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 ■■ Japan On the Globe(343)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

            国柄探訪: 神話は先祖からの贈り物

                 神話は大和朝廷が自らの政治権力を正当化する
               ための「政治宣伝文書」か?
■■■■ H16.05.09 ■■ 34,081 Copies ■■ 1,166,889 Views■

■1.日本の神話学は「ガラパゴス」状態■

     古事記、日本書紀に語られた日本神話は、大和朝廷が自らの
    権威を正当化するために創作した「政治宣伝文書」だという見
    方が、依然、学界や歴史教科書で主流を占めている。「歪めら
    れた日本神話」という挑戦的な本を出した元・産能大学教授・
    萩野貞樹氏は、この状況をこう批判する。

         外国の神話学者や民俗学者で日本の古典神話を「神話」
        でなく、政治文書だなどと言う人はいない。・・・日本の
        学者だけが、少数の神話学者を除きほぼ異口同音にそう言っ
        ているだけである。だが、その結果、一般の人々も日本に
        は神話がないと思っているというはなはだ妙な事態になっ
        ている。[1,p91]

     こういう状況の中で、欧米流の実証的な神話研究を発表した
    らどうなるか。

         例えばギリシア神話と日本神話との奇妙な類似を精密に
        抉って見せた吉田敦彦氏がシンポジウムなどに出席して、
        両者の構造的類似を詳しく説明したりすると、ほかの出席
        者は・・・みな揃って実に迷惑そうにするのが手に取るよ
        うにわかる。[1,p53]

     吉田敦彦氏はフランスの神話学者ジョルジュ・デュメジルの
    弟子にあたる。このデュメジルこそ、それまで神話を自然科学
    や宗教の未熟な萌芽とする19世紀的神話学から、古代人の世
    界観の表現と捉える実証的な20世紀的神話学への転換をもた
    らした人物であった。

     このシンポジウムの光景は、たとえて言えば19世紀的マル
    クス経済学者が大多数を占める国内の集まりで、ただ一人、欧
    米の最先端の近代経済学を学んだ学者が、実証研究を発表して
    いるようなものだ。生存競争のない日本の学界では、まるでガ
    ラパゴス諸島のように、前々世紀の遺物のような学者・学説が
    生き残っているのである。

■2.ギリシャ神話と日本神話の奇妙な一致■

     吉田敦彦氏の研究の一端を覗いてみよう。たとえば皇室の始
    祖として日本神話の中心的な存在とされている天照大神にまつ
    わる物語とそっくりな要素がギリシア神話の中に見つかるとい
    う。両者を並べるとこうなる。[1,p48][2,p17]

    天照大神:太陽と豊穣の女神
        デーメーテール:太陽と豊穣の女神

    弟スサノヲは海と嵐と地震と武の神
        弟ポセイドーンは海と嵐と地震と武の神

     弟が皮をはいだ馬を投げ入れ、驚いた女神の一人が機織りの
    とがった道具で性器をつきさして死んでしまう。
         姉が馬に化けて逃げようとするが、弟も牡馬になって、
        姉を犯す。

    天照大神は怒って天の岩屋に隠れる。
        デーメーテールは怒って山の岩屋に隠れる。

    世界は暗黒になり、真っ暗な夜が続いた。
        世界は暗黒になり、作物は生えなくなる。

     一計を案じた神様達が洞窟の前でお祭りをし、騒ぎ立てる。
    何事かと思って天照大神が天の岩戸を少し明けたところを、力
    持ちの神が引き出し、世界に光が戻った。
         神様の王ゼウスが、デーメーテールの隠れている場所を
        見つけ、三人姉妹の運命の女神を送って、岩屋から出るよ
        うに説得する。デーメーテールが機嫌を直して外に出ると、
        作物がまた生えるようになった。

     このほかにもイザナギが地下の死者の国まで妻のイザナミを
    迎えに行く物語、オオクニヌシが何度も殺されては生き返る物
    語とそっくりのテーマがギリシア神話にある。

■3.日本に伝わったギリシア神話の影響■

     これほどの類似は偶然ではありえない。吉田氏はこの理由を
    次のように解き明かしている。まずギリシア人は紀元前7世紀
    の頃には黒海に進出し、その沿岸に多くの町を建設した。

     この頃、ドン川やドニエプル川など、黒海に流れ込む大河の
    流域を支配していたのは、遊牧民族のスキタイ人だった。スキ
    タイ人は黒海の沿岸に定着したギリシア人から強い文化的影響
    を受けた。スキタイ人の王の墓からは、ギリシアの品物がたく
    さん出土する。

     黒海の北方から中国北方までユーラシアのステップ(草原)
    地帯には、様々な遊牧民族が住んでいたが、彼らはみなスキタ
    イ人の文化的影響を受けた。その一部の民族が朝鮮半島に入っ
    て高句麗と百済を建てた。この両国から4〜6世紀にかけて、
    多くの知識人や技術者が日本に移り住み、スキタイ経由のギリ
    シア神話を伝えたという。

     スキタイ人は文字を使わなかったが、彼らの神話はギリシア
    人の歴史家ヘロドトスが書き残している。それによると、スキ
    タイ人の王は農具、斧、杯を3種の神器としていたが、同様に
    高句麗では煮炊き用の鼎(かなえ)、剣、楽器が、日本では勾
    玉、剣、鏡が神器とされた。それぞれ生産、戦い、祀りの道具
    である。

■4.苦しい「政治宣伝文書」説■

     さて、こういう実証的な研究成果を知った上で、従来の日本
    国内だけで流布していた「政治宣伝文書」説を読み直してみた
    ら、面白いだろう。

     たとえば国際日本文化研究センター所長だった梅原猛氏は、
    持統天皇から文武天皇へ、そして元明天皇から聖武天皇へ、と
    いう形で、それぞれ息子を亡くした女帝が孫に皇位を継承する
    という「不自然さ」を正当化するために、天照大神が孫のホノ
    ニニギの命に地上の支配を命ずるという天孫降臨神話が創作さ
    れた、という説を述べた。

     いかにも推理小説風の鮮やかな仮説であるが、「祖母から孫
    への皇位継承」という「不自然」な神話が、実はお隣の百済で
    も見つかるとしたらどうだろう。百済の始祖・温祚(おんそ)
    は大女神・柳花の孫である。

     それでも日本国内で神話が政治的に創作されたと強弁するに
    は、百済でも偶然、同様の政治的必要性から創作されたとする
    か、あるいは日本神話が百済に伝搬した、と考えなければなら
    ない。どちらにしても梅原氏も「実に迷惑そうにする」顔をす
    るしかないであろう。

■5.「附会による混乱」?■

     哲学者出身の梅原氏よりも、より専門的な神話学者はどうだ
    ろう。京都大学教授を長く務めた上田正昭氏はスサノヲに関し
    てこう述べる。

         高天原での荒ぶる行為と、中つ国でのまったく逆の荒ぶ
        るものを平定する行動(JOG注:八岐大蛇の退治)はあま
        りに背反する。・・・

         ほんらい荒ぶる神=国つ神としてあったスサノヲの神話
        が、高天原系の天つ神の神話に付会されたために、こうし
        た混乱がおこったといえよう。(「日本神話」、岩波新書)

     これも天照大神とスサノヲの姉弟関係が、そのままギリシア
    神話に見つかるという吉田氏の研究から、二つの神話が強引に
    附会されたものという説は苦しくなる。

     スサノヲが高天原で乱暴狼藉を働いたのも、もとはと言えば、
    母・イザナミを亡くした悲しみの心からなのである。そういう
    純真な一面を持つスサノヲが高天原を追放され、ついには八岐
    大蛇を滅ぼしてクシナダヒメを助け、喜びの新居を構える。こ
    ういう悲喜こもごものドラマであるからこそ、我々の祖先も心
    躍らせて、代々口伝えしてきたのであろう。これを「あまりに
    背反」ととる上田正昭氏はどのような心情の持ち主なのか?

         毎度のことにはちがいないが比較的最近また少々茫然の
        思いをしたのは、神田秀夫氏の「古事記の神と人−作品鑑
        賞」(「図説日本の古典1・古事記」集英社)という文章
        を読んだときだ。

         この、古事記をいわば生涯の飯の種にしてきた人の、古
        事記に対する軽蔑のすさまじさには唖然とした。氏によれ
        ば古事記は「ゆがみ」が多く「なんの体系もなく」「つじ
        つま合せ」にすぎない「中国風のまえ」の「あとからつけ
        た理屈」だらけのものなのである。[1,p98]

     自分自身の生涯の研究対象を軽蔑するとは、まことに空しい
    仕事ではある。こうして日本神話の中に牽強付会や辻褄合わせ
    を見つけようと血まなこになっている人々には、古代人の悲し
    みも喜びも伝わらないのだろう。

■6.太平洋一帯に広がるウケモチ神話■

     吉田敦彦氏の研究によれば、日本神話には南洋系の神話との
    共通点もある、という。たとえば日本書紀には次のような物語
    がある。

     天照大神が弟の月の神様であるツクヨミに、地上にウケモチ
    という神がいるので行って見てきなさい、と命じた。ツクヨミ
    を迎えたウケモチは喜んで、いろいろなご馳走を口から出した。
    しかし、ツクヨミは「口から吐きだしたものを自分に食べさせ
    ようとするとは、なんと汚い事をするのだ」と怒って、ウケモ
    チを斬り殺してしまった。

     ツクヨミが帰って報告すると、天照大神は弟の乱暴を怒って、
    「もう会いたくありません」と言った。こうして太陽と月は、
    昼と夜の空に別々にでるようになった。後に天照大神が地上に
    様子を見に行かせると、死骸となったウケモチの額からは粟が、
    眉毛からはカイコが、目からはヒエが、腹からはイネが、股の
    間からは麦と大豆と小豆が生えていた。使者がこれらを持ち帰
    ると、天照大神は「これは人間の食物になるものです」と言っ
    て、大喜びした。

     吉田氏によれば、神の死体から様々な穀物が生じたという神
    話は、インドネシアやポリネシア、南米から北米の一部にいた
    る広大な地域に広がっている。

     また5千年以上前の縄文時代の遺跡からは、土を女性の形に
    焼いた「土偶(どぐう)」がたくさん見つかっているが、これ
    らも壊されて破片にされてから、ていねいに穴を掘って埋めら
    れたり、土や石の壇の上に祀られていた。これらは殺されたウ
    ケモチの体から穀物が生じた、という信仰が、縄文中期から行
    われていた証拠である、と見なされている。

     こうしてこの日本列島には、ユーラシア大陸を経由して伝え
    られた神話や、太平洋に広がる南洋系の神話が、はるか太古の
    昔から口伝えで伝えられつつ、混淆していった。それらを丹念
    に拾い集めたのが古事記や日本書紀なのである。

■7.生命と平和を大切にする日本神話■

     このように日本神話は他民族と共有されている要素が多いが、
    独自の特徴が二つある。その第一はきわめて平和的だという点
    だ。

     ギリシア神話では、ゼウスは自分の父や叔父たちと10年以
    上も激しく戦い、ようやく彼らを地底に閉じこめることに成功
    して、父から神々の王の地位を奪っている。ゲルマン神話でも
    オージンは、それまで世界を支配していた巨人ユミルを倒して、
    王になった。

     ところが日本神話では、天照大神が生まれると、父のイザナ
    ギが「尊い子供ができた」と大喜びし、自分がかけていた首飾
    りを天照大神にかけて「高天原を治めなさい」と命じた。

         つまりアマテラスは、うまれつき高天原の女王になるの
        がとうぜんと、だれの目にもはっきりと見えるほど、ずば
        ぬけてとうとい女神さまだったのです。それでうまれると
        すぐに、父の神さまからそうなるように命令されて、どこ
        からもなんの抵抗も反対もうけずに、位についたことになっ
        ているわけです。こんなにおだやかで平和なやりかたで、
        天上の王の地位についたことになっている神さまは、世界
        のほかの神話にはほとんど見つかりません。[2,p183]

     またスサノヲが高天原で田のあぜを壊したり、神殿を大便で
    汚したりと大暴れした時も、天照大神はかばってやっていたが、
    スサノヲの乱暴で機織りをしていた女神が死んだときには本当
    に怒った。ウケモチの物語でも、天照大神はツクヨミがウケモ
    チを殺した事を怒り、また人間のための食物が得られたことを
    大喜びしている。

         生命と平和ほど大切なものはないということを、これほ
        どはっきりと説明しまた主張している神話は、ほかにはちょっ
        と見つかりません。[2,187]

     神話の要素自体は他民族から伝わったものでも、その語り口
    には各民族の個性が現れる。生命と平和を大切にする日本神話
    の特性は、この豊かな日本列島で我々の祖先が数千年もの間、
    穏やかに暮らしてきた事実の反映であろう。

■8.神話は先祖の贈り物■

     日本神話の第二の特徴は、現代の文明諸国の中で今も生きて
    いる唯一の神話だということである。ギリシア神話もゲルマン
    神話も、現代人にとっては本で読むだけのものになってしまっ
    ている。

     日本では、天照大神を祀る伊勢神宮は20年ごとに建物全て
    を建て替える「式年遷宮」を1300年の昔から現在に至るま
    で続けており、毎年600万人もの人が参拝に訪れる。天照大
    神の直系の子孫たる皇室は国民統合の象徴になっている。全国
    津々浦々の無数の神社では古事記・日本書紀に現れる八百万の
    神々を祀り、正月や七五三は参拝者で賑わう。

         神話的思考・感覚と言えばそれは「はるかなるもの」を
        思いやる心であり、畏れであり謹みであり、同じ歴史に連
        なる者としての豊かな共感ということになる。[1,p87]

     新年が明けて最初の日の出を見れば、誰でもが清々しさを感
    じるだろう。そのお日様を、我々の祖先も数千年に渡って、生
    命と平和を尊ぶ天照大神として崇めてきた事を知れば、「同じ
    歴史に連なる者としての豊かな共感」を抱くことができる。同
    時に万物を育成するお日様に対して、「はるかなるもの」とし
    ての畏敬と感謝の念を新たにする事ができる。神話は我々の情
    操を豊かにしてくれる先祖からの贈り物なのである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(171) 「まがたま」の象徴するもの
    ヒスイやメノウなどに穴をあけて糸でつなげた「まがたま」
   に秘められた宗教的・政治的理想とは。
b. JOG(074) 「おおみたから」と「一つ屋根」
    神話にこめられた建国の理想を読む。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 萩野貞樹、「歪められた日本神話」★★、PHP新書、H16
2. 吉田敦彦、「日本人の心のふるさと」★★★、ポプラ社教養
   文庫、H2

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「神話は先祖からの贈り物」について

                                             えでぃさんより
     外国人に接したとき、特に、日本にお迎えした方を案内した
    り日本の紹介をしていると、多くの外語人の方から「日本は神
    社とお寺が混在していておかしい。」というような指摘をされ
    ます。そんなとき、ギリシャ神話の話をするようにしています。
    太陽と豊穣の女神・デーメーテール、海と嵐と地震と武の神ポ
    セイドン、空を支配する最高神ゼウス、ゼウスと戦った巨大神
    タイタン、ゼウスの子太陽神アポロン(ヘリオス)、、、多く
    の神々を受け入れてきた時代、文化が西欧・中東にもあったで
    はないか、と。すると、みなさん「なるほどね」っと納得して
    いただけるようです。

     そして、八百万の神の信仰が根付いていた日本では、仏教だ
    けでなくキリスト教もイスラムも受け入れていく基礎があり、
    それが日本の文化なのだ。外からのものを受入れ、日本人のな
    かに同化していくことができる文化をもっているのだ、、と続
    けます。すると、日本に対する理解を深め益々を興味もってい
    ただけるようです。

     今回の「神話は先祖からの贈り物」で、話すことが増えてし
    まいました。「更に日本では、生命と平和を尊ぶものとして受
    け継がれ、現代でも伝統行事が行われ、日本人の心に、文化に
    息づいているのだ。」、と。

                                 忍者カエルの飼い主さんより
     個人的な話ですが、ギルガメッシュ伝説と八岐大蛇伝説の比
    較が好きなんです。日本人がこれほど木を植えるのは八岐大蛇
    伝説のおかげかなと、一林業従事者として思っています。素戔
    嗚尊は植林の神様でもあります。八岐大蛇伝説があるが故に、
    公共工事として黙々と治山事業が続けられているのでは、そん
    な気がしています。また、山に木を植えた人が日本各地にいる
    のではと思っています。もちろん、現実に発生する洪水など自
    然災害に対する因果関係がわかっているからでもありますが。
    http://webclub.kcom.ne.jp/ma/yamasho/protect-forest.htm
    に書いてみました。よろしければ一読してみてください。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     神話という「先祖からの贈り物」を活かすも殺すも、我々次
    第ですね。

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