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________Japan On the Globe(246) 国際派日本人養成講座_______ _/_/ _/ 国柄探訪: トウガラシの韓国、ワサビの日本 _/_/ _/ _/_/_/ 日韓共催のワールドカップは、隣人同士の _/ _/_/ 異質さを明らかにした。 _______H14.06.23_____38,274 Copies_____480,992 Views________ ■1.赤い「コーリガン」■ サッカー・ワールドカップで韓国チームが快進撃を続けてい る。敗れたポルトガル、イタリア、スペイン各チームは不審な 審判に激しく抗議していたが、競技場を埋め尽くす真っ赤なT シャツの「激烈」な応援の前には、はかない抵抗だった。フー リガンならぬ「コーリガン」という言葉まで登場したそうだ。 産経新聞の名物記者で、韓国に長年駐在している黒田勝弘氏 は次のような韓国日報の記事を紹介している。[1] わが歴史において初めて見るようにわれわれは一つにな った。嫉妬、排他、口論、貪欲、疑い、陰謀、阿諛(あ ゆ)、邪悪、憎悪、倦怠、野卑、侮蔑、醜悪…そのすべて をわれわれの心から削除するという戦利品を、われわれは 決勝トーナメント進出から胸にした。(もはや)恥ずかし がるな、嘆くな、寂しがるな、憎むな、冷笑するな。今日 の荘重な喜びを永遠に心に刻み、忘れまい。 これまた、かくまでに「激烈」な文章、というより檄文は日 本や欧米の新聞には見られまい。「激烈」と言えば、韓国から やってきて日韓の歴史や民族性に関する評論で活躍している呉 善花さんは次のように書いている。 欧米の人たちに韓国人と日本人の印象を聞いてみると、 韓国人はとにかく気性が激しく、日本人はおとなしいと言 う。確かに韓国人は一般的にきわめて感情が激しく、何を するにも情熱的だ。恋人に対しては言うまでもなく、友だ ちに対しても、親や子に対してもその愛は情熱的だ。した がって、それだけ嫉妬心も強く、恨みの意識も根深いもの になる。感情の起伏もきわめて激しいのだ。[2,p193] ■2.日韓摩擦■ この事では、筆者にも個人的な体験がある。筆者がアメリカ の大学院にいた頃、韓国からの留学生が何人もいたが、個人的 につきあっている限りは、とてもいい人ばかりだった。ところ が何か事があると、その印象が一変する。 日本企業のA社が国際学会での見学団を受け入れることにな った時、韓国の同業者はお断りした所、学会の事務局宛に、A 社を学会から除名すべきだ、という激烈な調子のFAXが送ら れてきたそうだ。A社はその学会でも幹事企業として長年の貢 献を続けており、韓国企業の方はまだ新入りであったにもかか わらず、、、 結局、A社と事務局で相談して、見学を差し障りのない部分 に変更することで、その韓国企業を受け入れることにした。当 日、どんな激烈な人が来るのか、と身構えていたら、現れたの は人の良さそうなビジネスマンばかりで肩すかしをくった、と いう。 個人的につきあう限りはとてもいい人ばかりなのに、意見の 対立ともなると、想像もつかない激烈さを発揮する。この突然 の激烈さに面くらい、辟易して嫌韓感情を抱く日本人も少なく ない。日韓での交流の場面が増えても、この韓国人の激烈さが どこから生まれているのか、よく理解しないと摩擦も増える一 方であろう。 ■3.「トウガラシの韓国、ワサビの日本」■ 呉善花さんは、韓国人の激越さを「トウガラシの韓国、ワサ ビの日本」という卓抜な比喩で説明する。 トウガラシを食べたときの人間の血液は身体全体をめぐ りながらも、とくに頭部の方へかたよりを見せる。したが って、トウガラシを食べると神経に刺激を与え、血液の循 環をよくし、・・・精神的に興奮しやすい作用を生みだし ている。 一方、ワサビを食べたときの血液は、トウガラシとは逆 に心臓の方へかたよりを見せている。そのため、ワサビを 食べると鎮静作用が働き、精神に落ち着きをもたらしてく れる。 まさにズバリ、韓日の国民性の違いが指摘されているよ うで、思わず「なるほど」とうなづいたものである。・ ・・ おおむね、日本に対して神経が逆立ちしているような社 会が韓国のものである。日本の社会は、事が起こればどう 鎮めるか関係者が努力する社会である。「興」を好む社会 と「鎮」を好む社会と言ってもよいかもしれない。 [2,p194] サッカーの応援ぶりだけでなく、歴史教科書問題や慰安婦問 題などでの韓国の「興奮」ぶりを見ると、なるほどと思わせる 指摘である。しかしこのトウガラシは一体どこから来たのか? ■4.朱子学が生んだ派閥抗争と神学論争■ トウガラシは朱子学から来た、というヒントを与えてくれた のが、田中明・拓殖大学海外事情研究所客員教授である[3]。 朱子学とは儒教の一派だが、司馬遼太郎は次のように説いてい る。 朱子学は、宋以前の儒学とはちがい、極端にイデオロギ ー学だった。正義体系であり、べつの言葉でいえば正邪分 別論の体系であった。朱子学がお得意とする大義名分論と いうのは、何が正で何が邪かということを論議するのだが、 こういう神学論争は年代を経てゆくと、正の幅が狭くなり、 ついには針の先程の面積もなくなってしまう。その面積以 外は、邪なのである。[3,p125] 1392年に成立した李朝朝鮮では、仏教を弾圧して、朱子学を 国教とし、科挙という試験を通って官僚となった両班(ヤンバ ン)と呼ばれる官僚層が政治、経済、文化のあらゆる面で実権 を握る中央集権的官僚国家となった。政治権力を握る一派が富 も独占するので、凄まじい派閥党争が引き起こされる。そして それが朱子学の妥協を許さない大義名分論の形をとる。 ■5.服喪期間の長さで10数年も抗争■ 党争の典型例が、1659年、第17代の孝宗が死去した時、そ の継母の慈懿(じい)大妃の服喪期間をどうするか、に関して 起きた論争だ。1年を主張する西人党と、3年を正しいとする 南人党が十数年も論争した。カトリックとプロテスタントの神 学論争のようなものだから、論理的な決着がつくはずもない。 最終的には国王の鶴の一声で西人党の勝利に終わったが、負け た南人党を待っていたのは、「邪説」を述べた敗者として賜死 (自殺を命ずる刑罰)、杖死(杖で殴り殺す刑罰)、流刑、蟄 居、罷免などであった。 こうした党争の歴史を分析した韓国の学者の論文では、22 3件もの党争のうち、政策に関するものはわずか3件であり、 他の大部分は、職務上の過失・腐敗・怠慢、人品上の欠陥、儀 礼上の過ちにより、政敵を攻撃してその職を奪おう、というも のだったという。[3,p136] 呉善花さんは次のように述べる。 彼ら(高級官僚)はいくつかの派閥のどれかに必ず所属 して、派閥間での官職獲得闘争に血道をあげた。その闘争 は陰謀と策謀に満ち、互いに血を流し合うまでに至るすさ まじいものであった。この闘争が何百年間にもわたって繰 り返されてきた。そのため、派閥間、各一族間の敵対関係 がほとんど永続化してしまったのである。・・・ しかもこうした憎悪の関係は父から子へと世襲されたか ら、果てしない闘争の繰り返しとなるしかなかった。李朝 では、先祖が受けた屈辱を子孫が晴らすことは、子孫にと っては最も大きな道徳行為であった。[4,p24] ■6.朱子学が韓国人を変えた■ こうした党争が韓国人の民族性というより、朱子学によるも のである、という理由は二つある。一つは、日本でも朱子学は 同様な現象を起こしていること。そして、二つ目は、朱子学が 入る前の韓国人は、こうではなかったことだ。 朱子学が妥協を許さぬ方向へ人を駆り立てる思想だというの は、日本においても実証されている。水戸学は朱子学的名分論 を主流としており、幕末の志士たちに大きな影響を与えたが、 維新後の明治政府内に水戸出身者の有力者の姿は見えない。そ れは水戸藩内部で佐幕派の諸生党と勤王派の天狗党との間で血 みどろの内部抗争が続き、惜しい人材はみな殺されてしまった からであるという。 逆に朱子学導入以前の古代の韓国では、武人が勇壮な活躍を して、宮廷官僚の党争とはまったく違った世界を見せる。たと えば6世紀末に来襲した隋を大いに打ち破ってた将軍・乙子文 徳(いつしぶんとく)は、敗北を装って平壌城近くにまで敵を 誘い込んだ上で、次のような詩を送った。 (貴下の)神策ハ天文ヲ究メ 妙算ハ地理ヲ極ム 戦勝ノ功既ニ高シ 足ルヲ知リテ(戦いを)止メラレヨ (お手並みのほど驚き入る。もう手柄をたてたことゆえ、 この辺で引き揚げられては如何か) 敵将への武人の情けは、あたかもわが国の源平合戦の一幕を 見ているようだ。李朝期の官僚同士の陰惨な抗争とは、まった く違う世界がここにあった。 ■7.歌手を弟に持ちながら、なぜ政治家になれるのか?■ 日本の江戸時代には士農工商の4階級があったが、士は刀、 農は鍬、工はかんな、商人は算盤と、それぞれ具体的な道具を 持って、現実と格闘する必要のある職業である。口先でいかに 大義名分を主張しようと、刀や鍬、かんな、算盤で負けてしま えば意味はない。口舌の徒、空理空論の徒に対する侮蔑と、優 れた技術・技能に対する尊敬が生まれる。 それに対して、李朝朝鮮で富と権力を握った「士」とは朱子 学を極めた文人かつ宮廷官僚、いわば言葉の世界だけで生きて いる人々である。そんな官僚達が政治、経済、文化のすべての 実権を握り、朱子学の大義名分論だけで政敵を倒そうとする。 現実とは関わりのない大義名分に関する空理空論が幅を利かせ、 自らの腕一本で生きる職人や商人への侮蔑を生む。 呉善花さんが来日して驚いたのは、石原裕次郎が亡くなった 時、一流の政治家、芸術家、企業家たちまでが、しきりに哀悼 の意を表している事だった。さらにその兄の石原慎太郎が政治 家だと知って、驚きは呆(あき)れに変わったという。 アメリカではあるまいし、歌手を弟に持ちながら、なぜ 政治家になることができるのか、いずれも私の理解を絶し ていた。 韓国では、身内に歌手や俳優がいようものなら、それは とても恥ずかしいことなのである。とくに家柄を重んずる 現代のヤンバン(両班)である上層階級の人間にとっては、 それはとうてい許すことのできないものなのだ。[2,p143] ■8.「氏より育ち」■ 韓国人が個人的にはとても良い人が多いのに、ひとたび、議 論になると、激烈な主張をして日本人を辟易させる。この激変 ぶりは、まさに現実を無視した大義名分論で頭に血を上らせる 朱子学という「トウガラシ」によるものではないか。 俗に「氏より育ち」という。双子でも違う家庭に育てば、価 値観も立ち居振る舞いもまったく異なる人間となる。日本人と 韓国人は有史以前からの血縁は相当に深く、また古代には文化 的にも相当に親近感を持てるものであったが、近世に至ってシ ナから輸入された朱子学が、5百年以上かけて韓国人の民族性 を根本的に変えてしまったと思われる。 この点の理解は、韓国との付き合いを進める上で重要だ。単 に地理的・民族的に近いからお互いに理解し、仲良くできるは ずだ、というナイーブな期待だけでは、韓国人の激烈な自己主 張ぶりに面くらい、嫌韓感情を生むだけだ。しかし朱子学とい う外国製トウガラシの後遺症だと理解し、また我々には我々な りのワサビ(それが何かは、今回は触れないが)があるのだと 分かれば、相互の国民性を相対化して、もっとねばり強い付き 合いも可能になろう。 ■9.日韓の「異質ぶり」を目撃できた■ 日韓の歴史摩擦についても、トウガラシの影響がある、と理 解すれば、その対処も変わってくる。妥協を許さない朱子学の 大義名分論では、歴史もまた事実を解明する科学ではなく、自 らを正とし他を邪と言い負かすための道具なのである。 第15代の光海君時代の高官・鄭仁弘は、実権を奪った反対 派から、「廃母殺弟」(光海君の継母にあたる先王の后を廃位 幽閉し、幼弟を殺害)の首謀者の一人として1623年に処刑され た。しかし実際には彼は「廃母殺弟」には反対だったことが、 当時の史書にも書かれており、これは明らかに政敵による意図 的な濡れ衣であった。 鄭仁弘の子孫一族はこの汚名をそそごうと、多年に渡り苦労 を重ねたが、反対派が実権を握っている間は聴き入れられなか った。ようやく一族の願いが叶って罪名が除かれたのは、それ から280余年も後の1907年であった。歴史の歪曲をも辞さな い党争の凄まじさ、そして3世紀近くにもわたってその汚名を 雪(すす)ごうという一族の執念。日韓での「歴史観の共有」 とは、こういう激烈なる民族が相手である事を覚悟した上での ことであろうか。 韓国民の激烈なる熱狂ぶりを報道する黒田氏は、こう結んで いる。 日本はそうした隣国とW杯を共同開催したのである。そ の意味では隣国、隣人のわれわれとの「異質ぶり」を目撃 できたということが、相互理解をめざすW杯共催の最大効 果かもしれない。[1] (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(190) 「お家の事情」の歴史観 b. JOG(056) 忘れられた国土開発 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) 1. 産経新聞、「【W杯サッカー 祝祭】革命的風景の韓国 想像 絶する隣人の『異質ぶり』」、H14.06.16、東京朝刊、1頁 2. 呉善花、「スカートの風」★★★、角川文庫、H9 3. 田中明、「物語 韓国人」★★、文春新書、H13 4. 呉善花、「韓国併合への道」★★、文春新書、H12 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■ 竹中さん(フィリピン在住)より 私は、海外に住む日本人ですが、日本の国防に関して憂いと 歯がゆさを感じている一人です。以前から言われている言葉で、 日本人は”水と平和はただ”と思っていると。日本は第2次大 戦の終戦後、アメリカの庇護のもとで国防にはお金をあまり使 わず、経済の発展に専念出来た。それは、アメリカの利益の為 であって、決して日本を助ける為ではなかったのです。現在、 その様な状況は大きく変わっており、日本が独自で国防を考え る、いや考えるではなく、実行するべき時期です。 私は、フィリピンに住んでおりますが、フィリピンの場合、 軍隊は日本と同じで志願制ですが、全国で高校生、大学生は毎 週土曜日は強制的に軍隊の施設で訓練が行われます。私は、今 までこの事について批判めいた話は聞いていません。何故なら 国を守るのは国民の当然の義務だからです。日本は単一民族 (実際には多少の少数民族は含まれていますが)で、フィリピ ンのような多民族による、宗教を背景にした紛争はないので、 恵まれています。 日本人はもっと国防に関心を持つべきで、決して政治家任せ にしてはいけません。お上に弱い日本人ですが、これからは変 えていかないと、お上に任せきりでは日本の存在が危うくなり ます。特に、北朝鮮は目に余るものがあり、許せない事です。 日本国としての態度をはっきり表明し、行動するべき時期だと 思います。 ■ 編集長・伊勢雅臣より 不審船の引き揚げもようやく決まったようです。北朝鮮籍と 確認できたとき、わが外務省はどういう態度をとるのでしょう か。 ============================================================ mag2:26127 pubzine:6307 melma!:2577 kapu:1576 macky!:1687© 平成14年 [伊勢雅臣]. 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