[トップページ] [平成13年一覧][Common Sense][234 ドイツ・中欧][329.5 国際交渉・調停]

-----Japan On the Globe(172)  国際派日本人養成講座----------
          _/_/   
          _/     Common Sense: 言挙げの方法
       _/_/                       〜松原久子氏に学ぶ
_/ _/_/_/        国益貫徹の冷たさを美しく包む言語を豊かに
_/ _/_/        発達させてきた国際社会を生き抜く方法とは
-----H13.01.14  3,1587部------------------------------------

■1.ドイツでの論戦■

     松原久子氏は、ドイツ・ゲッティンゲン大学院でヨーロッパ
    文化史を専攻、小説や評論などドイツ語の著書を多数出版され、
    さらにドイツの新聞やテレビで活発な発言を続けている。
    
     その松原氏が、ドイツの全国テレビで「過去の克服−ドイツ
    と日本」をテーマにした討論番組に参加された。ドイツ代表は、
    日本も戦時中、中国、朝鮮、東南アジアで市民を殺戮したから
    ホロコーストは日本の問題でもある、と発言した。松原氏はす
    かさず、こう反論した。
    
         日本にはアジアの特定民族を絶滅することが優秀な日本
        人の使命だという論理は存在せず、日本政府がそうした論
        理に基づく政策を立てたことはかつて一度もなく、占領し
        た地域で目的の民族をしらみつぶしに探し出して、もっと
        も効果的に安上がりに殺すべきだといった発想そのものが
        日本人の思惟方法には存在しない。ドイツの犯したホロコ
        ーストは戦争とは全く無関係の次元にある殺戮だ。[1]
        
     ドイツのテレビ番組で、これだけ明快、かつ論理的に主張す
    る日本人がいたとは、うれしい驚きであった。

■2.言挙げの方法■

     このエピソードにはさらに後日談がある。テレビ局からの帰
    りで、ケルン駅で列車を待っていると、人ごみの中から中年の
    女性が近づいてきて、「我々のテレビで我々の悪口を言う者は
    これだ。日本に帰れ」と言うなり、松原氏の顔に平手打ちを食
    らわせ、消えていった。
    
     次のテレビ出演の時に、松原氏はこの事件を手短に話し、ド
    イツには今もって言論の自由がないから、身を守るため沈黙す
    ると宣言した。すると、放送中に80件以上もの電話があり、
    局を通してたくさんの花束がお見舞いとして届けられた。その
    一つには「あなたの言うことは腹立たしい。でも本当だから仕
    方ない」と書かれたカードがついていたという。
    
     わが国は「言挙(ことあ)げ」をしないこと、すなわち、言
    葉に出して言い立てず、「以心伝心」や「沈黙は金」を美徳と
    する伝統がある。国際会議でも日本の代表は、3S、すなわち、
    Smile、Silent、Sleepだと阿諛されるほどであるが、それでは
    国際社会ではやっていけない。
    
     松原氏は大変な経験をされたわけだが、これによって多くの
    ドイツ人に対して、日本の戦争犯罪とドイツのホロコーストと
    を同一視する過ちを認めさせた氏の「言挙げ」に対して、謝意
    と敬意を表したい。同時に、このような「言挙げ」の方法は、
    国際社会で生きる日本人が大いに学ぶべき術であると思う。
    
■3.国際社会を動かす方法■

     松原氏は近著「言挙げせよ 日本」でこう説かれている。

         日本は今やあらゆる摩擦の渦中にいる。それは技術力に
        根ざした経済力が他を凌ぎ、他にとって脅威となれば当然
        起こりうる摩擦である。別に日本のみが叩かれているわけ
        ではない。ただ、それをいかに乗り越え、禍を福に転じて
        いくかが大切なのであり、そのためにはヨーロッパとアメ
        リカの歴史をこの観点から一度じっくり辿ってみる必要が
        ある。
        
         今日国際社会を動かす方法や手段は長いヨーロッパの歴
        史の中で培われ、後にアメリカへ移植されたのだが、日本
        人には全く異質な考え方、わかったようでわからないやり
        方が多く、それがあたかも世界の常識であるかのごとく行
        き渡っている。
        
         それらを知り、心得た上で、それでは日本をどうすれば
        よいかを考えていきたい。[2,p11]

■4.アメリカを助けるなどという甘い考えは、、、■

     松原氏が「国際社会を動かす方法」について、開眼したのは
    チューリヒで開かれたヨーロッパ経済会議の基調講演に招かれ
    た時のことである。講演の後、二百人あまりの経済専門家たち
    の中から次々に質問があったが、その中の一つが松原氏を愕然
    とさせた。
    
     日本人が一生懸命もの作りに精を出し、良質の製品をアメリ
    カへ輸出して得た富をアメリカ長期国債に投資している。それ
    はすべてドル建てであり、ドルが下落すれば、その財産価値も
    減ってしまう。日本人はそのリスクを考えないのか、という質
    問であった。
    
         日本はアメリカと友好関係を保つ必要上、赤字にあえぐ
        アメリカに日本の金を投資して助けることはまず当然とい
        うか、友好国の使命と思っているのではないか。
        
    と松原氏が答えると、聴衆はあきれた表情で、
    
         アメリカを助けるなどという甘い考えは国家間を律する
        論理ではない。助けることによってこちらもそれ以上の利
        潤を得ているならまだしも、、、
        
    といった意見が次々に寄せられた。
    
■5.個人道徳と「国家間を律する論理」は違う■

     彼らは、別に日本の見方をしている訳でも、反米で団結して
    いる訳でもない。国家間の協力とか友好の本質は、利害関係の
    均衡にあり、利害を抜きにした親米も反米も意味はない、とい
    うのが欧米の発想である。特に「国家間を律する論理」という
    表現に注目すべきである。
    
         個人同士、友人同士が友好関係を保つには、正直、親切、
        誠実、寛大といった倫理が大事である。ところが国家間の
        友好においては、そういった個人同士の倫理は無意味であ
        る。[2,p58]

     1498年フィレンツェ共和国の書記官に就任して以来、食うか
    食われるかのヨーロッパ社会の中で、軍事・外交を担当したマ
    キアベリはこう喝破した。

     ヨーロッパ諸国は、こうして個人道徳とは異なるレベルで、
    国益貫徹の冷たさを美しく包む言語を豊かに発達させ、自由と
    民主主義、平和と繁栄、福祉と人権など、美しい言葉を繰り返
    しつつ、自国の利益を守り、かつ他国との利害関係の均衡を図
    っていった。[2,p12]

■6.アメリカの「美しい言葉」■

    「美しい言葉」で飾りつつ、国益を追求するという手口の実際
    を見てみよう。アメリカは、テキサスからカリフォルニアに至
    る広大なメキシコ領土を戦争で奪い、ハワイ王国を乗っ取り、
    フィリピンをスペインから奪った。これらを正当化した「美し
    い言葉」が、「明白なる天意 Manifest Destiny」である。非
    白人劣等民族の領土を植民地化することによって、文明をもた
    らすことは、神からアメリカに与えられた「明白なる天意」と
    言うのである[a]。 同様の事を、イギリスは「白人の責務 Whi
    te Man's Burden」と称した。
    
     また中国市場に割り込むための名分として、各国の経済的機
    会均等を求めた「門戸開放」主義を唱えた。その一方では、南
    北アメリカ大陸をヨーロッパ勢力から隔離する「モンロー主
    義」を主張していた。明白な二重基準である。
    
     第2次大戦では、連合国側を「民主主義陣営」とか、「平和
    愛好国」と呼び、枢軸国側を「ファシズム陣営」として、世界
    の民主主義をファシズムから守るための戦いだと位置づけた。
    フィンランド、ポーランド、バルト諸国を侵略したソ連も「平
    和愛好国」の一員なのである。[b]
    
     アメリカは民主主義の国だけに、「美しい言葉」を他国との
    交渉だけでなく、自国民を説得するためにも使う必要があり、
    現実と建前のギャップがより大きくなる傾向が強いのである。

■7.ルールの蔭の国益追求■

     国際的ルールや法律も、公正な見かけのかげで、実は冷徹な
    利益追求の動機を隠している場合もある。たとえば、アメリカ
    はメキシコからカリフォルニア州を奪った後、そこに住んでい
    たメキシコ農民達に「税金はすべて金銭で支払うこと」という
    簡単な法律を課した。
    
     しかし、それまで産物で納税していた農民達は現金を持って
    いない。税金を払えない農民達は抵当として土地を奪われ、追
    放された。その土地を東部の資産家達が二束三文で買い取って、
    巨富を築いた。実はこの税法は彼らが議会を動かして成立させ
    たものであった。
    
     これは今もアメリカが国際社会でよく使う手口である。たと
    えば貿易黒字を続ける日本は市場を解放していないからだとし
    て、次々と罰則を作り、制裁を加える。さらにIWC(国際捕
    鯨委員会)のような国際機関も、国益追求の道具にされている
    場合がある。[c] 近年よく唱えられる「グローバル・スタン
    ダード」も、自国に有利な基準を押しつける場合の「美しい言
    葉」として使われている場合が多いので要注意である。

■8.騙す人、騙される人■

     個人間の倫理と、国家間の論理がまったく異なるということ
    は、日本国内にいる日本人にとっては、何とも理解しにくいこ
    とである。「過去の侵略に対して心からの反省がないから、真
    の和解ができないのだ」などという主張も、「心から謝れば、
    許してくれるはずだ」という日本での個人間の倫理を、そのま
    ま国際社会に投影したものである。

     特に日本国内では「騙すより騙される方が良い」などと言わ
    れるほど、「正直、親切、誠実、寛大」といった個人的な倫理
    が重視される。「騙される方が悪い」という国際社会とのギャ
    ップが、これほど大きい国も珍しい。ここに日本人が国際社会
    で活躍する上で克服しなければならない大きな課題がある。
    
     それでは、我々は「騙される方が良い」という国内の美徳を
    捨てて「騙される方が悪い」という国際社会に従っていかねば
    ならないのだろうか?
    
    「正直、親切、誠実、寛大」といった徳目が重視され、同胞を
    信頼できる社会とは、我々の父祖が長い年月をかけて築きあげ
    てきた大切な財産であり、幸福な国民生活の基盤である。国際
    化のためにそれを失っては、本末転倒である。しかし、この美
    徳を失わずに、騙し合いの国際社会で互してことは可能なのだ
    ろうか?
    
     ここで冒頭に紹介した松原氏の「言挙げ」の例がよいお手本
    となる。「ドイツのホロコーストと、日本の戦争犯罪とは、本
    質的に異なるものである」という主張は、相手を騙すために事
    実を曲げて「美しい言葉」で語ったものではない。事実を正確、
    かつ雄弁に語ったのものである。そしてそれは「あなたの言う
    ことは腹立たしい。でも本当だから仕方ない」とドイツ人に認
    めさせるほとの論理的な説得力を持っていた。
    
     松原氏の「言挙げ」とは「美しい言葉」で私利私益を追求し
    ようと言う「騙しのテクニック」とは本質的に異なるものだ。
    国際社会においても「正直、親切、誠実、寛大」を基本として、
    堂々と正論を主張し、かつ騙そうとする国を論破する「言挙げ
    の方法」を我々は身につけなければならない。

■9.「騙しのテクニック」と戦う「言挙げ」■

    「騙さず、騙されず」を貫いた言挙げの見事なお手本をもう一
    つ紹介しておこう。中国は他国と国交樹立する際に、「台湾が
    中国の一部であることを認めよ」と要求する。それに対するカ
    ナダ政府の回答の中に、次のような一節があった。
    
         中国政府が台湾を実効支配していれば、外国と国交樹立
        する際に、中国の領土であるとの承認は不要である。それ
        は米国が他国と国交を結ぶ時に、ハワイが米国の領土であ
        るとの承認を得る必要がないのと同じである。[3]
        
     つまり中国が「台湾を中国の一部と認めよ」と要求する事自
    体が、「台湾を実効支配していない証拠」である、というので
    ある。これは中国の主張の欺瞞を見事についた「言挙げ」であ
    る。
    
     こうした言挙げをした上で、カナダ政府は「台湾は中国の一
    部」という主張を認めるのではなく、「テイク・ノート」しよ
    う、と答えた。これはノートに書きとめる、すなわち、その主
    張自体は認めないが、そう主張したという事実には「留意」し
    ましょう、ということである。
    
     日本の戦争犯罪とドイツのホロコーストを並べ立てて、少し
    でも自国の罪過を相対化しようとするドイツ人の欺瞞。実効支
    配もしていない台湾を自国領だと言い張る中国人の傲慢。こう
    した「騙し」のテクニックと戦うために、我々は「正直、親切、
    誠実、寛大」を基盤とした「言挙げ」の方法を身につけていか
    ねばならない。
        
■リンク■
a. JOG(014) Remember:アメリカ西進の歴史
   アメリカは、自らが非白人劣等民族の領土を植民地化すること
  によって、文明をもたらすことを神から与えられた「明白なる天
  意」と称した。 
b. JOG(117) フィンランド、独立への苦闘
   ヒットラーのドイツとスターリンのソ連にはさまれ、フィンラ
  ンドは孤立した。
c. JOG(097) クジラ戦争30年
  捕鯨反対運動は、ニクソンの選挙戦略から始まった。

■参考■(お勧め度、★★★★:一般向け〜★:専門家向け)
1. 「アジア人の顔」、松原久子、正論、H13.1
2. 「言挙げせよ日本」★★★、松原久子、プレジデント社、H12.6
3. 「陳水扁政権誕生の意義を考える」、伊藤潔、明日への選択、
    H12.6
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「言挙げの方法」について            Joji WATANABEさんより

     私は、国際石油資本に10年、その後、アメリカ系のコンサ
    ルティング会社を経て独立し、ODAのコンサルティングを1
    0年以上しています。

     その経験から得られた結論は、欧米豪諸国は、「騙しのテク
    ニック」や「言挙げ」どころか、自国の利益のためには、意図
    的に日本や日本経済をPunish(罰する)をすることに躊
    躇ないという点です。もちろん、他の正当に見える理由を使い
    ますが。

     今回の松原久子氏の議論と関連しますが、私達日本人は、国
    際社会での議論や仕事の方法を改善することが必要であると思
    っています。特に、日本の政治家や政府官僚、なかでも、大蔵
    省、文部省などは、国際競争(経済戦争)状況を考えずに、我
    々国民の財産を無駄に使ってきています。

     自国の利益を守り、場合によっては、相手をやり込め討論を
    するためには、英米大学の修士課程を卒業する程度では、不十
    分です。ビジネスの中で、ディベートの経験をつみ、論理性あ
    る議論をできるようにする訓練が必須です。同時に、良い意味
    での自国の歴史に対するプライドとサムライ精神を取り戻し、
    欧米人から見てガッツある態度も重要だと思います。国際社会
    では、根幹となる文化や思想が、相手から尊敬をうけるための
    必須の要素です。
            (IEDI: 国際教育推進機構 http://www.iedi.org/ )

■ 編集長・伊勢雅臣より

     近年、ディベートの訓練を取り入れる企業が増えてきました
    が、これは論理的な自己主張を習得すると同時に、欧米文化の
    一端を理解するうえでも良い経験になります。
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