[トップページ][平成19年一覧][国柄探訪][113 人生観][335 企業・経営]
■■ Japan On the Globe(489)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ 国柄探訪: 天命と天職 〜 日本人の仕事観 天命に仕え、天職を持つことが、 「世の中で一番楽しく立派なこと」である。 ■転送歓迎■ H19.03.25 ■ 34,455 Copies ■ 2,432,581 Views■ ■1.現代エリートを支える古典の教養■ 北尾吉孝氏。慶應義塾大学経済学部を卒業し、野村證券に入 社。英国ケンブリッジ大学経済学部に留学し、その後、部長職 を経て、孫正義氏の招聘によりソフトバンク・常務取締役に就 任。現在はベンチャーキャピタルから不動産、生活関連サービ スなどを幅広く展開する総合企業グループSBIホールディン グスの代表取締役。まさに、絵に描いたような現代的エリート である。 しかし、この北尾氏には一風変わったところがある。江戸時 代後期の儒学者・北尾墨香(ぼっこう)を先祖に持ち、幼稚園 にあがる前から父親に中国の古典を叩き込まれた。高校・大学 時代には昭和の漢学者・安岡正篤の著作に親しんだ。中国を訪 問した際には、政府高官と四書五経の話で盛り上がった。 中国古典の素養は、北尾氏にとって単なる趣味ではない。事 業家としての人生を支えるバックボーン(背骨)なのである。 事業のみならず何をするにしても、判断をし続けなくて はいけません。特に事業をやっていると、毎日毎日が判断 の連続です。 そのときにブレない判断をするためには何が必要なのか と考えると、それは自分の根底にある倫理的価値観こそが 根本になるのではないかと思っているのです。 私は論語の影響もあって、比較的早いときから自分の価 値判断の基準として「信・義・仁」という三つの言葉を置 くようになりました。以来、この三つを判断の物差しにし ています。[1,p79] ■2.ホリエモンへの義憤■ 北尾氏の「根底にある倫理的価値観」が、鮮明に表明された のは、平成15年にホリエモン、ことライブドアの前社長・堀 江貴文氏がニッポン放送などフジサンケイ・グループに敵対的 買収を仕掛けた時である。 堀江氏は時間外取引というきわどい手法で、ラジオ局ニッポ ン放送の株式の35%を敵対的買収。ニッポン放送はフジテレ ビジョン株の22%を保有する筆頭株主であったため、その真 の狙いはフジにあったと言われている。 ここで登場したのが北尾氏である。ニッポン放送の保有する フジの株式を借り受け、筆頭株主となった。敵対的買収に襲わ れた企業に救いの手を差し出す「白馬の騎士」である。 北尾氏は次のように述べて、堀江氏のやり方を公の場で批判 した。 フジサンケイグループに対する、相手の立場を無視する ような敵対的買収や、資本市場を投機の場にしかねないよ うな大規模な株式分割など、良識や倫理観がない。公共財 として守らないといけない資本市場の清冽(せいれつ)な 地下水を平気で次々と汚していくやり方は、許せない。 ・・・もうければいいということではだめだ。[2] 氏の考える「資本市場」とは、金を余っている所から集めて、 足りない所に回していく社会的使命を持っており、その中でベ ンチャーキャピタルは新しい産業を興して国家社会に貢献する という役割を担っている。 その資本市場を悪用して、金儲けに使う堀江氏のやり方は 「許せない」と北尾氏は義憤を感じたのである。 ■3.仕事観の違い■ 倫理観と並んで、堀江氏と北尾氏とは仕事観においても対立 している。堀江氏は著書『稼ぐが勝ち』で、「人の心はお金で 買える」「人間を動かすのは金」「金を持っているやつが偉い」 などと公言していた。堀江氏にとって、仕事とは「金儲けのた めの手段」のようだ。 彼がニッポン放送に敵対的買収を仕掛けた時、社員一同が総 会を開いて、「ライブドアの経営参画に反対する」との声明を 発表した。 その声明では、ニッポン放送は「リスナーのために」という ことを心のよりどころ・判断基準としているとしたうえで、ラ イブドアの堀江貴文社長には、リスナーに対する愛情が感じら れず、経営に参画するというより、資本構造を利用したいだけ としかみえない、と批判していた。[3] 北尾氏は、気に入らない株主に買われたら辞めるという勇気 ある社員が多いなら、「『第二ニッポン放送』を作ることもあ る」と語っていた。本当にラジオ放送を愛し、リスナーのため に働きたいと思っている人を応援したい、という気持ちだろう。 北尾氏やニッポン放送社員たちにとって、仕事とは金儲けの ための手段ではないのである。 ■4.「天につかえ、天の命に従って働く」■ 北尾氏は近著『何のために働くのか』において、自らの体験 と思索に基づいて、日本の、ひいては東洋の伝統的な仕事観を こう述べている。 東洋思想では、仕事とは天命に従って働くことだと考え ます。仕事という字を見てください。「仕」も「事」も 「つかえる」と読みます。では誰に仕えるのかといえば、 天につかえるのです。天につかえ、天の命に従って働くと いうのが、東洋に古来からある考え方です。 かつては働きに出ることを「奉公に出る」と言いました。 これは「公に奉ずる」「公に仕える」という意味です。 [1,p24] 東洋思想においては、「天」とは、ある理想の状態を目指す 意思(天意)を持った存在だと考える。そして「天」はそのた めに、一人ひとりの人間に、ある使命(天命)と才能(天分) を与えている。自らの天分を生かし、天命に従った仕事を「天 職」と言う。 孔子は「五十にして天命を知る」と言いましたが、これ は「天から与えられた自らの使命を知る」ということです。 実際、孔子は五十歳にして自分の天命とは世の人を救うこ とだと自覚して、それまでの修養の時期を終え、実社会の 啓蒙活動に入っていくわけです。[1,p77] ■5.「自分の天命はこの二つだ」■ 北尾氏も49歳になったときに、「自分の天命はこの二つだ」 と思うようになったという。 一つはインターネットによって顧客中心のサービスを消 費者や投資家に安く提供し、社会に貢献するということ。 もう一つは、ともに働く者たちの経済的厚生を高めると同 時に、事業活動によって得られた自らの資産を使って、恵 まれない子どもたちのために社会貢献活動を行うというこ とです。この二つが私の天命だと思ったのです。 二つの天命のうち、前者が金融、不動産、生活関連サービス などを幅広く展開する総合企業グループSBIホールディング スとして結実し、後者がグループ各社の利益の一部を拠出して 児童福祉を行う「SBI子ども希望財団」として実現した。 こういう仕事観を持つ北尾氏にとって、「リスナーのために」 を天命としてラジオ放送に従事するニッポン放送社員たちの志 は、分野こそ違え、共感できるものであったろう。 堀江氏もインターネットの世界で新興企業ライブドアを立ち 上げたが、「人の心はお金で買える」と公言する姿勢から見る と、金儲けが主目的だったようだ。 天命に従って働いている人々の志が、金のために働いている 人々によって踏みにじられようとしているのを見て、北尾氏は 義憤を感じて立ち上がったのだろう。 ■6.天命に従うことは、真の成功への道■ 天命に従い、公に奉ずることを志す人間は、天の助け(天佑、 天助)を受けて、真の成功に至る。これを実証する多くの事実 がある。 松下幸之助[a]は大正7(1918)年に松下電器産業を設立する が、この年の5月5日に真の使命を知った、としてその日を 「命知元年」と名付けた。そして全従業員を集めて、「所主告 示」という次の一文を発表した。 凡(およ)そ生産の目的は我等生活用品の必需品の充実 を足らしめ、而(しこう)してその生活内容を改善拡充せ しめることをもってその主眼とするものであり、私の念願 もまたここに存するものであります。我等が松下電器産業 はかかる使命の達成をもって究極の目的とし、今後一層こ れに対して渾身(こんしん)の力を奮(ふる)い、一路邁 進(まいしん)せんことを期する次第であります。 北尾氏は言う。「ここには金儲けのことなどひと言も書いて ありません」「こうした志のもとで事業を行ったがゆえに、松 下さんは成功されたのだと思うのです」。[1,p181] 弊誌でもこれまで、豊田喜一郎[b]、盛田昭夫[c]、本田宗一 郎[d]、稲盛和夫[e]など、日本を代表する企業を興した名経営 者を取り上げてきたが、これらの人々に共通するのは、「世の ため人のため」という奉公の志である。天命に従って、奉公を 志すことは、真の成功に至る道である。 逆に金のために働いた堀江氏は、この3月16日、粉飾決算 など証券取引法違反の罪で懲役2年6ヶ月の実刑判決を受けた。 ■7.自らの天職を見つけるには■ しかし、自らへの天命を理解し、天職を見つけるには、どう したら良いのか。北尾氏はこう説く。 確かに天職の一つの要件として、その仕事が好きだとい う理由はあげられるでしょう。しかし、仕事が好きになっ た時期は人によって違うはずです。最初から好きだった人 もいれば、続けているうちに好きになった人もいるでしょ う。そう考えると、それがどんな仕事であれ、やってみな ければ自分の天職なのかどうかはわからない、という結論 になります。 ところが最近は、その仕事が天職かどうか判定できるよ うになる前に、あっさり転職してしまう人がたくさんいま す。それではいつまで経っても、自分の天職に巡り会うこ とはできないでしょう。やはり一つのことを始めたら、簡 単には諦めないでとことんまでやり遂げてみる。それが非 常に大事だと思います。・・・ かくのごとく、もし本気で自分の天職を見つけたいとい う気持ちがあるのなら、まずは与えられた仕事を素直に受 け入れることです。そして、熱意と強い意志を持って、一 心不乱にそれを続けていく覚悟が必要だと思います。 [1,p52] 北尾氏自身、大学を卒業する際、金融界の花形・三菱銀行を 志望していたが、野村證券の人事担当者の意気に感じて、こち らに入社した。入社後は、与えられた場で懸命に働いて、能力 を磨いた。しかし、野村證券に大不祥事が起こり、進むべき道 を考えていた時に、ソフトバンクの孫正義氏に「うちに来てく れないか」と声をかけられ、資本金を出して貰ってソフトバン ク・ファイナンスという会社を設立。そして事業を拡大してい くうちに、ソフトバンクとの資本関係を清算し、SBIホール ディングスとして独立した。 このように自分の遍歴をたどってみると、そのときどき、 目の前にある仕事に一所懸命取り組んできたように思いま す。一方で、節目節目には必ず何かの啓示があり、そこに 導かれて歩んできたように思います。そこに私は、天命と いうものを感じないわけにはいかないのです。[1,p99] ■8.天職を通じた成長■ こうして与えられた仕事に一所懸命取り組んでいくうちに、 自分自身も成長していく。 私は仕事も一つの行であると考えています。・・・いつ も同じ事ばかりやらされても愚痴をこぼさず、一生懸命に 続ける。そして、自分から苦しい仕事に飛び込んでいって 挑戦する。そうした一つひとつの行いが行なのです。 人間学の修養を続けながら、いつも「世のため人のため」 という気持ちを持って、絶えず襲ってくる私心や我欲を振 り払っていく。そうやって心の曇りを消しながら、仕事の 中で「世のため人のため」を貫き通すのです。 もちろん失敗することもあるし、一時的に雲に覆われる こともあるでしょう。それは人間だからしかたのないこと です。しかし、失敗しながらも努力を怠らず、三十年、四 十年とやり続けたら、一つの世界に到達することができる のではないでしょうか。[1,p182] その「一つの世界」とはどのようなものか。 「一芸に秀でる」という言葉があります。どんな仕事でも 一芸に秀でるところまで打ち込んだ人の言葉には、何とも 言えない奥の深さと重みがあるものです。それはまさに、 数々の苦難を乗り越えながら仕事を通じて人間的な成長を 遂げた結果だと思います。私は、天職を見つけた人の誇り をそこに感ずるのです。[1,p52] ■9.「世の中で一番楽しく立派なこと」■ 福沢諭吉は「心訓七則」の中で、こう言っている。 世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を 持つことである。[1,p2] スポーツや習い事で上達した時に、嬉しく思った、という 経験は誰にでもあるだろう。人間には自身の成長を悦(よろこ) ぶ心がある。また他の人に小さな親切をして感謝されたら、嬉 しい、と思う心もある。奉公を悦ぶ心である。 一生涯を貫く天職を持つことで、もっと大きな成長の悦びと 奉公の悦びを味わい続けられるとしたら、これほど「楽しく立 派なこと」はないであろう。これが我々の先人の伝統的な仕事 観であり、人生観なのである。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(227) 松下幸之助〜繁栄と幸せへの道筋 危機、また危機を乗り越えて、企業の繁栄と従業員の幸せを 実現してきた道筋とは? b. JOG(295) 豊田喜一郎 〜 日本自動車産業の生みの親 このままでは日本は永久にアメリカの経済的植民地になって しまうと、豊田喜一郎は国産車作りに立ち上がった。 c. JOG(111) 盛田昭夫の "Made in JAPAN" 自尊と連帯の精神による経営哲学 d. JOG(283) 本田宗一郎と藤沢武夫の「夢追い人生」 「世界一の二輪車メーカーになる」との夢を追い続けて二人は 幸福な職業人生を生き抜いた。 e. JOG(443) 稲盛和夫 〜 「世のため人のため」の経営哲学 従業員の物心両面の幸福を追求するのが、 経営者の役割。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 北尾吉孝『何のために働くのか』★★★、致知出版社、H19 2. 産経新聞「SBI・北尾CEOインタビュー 争奪戦、予期せ ぬ展開も」、H17.04.05、東京朝刊、3頁 3. 産経新聞「『ライブドア参画反対』 ニッポン放送社員一同が 声明」、H17.03.04、東京朝刊、1頁© 平成19年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.