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            危機を契機に再生を繰り返す日本文明

                                                   伊勢雅臣
■転送歓迎■ No.1199 ■ H18.10.16 ■ 8,636 部 ■■■■■■■

     京都大学の中西輝政教授は、文明史の立場から、日本の歴史
    は、たびたび安全保障上の危機を再生の契機にしてきた、と述
    べている。[1]

     古代では663年の白村江の敗戦。日本は朝鮮半島で唐・新
    羅連合軍に敗退し、本土で連合軍を迎え撃つ覚悟を固めた。こ
    の対外危機を契機として、奈良時代の律令国家へと向かった。

     中世では2度の蒙古襲来によって、鎌倉幕府は衰え、3度目
    の襲来に備えて、天皇親政によって国家的危機を救おうと、
    「建武の中興」が行われた。[a]

     3度目は、戦国時代で国内が乱れに乱れた中で、スペインな
    どが、キリスト教を武器に日本を植民地化しようとした危機。
    この危機は、信長−秀吉−家康という3人の指導者によってギ
    リギリの所で乗り越えられ、天皇に任命された将軍が政治を行
    うという幕藩体制が確立した。[b]

     4度目は、幕末のペリー来航から日露戦争に至る西洋列強の
    アジア進出。これも明治維新によって、天皇を君主とする近代
    国家建設が果たされ、見事に乗り越えることができた。[c]

     5度目が大東亜戦争の敗戦。太平洋を越えて勢力を伸ばして
    きた米国と、共産主義を武器に太平洋に出ようとするソ連の狭
    間にあって、歴史的な敗北を喫した。しかし、これも天皇を国
    民統合の象徴とする自由民主主義国家として、奇跡的な経済復
    興を遂げた。[d]

     これらを通観して見ると、いずれも前回の改革が成功した後
    に、国内体制が弛緩した所に、外部から危機が訪れて、改革派
    が旧体制派を駆逐して、新しい体制を作る、という共通のパタ
    ーンが見られる。そして新しい体制は、その都度、歴史の進展
    にしたがって変わっているが、その中心には常に天皇がいた。

     現在の北朝鮮によるミサイル・核実験、および、成長著しい
    中国の脅威は、新たなる危機の到来である。おりしも戦後の政
    治・経済・教育体制は、60年を経て様々な面で老朽化が著し
    い。6度目の日本文明の再生の契機が訪れているようだ。

■リンク■
a. JOG(207) 元寇 〜鎌倉武士たちの「一所懸命」
    蒙古の大軍から国土を守ったのは、子々孫々のためには命を
   惜しまない鎌倉武士たちだった。
b. JOG(154) キリシタン宣教師の野望
    キリシタン宣教師達は、日本やシナをスペインの植民地とす
   ることを、神への奉仕と考えた。
c. JOG(149) 黒船と白旗
    ペリーの黒船から手渡された白旗は、弱肉強食の近代世界シ
   ステムへの屈服を要求していた。
d. JOG(034) 敗者の尊厳
    「日本破れたりとはいへ、その国民性は決して軽視すること
   ができぬ。例へば日本国民の皇室に対する忠誠、敗戦後におけ
   る威武不屈、秩序整然たる態度はわが国の範とするに足る」   
   (中華民国国民政府・王世杰外交部長) 

■参考■
1. 中西輝政「ポスト小泉で何が問われているのか」、『明日への
   選択』日本政策研究センター、H18.05

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