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-----Japan On the Globe(168) 国際派日本人養成講座---------- _/_/ _/ 地球史探訪:日米開戦のシナリオ・ライター _/_/ _/ _/_/_/ 対独参戦のために、日本を追いつめて真珠湾を _/ _/_/ 攻撃させようというシナリオの原作者が見つかった。 -----H12.12.10 3,950部------------------------------------ ■1.ルーズベルトの裏口戦略■ フランクリン・ルーズベルト大統領は、その絶大な権力 を使って、ついに米国を日本との戦争にまきこむことに成 功した。そのことは、米国を欧州における戦争に参戦させ るというルーズベルトの最終目的を達成させることであっ た。・・・ ルーズベルトは、われわれをだまし、いわば 裏口からわれわれをドイツとの戦争にまきこんだのである。 [1,p19] 開戦当時の共和党下院リーダー、ハミルトン・フィッシュ議 員が自らの著書で語った言葉である。本誌96号「ルーズベルト の愚行」では、このフィッシュ下院議員やアメリカ陸軍参謀本 部ウェデマイヤー大将の著書から、ルーズベルト大統領が「欧 州の戦争には巻き込まれない」という選挙公約を破って対独参 戦を果たすために、日本を開戦に追い込んだ、という根強い史 観がアメリカにあることを紹介した。 真珠湾攻撃から55年、ようやく公開され始めた当時の公文 書の山の中から、遂に日本を開戦に追い込むためのシナリオを 描いた証拠書類が発見され、ロバート・B・スティネットの著 書"Day of Deceit"[2]で公表された。 スティネットが明らかにした陰謀と諜報の世界は凄まじい。 米国が押しつけた日本国憲法前文は「平和を愛する諸国民の公 正と信義に信頼して」と謳うが、当の米国大統領が何をしたの か、スティネットの発掘した事実から考えてみたい。 ■2.海軍情報部極東課長アーサー・H・マッカラム■ 1940年夏、ヨーロッパ大陸を席巻し、英国をも打倒しようと いうナチスの勢いにルーズベルト政権は危機感を抱いていた。 英国が敗北すれば、中南米諸国でもファシスト革命が起こり、 アメリカはドイツから直接脅威を受ける恐れがある。しかし、 国民の88%は、第一次大戦の反省から、欧州の戦争に巻き込 まれるのを嫌っていた。 この秋の大統領選では、ルーズベルトは再選の立候補の際に、 決してヨーロッパの戦争には巻き込まれない、という公約をし て、かろうじて当選した有様だった。 1940年9月27日の日独伊3国同盟締結に、海軍情報部極東 課長アーサー・H・マッカラムは絶好の機会を見いだした。 日本を追いつめて、アメリカに宣戦布告させれば、自動的にド イツ、イタリアも対米参戦せざるをえなくなり、ルーズベルト の公約を破ることなく、アメリカはドイツと戦えるのである。 3国同盟締結のわずか2週間足らずの後、10月7日付けで、 マッカラムは8項目からなるメモを作成し、ルーズベルトの側 近に提出した。日本に生まれ、育ったマッカラムは、どうすれ ば、日本を開戦にまで追いつめることができるか、知り尽くし ていた。 ■3.対日挑発のアクション・プラン■ マッカラムの提案した8項目とは、以下の内容である。 A 英国と交渉し、太平洋地域、特にシンガポールの英軍 基地の利用許可を得る。 B オランダと交渉し、オランダ領東インド(現在のイン ドネシア)の基地および物資の利用許可を得る。 C 中国の蒋介石政権に可能な限りの援助を行なう。 D 遠距離航行能力を有する重巡洋艦一個戦隊を極東、フ ィリピン、またはシンガポールに派遣する。 E 潜水艦艦隊二隊を極東に派遣する。 F 現在、太平洋に配置している米艦隊主力をハワイ諸島 近辺に維持すること。 G オランダが日本の経済的要求、特に石油供給に関して 不当に屈しないように主張すること。 H 英国による対日禁輸措置と協力して、アメリカも日本 に対する全面的な通商禁止を行なう。 このメモにはルーズベルト自身のサインはないが、その後の 対日挑発はほぼこの提案通りに実行されていった。 ■4.8項目の実行■ 項目Aの通り、英国の太平洋における軍事基地の利用許可を 米国は得た。項目Bのオランダとの軍事協力に関しては、日本 軍の無線盗聴に関して緊密な協力体制が築かれた。項目Cの蒋 介石への軍事援助は一段と強化された。 項目Dの極東への重巡洋艦隊派遣は、翌41年7月、豊後水 道に2隻の巡洋艦を接近させるという形で実現した。ここは帝 国海軍の練習海域であり、海軍の駆逐艦が発見して、日本政府 は「国際法違反だ」と駐日大使グルーに抗議を行った。 項目Fの太平洋艦隊のハワイ駐留は継続され、項目Eの「潜 水艦艦隊二隊の極東派遣」は、マニラへの潜水艦24隻の配備 として、年明けに実行された。Gのオランダによる石油その他 原材料の禁輸も原案通り実施に移された。 最後の項目H、米国からの完全禁輸は、1941年7月に実行さ れた。しかし、この完全禁輸の前の時期には、ホワイトハウス は石油輸出を制限しつつも、日本への輸出許可を与えていた。 これにより、7月時点では日本は2年分の石油備蓄をしていた。 1941年当時、日本の空母10隻に対して、アメリカの太平洋 艦隊は7隻であり、当面日本の優位が続くと見られていた。し かし、2年後にはアメリカは100隻もの空母を建造して、反 攻に移れると計算していた。日本に2年分の石油備蓄を許した のは、戦争を決意させるには十分だが、最終的な勝利を得るの は不可能、という周到な計算の結果であった。 ■5.「おとり」の太平洋艦隊■ 項目Fでの米艦隊ハワイ駐留は、日本に軍事的威嚇を与える と同時に、絶好の攻撃目標を与える事を狙いとしていた。太平 洋艦隊は、日本軍の動きも知らされずに、「おとり」としての 運命をたどらされる。 そもそも米艦隊の母港は真珠湾ではなく、西海岸であった。 1040年4月に訓練のために、一時的にハワイに駐留したのだが、 ホワイトハウスからは、そのまま当分ハワイに留まることを指 示された。 リチャードソン提督は、ハワイには基礎的な訓練施設も、補 給施設も、補修設備もなく、また兵員を家族から離しておく事 による士気低下を考えて、西海岸に戻すことを要求していたの だが、ルーズベルト大統領はそれを許さなかった。提督は、直 接大統領に会って、ハワイに留まることの不合理さを訴えたが、 大統領は耳を貸さなかった。 提督は、さらに日本は軍人が支配しており、艦隊をハワイに 置くことの軍事的意味を見抜くはずなのに、大統領と国務長官 ハルはこの事を考慮に入れていない、とこぼしているが、実は 大統領の戦略がまさしくこの点を考慮に入れたものであったこ とを、リチャードソンは気がつかなかった。 これはマッカラムのメモが書かれる前であるが、米艦隊を真 珠湾に置いて、日本を威嚇しつつ、おとりにしようという項目 Fのアイデアは、すでにルーズベルトも抱いていたようだ。 ルーズベルト大統領に逆らったリチャードソン提督は、41年 2月の太平洋艦隊創設とともに更迭され、海軍少将ハズバン ド・E・キンメルが後任に指名された。キンメルは何も知らさ れないまま「おとり」にされ、最終的には真珠湾攻撃の責任を 追求されて降格される。 ■6.筒抜けになっていた日本の動き■ 帝国海軍の山本五十六提督は、マッカラム・メモの3ヶ月後、 昭和16(1941)年1月には、日米開戦の場合はまず真珠湾の米 艦隊を叩く、という戦略を固め、その詳細検討を始めていた。 しかし、この情報はすぐに米大使館が掴み、1月27日には、 駐日大使グルーが国務長官ハルに、日本軍の真珠湾攻撃計画に ついて情報を送っている。 ハルから情報を受け取ったマッカラムは、自らの対日挑発が 予想通り進んでいることを確認したが、キンメル提督には「海 軍情報部は、この『うわさ』には信憑性がないと判断する」と いう分析を送った。「おとり」には、そのまま真珠湾で日本軍 の攻撃を受けて貰わねばならないからである。 同年3月からは、海軍のスパイ吉川猛夫が、森村正の仮名で ハワイの日本領事館に駐在し、真珠湾での艦船の停泊位置、お よび陸軍飛行場での航空機の種類などを調べ、東京に通報して いた。その暗号電文22通のうち、19通は傍受・解読され、 真珠湾が日本の攻撃対象になっていることが確認されたが、ワ シントンは森村を開戦2日前まで泳がせ、諜報活動を続けさせ た。 9月末には、日本は陸海軍戦力を中国から引き揚げ始め、同 時に世界中の商船を呼び戻し始めた。これは部隊や物資の輸送 に備えるためである。無線傍受でこれらの動きを逐一掴んでい たマッカラムは、日本の開戦準備が新たな段階に達したと判断 した。 11月2日の御前会議では、昭和天皇が「事態が謂う如くで あれば、作戦準備も止むを得なかろうが、何とか極力日米交渉 打開を計ってもらいたい」と憂慮の言葉を述べられたが、外交 が行き詰まって開戦に至れば、劈頭に真珠湾攻撃を行うという 山本提督の案が了承された。しかし、この情報は翌日にはグル ー大使から、ハル国務長官に伝えられている。宮城にもアメリ カの諜報の手は伸びていたようである。 ■7.真珠湾の「受け入れ準備」完了■ 11月25日、第一航空艦隊が真珠湾攻撃に向けて出発する のと同時に、ワシントンから米国、および同盟国のすべての艦 船に対して、北太平洋の航行を禁じる、という指示が出された。 キンメルは独断で「演習」と称して、日本海軍の動きを察知す るために、ハワイ北方に偵察用の艦船を配置していたが、ホワ イトハウスはこれを中止させた。 翌26日には、キンメルは空母2隻で航空機をウェーキ、お よび、ミッドウェイに輸送するよう命ぜられた。2隻の空母が 19隻の新鋭艦に護衛されて真珠湾を出発すると、残るは第一 次大戦の遺物のような老齢艦ばかりとなった。 ハワイに近づきつつある日本の第一航空艦隊は、所在位置を 秘匿するため無線封止を命ぜられたが、実際には悪天候下での 位置確認などのために無線発信を行っており、ワシントンは 129件の無線を傍受して、時々刻々の位置を把握していた。 ワシントンの現地時間で12月6日午後3時、日本の宣戦布 告文が14部に分割されて、順次ワシントンの日本大使館に送 信されたが、それらは同時に傍受・解読されて、午後9時30 分にルーズベルト大統領のもとに届けられた。大統領は「これ は戦争を意味する」と語った。「先手を打って迎え撃っては」 との側近の提案に大統領は頷きながらも「いや、それはできな い。我々は民主的で平和的な国民だ」と答えた。 電文の最後に宣戦布告を翌7日午後1時(真珠湾では午前7 時30分)と指定した部分は、その3時間前、午前10時に大 統領のもとに届けられたが、ルーズベルトは別に驚いた様子も なくそれを読み、何のコメントもしなかった。 ■8.リメンバー・パールハーバー■ ワシントンでのこのような動きをまったく知らされていなか ったキンメル提督は、その日曜の朝9時30分からゴルフの予 定をしていた。しかし7時45分に日本の潜航艇が真珠湾入り 口で発見されたという電話があり、急いでオフィスに向かおう と自宅で運転手を待っていたキンメルの目の前で、帝国海軍の 爆撃が始まり、戦艦アリゾナは巨大な火の玉となって爆発した。 7時52分に始まった攻撃は、9時35分に終わり、米太平 洋艦隊は艦船16隻が大破、航空機188機が破壊された。ワ シントンから何の情報もないまま、艦船に待機していた将兵達 は予期しない空襲に、死者2273人、負傷者1119人とい う大損害を受けた。 「リメンバー・パールハーバー」の声は米国全土に響き渡り、 従軍希望の青年達が各地の陸海軍の募兵所で長い列を作った。 米国議会は翌8日に日本に対する宣戦布告を決議し、3日後に はドイツ・イタリアへの宣戦布告も行った。こうして日本を追 いつめ、真珠湾をおとりにして、第一撃を打たせ、それによっ て、ドイツとの戦いに参戦しようというマッカラムが描いたシ ナリオは、ルーズベルトによって見事に演ぜられた。 著者ロバート・スティネットは、以上のような情報をワシン トンが今日まで秘匿してきた事は批判しながらも、対独参戦の ためにこのような決断をせざるを得なかったルーズベルトの困 難な立場に同情的である。しかし、 日本を挑発して、数百万人もの犠牲者を出さしめた戦争 に引きずり込むという決定の倫理的正当性は、これから長 年に渡って様々な立場から議論されていくだろう。本書で はこのようなジレンマを解決することはできない。 [1,p259] と述べている。「リメンバー・パールハーバー」は、日本人 の立場からも忘れてはならない言葉である。 ■リンク■ a. JOG(096) ルーズベルトの愚行 対独参戦のために、米国を日本との戦争に巻き込んだ。 b. JOG(116) 操られたルーズベルト ソ連スパイが側近となって、対日戦争をそそのかした ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) 1. 「日米・開戦の悲劇」、ハミルトン・フィッシュ、PHP文庫、 H4.12 2. "Day of Deceit", Robert B. Stinnett, The Free Press, H12 (邦訳)「真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々」、 ロバート・B・スティネット、文藝春秋、H13 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「地球史探訪:日米開戦のシナリオ・ライター」について Y.Tさん 米国でいわゆる修正主義者と呼ばれる歴史家がルーズベルト 謀略説を唱えており,正統派の歴史家との間で盛んに論戦を展 開していることは良く知られています。 しかしながら,仮にルーズベルト謀略説が本当だとしても, その謀略に見事に引っかかった我国の指導部のだらしなさと言 うか,レベルの低さと言うか,余りにナイーブな発想は情けな くなります。 我国が数百万の犠牲を払い,明治維新以来営々と築いてきた 国際的地位を失うと言う空前の事態になりながら,根本的なと ころでの反省と言うか失敗の原因の追求がなされなかったこと は極めて嘆かわしいことだと思います。 失敗の原因を追求しなければ同じ失敗を繰り返すことになり ます。あれだけの犠牲を払いながら,我国は何一つ学んでいな いのではないでしょうか。 Naokoさん(アメリカ在住) 今年のクリスマス(だったと思います)に"パールハーバー" というタイトルのハリウッド映画がアメリカで公開になります。 そのプレビューを見た日にさっそく友人たちと討論がはじまり ました。 たとえRobert Stinnettの説が事実であったとしても、アメ リカの大半の人は耳を傾けようとはしないでしょう。アメリカ 人のプライドの高さと、"アメリカはいつも正しい。" という 性格にいまだにカルチャーショックを受けます。 ■ 編集長・伊勢雅臣より 日本人も、アメリカ人も、歴史の事実を直視して、真の反省 をするのはこれからなのでしょう。それだけにスティネットの ように歴史の事実を学問的に掘り起こそうとする姿勢には、敬 意を抱きます。
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