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■■ Japan On the Globe(354)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

                国柄探訪: 道徳力と経済力

                  経済発展の原動力は「正直、信頼、助け合い」
                 の道徳力にある。
■■■■ H16.07.25 ■■ 34,302 Copies ■■ 1,244,007 Views■

■1.「商売の根本は正直にあることを日本人は教えてくれた」■

     日本の商社がアラブ商人と取引を始めて数十年経つが、始め
    の頃は、アラブ人は「日本人ほど騙しやすい連中はない」と見
    てきた。同じ手口で三井・三菱・住友と3回騙せるというので
    ある。

     ところが、しばらくすると日本の商社同士で「あいつは危な
    い、気をつけろ」と教え合うようになり、「札付き」という噂
    が立つと日本のすべての会社がその人を相手にしなくなった。

     長い時間が経ってみると、正直なアラブ商人は日本企業相手
    の取引を続けて金持ちになり、従来の騙し合いの商売を続けて
    きた人は、今もアメリカやフランス相手の食うか食われるかの
    商売をしているという。

     あるアラブ商人は「商売の根本は正直にあることを日本人は
    教えてくれた」と述懐する。そんなことを日本人はわざわざお
    説教したりはしないが、取引をするかしないか、という行動で、
    何よりも雄弁に語ったのである。[1,p191]

■2.ダイエーに育てられた香港のメーカー■

     中国商人相手にも同じような話がある。ダイエーの中内功さ
    んが創業して間もない頃、仕入れのために香港に行き、取引相
    手を求めて新聞広告を出した。30人ほど希望者が集まったの
    で、求めている商品や取引条件を示した所、「我々、香港のメ
    ーカーはニューヨークやパリ、ロンドンのデパートと取引して
    いる。吹けば飛ぶような日本の会社に、品質面であれこれ条件
    をつけられたり、特別なものを作るつもりもない」と、けんも
    ほろろで、潮が引くように帰ってしまった。

     中内さんがホテルでやけ酒を飲んでいると、みすぼらしい身
    なりの5,6人の香港人がやってきて、「私達は取引する。ど
    んな事でも言ってくれ。教えてくれ。その通りにする」と口々
    に言ったそうだ。

     安い下着でも縫い目が綺麗に揃っていなかったら、パリやニュ
    ーヨークのデパートでは合格しても、品質にうるさい日本人客
    から見れば粗悪品だ。これらの香港メーカーが、ダイエーの指
    導に従って努力していくうちに、製品品質は目に見えて向上し、
    細かなデザインや誠実な対応などにも上達した。

     それから十数年後、彼らはどんどん成功して、香港の商工会
    議所の主要なポストを独占するようになった。一方、ダイエー
    を馬鹿にした人々は没落していった。だから、中内さんが香港
    に行くと財界から大歓迎されるという。[1,p194]

■3.ジャパン・・スタンダードとグローバル・スタンダード■

     正直や信用をベースとした日本企業の商習慣、これを以下、
    ジャパン・スタンダードと呼ぼう。ひと頃はジャパン・スタン
    ダードを「系列」や「談合」というマイナスのイメージで捉え、
    それに対置して「市場原理と公正な競争」からなる「グローバ
    ル・スタンダード」を説く人々がいた。

     グローバル・スタンダードとジャパン・スタンダードの違い
    を明確に示すたとえ話がある。田舎者が市場に来て、あなたの
    店で帽子を1000円で買った、としよう。そのお客がしばら
    くした後、戻ってきて、「市場の奥の方の別の店では同じ帽子
    を800円で売っていた。この帽子を返すから、金を返してく
    れ」と言ったら、あなたはどうするか。

     グローバル・スタンダードでは、あなたの店には何の落ち度
    もない。ちゃんと価格も品質もすべて情報公開しており、相手
    も納得して買ったのだから、売買契約は完全に成立している。
    よく調べずに買ったのは客の自己責任である。いまさら返品に
    応ずる必要はない。このように情報公開、自己責任、契約から
    なる「市場原理」こそグローバル・スタンダードの本質である。

     ジャパン・スタンダードならどうか。「よく調べずに買った
    方が悪い」とは言え、そういうミスはお互い様だ。あなたの方
    も知らなかったとはいえ、別の店で800円で売っているもの
    を1000円で売っていたのでは、さも客を騙していたようで、
    申し訳ない気がする。返金に応ずるか、あるいは今からでも
    800円に負けて、差額の200円分をお返ししましょう、と
    でも言うだろう。この「正直、信頼、助け合い」の共同体原理
    がジャパン・スタンダードの根底にある。

■4.グローバル・スタンダードはユダヤ・スタンダード■

     この話は、ユダヤ人たちが生きるための知恵を集めた大事典
    「タルムード」の中に出てくる。ここには商売や取引の実例が
    たくさん納められており、世界に冠たるユダヤ商人は、このタ
    ルムードによって育成されているのである。

     このケースでのタルムードの模範回答は「返金する必要なし」
    である。双方が納得して取引が成立したのだから、「よく調べ
    ずに買った方が悪い」という、グローバル・スタンダードが回
    答になっている。

     ただし、これは客がキリスト教徒の場合であって、「相手が
    ユダヤ人なら返金してあげなさい」とある。キリスト教徒に対
    しては契約万能の「市場原理」をとり、同じユダヤ人どうしな
    ら「正直、信頼、助け合い」の「共同体原理」を教えている。
    一種のダブル・スタンダード(二重基準)である。

     ユダヤ人はヨーロッパのキリスト教社会の共同体に入れて貰
    えなかった。だからヨーロッパ大陸のそこここで孤島のように
    ユダヤ人だけの共同体を作り、その中では「正直、信頼、助け
    合い」で暮らしていた。しかし、生きていくためには周囲のキ
    リスト教徒たちとの交易が必要である。ユダヤ人とキリスト教
    徒の異なる共同体の間ではお金によって交換可能な「市場」し
    か成立しない。そこに「市場原理」が生まれた。

     これが人種・民族・宗教など、様々に異質な共同体がモザイ
    ク模様を織りなすアメリカ大陸で発展して「グローバル・スタ
    ンダード」と呼ばれるようになったのである。だから「グロー
    バル・スタンダード」を「ユダヤ・スタンダード」と呼ぶ人が
    いる。

■5.「共同体原理」と「市場原理」■

     グローバル・スタンダードとジャパン・スタンダードと、商
    売をする上でどちらが得なのか、比較してみよう。

     市場に流れ者やよそ者の出入りが多く、客も見知らぬ人ばか
    りだったら、グローバル・スタンダードの方が有利である。 
    200円まけてやる必要もないし、「別の店で800円で売っ
    ていた」という言い分自体が、見知らぬ客のウソかもしれない。

     これがお互いに顔見知りばかりの共同体だったら話は逆で、
    ジャパン・スタンダードの方が得である。200円返してやっ
    たら、相手は今後もあなたの客を贔屓にしてくれるだろう。さ
    らに喜んだ客が、あなたは正直者だと触れ回ってくれて、売上
    げが増えるかもしれない。

     だから、ユダヤ人も自分の共同体の中では「金を返してやれ」
    と共同体原理を採用している。アメリカでも戦前はアングロサ
    クソン系の共同体的商習慣が残っていたので、たとえばマクド
    ナルドなどは仕入れ先とは「口約束」で済ませていた。紙コッ
    プ1つ1セントで、100万個買います、という具合である。
    "Gentleman's Agreement"と言う言葉があり、紳士は口に出し
    た事はかならず守る、という共同体原理である。

     このように長く安定的な共同体が続くと、そこでは「正直、
    信頼、助け合い」の商売の方が繁盛するので、「良店が悪店を
    駆逐して」商習慣全体も共同体原理が支配するようになる。

     だから、ジャパン・スタンダードと言っても、それは日本人
    の民族的特性に基づく特殊なものというより、世界のどの共同
    体にもある程度は見られる普遍的なものなのである。ただ日本
    人は数千年もこの日本列島で一緒に暮らしてきて、世界でも最
    も歴史の長い、安定した共同体を作ってきたのだから、そこで
    の「正直、信頼、助け合い」は世界でも最高レベルに発達した
    のである。

     冒頭で紹介した二つの事例で見られるように、日本企業は
    「正直、信頼、助け合い」のジャパン・スタンダードを海外に
    も拡げて成功しつつある。これは通信技術や交通手段が発達し
    て、世界全体が一つの狭い共同体になりつつあるからである。
    だから、今後は、ジャパン・スタンダードが地球共同体全体の
    新しいグローバル・スタンダードになっていくだろう。

■6.効率的・創造的な「共同体原理」■

     社会全体から見ても、ジャパン・スタンダードの方が効率の
    良い面が多い。たとえば、いつ相手に裏切られるかもしれない
    市場原理では、お互いを契約でがんじがらめにしなければ安心
    できない。それでもうまく騙されたら、裁判に訴える。契約や
    裁判で、膨大なコストと時間が失われていく。優秀な人材が裁
    判官や弁護士となって、ゼロサム・ゲーム(勝者と敗者の損得
    を足すと常にゼロにしかならないゲーム)に費やされる。

     ジャパン・スタンダードなら、なにか問題があったら、取引
    先と一緒に知恵を出し合って解決する。それが新しいアイデア
    や技術革新を生む。契約や裁判にムダな時間を使うより、はる
    かに効率的・創造的である。

     共同体原理の非効率があるとすれば、助け合いによって生産
    性の低い企業が淘汰されずに残ることであるが、そういう「社
    会主義的共同体」でなく、三井・三菱・住友といったグループ
    企業が共同体の中で激しく競争する、という「資本主義的共同
    体」であれば、この問題は避けられる。

     明治以降の日本が「極東の小国」から半世紀足らずで世界5
    大国の仲間入りし、また戦後の荒廃から世界第二位の経済大国
    にのし上がったのも、「資本主義的共同体」の原理に因る所が
    大きい。

■7.働くのは「端(はた)を楽(らく)」にするため■

     このジャパン・スタンダードも、日本列島に自然に生まれた
    ものではなく、多くの人々の意識的な努力によって育てられて
    きたものである。たとえば、弊誌で今まで紹介した細井平洲[a]、
    上杉鷹山[b]、恩田杢[c]、中江藤樹[d]、山田方谷[e]などの学
    問や行動、また数百年も続いてきた多くの長寿企業の実践[f]
    を通じて形成されてきた。

     その中でも大きな足跡を残したのは、二宮尊徳であろう。尊
    徳は各地で疲弊した農村の立て直しを指導した。その数は6百
    カ所にも及んだと言われている。尊徳の手法は非常に合理的で、
    武士の減俸をして支出を抑制し、減税によって農民の労働意欲
    を高め、新田開発を奨励し、販売戦略や生産性向上の指導まで
    行った。

     同時に農民たちに「勤勉」と「貯蓄」を説き、お金が貯まっ
    たら、困っている人たちのために貸してあげなさい、と教えた。
    この積立貯金を「報徳金」と呼び、村々は「報徳会」を作って、
    自分の村が豊かになったら、次の村に貸してやるようになった。
    尊徳は働くのは自分のためでなく、「端(はた)を楽(らく)」
    にするためだとまで説いた。

     ヨーロッパでもカルビン派が勤勉と倹約こそ神の道だとして、
    彼らが資本主義を作ったという説があるが、それでも労働は自
    分が天国に行くための個人的行為である。働くのは世のため人
    のため、という尊徳のレベルまでは至っていない。

■8.「企業は社会の公器である」■

     二宮尊徳の思想は、今も日本人の勤労観の根底に流れている。
    日本の企業経営者には「企業は社会の公器である」という考え
    方が根強い。グローバル・スタンダードでは、企業は株主の個
    人的な財産であるから、自由に売り買いできるものである。儲
    からなくなったら、売り飛ばしても良いし、会社を畳むのも自
    由である。それによって地域社会が廃れようが、従業員家族が
    路頭に迷おうが、資本家の知ったことではない。

     しかし、日本の健全な企業経営者は「事業を通じて世の中の
    役に立つ」「地域社会に貢献する」「顧客の信頼をうる」「従
    業員の生活を守る」といったことを使命だと考える。自分個人
    の利益を追求するのは恥ずかしい事で、世のため人のために尽
    くすことが立派だと考えるのが、ごく普通の日本人である。

     こういう考え方は欧米の優れた企業にも見られるが、ごく普
    通の一般大衆までこれを当然のように信じて、真面目に日々の
    仕事にいそしんでいる、という点において、日本は世界でも冠
    たるレベルにある、と言える。そして多くの国民が、こういう
    気持ちで日々の仕事に勤しむような社会が、経済的に発展しな
    いはずはない。国土も狭く、資源も乏しい日本が、イギリス、
    フランス、イタリアを合わせたほどの経済規模を誇り、長寿世
    界一の生活ができるのも、「正直、信頼、助け合い」のジャパ
    ン・スタンダードがあるからこそである。

■9.日本企業の端楽(はたらき)ぶり■

     近代経済学の始祖はアダム・スミスであるが、彼以前の経済
    学は道徳哲学の一分野であった。道徳という心の中の問題から、
    投資や利益、効率などという金にまつわる問題に移っていった
    所から近代経済学は始まった。その発展に従って、道徳の問題
    はますます隅に追いやられ、ついには数式を多用した理論経済
    学となっていった。

     そこに出てくるのは利潤の最大化を狙う資本家や、「もっと
    賃金をよこせ」という労働者、少しでも安く良いものを買おう
    とする消費者しか出てこない。従業員の生活を守ろうと必死で
    働く日本の中小企業のオーナーや、それに応えてサービス残業
    も厭わない従業員、値段は高くとも社会貢献している企業から
    の製品を買う消費者などは出てこないのである。

     こういう経済学などは他人事のように無視して、多くの日本
    企業は黙々とジャパン・スタンダードの「正直、信頼、助け合
    い」の仕事を続けている。その道徳力こそ、経済大国・日本の
    原動力なのである。

     そして地球全体が一つの共同体になりつつある現在、日本企
    業は中国企業やアラブ商人たちにまで、その黙々たる仕事ぶり
    を通して、「正直、信頼、助け合い」こそ繁栄の道である事を
    教えている。これほど目立たず静かな、しかし根源的な国際貢
    献もない。二宮尊徳など、ジャパン・スタンダードを築いた先
    人たちも、これら日本企業の端楽(はたらき)ぶりに目を細め
    ているであろう。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(144) 細井平洲〜「人づくり」と「国づくり」
    ケネディ大統領が絶賛した上杉鷹山の「国づくり」は、細井
   平洲の「人づくり」の学問が生みだした
b. JOG(130) 上杉鷹山 〜ケネディ大統領が尊敬した政治家〜
    自助、互助、扶助の「三助」の方針が、物質的にも精神的 に
   も美しく豊かな共同体を作り出した
c. JOG(262) 恩田杢 〜 財政改革は信頼回復から
    性急な増税で農民一揆を招いた前任者の後で、恩田杢は農民
   との対話集会から改革を始めた
d. JOG(324) 中江藤樹 〜 まごころを磨く学問
    馬方や漁師を相手に人の生き方を説く中江の学問が、ひたひ
   たと琵琶湖沿岸から広がっていった。
e. JOG(349) 山田方谷 〜「正直安五郎」の国作り
    藩士藩民に「誠」を発揮させる事が政治の大本だと信じて、
   方谷は藩政改革に取り組んだ。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 日下公人、「道徳という土なくして経済の花は咲かず」★★★
   祥伝社、H16

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「道徳力と経済力」について 
                                         gankosushiさんより

    > キリスト教徒に対しては契約万能の「市場原理」をとり、同
    > じユダヤ人どうしなら「正直、信頼、助け合い」の「共同体
    > 原理」を教えている。一種のダブル・スタンダード(二重基
    > 準)である。

     とありますが、見過ごされている部分があるのではないでしょ
    うか? それは、ヨーロッパ社会・並びにイスラム社会の中で
    ユダヤ人は異端者として扱われキリスト教会や、王侯貴族によっ
    てスケープ・ゴートとしてしか生存するすべを持ちませんでし
    た。彼らとの契約は全てではなく、いとも簡単に反故にされて
    きたのです。

     それをダブル・スタンダードというのは、少々少々外れてい
    る気もするのです。

     日系アメリカ人の中に多くの庭師さんたちが居られますが、
    一様にユダヤ人はケチだけれども、きちんと仕事がされていれ
    ば、期日をたがわず支払いがしっかりしているのであり難いと
    言われます。

     仕事をきちんとしていても難癖をつけて、まけさせようとす
    るお客が多い中で長く付き合って良いのはユダヤ人だというこ
    とを聞いております。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     ダブル・スタンダードというのは、通常、悪い意味に使われ
    ますから、そうとられたかと思いますが、このあたりは短い文
    章で意を尽くせなかった面があります。共同体の外に対しては、
    契約を中心とする市場原理であたり(日系人の庭師の話はこれ
    にあたります)、共同体内では、契約万能ではなく、「ユダヤ
    人なら返金してやれ」という契約以上の思いやりを示す共同体
    原理をとる、という二つの原理を使い分けしている、という事
    です。

     ただ、キリスト教徒側が共同体の外の人間に対して、いとも
    簡単に約束を破ったりする事に対する対応としてユダヤ人側か
    ら市場原理を要求したことを、付け加えないと、市場原理が
    「ユダヤ・スタンダード」と呼ばれる理由がもう一つピンと来
    ませんね。ご指摘ありがとうございました。 

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