[トップページ][平成15年一覧][The Globe Now][222.0136 中国:社会][360 社会]
■■ Japan On the Globe(292) ■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ The Globe Now: AIDSとSARSの温床 AIDSでもSARSでも中国政府は虚偽の過少報告 により、甚大な被害を招いた。 ■■■■ H15.05.11 ■■ 38,179 Copies ■■ 807,786 Views ■■ ■1.人災だったSARS■ SARS(重症急性呼吸器症候群)が中国で止まる所を知ら ない広がりぶりを見せている。5月8日時点の世界保健機関 (WHO)発表では感染者の累計は7183人に達したが、前 日よりの増加分130人のうち中国本土だけで118人とほと んどを占める。世界全体の死者は506人。中国本土・224 人、香港・208人とで全体の85%に達する。 SARSの第一号患者が発見されたのは、半年も前の昨年 11月だった。広東省仏山市で「これまでに見たことがないよ うな病気にかかった」患者が見つかり、診察した医師は病名を 「非典型肺炎」と名づけた。 その後、今年一月に入って広東省の各地で同様な症状を訴え る患者が続出し、2月10日の段階では広州市だけで192人 の患者がいると公表された。このうち84名が医師や看護婦だ った。 広州市当局は2月11日に記者会見を開いて、副市長ら市幹 部が「広州市は、いかなる病気にも対処しうる能力がある」と 楽観的な姿勢に終始し、患者数も過少報告した。この一週間後 に、SARSの治療に当たっていた広州市の大学病院の医師が 香港に出張し、宿泊したホテルから香港での感染が始まった。 またこの医師が入院した香港の病院でもスタッフや入院患者ら 百人が感染し、被害を拡げた。[1] 広州市が事実隠しをせずに適切な隔離措置をとっていれば、 香港で200人以上もの死者が出る事もなかったはずで、まさ に人災と言える。 ■2.政府ぐるみの患者隠し■ 過少報告は広州市ばかりではない。中国衛生省は4月20日、 北京市の感染者数が346人、死者は18人に達したと発表し たが、これまでの報告では感染者数40人、死者数4人として いた。 中国筋によると、虚偽統計の責任を問われ、張文康衛生 相と孟学農北京市長が二十日までに更迭された。・・・ 中国政府は北京市内の軍病院医師の内部告発に加え、世 界保健機関(WHO)からの指摘を受け、虚偽統計を認め ざるを得なくなった格好。政府ぐるみの患者隠しの実態が 明らかになったことで、発足から一カ月余りの中国新指導 部の国際的信用が大きく傷つくのは避けられない情勢とな った。[2] ■3.HIV感染者数でも過少報告■ 中国での過少報告はエイズ(AIDS、後天性免疫不全症候 群)に至るHIV感染の場合でも見られた。2001年末の中国の 公式報告ではHIV感染者・患者数は3万736人、うち患者 数は1,594人で、684人が死亡したとされていた。しか し翌年9月、中国衛生省は突如、2001年末までの感染者・患者 の累計は85万人を超え、うち10万人以上がすでに死亡と発 表し直して世界を驚かせた。 さらに同省は02年上期ではすでに感染者・患者数は100万人 を突破したと推定し、「対策が不十分だと、2010年には感染者 は1千万人に達する」との危機感を示している。[3] エイズとSARSでは同じくウィルスによる感染症ながら感 染経路も発病に至る過程も大きく違う。しかし両者の爆発的な 蔓延と、政府側の過少・虚偽報告ではそっくりである。事実解 明の進んだHIV感染から、その実態を見てみよう。 ■4.麻薬と売春と■ 中国でのHIVの爆発的な広がりは3つの感染ルートによる ものと考えられている。 第一は麻薬ルートである。中国南部のミャンマー、タイ、ラ オスとの国境地域は麻薬汚染地帯で、一つの注射針で複数の中 毒患者が麻薬を打つ「回し打ち」が広く行われていた。そこに 一人のHIV感染者が加われば、その注射針から次々と感染が 広まってしまう。 西北の新疆ウイグル自治区も麻薬の売買ルートであり、ここ にも回し打ちによるHIV感染が広がっている。中国政府は国 内の麻薬中毒患者を86万人としているが、その実数は何倍あ るのか分からない。 第二のルートは売春である。HIV感染者が不特定多数の相 手と性交渉を持つことにより、感染が急速に広がる。毛沢東時 代には麻薬と同様、売春も根絶されたと言われていたが、1980 年代以降の開放政策によって息を吹き返し、いまや警察当局の 推定によると現代中国には約4百万人もの売春婦がいる。(こ れまた過少報告かもしれないが。) 特に香港との境界近くの広東省や、台湾の対岸の福建省など の沿岸部では、めざましい経済発展によって内陸の貧困地域や 東北諸省から女性が引き寄せられて、ナイトクラブ、マッサー ジ・パーラー、カラオケバーなどで性サービスを提供している。 麻薬と売春という中国文明の伝統が、開放政策で急速に復活 し、HIV蔓延の温床になっている。 ■5.第3のルート:売血■ HIV感染の第3のルートは売血だ。中国の輸血用血液の多 くは売血によるもので、内陸部の貧しい農民たちは現金を得よ うと自らの血を売る。年間数万円の収入しかない貧しい農民た ちにとって、一回数百円の売血はかなりの収入なのである。 特に通常の採血でなく血漿採血にすれば、貧血になることも なく、より頻繁に売血できる。これは血液を遠心分離器にかけ て血漿と血球・血小板を分離し、後者を再び採血者の体内に注 射器で戻す方法だ。この分離作業を効率よく行うために、複数 の採血者からの同型の血液を混ぜ合わして一緒に分離処理し、 残った血球・血小板を採血者たちに分けて注入する。ここに一 人でもHIV感染者が混じっていれば、自動的に感染が広がっ てしまう。 また採血のための注射器もコスト削減のために、同じものが 繰り返し使用されている。これも麻薬の打ち回しと同じメカニ ズムでHIV感染を広げる。 さらに売られた血液がHIVで汚染されていれば、輸血を受 けた人も感染してしまう。病院では血液を使用する際にHIV 汚染を検査することもない。それどころか輸血が必要な人は医 療費を低減するために、こうした危険な血液を安く入手できる 採血所に直接行くよう勧められる有様だ。 ■6.一番深刻なのは中国が現実を認めないこと■ 「中国のエイズ蔓延(まんえん)は相当に深刻だ。でも、一番 深刻なのは中国が現実を認めないこと、隠そうとする点だ」と は、北京のHIV感染者支援活動家・万延海氏の言である。 万延海氏は中国農村部でHIVが売血により広まったことな どを国際社会に発信し、一時は中国当局に拘束された経験を持 つ。そして中国全体で100万人という衛生省の推計を疑い、 農村の売血集団感染が発覚した河南省だけで100万人いるの ではないかとみている[2]。メディアで報道された河南省の 「HIV村」では、住民の80%がHIVに感染し、60%以 上がすでにエイズを発病している。 政府系メディアによるHIVに関する報道は増えているが、 売血ビジネスをめぐるスキャンダルについては、ほとんど報道 されていない。 準独立系メディアである週刊誌「南方週末」は、その調査報 道によって河南省でずさんな採血が行われていることを暴き出 したが、省当局は発行元の新聞社に報道を控えるよう圧力をか けた。また地方の役人たちは、売血ビジネスへの自らの関与が 明るみに出ることを恐れ、記者や政府の公衆衛生専門家が、H IV感染者の聞き取り調査のために自分の村や町にやってこな いように画策している。 地方役人の「現実を隠そうとする」姿勢は、効果的な予防対 策を遅らせ、HIV蔓延に歯止めのかからない一因となってい る。 ■7.政府の情報統制■ もっとも官僚が自分のミスを隠そうとする事は、どこの国で もあることだ。わが国の薬害エイズ事件も同類のケースであろ う。血友病の患者が出血を止めるための特効薬として用いられ た非加熱の血液製剤のなかにHIVが含まれていたために、全 血友病患者の約4割にあたる1800人がHIVに感染し、う ち約400人以上が死亡したとされる事件である。 数千人の血液を混ぜ合わせてつくる非加熱血液製剤の危険性 が米国で明らかになってからも、製薬企業は輸入販売を続け、 厚生省はなんの対策もとらなかったとして、血友病患者、家族 が国と製薬会社を訴えた。平成8(1996)年2月16日、菅厚 相は患者ら200人と会い、原告の一人が「これまで国や企業 の責任が指摘されていたにもかかわらず、一切反省することも なく責任を認めようとしない」と厳しく批判したのに対し、国 の責任を全面的に認め謝罪した。 行政がミスを隠そうとしても、ジャーナリズムや研究者が事 実を暴いて批判することで、その責任を追及しうる。薬害エイ ズ事件で政府責任を追求できたのも、桜井よしこ氏らジャーナ リストの事実報道があったからである。 政府が都合の悪い情報を隠してしまうのは、程度の差こそあ れどこの国にもある事だが、大事なのはそれを暴き出し、広く 社会全体に告発する自由なジャーナリズムの存在である。中国 においては、言論の自由が限られ政府が情報統制をしている所 に、HIVやSARSの対策が後手後手に回る一因がある。 ■8.HIV感染の巨大な温床■ HIV感染であきらかになった中国のもう一つの問題点は、 麻薬、売春、売血など社会の暗部が感染拡大の温床になってい る点だ。そしてさらに恐ろしいのは、「民工」というより巨大 な温床の存在だ。 民工とは貧しい農村での戸籍住所を捨て、豊かさを求めて都 市部に移住してきた出稼ぎ農民である。これに赤字だらけの国 有企業から解雇された4千万の都市失業者が加わって、一億人 と言われる民工が発生している。 民工の多くは文字が読めず、方言しか話せない。戸籍から抜 け出し、不法労働に従事し、建設現場や町外れのみすぼらしい 小屋に暮らしている。当然、医療保険、衛生管理、教育などの 行政サービスの対象外となっている。 こうした民工の間で、注射による麻薬使用が流行りだしてい る。不遇の中の絶望と疎外感から、麻薬によって現実から逃避 しようとするのであろう。また民工の多くは20代から30代 という性的にもっとも活動的な年齢層にあり、いきずりの性交 渉を持つ可能性も高い。 さらには国有企業の労働者たちは血液不足を緩和するために 献血を義務づけられているが、「血頭」と呼ばれる違法血液ビ ジネス組織に金を払い、自分の代わりに血液を提供してくれる 民工を紹介してもらう、という闇取引もあるそうだ。 中国政府が実態すらよく把握していない、こうした1億人も の民工の間にHIVが広がりつつある。「対策が不十分だと、 2010年には感染者は1千万人に達する」という中国衛生省の警 告は、決して大げさなものではない。 ■9.SARS感染の恐怖の中で働く民工たち■ 民工はSARSに関しても温床だと考えられている。建築現 場では大勢の民工が共同生活をしているからである。5月8日 までに北京で集団感染のために封鎖された建設現場は4カ所に のぼる。 北京市当局は一時、感染リスクが高いとして建設現場の作業 を一時停止させたこともあったが、北京オリンピックを控えて 建設スケジュールに余裕がないため、4月末頃から工事が再開 された。またすでに完売した高級マンション建設工事では、完 工が遅れると契約違反で多大な損害を被りかねないという事情 もあった。 このマンション建設現場で働く民工の一人は「いくら消毒薬 をまいても感染が怖い。他の現場では患者がつぎつぎ出てい る」と語る。北京では民工の脱走と外部からの感染を防ぐため に一般社会から隔離し、厳しい監視のもとで現場作業にあたら せている。[5] ■10.「万国の労働者よ、団結せよ!」■ カール・マルクスはその著書「資本論」の中で、19世紀の 英国では13歳の児童までが12時間も働かされている状況を 紹介している。こうした労働者階級の悲惨な状況から、マルク スは「万国の労働者よ、団結せよ!」と呼びかけた「共産党宣 言」を発表した。 しかしSARS感染の恐怖のもと、脱走しないように工事現 場に隔離されて働かされる民工たちの悲惨さは、19世紀イギ リスの労働者階級とさほど違わない。マルクスが21世紀の北 京を見たら、やはり「万国の労働者よ、団結せよ!」と訴えよ うとするのではないか。 しかしマルクスがそんな事を訴えたら、たちまち中国政府に 逮捕されてしまうだろう。19世紀の英国には「共産党宣言」 を出版する言論の自由があったが、中国「共産党」が支配する 21世紀の中国には新たに「共産党宣言」を出す自由はない。 中国の開放経済体制は「社会主義市場経済」と呼ばれている が、それは19世紀的資本主義の労働者搾取と、20世紀的共 産主義の言論統制という両者の「悪い所どり」をしたものでは ないか。HIVもSARSもこれが温床となっているのである。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(224) 「油上の楼閣」中国経済 経済発展する壮大な楼閣は、一触即発の油の海に浮かんでいる。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) 1. 産経新聞「開龍1 序章SARSの脅威」H15.05.07 2. 共同通信「北京の感染者346人に 邦人1人に初の疑い 衛生相と北京市長を更迭」H15.04.20 3. 産経新聞「HIV感染 中国100万人 衛生省試算、公式報 告の30倍」H14.09.07 4. 産経新聞「中国のHIV感染者支援活動家 万延海氏に聞く 政治危機はらむエイズ拡大」H14.10.17 5. 産経新聞「隔離建設現場 五輪へ リスク覚悟の中国流」 H15.05.09夕刊 6. ベイツ・ジル他「中国に蔓延するHIVの脅威」★★、 「次の超大国・中国の憂鬱な現実」朝日文庫、H15 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「AIDSとSARSの温床」について シンイチさんより 私は今から12年くらい前に北京に行ったことがありますが街 の汚さに唖然とした覚えがあります。大通りは一見綺麗に見え ますが、少し裏通りに入ると今にも抜け落ちそうな汲み取り便 所や舗装されていない土埃の舞う路地など立ち入るのを躊躇し てしまう雰囲気がありました。 北京駅も薄汚く、線路には無数の食べた後のスイカの皮で埋 まっていました。列車で地方の都市に行っても、石炭の煤煙で 街がスモッグでかすみ煤煙の臭いには閉口しました。こんな所 に長くいると体に悪いだろうなと思いました。さらに内陸の砂 漠地帯に行くと、煉瓦を積み上げただけの粗末な家におそらく 電気もない状態で暮らしているのが痛々しかったです。 私が一番嫌だったのは、どこでもかしこでも唾、痰を吐きま くる事です。モラルという言葉は中国にはないのでしょうか? ■ 編集長・伊勢雅臣より 躾とは身を美しくすることですが、それはSARSにも効き そうですね。© 平成15年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.