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■■ Japan On the Globe(425)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

      人物探訪: 白川静 〜 世界をリードする漢字研究者

                白川静のような碩学を持つ日本こそが、東洋文化
              の最終リレー走者としての使命を持つ。
■転送歓迎■ H17.12.18 ■ 34,149 Copies ■ 1,881,815 Views■

■1.思う、念(おも)う、懐(おも)う■

     漢字研究の第一人者、白川静の世界を覗いてみるには、次の
    言葉が良いだろう。

         今、日本語がもう一度復活しなければならない時期なの
        に、文字制限なんかがあって、それがうまくいかない。言
        葉が少なすぎるんです。自分の気持ちを述べようとしても、
        それができない。たとえば、「おもう」という言葉があり
        ますが、そう読む漢字は今は「思」だけしかないんです。
        この字の上半分は脳味噌の形。その下に心を書くから、千
        々に思い乱れるという場合の「おもう」です。

        『万葉集』では、「おもう」というときに「思」と「念」
        とがあって、「念」のほうが多いんです。「念」の上の
        「今」は、瓶に蓋をするかたちで、ギュッと心におもい詰
        めて、深くおもい念ずるという意味の「おもう」です。

         それから「懐(壞)」という字の右半分は、上に目があっ
        て、その下に涙を垂れている。下の衣は亡くなった人の襟
        元です。その襟元に涙を垂らして、亡くなった人をおもう、
        だから追憶とか、故人をおもう時に使う。「想」は遠く離
        れた人の、姿をおもい浮かべるというときに使う字。そう
        やって、みんな違うんです。それなのに、故人をおもうと
        いうときでも「思」しかつかえない。「思想」とか「追懐」
        とか「追憶」とかそんな言葉はあるのに、「想」「懐」
        「憶」は「おもう」と読ませないのです。[1,p376]

     万葉時代の我が先人達は「子の行く末を念(おも)い、亡く
    なった親を懐(おも)っいた」のに、現代日本人は「子の行く
    末を思い、亡くなった親を思う」事しかできない。こう対比す
    ると、文字が貧弱になれば、我々の心の働きも貧しくなってし
    まう事が実感できよう。

     白川静の学問は、現代日本人の精神のあり方に重要な問題提
    起を行っているのである。

■2.明治青年の気概■

     明治43(1910)年生まれの白川静は、今年95歳となった。
    昭和51(1976)年、66歳で立命館大学文学部教授を定年退職
    し、73歳で完全に学校の業務から解放されると、それまでの
    漢字研究を集大成して、一般社会のために役立てようと、漢字
    の成り立ちを説明した『字統』、日本での漢字の訓読みに関す
    る『字訓』、そして漢和辞典の最高峰『字通』の3部作、合計
    で200字詰め原稿用紙4万枚を、13年半かけて一人で執筆
    した。毎日出版文化賞特別賞、勲二等瑞宝章、文化勲章などを
    受賞し、まさに「現代日本の碩学」である。

     その学問は、どのような志から始まったのか。

         僕らが若いときには、「東洋」という言葉がだいへん魅
        力的であった。西洋に対する東洋。これは古くは、幕末の
        佐久間象山あたりが「東洋の道徳、西洋の芸術(技術)」
        と言うとるんですがね。明治になって、岡倉天心の『東洋
        の理想』とか『茶の本』ね。それからのちには久松真一の
        『東洋的無』というのがありました。・・・だから東洋と
        いうものを実体的に考えておったんですよ。ところが、い
        よいよ学問をやりだした時代には、上海や満洲でごたごた
        やり出して、「東洋」はずたずたになってしまい、挙げ句
        の果てに国が滅びるほどの無残な負け方をした。そしてい
        まはお互いにいがみ合いの状態ですわな。[1,p241]

         戦争に負けた時、ぶざまなことをして大変な負け方をし
        たので、元通り仲良くするためには、ただ優しくするくら
        いのことではいかんのです。日本が文化的にもしっかりし
        ておって対等に付き合い、場合によっては尊敬の気持ちを
        持たせるくらいにならないと、日本にはもう立つ瀬はない。
        僕には、そういう気持ちも実はあった。[1,p316]

     まさに明治青年の気概である。

■3.漢字を通じて共有されていた「東洋の精神」■

     白川によれば、「東洋」という言葉は日本人の発明である。

         東洋ということばは、中国にはない。もし用いるとすれ
        ば、それは日本人を賤しんでよぶときだけである。東洋と
        いう語は、わが国で発明された。

     幕末に、西洋勢力が科学技術文明と武力をもって押し寄せて
    きた時に、わが国で、政治的・文化的独立維持のために「東洋
    道徳、西洋芸術」という考えが生まれたのである。しかし、白
    川は「東洋」が単なる概念でなく、歴史的な実体を持つものと
    して、実証しようとした。

         この東アジアにおいて最も特徴的なことは、漢字を共有
        し、漢字文化を共有しながら、それぞれの民族が、また独
        自の文化を発展させてきたという事実である。そこに共通
        の価値観というべきものがあった。その価値観が東洋の精
        神を生む母胎であった。[1,p9]

         かつて東洋は、一つの理念に生きた。東洋的というのは、
        力よりも徳を、外よりも内を、争うことよりも和を、自然
        を外的な物質と見ず、人と同じ次元の生命体として見る精
        神である。思考の方向が、他の文化圏とは根本的に異なっ
        ている。そしてそういう生きかたは、殊に漢字を共有する
        ということによって確かめられた。漢字にはいわば、この
        文化圏の最も重大な紐帯をなしている。[2,p2]

■4.「眞」という字は「行き倒れ」をあらわす■

   「東洋の精神」の一例として、白川が好きだという「保眞(眞
   を保つ)」という言葉をみてみよう。

         この「保眞」の「眞」という字は、本来行き倒れという
        意味を持っています。上の「ヒ」みたいな字が倒れている
        人の形で、その下は目がぎょろっとして頭の毛が乱れてお
        る様子。人間の死の中で、一番恐ろしい霊力を持っておる
        のはこの行き倒れなんです。だからいい加減には扱えんの
        です。『万葉集』では柿本人麻呂が行き倒れを弔う歌をい
        くつかつくっておる。・・・

         その行き倒れがなぜ永遠なるもの、真実なるものになる
        かというと、それの持っている呪力というものが何世代の
        のちまでその力を発揮するからです。これは永遠なる力、
        永遠の存在であるというので、「眞」になるわけですな。
        ・・・

         つまり、「保眞」というのは、自然の力と合致すること
        なんですね。眞というのは自然の生命力が永遠に貫いてお
        ることです。人界では行き倒れのような形であらわれるけ
        れども、永遠の生命の一つの姿として、そういうものがあ
        らわれてくる。そういう力は自然とともに悠久に働いてお
        るという考え方ですね。[2,p229]

     自然の力と合致し、自然の生命力とともに生きては、死んで
    いく。これが、日本にも中国にも見られる「東洋の精神」の一
    端であり、これを回復しようと、白川は漢字研究に志したので
    ある。

■5.失われいく共通の漢字文化■

     その東洋は今や、政治的にも「いがみ合い」の状態であるが、
    共通の「東洋の精神」もずたずたになっている。

     たとえば、韓国では漢字教育をやめてハングル表記になって
    しまった。挨拶の「アンニョン」が「安寧」と書かれていれば、
    その語感は日本人にも中国人にも直接的に伝わったはずなのに。

     ベトナムでは、フランスの植民地時代にローマ字表記となっ
    たが、医者を意味する「ポシ」が「博士」の事である事をしれ
    ば、すぐに理解できる。

     中国では音を中心に大胆な略字(簡体字)に改造してしまっ
    た。「達」は「しんにょう」に「大」と書き換えたが、これは
    現代中国語では「達」と「大」の音が同じだからである。これ
    では日本人や朝鮮人には、その意味は想像もできない。

     そもそも「達」の字は「羊」を含んでおり、羊の子はするり
    と生まれてくる事から、「すっと通り抜ける、何の障害もなく、
    勢いよく達する」という意味を持っている。たとえば「達筆」
    とはすらすらと美しい文字を書くこと、「達人」とは一般人に
    は難しいことをすらすらとこなしてしまう人、というようにい
    ずれも「すらすら」という語感が籠もっている。それが「大」
    となっては、中国人自身にも、そんな語感は分からなくなって
    しまう。

     こうして、各国が漢字を廃止したり、勝手に作り替えたりし
    て、東洋の共通基盤だった漢字文化はばらばらになり、また若
    い世代は漢字で書かれた古典を読めなくなってきている。

■6.世界をリードする白川の漢字研究■

     こういう状況の中で、なんとか「東洋」の復活を目指して、
    白川は漢字研究の分野で孤高の歩みを続けてきた。

     中国では西周時代 (紀元前11世紀以降)の古代文字「金文」
    に関して優れた研究をなしてきた陳夢家氏が文革で殺されてし
    まった。その後に取り組んだ白川の4千ページもの研究書を超
    える研究は今後も出ないであろう、と言われている。

     台湾では金文に関する14巻3800ページの研究叢書が刊
    行されたが、そのうちの半分は白川の論文で占められている。
    白川の著作の多くが訳され、また白川が国際会議で発表をする
    と、特に若い研究者の間では共感する人が多いという。

     一方では、白川が台湾の雑誌に論文を発表する時に古文で書
    くと、先生方は「外国人でもこういう古文を書くのに、君らは
    なんだ」と学生を叱ったりした事もあったという。

     またオーストラリアやニュージーランドあたりからやってき
    て、「あなたの説はよく分かる。あなたの解釈を使って学位論
    文を書きたいがいいか」などと言う人も出てくるようになった。

     白川の学問は、漢字研究の分野ですでに世界をリードしてい
    る。「尊敬の気持ちを持たせるくらいにならないと」という志
    は、達成されているのである。

■7.日本で新しい生命を得た漢字■

     漢字というと、どうしても中国から借りてきたものという意
    識があるが、日本人は借りてきた漢字をそのまま使ったのでは
    ない。

     たとえば、漢字は表意文字であるから、3千数百年の間、中
    国人は同じ文字をその時々の発音で読んでいた。だから「博士」
    という字を、ベトナム人が「ポシ」と読もうが、日本人が「ハ
    クシ」と読もうが、それは勝手なのである。

     この特徴を活用して、自国語の「おもう」に「思」の字をあ
    てて「思う」と表記するという「訓読」を発明したのは、日本
    人の独創であった。さらに、音を正確に表現できないという漢
    字の弱点を、ひらがなやカタカナという表音文字で補完すると
    いう離れ業を、我々の先人は考え出した。[a]

         それ以降、訓読法で得た知識が、和漢混淆の文章の語彙、
        語法にそのまま使われるようになり、訓読によって吸収し
        た中国語の表現のなかで、美しい、深いものを巧みに日本
        語にとりいれている。

         このような、国語で果たすことのできない新しい造語法
        として漢字を使いこなすという伝統は、江戸の末まで続い
        たわけですが、それが明治期において、新しいヨーロッパ
        の学問が入ってきてから、日本人は思いのままに、漢字に
        よる造語がおこなわれて、このとき以降、日本人は完全に
        漢字を日本語化したといえます。音と訓の両方を完全に使
        いこなして、新しい語を作るようになったのも明治以降で
        す。

         そして大正期に入ると、梁啓超など日本に亡命してきた
        中国人学者の手で、それらの新しくつくられた言葉が中国
        に逆輸入されるようになる。[1,p168]

     中国の外来語辞典を見ると「日本語」とされているものが非
    常に多い。政治分野だけでも、日本語からの輸入がなければ、
    現代中国では「国家」も「国民」もなく、「領土」も侵略でき
    ず、「覇権」も求められず、「表決」もできなかった。中国人
    が近代国際政治や民主政治を学んだのは、明治の日本人が創造
    した訳語を通じてなのである。[a]

     漢字は、中国で生まれたが、日本で新しい生命を得て、新た
    な成長を始めたと言える。

■8.東洋文化の最終ランナー■

     西洋文明もギリシアから始まったものが、ローマに受け継が
    れ、さらにフランスやイギリスなどで発展していったものであ
    る。言わば、聖火をランナーが次々と交替しながら、運んでい
    るような趣がある。

     中国でも、3世紀の三国時代あたりまでは、いろいろな人種
    が混じり合い、戦いながら、文化を高めていったが、それ以降
    は停滞に陥る。『論語』『史記』『春秋左氏伝』『三国志』な
    ど漢籍の代表的な古典はほぼ三国時代までに完成し、その後は
    停滞に陥る。

         僕は日本人がその後を受け継いでよく発展させたと思い
        ますね。中国的な文化を一番深く理解したのは、僕は日本
        人だと思います。だから、アジア的な建築というようなも
        のでも、日本においてそれが完成される。それから仏教な
        んかでも、日本において非常に落ちついた個性的なものに
        なる。この東洋的と言われるような精神、美、あるいは思
        想というふうなもの、そういうようなものは、みな日本に
        おいてその完成態をつくり上げてきているわけです。
        [2,p211]

     白川の漢字研究は漢字文化の「完成態」を追求する最先端の
    努力と位置づけられるだろう。
    
     我が国では、さらに石井式のように幼児への漢字教育を通じ
    て知能や情緒を伸ばす教育方法が開発され、成果を上げている。
    [b]

     中国大陸では簡体字の採用と、唯物論・拝金主義の横行によっ
    て漢字文化は衰退の極みにある。また韓国・北朝鮮は漢字使用
    廃止によって、すでに脱落した。そのような中で、白川静のよ
    うな碩学を持つ日本こそが、東洋文化の最終リレー走者として
    の使命を持つと言えよう。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(221) 漢字と格闘した古代日本人
    外来語を自在に取り込める開かれた国際派言語・日本語は漢
   字との国際的格闘を通じて作られた。
b. JOG(320) 子どもを伸ばす漢字教育
    幼稚園児たちは喜んで漢字を覚え、知能指数も高まり、情操
   も豊かになっていった。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 白川静『回思九十年』★★、平凡社、H12
2. 白川静、渡部昇一『知の愉しみ 知の力』★★★、致知出版社、H13

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