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■■ Japan On the Globe(596)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

             The Globe Now: 国づくりのリーダーたち
    
                 一国が繁栄するか、貧困と搾取に沈むのかは、
                公に尽くすリーダーがどれだけいるかで決まる。
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■1.腕の中で息を引き取った幼女ナディア■

     一人の幼女が、西水美恵子さんの腕の中で、静かに息を引き
    取った。1980(昭和55)年、エジプト・カイロ郊外にある
    「死者の町」。ここは邸宅を模す大理石作りの霊廟がずらりと
    並ぶイスラムの墓地に、行き所のない人々が住み着いた貧民街
    だった。

     ナディアの病気は、下痢からくる脱水症状だった。安全な飲
    み水と衛生教育さえあれば、防げる下痢。そして糖分と塩分を
    溶かしただけの飲料水で、応急手当ができる脱水症状。

         誰の神様でもいいから、ぶん殴りたかった。天を仰いで、
        まわりを見回した途端、ナディアを殺した化け物を見た。
        きらびやかな都会がそこにある。最先端をいく技術と、優
        秀な才能と、膨大な富が溢れる都会がある。でも私の腕に
        は、命尽きたナディアが眠る。悪統治。民の苦しみなど気
        にもかけない為政者の仕業と、直感した。[1,p4]

■2.学窓に別れを告げ、貧困と戦う世銀に残ると決めた■

     米国プリンストン大学で経済学を教えていた西水美恵子さん
    は、この年の夏から始まるサバティカル(研究休暇)の一年を
    世界銀行(世銀)の研究所で過ごしていた。西水さんに好待遇
    で好きな研究をやれるば良いと誘ったチェネリー副総裁は、一
    つだけ条件をつけた。「一国でもいい。発展途上国の民の貧し
    さを、自分の目で見てくるように」というものだった。

     そこで、世界銀行で活躍しているプリンストンの教え子が、
    エジプトに調査に行くというので同行したのだった。

     世銀は、国連の諸機関のように寄付金に依存する援助機関で
    はない。加盟国の国民から「世銀債」のような形で市場から資
    金を集め、発展途上国の良い国づくりのために、できるだけ安
    く貸す。正真正銘の金融機関なのである。

     西水さんは、帰りの機内で一睡もできずに、自分は何をする
    ために経済学を学んだのかと、悩んだ。飛行機の車輪がドシン
    と音を立てて滑走路に接した瞬間、学窓に別れを告げ、貧困と
    戦う世銀に残ると決めた。

     チェネリー副総裁に決心を伝えると、「薬が効きすぎたかな」
    と笑いながら、「ナディアの死を無駄にしないように」と言っ
    て、こう続けた。

         世銀の使命は、貧困のない世界をつくること。この使命
        を背負う仕事の究極は、正義の味方になることだ。政治力
        のない貧民のために正しいことを正しく行う、勇気あるリ
        ーダーたちの味方になる。この精神を本気で貫かないと、
        世界一流の知識や技術の提供が無駄になる。融資は途上国
        の借金を増やし、国民を苦しめるだけに終わる。やる気が
        あるようだな。[1,p5]
    
■3.「ご馳走」は一杯の水■
    
     それから15年後、世銀で西水さんは南アジア地域を担当す
    る局長となったいた。担当国の一つにパキスタンがある。

     インドとの国境問題が起こっていたカシミール地方に行って
    みた。人々は険しい山脈の中腹に段々畑を作って住んでいる。
    目が眩みそうな谷底には川が流れているが、険しい山肌に陽が
    遮られて日照時間が極端に短く、農作には適さない。

    「貧しくて何もないけど、どうぞ」と歓迎してくれた村人たち
    は女子供、老人ばかり。男衆は紛争に命を落としてなければ、
    兵隊か出稼ぎで留守。

    「ご馳走」として出してくれたのは、コップ一杯の水だった。
    片道に1時間かかる裏山に湧き出る泉の水で、安心して飲める
    のはここだけだという。女たちは、大きな水瓶を一つは頭に載
    せ、一つは腰脇に抱えて、往復2時間の水汲みを日に三度行う。

     村長格の老人は、パイプを引いて泉の水を村まで引く計画を
    立てたが、「政府には武器を買う金はあっても我らのための金
    はないらしい」と言った。皆で少しずつ貯金をして、いつかは
    必ず水道を引く、という説明に、村人たちの目は天国の夢を見
    ているようだった。
        
■4.「私の心の故郷もあの山のむこうです」■

     1999(平成11)年9月、西水さんはパキスタン首相官邸に入っ
    た。大理石をふんだんに使い、化粧室にはシャンデリアがぶら
    下がる。広大な敷地にはポロ競技場まである。この官邸一つで、
    いったいいくつの村に電気や水道を引けるのかと計算しては、
    西水さんは怒り心頭に発していた。

     官邸の主人公がシャリフ首相で、その「ファミリー」は架空
    のプロジェクトをでっち上げては、国営銀行に融資させ、その
    債務を不履行にしている。

     昼食の後、人払いを頼むと、シャリフ首相は居間に誘ってく
    れた。その開かれた窓からは、ヒマラヤへとせり上がる山々が
    見えた。カシミールの血を引く首相は、あの山のむこうが自分
    の故郷だと目を細めた。

     西水さんは「私の心の故郷もあの山のむこうです」と、日に
    6時間も水汲みにかける村の事を語った。首相はハンカチで目
    をぬぐい、「ミエコの故郷に水道を贈ろう」と言った。

     西水さんは断った。「首相には、たったひとつの水道より、
    もっと大きな事を成す力がある」。国営銀行はいつ破産しても
    おかしくない状況だ。その時困るのは金持ちではなく、カシミ
    ールの村人たちのように水道を引くためのささやかな貯金に人
    生の夢を託す多くの民が犠牲になる。

         人様の大切な金を貸す銀行家として進言する。・・・トッ
        プリーダーの一族が債務不履行である限り、銀行界の立て
        直しは不可能と判断する。恐れ多くも人の上に立つ指導者
        は、身辺を清め、民の模範となるべく努力すべし。[1,p94]

     長い沈黙の後、首相は言った。「本物の男として約束する。
    家長としても約束する。一ヶ月後までに、全額を精算する」
    西水さんの目にも涙が溢れた。
    
■5.「ムシャラフは立派な指導者。彼に国運を賭ける」■

     一ヶ月後、首相の「ファミリー」が借金の返済を始めたとい
    う噂が広まった。そんな矢先に、クーデターが勃発した。シェ
    リフ首相が、自身の権力乱用に楯突いていた陸軍参謀総長ムシャ
    ラフ将軍を海外訪問中に解任した事がきっかけとなった。将軍
    を信奉する軍幹部が、逆に首相を追放したのだった。

     世銀の部下たちは早く新政権に参上してくれと頼んだが、西
    水さんは、民の声を聞くことが大事と、草の根を歩き回った。
    草の根の声は「ムシャラフは立派な指導者。彼に国運を賭ける」
    だった。

     クーデターの翌年、ようやくムシャラフ将軍と会うことになっ
    た。将軍は元首相官邸の贅沢を嫌い、たまに公務で使うだけだ
    という。西水さんは思わず「気に入った」と手をたたいた。

     翌日、「待ちくたびれた」と微笑んで手を差し出すムシャラ
    フ将軍に、西水さんは「理由はどうあれ、民主主義のたどる紆
    余曲折の学習を軍政権が切断することは邪道。だから失敬した」
    と言った。将軍は「はっきり言ってくれてうれしい」と本当に
    嬉しそうな顔をした。
    
■6.「敵は貧困。戦略は good governance(正しい統治)」■

     そんな挨拶の後、将軍は「知っているつもりだったが」と翳
    りのある口調で続けた。想像を絶するほど深刻な経済の破綻に
    驚いた。組織制度化され、マフィア化した汚職のひどさにも驚
    いた。「いったいどこから手をつけたらいいのかと、軍人キャ
    リア35年目にして、初めて動揺した。」

     西水さんが「改革は戦争でしょう」と応ずると、やはりそう
    かと頷く将軍に「ならば将軍の専門ですね。敵は、戦略は、作
    戦は、将軍?」と畳みかけた。将軍は答えた。

         敵は貧困。戦略は good governance(正しい統治)。我
        が国が抱える国体持続の長期リスクは、貧困に尽きる。政
        府、民間、あらゆる部門から汚職を追放せねば、このリス
        クの解消は不可能だ。[1,p102]

     しばらく、互いの草の根体験を比べあった。将軍は貧しい女
    性の苦労も熟知していた。母親と子どもたちの死因の筆頭は、
    かまどの煙による呼吸器官炎症。電気が通じれば、その死に神
    を追放できる。水道を引けば、飲み水を経由する伝染病をなく
    し、さらに女性が水汲みに費やす毎日数時間を省き、家族の衛
    生管理や読み書きを習う時間を生む。しかし、電気も水道も高
    額の賄賂なしには引いてくれない。

     貧しい人々のたった一つの希望が教育だが、学校に在籍して
    給料だけは貰いながら、一向に姿を見せない「幽霊教師」。徴
    収した税金を山分けする税務署。賄賂無しでは動いてくれない
    警察、権限を悪用して民間企業の自由な経済活動を妨害する国
    家公務員。

     軍人らしく、将軍は戦線を絞って、そこから勝利の連鎖反応
    を狙うという。まず選ばれたのは国民がすぐに肌に感じられる
    教育・公衆衛生医療改革、民間企業が改革の成果を早めに糧と
    出来る銀行改革や税務署改革。
    
■7.「国際社会が敵になるとは思わなかった」■

     各分野の専門知識と国家再建の志を持つ人々を将軍は集めて、
    目覚ましい改革を始めた。しかし、国際社会の目は冷たかった。
    長年、援助から甘い汁を吸ってきたパキスタン政府、そして
    1998年のインドに対抗した核実験、翌年の軍事クーデターと重
    なったのだから、無理もなかった。

    「国際社会が敵になるとは思わなかった」と言う将軍に、西水
    さんは「信用をここまで落としたパキスタンの過去が敵なのだ。
    その過去と戦う現場を、国際社会に見せねば」と言った。

     西水さん核実験以来滞っていた「パキスタン援助国際会議」
    を再開しようと提案した。それも従来のパリから、首都イスラ
    マバードに開催地を変更して、改革の現場を見せようと言った。
    さらに西水さんは、世銀は銀行部門構造調整改革に3億ドルの
    融資を考えている、と言って、将軍を驚かせた上で、この計画
    を公表すれば、氷は必ず解けはじめる、と説いた。

     翌年3月イスラマバードで開催された「パキスタン援助会議」
    は、草の根訪問も組合せ、改革に直接携わる勇士のセミナー形
    式だった。開催まもなく会議のムードが半信半疑から驚きへと
    変わっていった。

     中央銀行総裁を筆頭に銀行改革同志の発表が終わったとき、
    日本大使が手を挙げた。「素晴らしい。総裁、この仕事が終わっ
    たら、我が国へ改革をしに来てください」と和やかな笑いを誘っ
    た。
    
■8.ムシャラフ大統領とシン首相■

     ムシャラフ大統領のリーダーシップのもと、国内改革が進み
    つつあったパキスタンにとって、もう一つの重要課題がインド
    との和解であった。カシミール地方をめぐって、両国はすでに
    3度も戦争を行っていた。

     西水さんは、1998(平成10)年、後にインド首相となるマン
    モハン・シン氏と会っていた。その時に、シン氏は「我が国が
    抱えるリスク、それは貧困に尽きる」と、ムシャラフ将軍とまっ
    たく同じセリフを口にしていた。

     西水さんは、ムシャラフ大統領と初めて会ったときに、こう
    勧めた。

         将軍、いつか必ずマンモハン・シン氏とお会いにならな
        ければなりません。印パ間の信頼を築くために、両国の平
        和と世界の安全保障のために。[1,p18]

     インドと聞いただけで嫌な顔をする側近をしり目に、シン氏
    のことをもう少し教えてくれと、将軍は真剣な眼差しで身を乗
    り出してきた。

     両氏の会談は、2004(平成16)年秋、ニューヨークの国連総
    会で実現した。二人のこぼれるような笑顔を見て、西水さんは
    涙をこぼした。

     翌年春、カシミールで西水さんを泊めてくれた女性から、人
    伝てに伝言があった。

         もう水道は夢ではない。平和がくる。あなたが歩きたがっ
        た街道がよみがえる。4月7日、停戦ラインを越える定期
        バスが運行を開始する。戦争で破壊された橋を直し、荒れ
        た道を修理する突貫工事に、寝るのも惜しんで働く村人の
        喜びの歌声が、山間に日夜響いている。[1,p39]

     ムシャラフ大統領とシン首相のリーダーシップで実現した、
    カシミール問題解決への第一歩だった。
    
■9.「ミエコの国が羨ましい」■

     シン首相は、ある時、西水さんにこんな事を言ったことがあ
    る。

         多様なルーツの民族が今はひとつにまとまったミエコの
        国が羨ましい。[1,p283]

     我が国土には、古代からさまざまな民族が流入してきた。従っ
    て、異民族が土地を求めて戦いあい、勝った方が負けた方を階
    級差別し、支配搾取するという世界によくある歴史になっても
    おかしくはなかった。

     それがやがて渾然と一つの共同体にまとまっていった。江戸
    時代には世界史に残る長期の平和が実現し、またその蓄積をもっ
    て明治以降、近代国家として急速に発展した[a]。

     それは、西水さんを世銀に誘ったチェネリー副総裁の言う
    「正しいことを正しく行う、勇気あるリーダーたち」が、我が
    国の歴史の中で数多く登場してきたからである。そしてそのリ
    ーダーたちを生み出したのは、国家の中心にあって常に国民の
    安寧を祈る皇室の無私の精神だった。[b]

     一国が繁栄するか、あるいは貧困と搾取に沈むのかの分かれ
    道は、国家公共のために尽くそうとするリーダーをどれだけ生
    み出したかにかかっている。そして我が国が、今後も豊かで平
    和な独立国として栄えていけるかどうかも、この点にかかって
    いる。西水さんの世銀における23年間の経験は、決して他人
    事ではない。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(091) 平和の海の江戸システム
    日本人は平和的に「自力で栄えるこの肥沃な大地」を築き上
   げた 
b. JOG(120) 「心を寄せる」ということ
    国民が「心を寄せ」合い、相互に「助け合う」姿が、今後の
   我が国のありかた

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 西水美恵子『国をつくるという仕事』★★★、英治出版、H21

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「国づくりのリーダーたち」に寄せられたおたより

                                               エルさんより
     日本の外で、働く一人の女性の姿を通して教えられてよかっ
    たです。まさに紛争の根源が貧困であることは誰もが認める真
    実です。国家が正しいリーダーを選べるかどうか?それに国の
    命運がかかっているのです。

     しかるに翻って今の日本は危うい状況です。日本の国柄を今
    こそもっと振りかえって再考し、復活させるべきですね!

     日本人らしさをもってインドやパキスタンなどと新たな関係
    を深めるべきですね。対中国への防衛線は日増しに迫られ縮め
    られてきています。海賊パトロールへの名を借りて海軍の実践
    練習を試みてるかのようです。日本近海を我が物顔で泳ぎ回る
    などもってのほか!しかし政府の、国民の精神の根幹に自虐史
    観が巣くっていては世界の中で使命をもって行動することなど
    できはしない・・・麻生総理がいつまで総理として機能するか
    は未定だが出来る限り、国民に真実を伝え精神構造の改革をし
    て欲しい。

     それには先ず官僚の腐敗、堕落、何もしない主義、前例主義
    脱却を迫り、天下りを根絶する事だ!国民の信頼なくして政府
    は機能しない。信頼なくして改革なし!挑戦なくして発見なし!
    今の日本に真っ先に手にしなければならないのは高い精神性だ
    と想う・・・・・・

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