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■■ Japan On the Globe(307)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

              国柄探訪: 伝統技術が未来を開く

         数千年に渡って蓄えられてきた日本の伝統技術が、最先
        端の現代技術に生かされ、明日を開きつつある。
■■■■■ H15.08.24 ■■ 38,122 Copies ■■ 910,016 Views■

■1.明日を開く伝統技術■

     漆塗りのノートパソコンや液晶テレビが売り出された。深み
    のある黒、鮮やかな赤、なめらかで優美な触感。時を経ても古
    びずに、ますます艶を増していく。こんな工芸品のような家電
    や情報機器が広まったら、数年で使い捨てという現在の大量消
    費文化も一変するのではないか。部品やソフトの入れ替えだけ
    で、本体は一生物として大切に愛着を持って使われるようにな
    るかもしれない。
    
     漆は塗料としても注目されている。合成塗料が含む有機溶剤
    は、めまい、吐き気、頭痛などの「シックハウス症候群」を引
    き起こすが、漆は有機溶剤を用いない。壁や天井、家具を漆塗
    りにした「人に優しいマンション」がそのうち登場するであろ
    う。
    
     さらに漆の固まるメカニズムを応用した新しいプラスチック
    が実用化の一歩手前まで来ている。これまでのプラスチックは
    石油を原料とし、製造のために熱エネルギーを使い、廃棄物を
    出していた。新しく開発されたプラスチックは、漆が自然に固
    まるように自然に生成され、石油も熱エネルギーも必要とせず、
    廃棄物も出さない。こんな「地球に優しいプラスチック」が登
    場したら環境問題も一変する。
    
     お椀や重箱などで培われてきた漆塗りの伝統技術が、最先端
    の現代技術に生かされて、まったく新しい新製品を生み出す。
    それはもの作り大国・日本の明日を開く可能性を秘めている。

■2.世界最古の漆器■

     世界最古の漆器は日本で出土している。北海道南部、南茅部
    町の柿ノ島B遺跡から、櫛や腕輪、数珠状にした玉など多くの
    漆塗り製品が出土した。これらをアメリカの研究所に送り、放
    射性炭素による年代測定をしてもらった所、9千年前、縄文早
    期の作品という結果が出た。それまでは中国の長江河口近くの
    河姆渡(かぼと)遺跡から出土した約7千年前の漆腕が最古だ
    った。本誌304号で紹介した「日本のルーツ? 長江文明」
    の遺跡である。[a]
    
     これ以外の縄文遺跡からもたくさんの漆器が見つかっている。
    島根県松江市の夫手(それて)遺跡からは6千8百年前の漆液
    の容器が見つかっており、新潟県三島郡和島村の大武(だい
    ぶ)遺跡から出土したひも状の漆製品は6千6百年前のもので
    あった。
    
     約5千年前の青森県三内丸山遺跡からは直径が30センチほ
    どもある見事な漆塗りの皿が出土した。現代にひけをとらない
    漆の技術がすでに5千年前からあったことで、専門家を驚かせ
    た。この遺跡から出土した漆の種子をDNA分析した結果、中
    国とは違う日本型のウルシの木であることが明らかになった。
    したがって、日本の漆の技術は中国とは独立に、場合によって
    は、中国より早い時期に発達したという説も生まれた。
    
     紀元前2、3千年前の縄文晩期の遺跡からは、赤色、黒色の
    漆を塗った土器、飾り刀、弓、耳飾り、櫛、腕輪などが多数、
    発掘されており、高度な漆工芸が大規模に行われていたと考え
    られる。さらに3世紀末から7世紀にかけての古墳時代には、
    内側に漆を塗った柩が使われ、また武人の鎧や刀の鞘にも漆が
    使われた。
    
■3.連綿たる技術的発展■

     漆の技術は、縄文時代から連綿と発展し、歴史時代に続く。
    日本書紀には漆部造兄(ぬりべのみやつこあに)という人物名
    が出てきて、漆職人のグループが存在していた事を窺わせる。
    701年の大宝律令では、漆塗りをつかさどる役所として漆部
    (ぬりべ)が置かれた。
    
     法隆寺の玉虫厨子台座の四面に描かれた「捨身餌虎図」は、
    異説もあるが、飛鳥時代の漆絵の代表作として名高い。奈良時
    代の中尊寺金色堂の内陣(本尊を安置してある部分)や須弥壇
    は、黒漆塗に金銀、螺鈿(らでん、アワビ貝などの真珠光を放
    つ部分を薄片とし、漆面にはめ込んだもの)、蒔絵(漆を塗っ
    た上に金銀粉または色粉などを蒔きつけて絵模様を描いたも
    の)で名高い。
    
     鎌倉時代には表面を平らに仕上げた平蒔絵や、盛り上げ高蒔
    絵など蒔絵の基本的な技法が完成した。室町時代には、さまざ
    まな色漆を塗り重ねて複雑な色模様を出す堆朱(ついしゅ)が
    行われるようになる。江戸時代には本阿弥光悦や尾形光琳らが、
    斬新なデザインの蒔絵を生み出していった。
    
     漆工芸は貴族や武家だけでなく、一般人の生活の隅々まで広
    がっていった。福井市の一乗谷では、戦国時代の町屋跡から漆
    器が多数、出土した。腕、皿、家具、石臼にまで漆が塗ってあ
    った。

■4.ヨーロッパで流行した漆工芸■

     18世紀のヨーロッパでは、日本の漆器が一大ブームとなり、
    漆器が「ジャパン」と呼ばれた。その牽引役となったのがオー
    ストリアの女帝マリア・テレジアだった。テレジアは漆器の艶
    のある黒色に魅せられて、熱狂的なコレクターとなった。ウィ
    ーンのシェーンブルン宮殿には、中国から呼び寄せた漆職人に
    黒い漆のパネルで一面を飾った「漆の間」を作り、財産を注ぎ
    込んで日本の蒔絵などの漆器を集めた。
    
     「私にとって世の中のすべて。ダイヤモンドさえ、どうでも
    いい。ただふたつの漆とタペストリーだけあれば満足です」と
    テレジアは手紙にしたためている。
    
     テレジアの娘の一人がフランスのルイ16世に嫁いだマリ
    ー・アントワネットである。テレジアはわざわざ金粉を施した
    漆のワイングラスなどを日本に注文しては、マリー・アントワ
    ネットに送り続けた。彼女は母親から送られた漆器を大切にし、
    断頭台の露と消える4年前に、漆器をすべて宮殿から運び出し
    て守っている。
    
     会津は江戸時代後期から漆器の海外輸出で知られており、会
    津藩は現在価値で数億円規模の外貨を獲得していたと伝えられ
    ている。マリー・アントワネットの注文を受けたのは会津藩か
    もしれない。
    
     18世紀には日本の漆を取り入れた新しい装飾文化がヨーロ
    ッパで花開いた。フランスの家具職人がヨーロッパ調の家具に、
    日本から輸入した蒔絵などをはめ込む技法を流行させた。蒔絵
    以外の部分は、模造の漆がよく用いられた。ニスに様々な薬品
    をまぜて作ったものだが、日本の本物の漆には遠く及ばないも
    のだった。
    
     マリー・アントワネットが用いた文机の天板には3枚の蒔絵
    が使われている。うち2枚は日本製の本物で、数百年たっても
    黒の塗膜がしっかりしていて変わらない美しさを見せているが、
    代用品の1枚は漆の色があせ、塗膜がはがれてしまっている。

■5.「漆の一滴は汗の一滴」■

     漆は「ウルシ」の木の樹液を原料とする。ウルシ科で漆を採
    取できる樹木は日本、朝鮮、中国、インドネシア半島など、東
    アジア地域にしか自生せず、漆工芸が東洋独自の工芸として発
    達した原因となっている。日本産のウルシの樹液が最上級とさ
    れ、国内の工芸品の仕上げのほとんどはこれを用いるが、樹木
    の不足などで現在では日本で使われる漆液の大半が中国からの
    輸入品である。
    
     ウルシの木は10年ほどで高さ20メートル、幹の周囲25
    〜30センチの成木に育つ。その表面に傷をつけて、4、5日
    経つと、指の先ほどの樹液がたまる。それをヘラで掻き取り、
    また少しずらした所に傷をつける。昔から「漆の一滴は汗の一
    滴」と言われるように、非常に根気のいる作業である。
    
     傷は浅すぎても深すぎてもだめで、熟練を要する。漆掻き職
    人は「一年で20貫目(約75キロ)集められると一人前」と
    された。ウルシの木は一年で漆液を採りきって伐採され、その
    切り株から新しい芽が出て育つまで10年間大切に育てられる。
    
■6.「漆は生き物なので、人のおもいどおりにはならない」■

     ウルシの木から採取した漆液を精製する過程も根気と熟練を
    要する。まず綿をちぎって入れて、加熱・濾過し、綿と共にゴ
    ミや木の皮を取り出す。次に約2時間ゆっくりかきまぜると、
    とろっとした柔らかさが出る。水分と油分が0.01ミリほど
    の均一な粒になって、よく混ざり合うのである。
    
     それから40度前後の温度でゆっくり暖めながら、水分を約
    30パーセントから3〜4パーセントまで徐々に飛ばしていく。
    この時に55度を超えると、あとで漆を固める役割を果たすラ
    ッカーゼ酵素が変質して働かなくなってしまうため、職人は神
    経を集中し、勘に頼りながら温度を保たねばならない。
    
     漆特有の深みのある黒色を出すためには、釣り針作りなどで
    できた水酸化鉄を入れて、一晩寝かせると化学変化によって漆
    液が「漆黒」になる。ふたたび綿をちぎって入れて、水酸化鉄
    を付着させて取り除く。できあがった漆は、黒い輝きと鏡のよ
    うな艶やかさをたたえている。漆の精製職人である会津若松の
    武藤勝彦さんはこう言う。
    
         漆は生き物なので、生かさず殺さず、つくっていく。そ
        れでも人のおもいどおりにはならない。職人は生きたり死
        んだりする気まぐれな相棒と、じっくり腰をすえて、付き
        合わなければならない。

■7.30〜40工程もの漆塗り作業■

     漆を器に塗る作業は、30〜40工程にもなる。それは奈良
    時代に行われていた方法とあまり変わりない。漆器の素地とし
    ては木材のほか、竹、紙、金属、陶磁器、皮などがあり、それ
    ぞれの素地作りに専門の職人がいる。
    
     木材にしても、用途にあった材質とくせを熟知していなけれ
    ばならない。板物は硯箱など箱状のものを作るためで、檜(ヒ
    ノキ)、杉などが用いられる。挽き物は欅(ケヤキ)、栃(ト
    チノキ)などを、ろくろで回して削り出しながら、腕やお盆な
    ど回転体を作る。
    
     これらの素地にうすく漆を塗っては乾かす、という作業を何
    度も繰り返す。ほこりが入ると台無しになってしまうので、塗
    りは一番奥まった部屋で行い、作業中は人の出入りを禁ずる。
    「伏し上げ(塗った際のほこりを取る作業)3年、へらつけ
    (漆の下塗り)8年」と言われるように、長年の熟練がいる。
    輪島塗などの高級漆器は30回以上の上塗りが施される。
    
     蒔絵を施す場合には、中塗り面に漆で模様を描き、蒔絵粉
    (金や銀の粉)を蒔いた後に、上塗りをする。一晩経って固い
    塗膜ができた後で、炭で研ぐと埋め込まれていた金銀の模様が
    現れる。その上に、透明の漆を繰り返し塗って平らにする。
    最後は鹿の角などで磨き、艶を出して仕上げる。

■8.湿気の中での乾燥!?■

     漆を乾かすには、引き戸のついた「湿(しめ)し風呂」とい
    う特別の棚に入れる。この中で温度20〜30度、湿度65〜
    80パーセントを保つ。なんと漆は高い湿度の中において乾か
    すのである。この不思議なメカニズムを科学的に解明したのが、
    明治16年に吉田彦六郎という研究者がイギリス化学会誌に発
    表した論文であった。
    
     漆が固まるのは、主成分であるウルシオールの分子どうしが
    相互に固く結合されるからである。その縁結びの役割を果たす
    のがラッカーゼ酵素だが、この酵素は湿気が高いと活性化して、
    空気中の酸素を取り出し、それを使ってウルシオール分子同士
    の結合を促進する。
    
     人工漆の開発に取り組んでいる京都大学工学部の小林四郎教
    授は、このメカニズムをウルシの木の生体防御システムではな
    いか、と推察している。動物が傷つくと血が固まって傷口を塞
    ぐように、ウルシの木も樹液で樹皮の傷を塞ごうとする。その
    時にラッカーゼ酵素を使って、空気中の酸素を取り込み、ウル
    シオール分子の結合反応を進める。こういう生体防御システム
    が漆器に備わっているのであるから、「漆は生き物だ」という
    のもあながち誇張ではない。
    
     ラッカーゼ酵素は湿気があればいつまでも働き続け、ウルシ
    オール分子の結合は20年も続くと言われる。時を重ねていく
    に従って、ますます艶が出てくるという漆の特徴はここから来
    る。漆塗りの職人も、塗り上げた時に良くできたかどうかは分
    からない。塗り方を工夫してから、何年も経ってその結果を見
    る、そんな忍耐強いサイクルを繰り返しながら、漆の技術は蓄
    積されてきたのである。

■9.21世紀の未来を開くのは■

     漆工芸のプロセスを見て感じることは、まずこの伝統技術が
    自然現象に対する実に細やかな観察に基づている事である。漆
    の乾燥には高い湿度が必要だ、というような発見が、どれだけ
    の長年月の試行錯誤と観察の上になされたものか、まさに想像
    を絶する。
    
     それは現象を極端に単純化した上で法則化する西洋近代科学
    のアプローチとは異なるが、ラッカーゼ酵素の働きを巧みに生
    かすなど、自然の物理的化学的法則性を見事に活用している。
    伝統技術の背景にこのような合理的思考の姿勢があったからこ
    そ、明治期における西洋近代科学の導入も急速に進んだのであ
    ろう。
    
     もう一つ印象深いのは、そうした製造プロセスの創意工夫が
    長い歴史を通じて、無数の人々によって積み重ねられてきてい
    ることだ。様々の素材に対して、多様な技法やデザインが生み
    出されてきた。無数の職人たちが、師匠から技術を厳しく仕込
    まれて一人前になった後は、少しでも先代を追い越そうと、倦
    まず弛まずに新しい工夫をしてきたのであろう。明治以降にお
    いても、また戦後の復興においても、製造現場でのこうした弛
    まぬ創意工夫の姿勢が急速な産業発展の原動力であった。
    
    「精密な自然観察」と「弛まぬ創意工夫」、この二つの姿勢は
    漆だけでなく、和紙、金箔、磁器、日本刀などの伝統技術を生
    み出した。そして和紙技術は電解コンデンサー・ペーパー、金
    箔技術はプリント基板の電解銅箔、磁器技術は携帯電話のセラ
    ミック・フィルターなどに生かされ、それぞれの分野で日本企
    業が圧倒的な世界シェアを持つ原動力となっている。
    
     21世紀の未来を開くのは、このようなキーマテリアル、キ
    ーデバイスである。これらの先端技術分野でどのようにリーダ
    ーシップを維持していくかが、もの作り大国・日本に問われて
    いる。しかし案ずるには及ばない。そのお手本はすでに我々の
    ご先祖様が数千年に渡って示してくれているからである。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(304)  国柄探訪: 日本のルーツ? 長江文明
    漢民族の黄河文明より千年以上も前に栄えていた長江文明こそ、
   日本人のルーツかも知れない。
b. JOG(274) 国柄探訪: 日本の技術の底力
    幕末の日本を訪れたペリー一行は、日本が工業大国になる日は
   近いと予言した。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. NHK「ジャパン・インパクト」プロジェクト編、「ジャパ
   ン・インパクト 伝統の技が未来を開く」★★★、NHK出版、
   H15
2. 漆を科学する会、「うるしとうるしのうつわ(ホームページ、
   写真・イラスト多数)」★★★、
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「伝統技術が未来を開く」について 

                                  アキラさん(英国在住)より
     私は、英国で、骨董家具、木芸品の修復保存と言う仕事をし
    ていますが、職業柄、日本の漆塗りの物が来る事も珍しくあり
    ません。文中にもあった、マリー・アントワネットの文机の話、
    まさしくその通りで、日本、中国の漆を真似ようとしましたが、
    上手くいかず、最終的には、日本の家具の漆塗りのパネルを利
    用すると言う、かなり乱暴な手に出ます。ただ、私がそのよう
    な事実を知ったのは、こちらに来てからでした。

     不思議な事に、日本の教育上、歴史は日本史と世界史と言う
    二つに分かれます。世界の中の日本と言う事を考えたとき、世
    界から日本へ与えた影響、また逆に日本が世界に与えた影響と
    言う事が考えられるのですが、日本史上で世界から受けた影響
    についてのみ言及するだけで、逆については全くと言ってもい
    いほど、述べられていません。

     ヨーロッパ文化史上、日本の影響が顕著なのは17世紀と19世
    紀、前者は種子島への鉄砲伝来から鎖国が始まるまでの、ポル
    トガル等の国との貿易によって、後者は幕末から明治期にかけ
    ての1851年のロンドンの万国博覧会を初めとする後年の博覧会
    への参加によってです。その中で、漆物の占める割合は大きく、
    多くの西洋人を感嘆させました。その証拠に、世界各国の美術
    館、博物館ではものすごい数の漆物が収容されています。ただ、
    漆も、オーガニック物である以上、生物界の自然分解と言う事
    は避けられません。この点でも日本は世界に対し十分にイニシ
    アチブが取れる立場にあり、知識、技術の輸出と言うソフトな
    分野での貢献が可能なわけです。

     文中にあった家電に漆と言うのは、個人的にやや疑問が残り
    ますが、伝統的な物をもう一度現代の視点で見直し、それをそ
    のまま利用するだけでなく、現代の使用に合うように変更させ
    ていく。願わくば、21世紀が、17世紀、19世紀に続き良い形で
    日本の文化を、輸出し、世界に影響を与えるような、世紀にな
    って欲しいものです。
    
                                                千恵さんより
     ちょうど1週間前に、マリア・テレジアのシェーンブルン宮
    殿、マリー・アントワネットのヴェルサイユ宮殿を見て参りま
    した。彼女たちが過ごしたといわれる部屋も見学しましたが、
    当時ヨーロッパでもてはやされた漆工芸品が、まさかあの時代
    に日本から輸入されたものであったなど、私にとって非常にタ
    イムリーで興味深い話でした。

     伝統工芸、伝統建築、伝統食、伝統技術、全てに共通するの
    は”自然”ということです。人間が一生を終えるのと同様に大
    地に還っていく石や土壁、藁葺き屋根・・・。そこに自然への
    感謝の念があるか、ということを思い起こさずにはいられませ
    ん。

     私は今、食に関わる分野で”おばあちゃんから孫へ”をテー
    マに食育活動をしております。例えば豆腐や味噌、蒟蒻など、
    私たちが日常的に口にする食品さえもどうやって作るのか、知
    らないまま私達は成長しました。伝統技術も伝統食も、伝えら
    れなければ失われていくものがある、ということを実感してい
    ます。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     グローバル化の時代に、伝統技術という日本のソフトパワー
    を今こそ再発揮すべき時でしょう。

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