
        者を出したソ連の収容所群島を肯定するのか、取り消せ」
        という騒ぎが起きたとすればどうだろうか。今日「社会主
        義」という言葉がたまたま禁句になっていないだけで、今
        回の問題はそうした騒ぎと同じた。
        
         こうヒステリックに反応していくと、形式的に無害な言
        葉にだけ囲まれて、日本の政治言語と政治的思考は貧弱に
        なっていくし、政治的活力がなくなり、日本の政治はどん
        どんだめになっていく。[3]
    
■7.首相に理念を語らせない「言葉狩り」■

     もう一つの首相批判の根拠らしきものは、翌18日付け社説
    での次の主張である。
    
         憲法の根幹を否定し、近代立憲主義の考え方を疑うよう
        な議論は、学問や思想の世界ではありえよう。しかし、現
        行の法と制度の執行責任者である首相は厳につつしむべき
        だ。首相は自ら、この禁をやぶった。・・・
    
         森氏の考える「日本の悠久の歴史と伝統文化」や「日本
        の国の精神論」への理解を国民に促したいのなら、民間人
        か、せめて、一議員の立場に戻ってから取り組むべきであ
        ろう。[4]

     首相は「現行の法と制度の執行責任者」と朝日新聞は言うが、
    それでは憲法改正を主張するような人間は、首相になってはい
    けないことになる。現行憲法には、憲法改正条項もあるのだか
    ら、たとえ首相が改憲を提案し、そのための発言や行動をして
    も、何ら憲法違反ではない。より良い政治を実現するために憲
    法を改正しようとするのは、政治家としての当然の責務である。
    
     朝日新聞は、つねづね自民党の歴代首相の施政方針演説を、
    「理念がない」、「官僚的答弁に過ぎない」などと批判してき
    た。首相が当たり障りのない発言に徹すると「理念がない」と
    批判し、自分の考えになじまない理念を示すと、「禁をやぶっ
    た」などと大騒ぎする。
    
     ということは、朝日の好む理念を語るしか、首相にはその批
    判を逃れる道はないという仕組みになっているのである。一介
    の営利民間企業が一国の首相に対してそのような政治的影響力
    を持つのは、民主主義の「根本原理の否定」ではないのか。
    
     マスコミが今回のような大騒ぎをすると国政が停滞するので、
    賢明な首相は、当たり障りのないことしか言わない「執行責任
    者」になってしまう。かくて、国際外交の場でも、理念を語ら
    ない、顔のない日本首相しか登場しないことになる。日本の首
    相が国際社会でいかにも存在感が希薄なのは、「言葉狩り」に
    よって、自由に首相に理念を語らせない国内マスコミにも責任
    がある。

■8.朝日新聞と雪印乳業■

     朝日新聞が「言葉狩り」に走らず、森首相の発言の中身自体
    にきちんと反論をしていけば、国民全体にとって、もっと有益
    な議論が発展したはずである。
    
     たとえば森首相は「天皇を中心とする」とは、憲法第一条の
    「国民統合の象徴である」という意味で語ったと弁明していが、
    それに対しても朝日新聞は、「どう弁明しても、憲法の国民主
    権の原理と相入れない」と決めつけた。
    
     この論法で行けば、「天皇は国民統合の象徴」と定めた日本
    国憲法第一条自体が、憲法の根本原理を否定していることにな
    ってしまう。この点について、長谷川三千子・埼玉大学教授は
    次のように述べている。
    
         そもそも天皇と国民とは互いに国政の権力をめぐってあ
        い争う存在であって、その争いの中で国民が勝ちをしめる
        のが「国民主権」だと考えているとすれば、たしかにその
        ような「国民主権」と「天皇を中心とする神の国」という
        考え方とは、真っ向から対立することになるでしょう。
        
         しかし、そのような「国民主権」は、同時に日本国憲法
        第一条とも真っ向から対立せざるをえません。天皇とつね
        にあい争っている国民が、他ならぬその天皇を自分たちの
        統合の象徴とするなどというのは、ただ端的な矛盾と言う
        べきでしょう。[3,p129]

     この矛盾を解消するためには、憲法第一条廃止という改憲に
    向かわねばならない。朝日新聞はそこまで主張するのだろうか。
    
     このような議論をしていけば、我が国の歴史伝統に根ざした
    「国民主権」のあり方、そこでの「象徴天皇制」の持つ意味に
    ついて、国民全体の政治常識を大いに深めたに違いない。
    
     しかし朝日新聞が行った「言葉狩り」は、ヒステリックな言
    論弾圧を煽り、このような世論の深化への道を封じてしまった。
    言葉狩りによって、国民の政治常識を害する情報を販売してい
    る新聞社は、国民の健康を損なう牛乳を販売した雪印乳業と同
    様に、企業の社会的使命に反している事を認識しなければなら
    ない。

■リンク■
a. JOG(044) 虚に吠えたマスコミ
   朝日は、中国抗議のガセネタを提供し、それが誤報と判明して
  からも、明確に否定することなく、問題を煽り続けた。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 「社説 森首相の適格性を疑う『神の国』発言」、朝日新聞、
  H12.05.17
2. 「社説 軽率な森首相の『神の国』発言」、読売新聞、H12.05.17
3. 「日本は『神の国』ではないのですか」、加持伸行編著、H12.8、
  小学館文庫
4. 「社説 事はいよいよ重大だ」、朝日新聞、H12.05.18

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「言葉狩り〜祭りの後で」について       田邊さんより

     私は常々マスコミの責任と言うことに関心を持っております。
    政府であれ企業であれ警察や軍のような組織であれ,明白な失
    敗に対してはそれなりの責任を取ります。ところがマスコミは
    絶大な力を持ちながら,決して責任を取ろうとはしません。

     先の大戦の後,高級軍人で責任を取って自決した人は沢山い
    ましたが,さんざん戦争を煽った新聞を始めとするマスコミは
    軍部に強制されたと言う逃げ口上を使って謝罪もせず,マスコ
    ミ人では誰一人として自決した人はいませんでした。更には軍
    部への協力を拒否して廃刊した大手新聞社があったとは寡聞に
    して知りません。

     マスコミはいかなる権力にも屈しないと偉そうなことを言い
    ますが,例えば北朝鮮と言う場合にいちいち朝鮮民主主義人民
    共和国と正式名称を麗々しく唱えるのは北の圧力に負けたこと
    を証明する以外の何者でもないと思います。要するに強いもの
    には尻尾を巻き,弱いものや叩いても安全と思うものは徹底的
    に叩くと言う,まさに学校内のいじめと同じ構造です。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     かつての朝日新聞記者だった稲垣武さんの「朝日新聞血風
    録」(文春文庫)によれば、歴代首脳の中で一柳東一郎社長は
    群を抜いて良識に富んだ人だったそうです。しかしこの人は平
    成元年のサンゴ落書き事件(朝日のカメラマンがサンゴに「
    K・Y」と落書きをした上で、「サンゴ汚したK・Yって誰
    だ」という自作自演の記事をでっち上げた)の責任をとって、
    潔く辞任しました。
    
     立派な人が責任をとるような辞めていってしまう一方で、立
    派でない人が言葉狩りでも捏造記事でも責任をとらずにやり放
    題、というのが実態なのでしょうか。

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