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________Japan On the Globe(245)  国際派日本人養成講座_______
          _/_/   
          _/     Common Sense:少年法 〜 被害者無視の半世紀
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_/ _/_/_/         16歳未満なら人を殺しても刑事罰は受けない、
_/ _/_/          そんな矛盾がなぜ半世紀も放置されてきたのか?
_______H14.06.16_____38,269 Copies_____474,809 Views________

■1.ここは本当に法治国家なのか?■

     山形マット殺人事件での第2主犯格の少年は、審理の席で
    「僕は14歳だから逮捕されないんでしょう」と発言したと伝
    えられている。また一人の加害者少年の父親は、児童自立支援
    施設に送られた息子について、「運動会もあるし、ウチの子は
    気に入っています。内地留学しているようなもんですよ。」と
    平然と話しているのを聞いた人がいるという。
    
     一方、息子を殺された児玉昭平さんは、次のように週刊誌に
    怒りをぶつけている。
    
         事件から4年半たった今になっても、息子が殺された犯
        行が、いったいどういうものであって、誰がどう犯行に加
        わったか、法的には、何一つはっきりしないんです。すべ
        てがうやむやのままで、私たちは真実を知らないままで、
        日々を暮らしているんですよ。それが少年法なんです。今、
        民事の裁判を進めているところですが、今に至るまで、
        (彼ら加害者の)誰一人として、私の家に謝罪に来た者は
        いません。ここは本当に法治国家なのか、と叫びたい思い
        です。
        
■2.揺れ動いた判決■

     平成5年、山形県新庄市内の中学校の体育館で、一年生の児
    玉有平君(当時13歳)がマット内に押し込まれた状態で窒息
    死しているのが発見された。まもなく7人の同校生徒が傷害致
    死容疑で検挙された。
    
     全員が事実を認めたが、家庭裁判所では6人がアリバイを主
    張し、容疑否認に転じた。家裁はA〜C(14〜15歳)につ
    いてアリバイの成立を認め、「非行事実なし」(成人の場合で
    の無罪相当)として不処分を決定。D〜F(いずれも14歳未
    満)については、アリバイは認められないとして、2名を少年
    院送致、1名を児童自立支援施設(当時は救護院)送致とした。
    
     D〜Fは決定を不服として仙台高等裁判所に訴えたが、棄却。
    A〜Cもまた事件に加わっていた疑いが濃いと指摘し、家裁の
    不処分決定を疑問とした(しかし、家裁の決定は覆せない)。
    さらにD〜Fは最高裁に訴えたが、再び棄却され、保護処分決
    定が確定した。
    
     殺された児玉有平君の遺族は、家庭裁判所と高等裁判所で判
    断が分かれたことから、「真実を知りたい」と7名と新庄市を
    相手に総額約1億9千万円の損害賠償を求めて民事訴訟を起こ
    した。本年3月、山形地方裁判所は、7人全員のアリバイを認
    め、事実上の無罪判決を下した。遺族は同日、判決を不服とし
    て控訴した。別の民事裁判とは言え、地方裁判所が最高裁の判
    決を覆すような決定を行う事自体が、裁判の信頼性をゆるがす
    大きな問題であるが、これはもう一つ別の問題なので、別稿に
    譲る。本稿ではこの過程で明らかになった少年法の抱えるいく
    つかの矛盾を考えてみたい。

■3.「公益の代表者」の不在■

     少年法の矛盾はいくつかあるが、第一は家庭裁判所の審判は
    非公開で、裁判官と少年、およびその付添人たる弁護人だけで
    審理が行われる点だろう。そのため、事件の真相解明は、裁判
    官が行わなければならず、事実裁定の面で不備が出やすい。
    
     通常の裁判なら、検察官と弁護士のやりとりを裁判官が裁定
    しながら、事実を明らかにしてく。被告の警察での自白は強制
    されたものだとか、アリバイがある、という弁護側の主張に対
    しては、検察官が様々な証拠を通じて反論していく。しかし、
    家庭裁判所では検察官は立ち会えないので、裁判官が自らこう
    した役割を引き受けなければならない。
    
     だから、被告の少年が人権派弁護士などに誘導されて、自白
    を否認しアリバイを主張したら、それを覆すことは裁判官には
    難しい。マット事件で家庭裁判所が高裁から疑問視されるよう
    な判断を下したのは、こういう真相究明上の欠陥によるものだ。
    検察官にも審判出席を求め、非行事実の立証はまかせたい、と
    いうのは、家庭裁判所の裁判官自身からの要望でもあった。
    
     さらに家庭裁判所がいったん「非行事実なし」(成人の場合
    での無罪相当)として不処分を決定したら、検察がそれを不服
    として上告することすらできない、という矛盾がある。検察官
    にはそもそも抗告権そのものが与えられていないのである。
    
     検察官は「公益の代表者」である。被害者の言い分や権利を
    代弁し、社会正義を追求するのが検察官の役割だ。検察官不在
    ということは、被害者の人権は省みられず、社会正義はないが
    しろにされている、という事を示している。なぜ、こんな一般
    国民の常識から遊離した制度が作られたのか?
    
■4.占領軍が残していった「国親思想」■

     家庭裁判所は、昭和23年、占領軍側の主導により、それま
    での少年法が全面改正されて発足した。それは当時のアメリカ
    で全盛だった「国親(くにおや)思想」に基づくものだった。
    国親思想とは、国家が少年を最終的に保護・監督する責任があ
    るとし、非行少年に対しても愛の手を差し伸べて、本来の親が
    与えるべき保護を与え、社会に適応できるようにしてやらねば
    ならないとする思想である。
    
     したがって犯罪を犯した少年に対しても、裁判官は罪を問う
    という姿勢よりも、「懇切を旨として、なごやかに」(少年法
    22条)、「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対し
    て性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」(同1
    条)。罪を問い、罰を与えることが目的ではないから検察官は
    不要であり、裁判官は付添人たる弁護士と相談しながら、少年
    の更生のための適切な手段を決定する。
    
     その後、アメリカでは少年犯罪の多発・凶悪化に悩んで、後
    述するように、国親思想から刑罰主義へと大きく方向を転換し
    ていく。少年法は、占領軍が当時の理想に走って勝手に法律を
    変え、その後、米国での考えが改まったにもかかわらず、日本
    では化石のように残って、左翼や人権派に利用されるという、
    憲法での軍備廃止などと同様の経緯を示している。

■5.「僕は14歳だから逮捕されないんでしょう」■

     国親思想で、更生を第一に考えるという少年法の本質から、
    第2の矛盾が出てくる。それは刑があまりにも軽い、というよ
    り、刑罰を科すという概念がそもそもないと思われるほどだ。
    少年法では16歳未満の少年が凶悪犯罪を犯しても、せいぜい
    少年院に送られるだけ。少年院での厚生期間は通常は3年以内。
    実際には平均で11ヶ月、短い場合には4〜5ヶ月で出てくる
    ことができる。
    
     成人が強盗致傷事件を起こせば、7年以上無期までの懲役刑
    が科せられるが、14、5歳なら、数ヶ月で「更正した」とし
    て少年院から出てくることができる。山形マット殺人事件での
    第2主犯格の少年が、審理の席で「僕は14歳だから逮捕され
    ないんでしょう」と言ったのは、このためだ。
    
    「刑罰よりも、更生を」という国親思想が効果を発揮している
    なら、それでもよいだろうが、事実はどうなのか? 少年院を
    出て3年以内に再犯する確率は25.9%、5年以内では50
    %近くとなる。これでは「非行のある少年に対して性格の矯正
    及び環境の調整に関する保護処分を行う」という目的はとうて
    い果たされているとはいえまい。

     アメリカでは州毎に法律が異なるが、ニューヨーク州では殺
    人は13歳から、強盗は14歳から、成人同様に刑事責任を問
    われる。他の州ではさらにこの年齢を12歳や10歳に下げた
    り、凶悪犯罪では何才であろうと成人と同じ手続きをとる、と
    いう傾向が拡がっている。シカゴでは、'98年に7歳と8歳の
    少年が11歳の少女をいたずらをした上で、下着で窒息死させ
    たという事件が起き、二人の少年は殺人罪で起訴されている。
    
     イギリスでも2歳の幼児を誘拐・殺害した10歳の少年二人
    が殺人罪で起訴され、無期懲役(後に20年に減刑)の判決を
    受けている。

■6.遺族が常に蚊帳の外に置かれてしまうという不条理さ■

     国親思想に基づく少年法のシステムの第3番目の矛盾は、被
    害者の人権に対する配慮がまったく見られない事だ。加害者少
    年の更生のために「懇切を旨として、なごやかに」審判が進め
    られる陰で、被害者とその遺族はまったくその過程を知るすべ
    もない。審判自体が非公開で行われ、決定書(判決書)も公開
    されない。また報道についても厳しく制限されている。
    
         家庭裁判所の審判に付された少年(略)については、氏
        名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件
        の本人であることを推知することができるような記事また
        は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。
        (少年法第61条)
    
     平成9年に神戸市須磨区で起こった連続児童殺傷事件は、こ
    の矛盾を浮き彫りにした。これは中学3年生、まだ14歳の少
    年Aが、2月に二人の小学6年女児をハンマーで殴打し、3月
    には小学4年女児の腹をナイフで刺し、別の4年女児の頭をハ
    ンマーで殴打して、死亡させた。そして5月には小学6年の土
    師淳君の頭部を切り離して、中学校の正門前に放置した、とい
    う日本列島を震撼させた事件である。
    
     淳君の両親は、家庭裁判所に関係資料の閲覧を申し入れたが、
    少年法を根拠に拒否された。そのため事実の解明と責任を明確
    にすることを目的として、少年Aとその両親を相手に総額約1
    億円の支払いを求める訴訟を起こした。同様に少年Aにナイフ
    で刺された女児の母親はこう語る。
    
         どうして自分の子供が傷つけられなければならなかった
        のか。それを知るためには、自分で民事訴訟を起こすより
        仕方がないんです。
    
     マット殺人事件で息子を殺され、同様に民事訴訟を起こして
    いる児玉昭平さんは、次のように語っている。
    
         我々のような少年犯罪の遺族にとって、いつの場合も悶
        々としたやり場のない怒りを抱かされるのが、遺族が常に
        蚊帳の外に置かれてしまうという不条理さです。遺族は出
        口の見えない悲しみの中で、そうした遺族不在の犯罪の扱
        われ方に憤りを感じつつ、何もできないのです。

■7.少年Aが戻ってきたら、、、■

     5人もの児童を殺傷した少年Aが、数年後には医療少年院を
    出て、また近所を徘徊するかもしれない、という可能性は、近
    隣社会を恐怖と不安に陥れる。娘をナイフで刺された母親は言
    う。
    
         私たちが今いちばん怖いのは、逆恨みされることなんで
        す。何年か後に少年が医療少年院から出てきていながら、
        被害者には、いつでてきたかも、どこに住んでいるのかも
        知らされない状態ではね。
        
     須磨区のある主婦もこう語っている。
    
         うちでは、ちゃんと(少年の)写真も手に入れました。
        ・・・子供にも、「この子が犯人やからね」ときちんと教
        えました。だって、何年かしてスレ違った時に、わからな
        いというのでは怖いでしょう。親がまもらなくっちゃ、誰
        も自分の子供は守ってくれない。私は、ほかの人にも知っ
        ていてほしいと思う。きちんと、名前も、顔も報道すべき
        だと思います。
        
     アメリカでは、7歳のメーガン・カンカちゃんが性犯罪の常
    習者に性的暴行を受けた後で殺された事件を契機に、性犯罪者
    の住所・氏名を情報公開するメーガン法が成立した。重度の犯
    罪者は付近の家庭すべてに情報が公開される。
    
         われわれは人権を尊重するが、子供の安全と、親が子供
        を安全に育てる権利はあらゆる人権に優先する。
        
     メーガン法を後押しした際のクリントン大統領の声明である。

■8.半世紀の怠慢■

     こうした矛盾を抱える少年法に対して、改正の努力がなされ
    なかったわけではない。昭和26年には年長少年(18〜19
    歳)については、検察官がまず起訴すべきかどうかを先議する、
    という戦前の少年法に近い改正案を作成したが、占領軍総司令
    部の反対で国会提出を阻止された。独立回復後の昭和31年か
    ら法務省は改正準備に入り、同様の趣旨の少年法改正要綱が昭
    和45年にまとめられたが、日本弁護士連合会や学界の反対で、
    結論は出なかった。
    
     少年法改正がようやく実現したのは、制定後約半世紀もたっ
    た平成13年4月だった。刑事罰の対象年齢が16歳以上から
    14歳以上に引き下げられ、死刑や無期刑に相当する事件では
    検察官の出席や、抗告が認められるようになった。この間、朝
    日新聞は社説で次のように、法改正を批判し続けた。
    
    ・ H12.04.21 票狙いでもてあそぶな 少年法改正 
    ・ H12.05.18 頭を冷やして考えよう 少年法論議 
    ・ H12.08.21 拙速は禍根を残す 少年法改正 
    ・ H12.09.16 与党案には疑義がある 少年法改正 
    ・ H12.11.01 粗雑にすぎないか 少年法改正 
    ・ H12.11.29 残された課題は多い 少年法改正 

    「票狙い」、「頭を冷やして」、「拙速」、「粗雑」等々、タ
    イトルからしていかにも内容空疎で粗雑である。こうした抵抗
    勢力が、占領軍の遺産を半世紀も生きながらえさせてしまった
    のだろう。それと同時に、かくも長い間、少年犯罪の犠牲者と
    その遺族の悲しみ、苦しみを十分に思いやることなく、不正義
    の存在を許してしまった我々自身の怠慢をも反省すべきだろう。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 「『人権』を問う」★★、板倉宏、音羽出版、H11
2. 「少年法は誰の味方か」★★、佐々木知子、角川ONEテーマ21、
   H12
   
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