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■■ Japan On the Globe(286) ■ 国際派日本人養成講座 ■■■

        地球史探訪: 幕末通貨大紛争

         幕末の日本は英米外交団により誤った通貨レートを押し
        つけられ、すさまじいインフレに襲われた。
■■■■ H15.03.30 ■■ 38,286 Copies ■■ 768,985 Views ■

■1.幕末の大インフレ■

     1862年の暮れも押しつまった12月下旬、英国の初代駐日外
    交代表ラザフォード・オールコックは、一時的に帰国していた
    所に、大蔵省から呼び出しを受けた。「何の用だろう?」と首
    をひねりながら出向くと、ジョージ・アーバスナットという通
    貨と銀行業務に関するコンサルタントが出迎えて、こう言った。
    
         日本における通貨の混乱、これはすべて日本側の意向を
        無視した外交団のごり押しに原因があります。あなたやア
        メリカ公使がとった行動は十分非難されるに値するもので
        すが、それとは別に真実を知っていただくためにきていた
        だいたのです。
        
     アメリカ公使とは日本との最初の修好通商条約締結に成功し
    たタウンゼンド・ハリス。「日本における通貨の混乱」とは、
    幕末の凄まじいインフレーションであった。明治から大正にか
    けて財界の大御所であった渋沢栄一は、当時を回想してこう述
    べている。
    
         物価とみに騰貴し、一定の俸禄に衣食する士人(武士階
        級)は最も困難を蒙れり。此処において外夷(外国の野蛮
        人)は無用の奢侈品(ぜいたく品)を移入して、我が日常
        生活の必需品を奪い、我を疲弊せしめて、遂に呑噬(どん
        ぜい、侵略)の志を逞しくするものなり、此の禍源を開け
        るは幕府なりと、天下をこぞりて罪を開港に帰し、ひたす
        ら幕府と外人を嫉視するに至れり。
        
     渋沢自身が若かりし頃、横浜外人居留地を焼き討ちしようと
    計画していたほどである。

■2.もし日本政府が事の真相を知ったら■

     アーバスナットは自分が知り得た多くの事実は、報告書には
    伏せておいたとして、その理由をこう語った。
    
         といいますのは、ご承知のように公文書は保管され、も
        のによっては1、2年で公開されます。公開されたものを
        もし日本政府が見て事の真相を知ったらどんなことが起き
        るか、予測できないからです。国家賠償の請求くらいでは
        すまないでしょう。下手をすると国交断絶。つまり国益に
        関わります。かりに日本政府が手を替え、国際世論に訴え
        るというようなことになれば、国益はともかく、あなた方
        現地の外交官、ひいては外務省の高官はもの笑いの種にな
        りかねません。
        
     オールコットにはまだ意味が飲み込めなかったが、アーバス
    ナットは説明を続ける。
        
         日本政府は、イチブ(天保一分銀)は政府の刻印を打つ
        ことにより(本来の銀貨としての価格より)3倍の価値が
        与えられている通貨だと提督ペリーの訪日時に主張しまし
        た。あなた方が横浜に上陸したときも同じ主張を持ちだし、
        ニシュ(安政二朱銀)という通貨を用意して待ちかまえて
        いました。
        
     オールコットはもう3年以上も昔の1859年7月1日、横浜が
    開港した日の事を思い出した。広東から長崎経由で6月29日
    に江戸に着き、高輪の東禅寺にイギリス代表部を開いた後、オ
    ールコックは随員を引き連れて開港の日に初めて横浜を訪れた
    のだった。

■3.1ドル=4ニシュ=3イチブ?■

     鄙びた寒村だったという横浜は、20隻もの貿易船が横付け
    できるような巨大な突堤が大急ぎで作られており、すでにかな
    りの建物が軒を並べていた。そのうちの役所風の建物の前に数
    人の役人と通訳が待機していた。「これはいかなる建物なの
    か」とオールコットが聞くと、「運上所(税関)でござる」と
    答えた。
    
     買い物に繰り出す前に、手持ちの金を日本の通貨に替えてお
    こうと、その建物の一角の両替所に行った。二人の役人が座っ
    ている横には真新しい金貨銀貨をぎっしり詰めた大きな箱と秤
    が置かれていた。アメリカやイギリスが日本と結んだ通商条約
    では、金貨は同量の金貨と、銀貨も同量の銀貨と交換されると
    定められていた。
    
     当時の東アジアにいるヨーロッパ人は、もっぱらメキシコド
    ルという銀貨を用いていた。オールコットが何枚かのドル銀貨
    を渡すと、役人はそれを秤の一方の皿におき、もう一方に2倍
    の数の長方形の銀貨を載せた。秤はぴたりとあう。ニシュと呼
    ばれるその通貨では、1ドル=ニシュ銀貨2枚の交換比率にな
    るのだな、と一行は理解した。オールコックは日本の銀貨はイ
    チブといい、重さでは1ドル=3イチブ銀貨となると聞いてい
    た。とすると、1ドル銀貨=ニシュ銀貨2枚=イチブ銀貨3枚
    という交換比率となる。
    
     表に出て、外人用にできたばかりの商店街を歩いてみた。オ
    ールコットは小間物屋で手箱を買おうとすると、店員が指を6
    本突き出す。6イチブなら2ドルだから、さっきのニシュ銀貨
    なら4枚だ。そう計算して4枚差し出すと、店員は首を振って、
    あと8枚寄こせという。

■4.「なんたる陰謀!」■

     オールコットは首をひねって、通訳に理由を聞かせた。店員
    にあれこれ聞いていた通訳は、やがて目を丸くして振り返って
    言った。
    
         驚かないでください。このニシュ銀貨は最近発行された
        ばかりで、1イチブ銀貨の半分しか価値がないそうです。
        
    「何だって」「どういうことなんだ」と、一行は訳が分からず、
    口々に騒ぎ立てた。「待てよ。整理してみよう」とオールコッ
    トは制した。
    
         さきほどの両替では、1ドル=ニシュ銀貨2枚だった。
        イチブ銀貨1枚=ニシュ銀貨2枚とすると、ちょうど1ド
        ル=1イチブ銀貨の交換となってしまう。1ドルは銀の重
        量では3イチブと交換されなければならないのに、このニ
        シュ銀貨を使うと1イチブとの交換になってしまう。分か
        った。これはドルの価値を3分の1にしてしまおうという
        企みだ!
        
     これでは日本の商品はすべて3倍の値段で買わなければなら
    ない。「なんたる陰謀!」 開国早々、このような卑劣な手段
    で条約を踏みにじる用意をしていたとは、驚くべきことだ、と
    一行はまくし立てた。

■5.「よくまあ理屈をこね回せるものだ」■

     オールコックがすぐに抗議書を幕府に差し出すと、当時の通
    貨を含めて外国問題を一人で担当していた外国奉行の水野筑後
    守忠徳が返書を寄越した。日本語の原文にオランダ語訳がつい
    ており、それを通訳が英語に訳させると:
    
         日本の銀貨は刻印を打って通用させている金貨の代用貨
        幣です。たとえていえば紙で造ったお札と同様の、日本で
        だけ通用する通貨です。ですから、外国の銀貨と重さで比
        較することはできません。秤器に紙幣を載せて比較するこ
        とができないのと同じです。それゆえドルの軽重、品位を
        調べ、それに見合う、本来あるべき銀貨、ニシュ貨を鋳造
        し、用意しておきました。
        
    「よくまあ理屈をこね回せるものだ。政府が刻印だけで通貨に
    何倍もの価値を与えるなど、古今東西、世界の歴史が始まって
    から、そんな事をやってのけた国はない」とあきれてオールコ
    ックは、次のような趣旨の返事を認めた。
    
         日本政府はいいかげんな理屈を並べて外国の貨幣の価値
        を3分の1に減じようとしているが、その理屈が成り立つ
        のなら同じように十分の一にも、二十分の一にも、外国の
        貨幣の価値を好き放題に減らすことができる。通商に対す
        るこれにまさる障害はない。とにかくつまらないことをぐ
        ずぐず言っていないで、条約が調印されたときに通用して
        いた銀貨、イチブ貨をすぐに2千枚持ってきなさい。
        
     水野は「ことは簡単な仕組みで、直接口頭で説明すればすぐ
    に誤解は解けるだろう」と考え、一時的な二朱銀(ニシュ)の
    撤回と、ドルと一分銀(イチブ)との同量交換を通告した。そ
    の後、水野はオールコックに説明しようとしたが、「条約に通
    貨を同種同量で交換する」と書いてある以上、とやかく議論す
    るつもりはない、と突っぱねられた。
    
■6.彼等の主張は正しかったのです■

     ロンドンの大蔵省の一室で、当時の水野の返書を調べたアー
    バスナットは、通貨の専門家としてこう結論づけた。
    
         彼等の主張は正しかったのです。イチブは確かに政府の
        刻印を打つことによって3倍の価値が与えられた通貨だっ
        たのです。日本政府はかつて世界のどこの国もやってのけ
        た事のない事をやっていたというわけです。
        
         日本政府は、イチブという通貨を1枚発行するごとに余
        分に2イチブもの利益を得ることができるようになってい
        たのです。いやまったくすごいことをやっていたものです。
        財政難に悩みつづけているヨーロッパ各国の大蔵大臣には
        涎(よだれ)のでそうな話です。おそらく日本政府はそれ
        で膨大な収入、歳入を得ていたことと思われます。
        
    「しかしなぜあなた方はそのような結果的には正しかった日本
    政府のいい分に耳を傾けなかったのでしょうね。」とアーバス
    ナットは突き刺すような視線をオールコットに向けた。

■7.黄金の国ジパング■

     幕府がやむなく1ドル=3イチブの交換比率を認めたことで、
    時ならぬゴールドラッシュが横浜で起こった。日本では金銀の
    交換比率は1:15、上海では1:16とほぼ同率であったが、
    一分銀は日本政府の刻印によって3倍の価値を与えられている。
    
     外人が5kg分のドル銀貨を同量のイチブ銀貨に交換すると、
    日本では3倍の15kg分の価値で使える。それで金を購入する
    と1kg分の金の小判と交換できる。それを上海に持って行けば、
    16kg分の銀と交換できる。為替だけで5kgの銀が16kgに化
    けるのである。
    
     外人商人たちは争って、ドルを一分銀と交換し、それで小判
    を買い占め、上海で売り飛ばすようになった。商人ばかりでは
    ない。アメリカ公使ハリスは現在の貨幣価値にすると年3億円
    以上もの荒稼ぎをしていたと推定されている。オールコックも
    ハリスには及ばないが、かなりの儲けを懐にしていた。彼等に
    とって日本はまさに「黄金の国ジパング」であった。
    
     小判が買い漁られて払底すると、外人商人たちは絹や海産物、
    魚油など、手当たり次第に買い付けて、上海に持って行くよう
    になった。もともと日本の物価は上海などよりむしろ高めだっ
    たが、一分銀のからくりにより1/3の価格になっていたので
    日本は世界一物価の安い国だという評判がたった。こうして幕
    末の凄まじいインフレーションが始まった。

■8.オールコックの脅し■

     問題が一分銀の交換比率にあることを知っていた水野は両替
    額を制限させたが、オールコックはこの水野をなんとか排除し
    ようと考えた。ちょうどロシア海軍士官ら2名が食料品買い付
    けに上陸した所を何者かに惨殺された事件が起こったので、オ
    ールコックは、ハリスやロシア側とも示し合わせて、水野の外
    国奉行としての責任を問い、幕府に更迭させる事に成功した。
    
     開港4ヶ月を経過して、諸物価の高騰に慌てた幕府は、ちょ
    うど大火で江戸城本丸が焼け落ちたのを理由に、騒ぎの元凶で
    ある一分銀の両替を停止した。オールコックは水野の後任の間
    部詮勝(あきかつ)のもとに出向いて凄んで見せた。
    
         余はイギリス政府の代表である。艦船は有していないが、
        海軍力をはじめとするイギリスの軍事力については十分ご
        承知のはず。どうかそのつもりでお聞きいただきたい。私
        は戦いを好むものではないが、そちらの出方によっては干
        戈(かんか、武器)を交えざるをえない。全体貴下らは条
        約を守る気があるのかどうか、、、
        
     間部らは震えあがった。アヘン戦争、アロー戦争と清国を蹂
    躙したイギリスの軍事力は日本にもよく伝わっていた。オール
    コックは満座をねめつけるようにして言った。[a]
    
         途中で破るくらいなら、条約など結ばないことだ。
        
     その条約も武力の脅しで強要されたものではないか[b]。あ
    まりの言い草に、幕僚たちは歯ぎしりをしつつも、両替継続を
    認めざるを得なかった。狂乱物価が全国を覆い、開国・貿易へ
    の反感から倒幕への機運を生みだしていった。

■9.水野の報復■

     その後、幕府が新潟・兵庫・江戸・大坂での開港開市の延期
    を求めた所、オールコックは英国政府に取り持って外交使節団
    を派遣させることにした。今までにない好意だったが、実は日
    本滞在記「大君の都」を出版するためと亡くした妻の後釜を見
    つけるために、使節団派遣にかこつけて本人もロンドンに一時
    帰国したかったのである。
    
     この時、日本からの外交団は「イチブ銀貨を回収し、1.5
    倍の重さの半イチブ銀貨を流通させる」ことにつき、条約締結
    国の承認を要求していた。オールコックはそれに関する一件書
    類を大蔵省に提出し意見を求めたが、それを検討したのがアー
    バスナットだった。「あなたやアメリカ公使がとった行動は十
    分非難されるに値するもの」という批判はここから生じたのだ
    った。
    
     ここまで話してようやくオールコットはこの要求の裏に隠さ
    れた罠に気がついた。この要求を本国政府が検討すれば、オー
    ルコックやハリスの悪行が明るみにでる。オールコックは水野
    のぎょろりとした眼ときかん気の強い顔立ちを思い出した。奴
    の罠に違いない。
    
     その後、オールコックはほとんど書き上げていた「大君の
    都」の原稿で、自己弁護のための書き直しで苦労した。ハリス
    の方もアメリカ政府から嫌疑をかけられ、それを避けるために
    あわてて日本政府に接近した。ハリスが幕府の顧問的存在、
    「恩人」という神話が生まれたのはこのためである。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(173) アヘン戦争〜林則徐はなぜ敗れたのか?
   世界の中心たる大清帝国が、「ケシ粒のような小国」と戦って
   負けるとは誰が予想したろう。 
b. JOG(149) 黒船と白旗
   ペリーの黒船から手渡された白旗は、弱肉強食の近代世界シス
   テムへの屈服を要求していた。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 佐藤雅美、「大君の通貨」★★、文春文庫、H15
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

■ 編集長・伊勢雅臣より

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