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-----Japan On the Globe(192)  国際派日本人養成講座----------
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          _/     Common Sense: 持てど使えぬ集団的自衛権の怪
       _/_/      
_/ _/_/_/         憲法上、集団的自衛権を行使できないとする
_/ _/_/          のは、国会対策のための解釈変更だった。
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■1.横須賀沖で、アメリカの軍艦を助けたら、、、■

         しかし、これまである人たちの解釈によると、横須賀沖
        の公海で・・・自衛隊と米海軍が一緒に行動しているときに、
        アメリカの軍艦がやられた。それを日本が助けると、それ
        は集団的自衛権の行使になるから憲法違反であるという。
        ・・・
        
         もっとひどいのは、そういう状況中でアメリカ兵が負傷
        した場合、それをわれわれが日本の野戦病院なり軍艦で治
        療し、治ったらアメリカに渡してしまうと、それはアメリ
        カの戦力の増強になるから集団的自衛権の行使で憲法違反
        だという解釈です。[1,p95]

     元総理大臣・宮澤喜一氏の発言である。「集団的自衛権」と
    は「他国が武力攻撃を受けた時、自国が攻撃されていなくとも、
    その他国を援助し、共同して防衛する権利」である。たとえば
    1948年にベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、フランス、英
    国が結んだ「ブラッセル条約」が「集団的自衛」を謳っており、
    一国が武力攻撃を受けた場合には、残りの国は「できる限りの
    すべての軍事的及び他の助力及び援助を与える」と取り決めて
    いる。
    
     日本国憲法で集団的自衛権の行使が禁じられているとして、
    一緒に行動していた自衛隊の護衛艦がアメリカの軍艦を見殺し
    にし、また負傷したアメリカ兵の手当まで拒否したら、米国の
    世論は激高するだろう。それでもアメリカは日米安全保障条約
    に従って日本を護ってくれるだろうか?

■2.アメリカに日本の防衛義務はない■

     日米安全保障条約にはアメリカ軍が日本の防衛義務を負うと
    は書いていない。肝心の第5条の原文は以下の通りである。

         各締結国(JOG注: 日本とアメリカ)は、日本国の施政
        の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃
        が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認
        め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って、共通の危険
        に対処するように行動することを宣言する。
    
    「共通の危険に対処する」、約束されているのはこれだけだ。
    ブラッセル条約の「できる限りのすべての軍事的及び他の助力
    及び援助を与える」とは大きな違いである。
    
     だから、横須賀沖の敵艦がその後、東京をミサイル攻撃した
    としても、日本政府の非協力ぶりに怒った米軍が何もせずに
    「敵艦の動向はレーダーでよく監視して、日本政府に情報を流
    す事で『共通の危険に対処』した」と強弁しても、安保条約に
    は違反せず、日本政府は文句を言えないのである。こうなった
    ら、何のために基地を提供し、膨大な駐留経費(思いやり予
    算)を負担してきたのか、と日本の世論も沸騰しよう。
    
     従って、ある国が日米安保条約を崩そうと思ったら、当然こ
    のシナリオを考えるだろう。日本国内で「集団的自衛権行使は
    憲法違反だ」という世論を煽って自衛隊の手足を縛り、その上
    で冒頭のように米軍だけを攻撃すれば良い。集団的自衛権の問
    題は日米同盟に致命的な亀裂を生む楔になりうるのである。

■3.国家の生まれながらの権利としての集団的自衛権■

     現在の集団的自衛権に関する内閣法制局の見解は、以下の通
    りである。(昭和56(1981)年5月29日答弁書)

         わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有して
        いることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第
        9条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国
        を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきもので
        あると解しており、集団的自衛権を行使することは、その
        範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えてい
        る。
        
     国際法上、集団的自衛権が認められているのは明らかだ。
    国連憲章第51条は「この憲章のいかなる規定も、国際連合加
    盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、・・・個別的、集団
    的自衛の固有の権利を害するものではない」としている。
    
     また日本が連合国多数派と結んだサン・フランシスコ平和条
    約においても、「連合国としては日本国が主権国として国際連
    合憲章第51条に掲げる個別的又は集団的自衛権の固有の権利
    を有すること・・・を承認する」と明記されている。
    
     人が生まれながらの人権を持っているように、国家も生まれ
    ながらの固有の権利として、「個別的、集団的自衛」の権利を
    持っているというのが、今日の国際社会の常識である。したが
    って集団的自衛権を行使できないということは、基本的人権の
    半分を自ら放棄しているのと同じような大胆な主張なのである。
    こんな政府見解を持っているのは、世界でも日本だけである。
    [2,p124]

■4.旧・日米安保条約で明記されていた集団的自衛権行使■

     それでは、本当に日本国憲法は集団的自衛権行使を禁止して
    いるのか? この問題は歴史的経緯に即して見てみると、分か
    りやすい。
    
     昭和47(1972)年、政府が参議院決算委員会に提出した資料
    では、「政府は従来から一貫して、、、(集団的自衛権行使は
    憲法違反)との立場に立っているが」と述べている。あたかも
    日本国憲法制定以来、内閣法制局の解釈が堅持されてきたよう
    な書きぶりであるが、事実はそうではない。
    
     昭和26(1951)年に締結された旧・日米安保条約の前文には
    次のような一節がある。
    
         (サン・フランシスコ)平和条約は、日本国が主権国と
        して集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承
        認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が、個別的お
        よび集団的自衛の固有の権利を有していることを承認して
        いる。
        
         これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のため
        の暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するた
        め、日本国内およびその付近にアメリカ合衆国がその軍隊
        を維持することを希望する。
        
    「これらの」、すなわち「個別的および集団的自衛」の権利の
    「行使」として、この旧安保条約が結ばれたと明記されている。
    平和条約で認められた「集団的自衛権」を行使することは、当
    然の権利であり、それが憲法違反だなどという認識はなかった。
    日本国憲法にも、「集団的自衛権行使を禁ずる」というような
    明文規定はないのだから、これは当然の解釈である。
    
■5.憲法に制限されてはいるが、集団的自衛権は保持■

     昭和35(1960)年、安全保障条約が改定されたが、この新
    条約でも、前文に、
    
         両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固
        有の権利を有していることを確認し、
        
    という明確な一節があった。これに噛みついたのが社会党であ
    る。集団的自衛権を認めることは、たとえばアメリカが朝鮮半
    島などで交戦した場合、自衛隊の半島派遣も認められてしまう
    恐れがある、それは日本を戦争に巻き込む道だ、という論法で
    ある。33万人もの大群衆が国会を包囲するという60年反安
    保騒動を背景に、社会党は岸内閣を追求した。それに対して、
    当時の岸首相は、こう答えている。
    
         他国に行って日本が防衛するというようなことは、これ
        は持たない。しかし、他国に基地を貸して、それと自国の
        それと協同して自国を守るというようなことは、当然、従
        来集団的自衛権として解釈するという点でございまして、
        そういうものはもちろん日本として持っている、こう思っ
        ております。

     集団的自衛権とは、他国に行ってそこを守る、というだけで
    はない。日本近海で在日米軍が攻撃されたら、自衛隊もともに
    戦う、さらには、給油や物資補給、負傷者の手当てなどの援助
    も行う、こういう形での集団的自衛権は当然、日本は持ってい
    る。憲法によって制限は受けるものの、集団的自衛権は保持し
    ている、というのが当時の政府解釈であった。

■6.国会対策のための解釈変更■

     それから10年後、安保条約は日米どちらかが通告すれば、
    その後1年で終了できる時期を迎えた。これを手ぐすね引いて
    待っていたのが、社会党を中心とする反安保勢力だった。
    
     全国の大学で学生ストライキが多発する中で、60年安保騒
    動の二の舞を何としても避けようとする佐藤内閣が、集団的自
    衛権への追求をかわそうとして提出したのが、すでに紹介した
    「政府は従来から一貫して、、、(集団的自衛権行使は憲法違
    反)との立場に立っているが」という昭和47(1972)年の「資
    料」である。
    
     ここでは「集団的自衛権の行使は憲法違反」との新しい解釈
    を示し、さらにそれを「従来から一貫して」と偽っている。
    これが現在までの「集団的自衛権違憲論」の発端であるが、そ
    れは、社会党を黙らせる為の「アメ玉」として、従来からの解
    釈を変更したものであった。
    
     さらに社会党参議院・水口宏之議員から安保条約前文に「集
    団的自衛の固有の権利を有している」と書いてある点をつっこ
    まれ、苦し紛れに考え出したのが、「権利は保有しているが、
    憲法が行使を禁じている」というアクロバット的な理屈だった。
    
     旧安保条約に遡れば「権利の行使として」という一文がある
    のだが、これは頬被りで通した。

■7.集団的自衛権を「親の敵」視するトライアングル■

     この苦し紛れの「違憲論」は、いたく野党の気に入り、野党
    はこの説への反論をついぞ唱えなかった。いわば、社会党の主
    張を先取りしたものと言えよう。この内閣法制局による新解釈
    は朝日新聞や国際法学者からも支持されてきた。
    
     朝日新聞の論説主幹を務めたこともある中馬清福は、その著
    書の中で「集団的自衛権は、国連創設時に早くも芽生えていた
    米ソ対立が生んだ一種の奇形児であって、必ずしも国連憲章の
    精神に沿ったものとはいえない」とまで言う。国連憲章に明記
    されているものを、「奇形児」だの「その精神に沿ったもので
    ない」とまで非難して、まるで「親の敵」のように集団的自衛
    権憎しの情を隠さない。
    
     1986年、ニカラグア政府が米国の軍事的介入を国際司法裁判
    所に提訴した時に、米国は集団的自衛権で反論した。その判決
    文の「(国際連合)憲章自体が慣習国際法の中での集団的自衛
    権の存在を証明している」という一節について、日本の小田滋
    は、世界から集まった15人の裁判官中ただ一人、この説に疑
    義を表明した。集団的自衛権に関する国際社会の見解と、わが
    国の国際法学者の学説がいかに異なっているのか、象徴的に示
    した出来事であった。
    
     こうして、内閣法制局、朝日新聞、国際法学者のトライアン
    グルにより、国際社会とはかけ離れた社会党好みの「奇形児」
    的な「集団的自衛権・行使違憲論」が生み出され、育てられて
    きたのである。

■8.「集団的自衛権・行使違憲論」の矛盾■

     このようにややこしい解釈を断ち切るには、いっそのこと改
    憲して、集団的自衛権を持つことを憲法に明記すべきだという
    考え方がある。民主党の鳩山由紀夫などの主張であるが、現行
    の解釈が「従来から一貫して」「憲法違反」であるとの法制局
    の詐術に見事に引っかかっている。
    
     憲法改正を議論することは大切だが、それにかこつけて現行
    解釈の欠陥を棚上げにしてしまう事は、今後の改憲論議自体を
    ねじ曲げてしまう恐れがある。現行の「集団的自衛権・行使違
    憲論」が、法理論的にもいかに矛盾を孕んでいるか、を見てみ
    よう。
    
     第一に、現在の解釈では、わが国は集団的自衛権を「国際法
    上は持っているが、憲法上行使できない」と、保有と行使を分
    けた議論をしているが、それでは当然「憲法上、保有している
    のか?」という疑問が残る。3節で引用した昭和56年「答弁
    書」当時の法制局長官・角田禮次郎はこの質問に対して、
    
         集団的自衛権は一切行使できないという意味においては、
        持っていようが、持っていまいが同じだ
        
    とはぐらかしている。これは法制局としては絶対に答えたくな
    い質問なのである。「持っていない」と答えるならば、保有を
    謳った安保条約そのものが憲法違反となってしまい、「持って
    いる」と答えれば、「憲法上、持っている権利を、同じ憲法が
    行使を禁じている」という絶対矛盾に陥ることになる。
    
     第二に、集団的自衛権は武力行使に留まらないことを認識す
    る必要がある。朝鮮半島有事や中台危機の際に出動する在日米
    軍に対して、その基地を寄与し、世界最高水準の艦船補修技術
    を提供し、膨大な駐留経費を負担しているだけで、米軍の作戦
    行動への絶大な協力であり、これ自体が立派な集団的自衛権行
    使なのである。集団的自衛権行使が憲法違反なら、その違反は
    現在も時々刻々行われている訳である。現行解釈はこの現実か
    ら目をそらしている。

     健全な改憲論議の前提としても、このようなまやかしの現行
    解釈は正されなければならない。さしあたり「集団的自衛権は
    保持しているが、その範囲は憲法9条によって制限されてい
    る」という岸内閣当時の解釈に戻り、その制約とはどのような
    ものであるべきか、という議論をしていくことが正道だろう。
    それは「解釈変更」ではなく、かつて行われた「誤った解釈変
    更の是正」なのである。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(076) PKO常識のある人、ない人
b. JOG(084) 気がつけば不沈空母

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 中曽根康弘、宮澤喜一、「改憲 VS. 護憲」★★★、朝日文庫、H12
2. 佐瀬昌盛、「集団的自衛権」★★、PHP新書、H13.5
   
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mag2:28,055 melma!:1,911 kapu:1,842 Pubzine:1,389 Macky!:951
 

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