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■■ Japan On the Globe(442)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ Common Sense: 「科学から空想へ」 〜 現代日本の教育思想の源流 「子供の権利」「自己決定権」「個性尊重」など の教育思想の源泉にある「空想」。 ■転送歓迎■ H18.04.23 ■ 34,168 Copies ■ 2,033,635 Views■ ■1.「近代教育学の祖」ルソー■ 「近代教育学の祖」と言われるジャン・ジャック・ルソーは、 こんな「自然人」を理想としていた。 (理想の人間である「自然人」の)男性と女性とは出会 いがしらに機会があり次第、欲望に赴くままに偶然に結合 した・・・別れるのも同じように容易だった。[1,p64] 「理想」と言うより「空想」と言うべきだろう。ルソーは少年 時代に、レイプしたさに、若い女性の前でズボンもパンツも脱 ぎ捨てたため、警官に逮捕されたことがあった。そんな経験か ら生まれた空想だったのかも知れない。 少年時代のルソーは、盗みや詐欺の常習犯でもあった。誕生 時に母を亡くし、父親には10歳の時に棄てられた「一匹狼の 浮浪児」だったからだ。ただ、他の浮浪児と違うのは、自分を 捕らえて罰しようとする文明社会の法秩序、道徳などへの憎悪 を「哲学」にしてしまう天才だったことだ。 生まれたときから他の人々のなかにほうりだされている 人間(=文明社会の中でそれに適合するように育てられた 人間)は、だれよりもゆがんだ人間になるだろう。偏見、 権威、必然、実例、わたしたちをおさえつけているいっさ いの社会制度(=文明社会の自生的制度)がその人の自然 をしめころし(=野獣性をもつ「自然人」に成長させずに)、 そのかわりに、なんにももたらさない。[1,p256,()内著者] ルソーは5人の子供を作ったが、この空想を実証すべく、み な生まれるとすぐに遺棄した。 ルソーは社会の慣習や伝統への呪詛から、「わたしたちは危 機の状態と革命の時代に近づきつつある」と期待した。その言 葉通り、ルソーの死から11年後に、フランス革命が勃発した。 そこでは保守的な農村がまるごと殲滅されたり、慣習に従順な 小市民が次々とギロチンにかけられ、結局、200万人もの犠 牲者が出た。[a,b] ■2.現代日本に息づくルソーの「教育思想」■ 「教育学の古典」と呼ばれる『エミール』で、ルソーはこう主 張した。 教育とは自然の性、すなわち天性に従う事でなければな らない。国家あるいは社会のためを目標とし、国民や公民 になす教育は、人の本性を傷つけるものである。 社会の道徳やルールを「子供の天性」に対する「抑圧」と捉 えるルソーの空想は、そのまま現代日本の教育思想に息づいて いる。日教組の政策提言には、こんな一節がある。 今、求められているのは、学校・教職員が担う役割とし て「権利の主体者である子どもたちに権利を伝えること」 「子どもたちに主体者としての活動を保障すること」 「(子供の権利)条約を基準にして、学校の全教育活動を 検証すること」を実践することである。[2] 子どもは「権利の主体者」であり、そのことを知らせ、保証 することが学校・教職員の役割だと言う。そこには、生徒に社 会の道徳やルールを教え込むという視点はない。そうした活動 は子供の「本性」を傷つけ、「国家あるいは社会のためを目標 とし、国民や公民になす教育」だからである。 ■3.ジュネーブで制服着用は人権侵害だと訴えた日本の高校生■ ルソーの著書『エミール』を、理想的な教育書として教師の 卵たちに叩き込んでいるのは、日本のみだそうだ。[1,p259] そうして育てられた教師たちによって、日教組の提言は各地で 実践されている。 平成9(1997)年3月、京都府立桂高校では、制服導入を図る 校長に反対する生徒たちが卒業式で「学校の主人公は生徒です」 とのシュプレヒコールをあげた。同年10月には、ジュネーブ で開かれた「国連<子供の権利>委員会で、この桂高校の生徒6 名が制服着用の校則は人権侵害だ、と訴えた。 生徒たちだけで、こんな事ができるわけがない。日教組の提 言に忠実な教師たちに操られていたのであろう。 だが、ジュネーブでは国連の委員から「(制服もない)自分 たちの国の子供に比べたら、あなたがたは格段に幸せ」(ロシ ア)、「スイスに来て意見が言えること自体が恵まれている」 (スウェーデン)などと諭された。[3] ジュネーブはルソーが生まれ、少年時代を過ごした街である。 そこで生み出されたルソーの空想が、200年の時間と地球半 周分の空間を超えて、日本の高校生たちをこの地に呼び寄せた 訳である。 ■4.マルクスとエンゲルスの家族解体論■ ルソーは子どもを躾ける家庭教育にも反対した。 (学校教育が皆無となれば)あとに残るのは家庭教育あ るいは自然の教育だが、もっぱら自分のために(家庭で) 教育された人は、ほかの人にとってどういう者になるのか。 害悪の人間が育つ。とすれば選択肢は自然の教育しか残ら ない。[1,p258] ルソーの影響を受けたマルクスとエンゲルスは、『共産党宣 言』で、こう宣言した。 家族の廃止! ・・・完全に発達した家族は、ブルジョ ア階級にだけしか存在しない。・・・両者(ブルジョアと 家族)は資本の消滅とともに消滅する。[1,p62] 親が子に伝統的価値観を教える家族の存在は、共産革命の邪 魔であった。 この宣言を実行すべく、レーニンは共産革命に成功したソ連 において、家族解体法を制定した。教会での結婚式や戸籍など という社会的形式で結婚を縛る事を否定し、愛し合う二人が愛 情の続く間だけ一緒になっていれば良いとする「事実婚主義」 をとった。そして近親相姦、重婚、姦通を刑法から除外した。 「夫婦別姓」の旗手である現社民党党首・福島瑞穂氏はこれを 賞賛して、こう言った。 ロシア革命の後、・・・一時的であれ、事実婚主義がはっ きり採用されていたとは素晴らしいことだと思う。[1,p65] 「一時的」というのは、スターリンがこの家族解体法を1936年 に廃止したからである。堕胎と離婚の急増(1934年の離婚は37 パーセント)、出生率の急減、婦女暴行など少年犯罪の激増、 数百万もの孤児の発生などで、ソ連の国家社会そのものが揺ら いでしまったからだ。[c] まさに、家族を解体しようとするマルクスとエンゲルスの空 想を実験した結果がこれであった。福島瑞穂氏の夫婦別姓論は、 この事実婚主義を「理想」としている。 ■5.ミルの「自己決定権」■ 英国社会主義の開祖と言われるジョージ・スチュワート・ミ ルも、ルソーの影響を受けた思想家である。ミルが著書『自由 論』で主張した「自己決定」、すなわち、「他人に迷惑をかけ ない限り、自分のことは自分で決められる権利がある」という 考え方は、現代日本でも「援助交際」(女子中高生による売春) を弁護する理論として使われている。 ミルは人妻であったハリエット・テイラーの愛人となり、そ の夫や子供たちと共棲する一妻二夫関係の異常な家族を築いた。 当時の英国社会はこの行為に対してごうごうたる非難を浴びせ たのだが、それに反駁するためにミルが持ち出したのが、「他 人の自由を侵害しない限り何をやっても良い」という自己決定 の概念であった。その主張は、ルソーと瓜二つである。 単に慣習であるが故に慣習に従うということは、人間独 自の天賦である資質のいかなるものをも、自己の裡に育成 したり発展させたりしない。[1,p150] ■6.中学生に「性の自己決定権」■ ミル自身は、未成年には「自己決定権」を与えるべきでない と主張したが、これを「性の自己決定権」として子供にも適用 しようとしているのが、現代日本の過激な性教育である。 その始まりは、吉祥女子中・高(東京都武蔵野市)の副校長 だった山本直英氏らが昭和57年に設立した「“人間と性”教 育研究協議会」(性教協)だろう。山本氏は戦前の共産主義者 で「結婚制度は奴隷制」とした山本宣治を支持し、それまでの 道徳主義型性教育や生徒指導型性教育を否定して「科学・人権 の性教育」を掲げた。 氏は「私の性器だから、自分がどう使おうと自由です・・・ いつ、誰と、どうやって使うかも自由です」と主張。その「自 己決定能力」を養うために小学校から性器や性交について教え るべきだとして、副読本に性器の詳細な図を掲載したり、人形 を使った性交の実践授業を行った。[4] こうした過激な性教育の最大規模の実践は、厚生労働省所管 の財団法人が中学生向けに130万部も作製・配布した小冊子 『思春期のためのラブ&ボディBOOK』であろう。そこでは 「(赤ちゃんを)産むか産まないか」は「自分で考え、自分で 決めることが大事だ」と「性の自己決定権」を教え、さらに 「ピルをきちんと飲めば避妊効果は抜群」などと勧めている。 これは国会でも問題になり、さすがに一部の良識ある教育委員 会は配布を差し止めた。[5] ■7.「個性重視の原則」■ ミルが「自己決定」を擁護するために、さらに主張したのが、 それが人間の「個性の発揮」を助長し、「幸福」や「進歩」を もたらすという事であった。 個性が自己を主張することが望ましい・・・他人の伝統 や慣習が(自己の)行為を規律するものとなっているとこ ろでは、人間の幸福の主要なる構成要素の一つが欠けてい るし、また実に個人と社会との進歩の最も重要な構成要素 が欠けている。[1,p242] この「個性重視」は、現代日本の教育界で批判を許さない絶 対原則となっている。それを最初に打ち出したのが、臨時教育 審議会の第一次答申(昭和60年)である。そこでは「教育改 革の基本的方向」の冒頭に「個性重視の原則」を掲げた。 今次教育改革において最も重要なことは、これまでの我 が国の教育の根深い病弊である画一性、硬直性、閉鎖性、 非国際性を打破して、個人の尊厳、個性の尊重、自由・自 律、自己責任の原則、すなわち個性重視の原則を確立する ことである。[1,p220] この答申が直接下敷きにしたのは、ミルというより、アメリ カの教育哲学者ジョン・デューイであろう。デューイの「個性 尊重」は戦前から日本の教育界で高く評価されていた。 ■8.ソ連の未来をバラ色に夢想したデューイ■ このデューイもまたミルと同様の社会主義者であった。スタ ーリン独裁下のソ連を旅して、ひたすら称賛と感嘆の言葉に満 ちた印象記を残している。たとえば、レニングラードで見た浮 浪児の収容学校を参観して: 私は未だかつてこれほど聡明な、幸福そうな、そして理 智的に作業している、かくも大勢の児童を見たことがない。 ・・・物事を完成せしめずにはおかない彼らの揺るぎない (共産主義の)信念に対して、感銘せずにはいられなかっ た。[1,p228] その結果、デューイはソ連の未来をバラ色に夢想した。 労働者が産業や政治を支配する時、すべてのものは自由 に心ゆくばかり文化生活に参与しうるようになるだろうと いうことである。[1,p228] デューイの個性とは、盲目的に慣習に従うのではなく、共産 主義への「揺るぎない信念」に満ちて、集団作業に邁進してい る子供たちの姿であったようだ。しかし、そうして育ったソ連 の子供たちが、どれだけ「自由に心ゆくばかり文化生活に参与 し」、本来の個性を発揮して、社会全体の「幸福」や「進歩」 を実現したのか? ミルの「一妻二夫主義」などという「個性」を認めずに、伝 統を墨守した19世紀のイギリスは、産業革命で世界をリード し、7つの海を支配する大帝国を築いた。「画一性、硬直性、 閉鎖性、非国際性」という、これまでの教育の「根深い病弊」 に覆われていた日本は、戦前も戦後も世界史に残る奇跡的発展 を遂げている。 近代世界史の現実を見れば、伝統に根ざして、きちんとした 教育を行っている国の方が、はるかに個性的な人材を輩出し、 「幸福」と「進歩」を生み出しているのである。 ■9.教育の目的■ 現在の我が国の教育界を支配している「子供の権利」「自己 決定権」「個性尊重」などといった考え方の源流を辿ると、ル ソーやマルクスなどの「空想」にたどり着いてしまう。 その共通的な構造は、社会の伝統や慣習、規範を「子供の天 性」や「子供の権利」を抑圧するものとして罪悪視し、子供た ちに反抗させて、革命の予備軍を育てる、というものである。 その目的は革命の実現であって、子供たちは革命のための将棋 の駒に過ぎない。 そんな革命が実現したソ連のような国々では、国民の「幸福」 も国家の「進歩」も実現できずに衰亡している。19世紀のイ ギリスの思想家サミュエル・スマイルズは著書『品性論』でこ う述べた。 国民全体が、名誉、秩序、従順、貞節、忠誠、の美徳を 過去の遺物に過ぎないと思うとき、国家は死に至る。この 救済方法はただ一つ、各国民が品性を回復することである。 [1,p20] この「救済方法」の柱が、子供の品性と能力を育てる真の教 育を回復することである。それが本人の幸福と、国家全体の隆 盛を招くことは、19世紀の大英帝国が実証している。[d] (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(058) 自画像を描く権利 フランス革命と明治維新 b. JOG(188) 人権思想のお国ぶり 「造花」型のフランス革命は200万人の犠牲者。「根っこ」 型のイギリスは無血の名誉革命。 c. JOG(006) Fact Finding と Logical Thinking 夫婦別姓派の事実把握と論理的思考を問う d. JOG(184) セント・ポール大聖堂にて〜大英帝国建設の原動力 そこここに立つ偉人の彫像や記念碑は、未来の「精神の貴族」 を育てる志の記憶装置である。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 渡部昇一、中川八洋『教育を救う 保守の哲学』★★、 徳間書店、H15 2. 日本教職員組合ホームページ 「政策提言 02 子ども参画・学びの共同体としての学校改革」 3. 産経新聞「【主張】高知こども条例 議会の見識を示した修正」、 H16.07.27 4. 産経新聞「性教育 日本はコンドーム奨励 “性交の自由” 主張の教師集団も」、H14.12.16 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「科学から空想へ」に寄せられたおたより 門田さんより 「子供の人権」とは子供に大人の人権を与えることではなく、 あくまでも社会的存在としての責任を負える人間になるべく、 教育や保護を受ける権利を持つ存在としての「子供」たちのこ とであるはずなのに、それを意図的に曲解する大人の恥知らず の行為は非難されてしかるべきです。 ■ 編集長・伊勢雅臣より 「子供の人権」を声高に叫ぶ人々が子供の健全な成長を阻害す るのは、平等を謳う共産主義国家が巨大な権力格差、経済格差 を生み出しているのと同じ「自己矛盾」ですね。■「科学から空想へ」に寄せられたおたより トーマスさんより この稿の結びに『この「救済方法」の柱が、子供の品性と能 力を育てる真の教育を回復することである。それが本人の幸福 と、国家全体の隆盛を招くことは、19世紀の大英帝国が実証 している』とあり、イギリスの「貴族の精神」について触れら れていました。 1908年に刊行され当時の子どもたちのベストセラーとなった 『スカウティング・フォア・ボーイズ』をご存知でしょうか? ボーア戦争での英雄ベーデン・パウエルの著で、ボーイスカ ウト運動発祥のきっかけとなった本です。和訳はボーイスカウ ト日本連盟(http://www.scout.or.jp/)で販売されています。 貴族の精神を貴族社会に留めず、労働者階級にも浸透させ、 世界中に広めたのではないかと、改めてこの本の歴史的な意義 を感じました。ボーイスカウト運動は100年にわたる青少年 教育として、これまでに2億5千万人の若者が経験したと言わ れています。しかし、社会一般にはどのように映っているので しょうか? 関係者の関係者による仲間づくりで終わっている のでしょうか? またアメリカ一辺倒に見える現代の日本で は、貴族の精神は過去の遺物になりつつあると思います。スカ ウト運動に携わりながら、そんな寂しさを感じていますが、先 生にはボーイスカウト運動をどのように観ていらっしゃるか、 ご指導いただければ幸いに存じます。 ■ 編集長・伊勢雅臣より ボーイスカウトが元旦に実施している国旗掲揚式を見学した ことがあります。各国の青少年に、自国の国旗を尊重すべきこ とを教えている事だけでも、ボーイスカウトが本物の教育だと 感じました。年頃の少年少女をお持ちの方は、ぜひ近所のボー イスカウト、ガールスカウトを見学されてはどうでしょうか。 本物の人間教育が見つかるでしょう。© 平成18年 [伊勢雅臣]. 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