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-----Japan On the Globe(194)  国際派日本人養成講座----------
          _/_/   
          _/     Common Sense: 「新しい歴史教科書」を読む
       _/_/             〜共感とともにたどる我が父祖の歩み〜
_/ _/_/_/         無味乾燥な暗記物と思っていた歴史が、これ
_/ _/_/          ほど面白いものだったのか!
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■1.「新しい教科書」ぶり■

     市販されてベストセラーとなっている扶桑社の「新しい歴史
    教科書」の「新しさ」の一端は次の文章にも窺われる。
    
         第一に、欧米列強の植民地支配圏の拡大は、明治維新の
        あともずっと続いていた。日本が独立を維持して、大国の
        仲間入りを果たすまでの歴史は、列強の進出と同時進行で
        おこったことだった。北には、不凍港を求めて南下してく
        る、最大の脅威ロシアがあった。明治の日本人はどんなに
        か心細かったであろう。
        
     最後の「明治の日本人はどんなにか心細かったであろう。」
    という一文で、当時の日本国民の置かれた状況に遙かな思いを
    寄せている。それはあたかも孫が静かな愛情を持って、自分の
    祖父の若かりし頃を偲ぶような口振りである。
    
     従来の「古い教科書」を見ると、たとえば日本書籍の「中学
    社会 歴史的分野」(平成9年版)では、
    
         政府は日本を欧米の国々のような強国にしようと考え、
        富国強兵の政策を進めた。1873年には徴兵令を定め、国民
        に兵役を義務づけた。男子は20歳になると徴兵検査を受
        け、3年間、軍隊に入れられることになった。
        
     として、以下、6行ほど、「民衆」がいかに徴兵制を逃れよ
    うと抵抗したかが書かれている。
    
     まるで冷厳な検察官が犯罪者の調書を作成するような、突き
    放した、冷たい、そして憎しみを押し殺したような書きぶりで
    ある。父祖の歩みを共感を持って辿るのと、自らを検察官とし
    て過去を断罪するのと、この姿勢の違いは大きい。そしてそこ
    から見えてくる歴史の実像もまた大きく違ったものになる。幕
    末から明治にかけての時代を取り上げて、見てみよう。

■2.アヘン戦争の衝撃■

         清がイギリスに敗れ、香港を割譲し開国したという情報
        は、「オランダ風説書」(JOG注:オランダの商館長が提出
        する海外の情報)をとおしてわが国にただちに知らされ、
        幕末の指導者や知識層に深い衝撃を与えた。
        
     アヘン戦争は、欧米列強勢力がついに東アジアにまで及び、
    大清帝国すら屈服させたという重大事件であった。扶桑社版で
    はアヘン戦争終結の5年後に刊行された「海外新話」の中で、
    大英帝国の世界にひろがる領土を図示した頁を写真で紹介し、
    「日本で、アヘン戦争の情報は刊行物として民衆にも伝えられ
    た。」と記している。[a]
    
     日本書籍版では、アヘン戦争を「イギリスの侵略と中国の抵
    抗」として紹介しているが、その後半ではその後の太平天国の
    乱での農民の武装蜂起を詳しく紹介している。農民蜂起を詳述
    するのは中国共産党による「階級闘争史観」では適当だろうが、
    わが国とは直接何の関係もないこの事件について、扶桑社版で
    は当然ながら省略されている。逆に、アヘン戦争でわが国が受
    けた「衝撃」については、日本書籍版では一言も触れられてい
    ない。

■3.尊皇攘夷運動を生んだ「屈辱感」■

     嘉永6(1853)年6月、ペリーに率いられた米国艦隊が浦賀の
    沖合に姿を現した。扶桑社版では「軍艦には計100門近くの
    大砲が積まれ、いつでも発射できるように準備されていた」と
    し、さらに戦争になった場合の降伏用の白旗をペリーが幕府に
    渡していたエピソードをコラムで紹介している。幕府はペリー
    の威圧に屈して、ついに日米和親条約を結んで開国した。[b]

         日本がアメリカの武力の脅しによって開国させられたこ
        とは、当時の日本人、とりわけほこり高い武士にとって屈
        辱的なことだった。幕府が通商条約に調印したのは、朝廷
        の意向を無視し外国に屈服したことになるとの批判が、武
        士のみならず庶民の間にもわき上がった。幕府批判の動き
        は、朝廷を盛り立てる尊皇と、外国を打ち払うべしとする
        「攘夷」が結びついた、尊皇攘夷運動に発展していった。
        
     アメリカの武力に屈服して、開国させられた「屈辱」が、独
    立維持を求めるエネルギーとなって、幕府の権威失墜と「尊皇
    攘夷」運動のきっかけとなった事が述べられている。
    
     これに対して日本書籍版では、
    
        「攘夷」の考えは、天皇を尊ぶ「尊皇」の考えと結びつき、
        下級武士たちや民間の志士たちのあいだに、尊皇攘夷の運
        動が広がっていった。
        
    と説明するが、幕府がアメリカの武力の脅しに屈した時の「屈
    辱」感に思いを致さなければ、なぜ「攘夷」の動きが起こった
    のか、そしてそれがなぜ「尊皇」に結びついたのか、理解でき
    ない。「攘夷」は狂信的な排外主義であり、「尊皇」は無知蒙
    昧なる復古主義としか、生徒の目には写らないだろう。

■4.「公」に立つ叡智のドラマ■

     扶桑社版の目立つ特徴の一つは、見開き2頁を使って人物を
    紹介したコラムだ。幕末には、「勝海舟と西郷隆盛−江戸の町
    を戦火から救う」と題して、二人の江戸城開城談判の様子を描
    いた絵画を掲載し、次のように述べている。
    
        [日本という「公」] やがて薩摩藩は西郷の活躍もあっ
        て倒幕の道を歩み、戊辰戦争が始まった。勝は、当時、幕
        府の中にフランスの援助で官軍に抵抗しようという動きが
        あったのをおさえた。フランスがこれにつけこんで、日本
        を植民地化することをおそれたからである。西郷もまた、
        イギリスの介入をあやぶんだ。そこで西郷は慶喜を助命し、
        徳川家に対する寛大な処置を求める勝の申し出を受け入れ、
        朝廷を説得することを約束したのである。
        
         こうして、幕府や各藩の「私」の利益を離れて、日本と
        いう「公」の立場に立つ歴史的な決断がなされた。それは
        また、西洋諸国の進出から日本の独立を守るためになされ
        た明治維新という変革をそのまま象徴していた。
        
     幕府と薩長が自らの権力闘争のために外国勢力を国内に引き
    入れていたら、他の列強も黙っているはずがない。清国のよう
    に港湾や都市を各国に奪われて、半植民地状態に転落していた
    であろう。幕府側も薩長側もそれだけは避けようと、共に日本
    という「公」に立った。勝海舟と西郷隆盛の江戸城開城談判は
    その「叡智」のドラマのクライマックスであった。

     一方の日本書籍版では、外国との貿易開始で物価が跳ね上が
    り、都市住民などが幕府や貿易商人への反感から「打ちこわ
    し」に走り、農民達は各地で一揆に立ち上がったと述べて、相
    変わらずの階級闘争史観である。江戸無血開城には一言も触れ
    られず、次のように権力闘争を描く。
    
         一方、西郷・岩倉たちは朝廷の実権をにぎって、王政復
        古の大号令を出し、天皇中心の政府をつくることを宣言し
        た。そして、徳川氏の勢力をうばうため、慶喜に領地を返
        すよう命じた。幕府側はこれに強く反発し、1年以上の間、
        新政府軍と旧幕府軍の戦いがつづいた(戊辰戦争)。
        
     迫り来る欧米勢力という大前提がすっぽりと抜け落ち、民衆
    の苦難を無視した国内の権力闘争として描いているので、「日
    本という公」に立った当時の人々の叡智のドラマは一向に見え
    てこないのである。

■5.廃藩置県の大きな賭け■

     内戦に勝利したとはいえ、新政府は諸藩の連合体で、その基
    礎は不安定だった。・・・また、国内が多数の藩に分かれたまま
    では、いつなんどき外国勢力につけ込まれないとも限らなかっ
    た。国内の統一は急務だった。
        
     このような状況下で、廃藩置県が断行されたのだった。それ
    は再度の内戦を誘発し、生まれたばかりの新政府を空中分解さ
    せるかもしれない、大きな賭だった。
    
         1871(明治4)年、大久保利通ら新政府の指導者たちは、
        全国の藩を一挙に廃止する改革についてひそかに相談を始
        めた。そして薩摩・長州・土佐の各藩から集められた天皇
        直属の約1万の御親兵を背景に、7月、東京に滞在してい
        た藩主56人を江戸城に集め、天皇の名において廃藩置県
        の布告を一方的に言い渡した。
        
     さらに扶桑社版では、コラムで「廃藩置県を武士はどう受け
    とめたか」を紹介している。
    
         北陸の福井藩に、アメリカ人のグリフィスという人が藩
        校の教授としてきていた。廃藩置県の知らせが東京から届
        いたとき、失業することになる藩の武士たちは憤慨して大
        騒ぎとなった。しかし、その渦中にあっても、知識のある
        武士たちは「これからの日本は、あなたの国やイギリスの
        ような国々の仲間入りができる」と意気揚々と語ったこと
        がグリフィスの日記に書かれている。
        
     一方、日本書籍版は、こう廃藩置県を描く。
    
         新政府が成立したのちも、各地の民衆は世直しを求める
        行動をおこしていた。こうしたなかで、新政府は権力を強
        めようと、1869年、各藩主に土地(版)と人民(籍)を天
        皇に返させ、大名を政府の地方長官とし、旧領地をおさめ
        させることにした(版籍奉還)。つづいて1871年、藩を一
        挙に廃止して、全国に政府と直接結びつく府や県を置いた
        (廃藩置県)。各藩は借金に苦しみ、また、一揆によって
        支配をゆすぶられていたので、これにさからわなかった。
        
     欧米列強を前に、国内統一を進める版籍奉還や廃藩置県の動
    きが、民衆支配を抑える為の権力強化に矮小化されている。そ
    のために、大久保利通ら指導者達の一大決心も、また自ら職を
    失っても国家統一を喜ぶ一部の武士たちの「公」を思う気持ち
    も、いっさい語られない。

■6.領土画定での危機感と無念さ■

     明治新政府にとって、国境画定は弱肉強食の国際社会での最
    初の試練であった。扶桑社版はこう描く。
    
         当時、樺太在住の日本人とロシア人の間では、紛争がた
        びたびおこった。
        
         アメリカやイギリスは、もし日本がロシアと戦争すれば、
        樺太はおろか北海道までうばわれるだろうと明治政府に警
        告してきた。さらに、朝鮮や沖縄の問題が新たに身近に迫
        ってきたので、新政権はロシアとの衝突を避けるために、
        1875(明治8)年、ロシアと樺太・千島交換条約を結んだ。
        その内容は、日本が樺太の全土をロシアに譲り、そのかわ
        りに千島(クリル)列島を日本領にするというものだった。
        ・・・新聞は「ああ、樺太は放棄せられたり」と嘆いた。
        
     同じ領土画定を日本書籍版ではこう描いている。
    
         日本の北、樺太と千島では幕末からロシアとの紛争がお
        こっていた。しかし、1875年に話し合いがつき、樺太をロ
        シア領とするかわりに、千島を日本領とすることに決めた。
        こうして北の国境が固まった。
        
     ロシアと戦争になれば、北海道まで奪われるかもしれないと
    いう危機感や、樺太放棄の無念さには触れられず、単なる事務
    的な作業の如く記述されている。

■7.歴史とはこれほど面白いものだったのか■

     迫り来る欧米列強を前にしての「心細さ」、アヘン戦争の
    「衝撃」、ペリーに屈服させられた「屈辱」、外国勢力の干渉
    を防いで体制変革を成し遂げた「公」の思い、国内統一を目指
    した廃藩置県の大きな「賭け」、そして領土画定での「無念」、
    まさに歴史はわが祖父の演じたドラマである。扶桑社版はその
    ドラマを子孫としての共感をもって描いていく。無味乾燥な暗
    記物と思っていた歴史が、これほど面白いものだったのか、と
    いう驚きを覚える。
    
     日本書籍版のような階級闘争史観では、権力者の野望と、民
    衆の怨嗟しか描けず、それに当てはまらない多くの事実は、事
    務的に羅列されるだけである。階級闘争史観に染まった子供は、
    斜に構えて世間を見るようになり、事実の羅列にうんざりした
    子供達は無気力、無関心、無感動に落ち込む。どちらも子供の
    多感な心にとっての「暴力」である。この暴力は、歴史の真実
    を隠した上でなされている、という点で二重に犯罪的である。
    
     扶桑社のような教科書で学ぶ子供たちは、人間が本来持って
    いる祖先や郷土、祖国への愛情を触発されるだろう。それは世
    界の各国国民が自国の歴史に対して持つ愛情を理解し、尊重す
    る事につながる。歴史教育とは、子供たちが豊かな情操と思い
    やりを持った大人に育っていく為の必要不可欠な栄養分なので
    ある。扶桑社の「新しい歴史教科書」は「古い階級闘争史観」
    から子供たちを解放し、歴史教育の豊かさ、面白さをもたらす
    教材として歓迎したい。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(173) アヘン戦争〜林則徐はなぜ敗れたのか?
b. JOG(149) 黒船と白旗

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 西尾幹二他、「新しい歴史教科書」★★★★、扶桑社、H13
2. 児玉幸多他、「中学社会 歴史分野」★、日本書籍、H9
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「『新しい歴史教科書』を読む」について

     歴史は、結果(歴史的事実)の羅列だと思い込んでいました。
    因果の果だけを教え込まれてきたと思います。因に目を向ける
    と、なぜ歴史を勉強すべきかがよく分かりましたし、勉強の楽
    しみもふつふつと湧いてきます。当時、歴史に立ち会ってきた
    人がどう考えたかを知ることは、本当に勉強になります。改め
    て、歴史とは人の心を面々と綴ったものだと思いました。
                                                (新井さん)
                                                
     私が日本史でもっとも好きな場面は、元寇のくだりです。武
    力をちらつかせて服属を迫る元に対し、小国の日本が要求をは
    ねつけ、果敢に戦い遠征軍を蹴散らす様を教師が語って聞かせ
    てくれて、中学生だった私をとても興奮させました。同時に、
    その当時の日本人の誇りと危機意識についても学ぶことができ
    ました。扶桑社の教科書では、もちろんその点も疎漏なく記述
    してありました。このような教科書で学んでこそ、他国からの
    理不尽な要求や軍事威圧に対して、国としてどのように対処す
    るべきかを考えられる人間が育つのではないでしょうか。    
                                                (桑名さん)
    
    「新しい歴教科書」の中で特に良かったのはコラムという形で
    歴史的な人物を取り上げていることです。「国民とともに歩む
    昭和天皇」はとても素晴らしいと思います。そして、副読本の
    ような形でもいいので、もっとたくさんの人物の伝記、エピソ
    ードを紹介してほしいと思います。(Takizawaさん)
    
     読み始めて、「これは面白い」と思いました。私は社会が一
    番嫌いな科目だったのですが、それは、暗記が苦手ということ
    もあったのですが、人間の心が歴史を築いてきているのに、そ
    の心を深く学ぶということより、表面的な事実を暗記すること
    をしいられていたからだと思いました。    (鈴木京子さん)
    
     この教科書は≪読み物≫としてはとても面白いものです。そ
    の歴史観にも共感できるところが多々あります。しかし、中学
    で歴史を教えるのは1・2年が多いことを考えると内容的に難
    しすぎるというのが第一印象です。はっきり言って、この教科
    書を読みこなせる生徒は上位10パーセント程度だと思います。
    近年の「教育改革」によって、小学生の基礎学力は驚くほど低
    下しています。本当に日本の将来を考えるのであれば、今の教
    育は「亡国の教育」だと思います。        (神田哲也さん)

     新しい歴史教科書と新しい公民教科書の感想としていえるこ
    とは,従来の教科書にはない「おもしろさがある」と言うこと
    です。従来の教科書は教えていても血が通っていないというか,
    無味乾燥な物でした。しかし新しい教科書には温かさや赤い
    (燃える?)日本人の血を感じます。日本人の息づかいが伝わ
    ってきます。組織的な不採択運動が甚だしいですが,最近は怒
    りを覚えています。こういう無法な言動をする人達が推薦する
    教科書を使う方が,おぞましいと感じています。(柳原さん)
    
     教科書展示場で他社のものも見ましたが、扶桑社版は全くユ
    ニークです。全編を通じて歴史の事象が、どのような情勢下で、
    なぜ起こったか、先祖はどう考え、どのように展開し、どうな
    ったかの物語が愛情をもって多面的、多角的観点から画かれて
    います。扶桑社の歴史教科書が面白いのは、国土と血と歴史と
    文化を同じくする私達に、先人達の心が伝わってくる様に書か
    れた物語だからだと実感しました。(伊藤さん)

■ 編集長・伊勢雅臣より

    「面白い教科書」というのが、一致した意見ですね。すでに一
    部の私立中学で先行して採択が決まり始めました。

     韓国、中国からの歴史教科書修正要求に対し、文部科学省は
    慰安婦や韓国併合などをめぐる主要な要求項目に応じない方針
    を固めたそうです。

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