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-----Japan On the Globe(219)  国際派日本人養成講座----------
          _/_/   
          _/     地球史探訪:アメリカの反省
       _/_/      
_/ _/_/_/         日本の本当の罪は、西洋文明の教えを守らな
_/ _/_/          かったことではなく、よく守ったことなのだ。
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■1.「パールハーバー」とは何だったのか■

         パールハーバーはアメリカ合衆国の征服を企んで仕掛け
        られた「一方的攻撃」であるというが、この論理では日本
        を公正に罰することはできない。なぜなら、私たちの公式
        記録が、パールハーバーはアメリカが日本に仕掛けた経済
        戦争への反撃だったという事実を明らかにしているからだ。
        [1,p87]
        
     1948年、戦後わずか3年目にこのような主張をした本がアメ
    リカ人女性によって書かれた。ヘレン・ミアーズの "Mirrorf
    or Americans: JAPAN"である。この本の日本での翻訳出版は、
    占領軍総司令部によって禁じられた。
    
    「占領が終わらなければ、日本人は、この本を日本語で読むこ
    とはできない。」と、マッカーサーはある書簡に書いた。その
    言葉通り、「アメリカの反省」と題した翻訳が出たのはマッカ
    ーサーが帰国し、占領の終わった1953(昭和28)年だった。
    
■2.日本人には隠しておくべき真実■

     実は当のマッカーサー自身が次のような発言を1953(昭和2
    6)年5月3日に合衆国上院の軍事外交合同委員会で行ってい
    た。[2,p565]
    
         日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何もない
        のです。彼らは綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、
        錫がない、ゴムがない。その他実に多くの原料が欠如して
        いる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在し
        ていたのです。
        
         もしこれらの原料の供給が絶ち切られたら、1千万から
        1千2百万の失業者が発生するだろう事を彼らは恐れてい
        ました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、
        大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。
        
     マッカーサーのこの見解はミアーズと同じである。ミアーズ
    の本を翻訳禁止としたのは、それが単なる日本弁護のプロパガ
    ンダではなく、日本人には隠しておくべき真実を語っていると
    判断したからであろう。
    
■3.私たちアメリカ人の責任■

     ミアーズは1925年、二十歳代の時に日本や中国を訪れて、ア
    ジアに深い興味を抱き、大戦中は大学で日本に関する講義や研
    究をしていた。戦後、占領軍の労働局諮問委員会のメンバーと
    して来日し、労働法の策定などに参加したが、帰国してからこ
    の本を書き上げた。
    
     アメリカでは日本擁護者として批判され、本は絶版となって
    ごく限られた専門家以外には忘れ去られ、ミアーズ自身も学者
    として世に出ることができなかった。
 
     しかしミアーズが書きたかったのは、日本弁護論ではない。
    著者自身の前書きには次のように述べられている。
    
         私たちアメリカ人は、今のところ、地球上で最も強い国
        民である。・・・だからこそ、私たちは世界が置かれてい
        る深刻な無秩序状態の責任を免れることができないのであ
        る。私たちが本当に平和を望んでいるなら、世界の戦争原
        因を究明するにあたって、もっと現実的になる必要がある。
        
     ミアーズの本を読んでいて心うたれるのは、「現実的」にな
    るために史実を曇りない目で見据える客観性と、それを根底で
    支える人類愛である。

■4.英米蘭に依存していた日本の軍事力■

     ミアーズはまず事実として、戦前の日本経済が、特に軍事物
    資の調達においてアメリカ、イギリス、オランダに全面的に依
    存していたことを明らかにする。
    
         (JOG注:東京裁判で主張されたように)もし日本が1931
        年に世界征服を開始していたとしたら、アメリカ、イギリ
        ス、オランダ、フランスは征服事業の協力者といわねばな
        らない。これら各国が支配する地域からの物資供給がなけ
        れば、日本は満洲事変と日華事変を遂行できなかったし、
        パールハーバー、シンガポールも攻撃できなかったろう。
        そればかりでなく、多くの日本人が食べていけなかったろ
        う。アメリカ、イギリス、オランダ3国は、日本の軍事必
        需品の85%を供給していた。1938年には、アメリカだけ
        で57%を供給しているのだ。
        
     ここで言う軍事必需品とは、アメリカから輸入していた工作
    機械、石油、屑鉄を含む。そしてマッカーサーも指摘している
    ように、日本はニッケル、ゴム、スズ、銅、鉛、コバルトなど
    も、オランダ領東インド諸島、イギリス領のマレー、アメリカ
    領のフィリピンなどから輸入しなければならなかった。
    
■5.日本に石油を売らなければ戦争になるだろう■

     アメリカは公式的には満洲事変と日華事変に反対し、日本へ
    の戦争関連物資の輸出規制を徐々に強めていったが、実際には
    原料綿、屑鉄、石油などの輸出は、日華事変以降急増している。
    
     米国内ではガソリンが配給制になっていたのに、日本への石
    油輸出が続けられていることに、米国民は納得しなかった。し
    かしルーズベルト大統領は、もしわれわれが日本に石油を売ら
    なければ、彼らはオランダ領東インド諸島に南下して、武力で
    奪い取り、そうすれば「戦争になるだろう」、だからわれわれ
    は日本に石油を売り続けなければならない、と説明していた。
    
     驚くほど正確な読みである。そしてこの読み通り、アメリカ
    は1941年8月1日に石油全面禁輸を実施し、4ヶ月後には開戦
    となった。米海軍のスターク提督も、戦争中の1944年に、「石
    油禁輸後の後は、日本はどこかに進出して石油を取得する他な
    かったのであり、自分が日本人だったとしてもそうしたであろ
    う」と述べている。[3,p573]
    
■6.生き死ににかかわる問題■

     日本は輸入だけでなく、輸出でも大きくアメリカに依存して
    いた。日本のほとんど唯一の輸出向け資源は生糸であり、2百
    万人の農民が養蚕で生計を立てていたが、その90%はアメリ
    カに輸出されていた。
    
     アメリカは自国に競合商品のない生糸は無関税で輸入してい
    たが、それ以外のすべて加工製品には高額の関税をかけた。た
    とえばセルロイド製おもちゃ129%、魔法瓶192%、乾燥
    豆類163%など。
    
         日本が抱えていたのは、過剰な人口、日本人移民を入れ
        ない世界の障壁、対外貿易への過度の依存、国民に雇用と
        食糧を保証するための物資輸入、そのために必要な輸出の
        拡大、という生き死ににかかわる問題だった。[1,p324]
        
         彼ら(日本人)はまた、アジア・太平洋地域で大国(米
        英蘭)に「包囲」されていると信じ込んでいた。競争力の
        強いこれらの諸国は、やろうと思えば、日本との通商関係
        を断絶し、日本を殺すことができる。問題の基本にあるの
        は資源の欠如ではなく、民族間の信頼の欠如だった。日本
        は、自由経済と主権尊重といった表向きの政策は、実際に
        行われていることではなく、飾りにすぎないと思った。
        [1,p324]

■7.日本の求めた生存圏■

     欧米列強に囲まれ、首根っこを押さえられていた日本は生存
    のための資源と市場をどこに求めたのか?
    
         (1)満洲に(JOG注:ソ連からの)「合法的自衛」手段と
        しての戦略的拠点を確保し、(2)日本帝国圏(韓国と台
        湾)と満洲、華北からなる経済ブロックを作って経済の安
        全保障を確立しようというのが、日本の計画だった。そう
        すれば、これまでのように原材料物資と市場をアメリカ、
        イギリス、フランス、オランダに依存しなくてもすむ。
        ・・・
        
        しかし、イギリスとアメリカは日本の政策に反対した。
        ・・・日華事変の交戦国は中国と日本ではなかった。それ
        は依然として、日本と欧米列強、とりわけイギリスとアメ
        リカとの対立だった。対立する双方に、中国の将軍と政治
        家がついていた。中国人民は、相も変わらず、双方の犠牲
        者であり、飢えるか殺されるかの役回りしか与えられてい
        なかった。[1,p351]
        
     最後の一文にミアーズの人類愛が滲み出ている。

■8.日本は行くところまで行くしかなかった■

     輸出入の両面で日本の首根っこを押さえていたアメリカは、
    「自由経済と主権尊重」を主張しつつ、日中戦争にのめり込む
    日本に戦略物資を輸出し、同時に相手の蒋介石政権に莫大な援
    助を続けていた。
    
         現実的に言えば、ヨーロッパでの戦争にめどが立ち、ア
        メリカの「防衛」計画がもっと固まるまで日中戦争を続け
        させるのが私たちの政策だった。日本は中国で忙殺されて
        いた。蒋介石は日本に屈しないで、戦闘を続けられるだけ
        の援助を受けていた。[1,p355]
        
         日本は日華事変を終結させ、一応の安定に復帰するため、
        絶えず蒋介石に働きかけていたが、アメリカとイギリスは、
        日本が莫大な財政的損失を出し、アジアの前で威信を失う
        まで、戦争を続けさせる考えだった。
        
         問題が日中間に留まるものなら、日本は寛容を装ってで
        も、大幅な戦略的撤退をしていただろう。しかし、戦争の
        終結条件を決めているのが中国ではなく大国である以上、
        日本は行くところまで行くしかなかった。でなければ、生
        存の条件と教えられた大国の地位を失うしかなかった。
        [1,p356]
        
     行くところまで行って、日本がたどり着いたのがパールハー
    バーなのであった。

■9.学んだことを実行すると、先生から激しく叱られる■

         私たちはアメリカから多くのこと、とくに隣接地域の不
        安定政権にどう対処するかを学んできた。そして、学んだ
        ことを実行すると、先生から激しく叱られるのである。
            
     新渡戸稲造のこの言葉をミアーズは引用する。次の例はその
    典型だろう。
    
         つい5年ほど前、米英両国の軍隊と砲艦が自国民の生命
        財産を守るために中国の「盗賊」を攻撃したとき、両国の
        世論は中国人を野蛮人と呼んで非難した。イギリスとアメ
        リカの国民は忘れているようだが、日本人はよく覚えてい
        る。ところが、日本が同じように中国の「盗賊」を攻撃す
        ると、同じ国民が日本人を野蛮人と呼ぶのである。
        [1,p295]

     日本が先生から学んだ最重要の学課は、海外領土の確保によ
    る経済圏の確立だった。イギリスは、本土面積(9.4万平方マ
    イル)の200倍以上、2千万平方マイルの海外領土、5億人
    に君臨する世界帝国を作り上げた。アメリカはインディアン、
    イギリス、メキシコと戦って3千万平方マイルの大陸を獲得し、
    さらに太平洋を渡って日本列島の5倍に相当する71万平方マ
    イルの海外領土を奪取した。ロシアはシべリアを東進し、支配
    面積を882万平方米マイルに拡げた。
    
         西洋列強はいま、日本を激しく糾弾している。日本が
        「凶暴で貪欲」であったことは明白な事実だが、だからと
        いって、西洋列強の責任は、彼らが思っているようには、
        免れることはできない。日本の本当の罪は、西洋文明の教
        えを守らなかったことではなく、よく守ったことなのだ。
        [1,p386]

■10.アメリカの鏡:日本■

     ミアーズがこの本を書いていた頃、終戦からまだ2年も経っ
    ていないのに、米ソ冷戦が始まっていた。
    
          私たちは現在、「ソ連を押し戻す」、そして「共産主
         義の脅威と戦う」ことを政策として明らかにしている。
         これは実に日本が、彼らの全近代をかけて実践してきた
         政策だ。[1,p410]
         
          今日私たちがいっているように、ソ連が「世界の脅
         威」であり、(JOG注:日露戦争当時)日本を支援したか
         つての米英両国の政策担当者が正しかったとすれば、ソ
         連を抑止し、「混乱した」地域に秩序をもたらし、中国
         における「共産主義の脅威」と戦う行動拠点を確保する
         ために、満洲を緩衝国家にしようとした日本を支援しな
         かった1931年以降の米英両国の政策担当者は、犯罪的に
         無能だったことになる。
         
          そして、対日関係をパールハーバーとシンガポールま
         で悪化させ、その結果、私たちの生命と財産ばかりでな
         く、極東の同盟国を失ってしまった政策担当者の無能ぶ
         りは、犯罪をはるかに超えたものであるというほかない。
         [1,p410]
         
     日本はパワー・ポリティックスを西洋列強に学び、そしてそ
    れをよく守ったがゆえに、悲惨な結果を迎えた。その日本の近
    代史を鏡として、アメリカは自らのパワーポリティクスを見つ
    め、反省せよ、というのが「アメリカの鏡:日本」という原題
    の意味である。
    
     しかし、その後もアメリカはソ連の脅威を封じ込めるために、
    共産中国とまでも手を結び、中国が成長して脅威となると、今
    度はこちらを封じ込めようとする。東京裁判史観によって真実
    を覆い隠したまま、アメリカがそのパワーポリティクスを続け
    る限り、「世界が置かれている深刻な無秩序状態」はまだまだ
    続くだろう。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(096) ルーズベルトの愚行
b. JOG(116) 操られたルーズベルト
c. JOG(168) 日米開戦のシナリオ・ライター

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. ヘレン・ミアーズ、「アメリカの鏡・日本」★★、
  メディアファクトリー、H7
2. 小堀桂一郎編、「東京裁判日本の弁明」★★、
  講談社学術文庫、H7
3. 中村粲、「大東亜戦争への道」★★★、展転社、H2
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「アメリカの反省」について       かおりさんより

     パールハーバーの背景だけでなく、戦後起こっている全ての
    国際紛争は、一部の強者の利害関係のために弱者が翻弄され苦
    しんでいる姿であり、他者に自分の常識や正義を押し付ける一
    部の人たちの態度から起きているのではないでしょうか。その
    意味では、パールハーバーの時から、国際社会は全く進歩して
    いないのではないかと思います。
    
     日本がしてしまったことに対しては申し開きもできません。
    しかし、裁く側と裁き方、その後の国際社会の認識には違和感
    をおぼえます。よくもまあ自分のしたことを棚に上げて、と思
    ってしまうのです。

     国際社会の常識や正義というものが、一部の人や国のもので
    しかないということを、その一部の人や国こそが知るべきでは
    ないかと思うのです。

     結局、必要なのはお互いに「相手を尊重する」という姿勢で
    はないかと思います。自分をよく知り、また相手のことも正し
    く知ろうとする気持ちがまず始めにあるべきで、そこから対話
    が始まると思います。それも「敬愛」の一つの形ではないでし
    ょうか。(素敵なお名前ですよね。)

■ 編集長・伊勢雅臣より

     自衛隊PKO活動(次号)に対する地域住民の感謝と称賛の
    声には、「敬愛」の気持ちがこもっていると感じます。

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