[トップページ][平成20年一覧][国柄探訪][210.1文化史][371.6 教育改革][700 芸術]
■■ Japan On the Globe(578)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ 国柄探訪: きものの叡智 〜 愛・美・礼・和 きものに込められた我が先祖の叡智を知ろう ■転送歓迎■ H20.12.21 ■ 38,933 Copies ■ 3,018,606 Views■ ■1.法王ヨハネ・パウロ2世ときもの■ 1985(昭和60)年、バチカン市国のサン・ピエトロ寺院講堂 には、法王ヨハネ・パウロ2世に拝謁するために世界中から8 千人の人々が集まっていた。法王が姿を現すと、どよめきが起 こり、全員で厳かに祈りを捧げた。 最前列の1番から100番までの席には、和服を着た日本人 の一行が座っていた。法王はそれらの人々に向けて、日本語で こう挨拶した。 日本の皆様、よくいらっしゃいました。世界を回って 日本の伝統的なきものと、きものの美しさを世界に紹介し ておられる装道きもの文化使節団の皆様に、私も心からの 挨拶を贈ります。ありがとう。 その後、法王はわざわざ壇上から下りて、使節団の団長・装 道きもの学院院長の山中典士氏の手をしっかりと握り、記念の メダルとロザリオを贈った。山中氏は、こうお礼を述べた。 法王様にまじかにお目にかかることができ、また日本語 で暖かいお励ましのお言葉をいただき、大変感激しており ます。この感激を忘れずに、世界平和に役立ちたいと思い ます。今日は法王様に日本の平和の象徴のきものをお贈り しますので、ぜひお召しいただきたいと存じます。 山中氏がきもの一式を献上し、羽織を広げると、法王はその 場で法衣の上から羽織られ、「ありがとう」と何度もお礼を述 べ、使節団一人ひとりの手を堅く握られた。この異例の光景に、 8千人の観衆は期せずしてどよめき、拍手が湧き上がった。 [1,p193] ■2.「こんなに美しい衣服が地上には存在するのですね」■ 昭和45(1970)年に第一回の「装道礼法きもの文化使節」を 香港・マカオに送って以来、毎年100名から150名の使節 団が海外に派遣されてきた。これまで訪問した国は100カ国 に達し、87都市で「きものパレード」、67会場で「装道講 演ときものショー」を行っている。参加者は出発から帰国まで、 きもので通す。 使節団に参加した若い女性は、次のような感想を語っている。 どんなに豪華なものを身につけても、ドレス姿では欧米 の女性には気おくれしてしまいます。プロポーションが違 いますから。でも、きものを着ると、最高級ホテルでもレ ストランでも、格式の高いパーティーの席でも、自信を持っ て胸を張っていられます。[1,p199] 男性も同様で、袴(はかま)をつければ、腰が据わり、腰板 がついているので、背筋も自然に伸びる。外国人から見れば、 立派なサムライに見える。 別の若い女性は、こんな感想を漏らしている。 きものは、世界のどんな国の人が見ても、美しく魅力的 なのだということがわかりました。私たち日本の女性には、 きものという外国人に向かって誇るべきものがあるのです ね。私はこれから、洋服を着ているときも、心にきものを 装わせることにします。そうすれば、どんな人にも引け目 やコンプレックスを感じずに、胸を張ってつきあっていけ ると思います。 「きものは、世界のどんな国の人が見ても、美しく魅力的なの だ」とは、使節団からきものを贈られた人々の感想が証明して いる。スペインのソフィア妃殿下は、贈られたきものを着て、 こんな実感の籠もったメッセージを寄せた。 美しい。美しいというしかありません。こんなに美しい 衣服が地上には存在するのですね。 ■3.愛と美と礼と和の四つの叡智■ この使節団訪問とともに行われるのが、山中氏による装道講 演である。山中氏は国連本部からの招請を受けて、1980(昭和 55)年に「きものと日本の精神文化」、その2年後に「世界 を包むきものの愛」と題した講演も行っている。 装道講演は、まず歴訪の目的から語り始める。 世界は今、物質文明、科学技術文明が進歩し、人間生活 が大変便利に、豊かに、快適になりました。人類は今、宇 宙までも征服しようとしています。しかし、世界各地では、 宗教や民族の違いによる憎しみなどで、殺戮が繰り返され ています。また、自然破壊や環境汚染で、地球が危機に瀕 しているといわれていますが、これは、人間が本来持って いる優しい愛の心や、美しく生きようとする美の心、周囲 の人を尊敬する礼の心、皆と仲良くしようとする和の心を 現代文明によって失ってしまったからだと思います。 ・・・ 私は、この日本のきものの中に、現代人が失った、人間 の理想である愛と美と礼と和の四つの叡智が込められてい ることを発見しました。今日は皆様方にそれをお目にかけ てご理解いただきたいと思います。[1,p201] ■4.きものに込められた愛の智慧■ この後で、反物を持った5人のモデルが舞台に登場する。幅 38センチ、長さ約13メートルの反物を広げて見せて、これ がきものの原型であることを紹介する。その布はあらかじめ裁 断され、マジックテープでつないである。 テープをはずして、それぞれの布を身ごろ、袖、襟などとし てモデルの身体にかけて糸で留めていくと、きものの形がほぼ できあがる。 数十年前まではこの布を織り上げるにも愛の心を込め、 さらにこれを妻は夫のため、母はわが子のために、一針一 針に愛の心を込めて縫い上げたのです。そうすることで、 きものは深い愛の心が込められていくのです。 ついで、きものから糸を引き抜き、マジックテープでつなぐ と、また元の反物に戻る。観客は驚いて、一斉に拍手を送る。 洋服は身体にフィットさせるために曲線裁ちをして、余った 部分は捨ててしまうが、きものは直線裁ちで、余った部分は端 を折って調整する(「端折る」から「はしょる」という俗語と なった)ので、元の反物に戻せるのである。 このように、きものはすべて直線裁ちのため、何度も仕 立て直し、デザインの染め替えができるのです。ですから きものは、親から子、子から孫へと、代々引き継がれてゆ きます。そしてさらに、手さげ鞄、風呂敷、装飾品、掛け 軸、布団、座布団、子供の遊具、雑巾など最後までリサイ クルできるのです。 これが、地球環境を守る愛の智慧なのです。また、きも のが引き継がれるときには、愛の心を伴った役目も果たし ています。実際、私の着ている黒紋付きのこのきものは、 約百年前、父が結婚式の折りに仕立てたものを兄が着て、 さらに母が私の寸法に合わせて仕立て直ししてくれたもの です。このきものを着ると、父の導き、母の愛をひしひし と感じます。[1,p203] ■5.美の智慧■ 次に山中氏は、きものに込められた美の智慧について語る。 洋服は、着る前にデザインが完成されるのに対して、き ものは、着る人が着るときにデザインを完成させるのです。 ですから、一枚のきものは、着る人によって優雅にも無粋 にも装われます。また、きものはプロポーションを見せる 表現をしないのが特長です。ですから、きものを美しく装 うことは芸術であり、教養や品性や感性という心の美の表 現になるのです。[1,p206] 西洋のイブニング・ドレスの場合は、着る人はデザイナーが デザインしたドレスを身につけるだけで、選択の余地は少ない。 それに対して、きものの場合は、その下に着て襟元や袖口を見 せる長襦袢、そして帯、履き物、バッグまたは巾着など、着る 人自身で、さまざまなコーディネートができる。 また、イブニング・ドレスは身体の線がそのまま出てしまう。 若いスタイルの良い女性にはそれで良いだろうが、お年を召し た女性、恰幅のよくなった女性にはまことに気の毒である。 それに対して、きものは身体の線を見せない。したがって、 若い女性はあでやかさなきもの、中高年女性はしっとりとした 落ち着いたきもの、というように、年齢や個性に合った美しさ を表現することができる。 まさに、自分に合ったきものを選び、装うことは、それ自体 が芸術であり、「教養や品性や感性という心の美」の表現なの である。 ■6.礼の智慧■ 第三は、礼の智慧である。 日本には、昔から、襟を正す、折り目正しく、つつまし く、袖振り合うも他生の縁、辻褄が合う、躾をする、など の礼を表現する言葉があります。これらはすべて、きもの から生まれた礼を表現する言葉で、謙虚な心を表し、相手 に対する尊敬を表しています。きものは先に述べたように、 肉体をすっぽりと包みますから、つつましい謙虚な心を育 むのです。だからこそ以前の日本人は、自己主張を避け、 相手を尊敬する礼儀作法の習慣を身につけたのです。 [1,p207] 「つつましい」の語源は「包む」と同じで、むき出しの心を包 んで覆う意味である。辻褄の「辻」は「縫い目が十文字に合う ところ」、「褄(つま)」は「長着の裾の両端の部分」で、合 うべき部分が合わないことを「辻褄があわない」という。「躾」 とは仕立てが正確にできるように、「仕付け糸」で仮縫いをす ることから来ている。 きものを作り、着こなす技術は、日本人に礼の智慧を教えて きたのである。 ■7.立ち居振る舞いの礼■ さらに、山中氏はきものを着たときの立ち居振る舞いを「装 道礼法」として教えている。その一部を紹介しよう。[1,p53] 美しい姿勢 頭まっすぐ、顎(あご)引いて 視線は遠く、水平に 背筋伸ばして、胸を張り 両腕真横に、指先そろえ おなかを引いて、両足そろえ 天地と我と一直線 美しい立ち方 上体ゆらさず、腰うかせ 爪先たてて、左右の踵(きびす)はなさずに 左足より、半足すすめ 上体おしあげ、起ちながら 左足後ろに引いて、そろえつつ すうっと静かに、直立姿勢 このような気品ある立ち居振る舞いは、自らの姿勢を正すと 共に、相手に対する礼の心を育てる。 ■8.人と自然の和、人と人との和■ 最後に、山中氏はきものに込められた「和」の智慧を語る。 [1,p209] 日本は、春夏秋冬の美しい四季に恵まれています。昔は きものを装う場合に、装う季節の自然の紋様を選んで装い ました。そこで、きものを装うことが、自然と調和する心 を育んできたのです。季節ごとの花鳥風月をきものの絵画 模様に取り入れてきました。これが自然と調和して生きる 智慧なのです。 また、不思議なことに、きものを着ると女性は女性らし さを、男性は男性らしさを、男女それぞれの特質を発揮し、 平等の立場で調和していきます。きものは、人と人とを結 び、調和させていく、すばらしい智慧の衣服なのです。 まさに、きものは、人と自然の和、人と人との和を育む働き を持っている。 ■9.形から心に至る「道」の文化■ 講演のしめくくりに、山中氏は、日本の「道」の文化を紹介 する。[1,p211] 日本には、繰り返し稽古をすることで身につけていく叡 智があります。それが形から心に至る「道」の文化です。 「茶道」「華道」などに代表される「道」の文化は、その 行為の中で、技術を身につけるだけではなく、礼から道へ、 人間性を高めていくのが目的です。 西洋では紅茶の入れ方や、フラワー・アレンジメントは技術 や芸術とはなっても、それが人間性を高める「道」とまでは考 えられなかった。「道」こそ日本文化の本質である。 そこで私は、世界中の人々の共通行為である衣服の装い に着目し、それを「道」に高める「装道」を展開していま す。毎日繰り返し行う装いの中で、きものに込められてい る愛美礼和を身につけ、理想的な美い人生を実現していた だきたいのです。 この装道を教育改革に活かしたいという文部省からの依頼も あって、昭和49(1974)年から毎年100人以上の高校の先生 に装道の教育が行われてきた。以来、3千校の先生方が受講し、 全国各地の高校できもの教育が行われてきた。あるアンケート 調査では、きもの教育を受けた女子高生の実に94%が「きも のを着たい」と答えている、という。 平成10(1998)年には、衆議院において「中学校における和 装教育実施に関する請願」が全会一致で採択され、平成14 (2002)年度から小中学校の「技術・家庭」の中で、きもの教育 ができるようになった。 こうしたきもの教育を通じて、日本のすべての子供たちに、 我々の先祖が数千年の歳月をかけて育んできた愛・美・礼・和 の智慧に触れて欲しいと思う。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(494) 「直き心」の日本文明 このように「心のあり方」に重要な価値を置く文明はほかに は見あたらない。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 山中典士『日本人の知らない日本の叡智―きものに込められた 愛美礼和のこころ』★★★、H14、河出書房新社 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「きものの叡智 〜 愛・美・礼・和」に寄せられたおたより 彦一さんより 日本人が着物をつくり上げ、着物が日本人をつくり上げてい ると知って新しい感激を覚えた。一見ダサイように見える着物 だが、心までも包み込む事を知って日本人の英知の素晴らしさ を発見した。着物がある限り日本人は立ち直れると思う。金と 力の悲劇的な現代にふくよかな着物を着せる活動を展開したい ものだ。 純夫さんより 1999年,京都で開催されたIEC (国際電気標準会議)のパーティ ーで,フランス人委員長の奥様がきものを着ていらっしゃいま した。立ち居振る舞い,表情を見て驚きました。元々小柄な方 であるということもありますが,まるっきり「日本人」なので す。そのとき,きものにはそれを身に付けた人の心まで変えて いってしまうのだということを実感いたしました。 ヤマトさんより 和装は身体面機能からみても実にうまくできあがっています。 先ずは帯が絞められる位置が重要ポイントになります。体内 中心軸をズラさないためのポイントに巻きつけられているとい うこと。男帯は骨盤と股関節にかかるように絞められる。この 位置が中心軸に固定されると下肢の疲労感がまったく違うもの と感じられます。中年者の排泄不快感などの改善にも役立ちま す。 女帯は横隔膜を包み込み人間本来の腹式呼吸が容易くできる。 また体内水分の元栓に当たる小腸と腎臓を支えます。人体は 70%近く水分です。この水分を調節することは養生訓として 大いに生かせます。 最大の特徴は一枚の布を体に巻き付けることです。洋服は自 由度が大きすぎて下肢関節を開きすぎ亜脱臼状態になっている のが現代人の股関節です。『自由』という言葉の持つ危険性が ここでも露見します。「自分が楽だからいいじゃない」という 誤った感覚でいると後々、しっぺ返しがきます。それがギック リ腰といわれている症状です。ギックリ腰になりたくなければ 下肢関節の『束縛』が要求されます。帯を巻いた時のあの感覚 は忘れていた中心軸感覚が蘇ったものなのです。是非、お試し あれ。 ■ 編集長・伊勢雅臣より 着物に込められた叡智も、日本文明の産物ですね。© 平成20年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.