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■■■■■■■■■ JOG Wing ■ 国際派日本人の情報ファイル■ 報徳と積小為大 〜 金次郎の原体験 伊勢雅臣 ■転送歓迎■ No.1563 ■ H21.06.01 ■ 9,185 部 ■■■■■■■ 国際派日本人養成講座600号「二宮金次郎と『積小為大』」 では紙面の制約で、さわりしか紹介できなかった金次郎の思想 について、ここで補足しておこう。 金次郎の教えの三大徳目は、 勤労(よく働く) 分度(身分相応に暮らす) 推譲(世の中のために尽くす) であると言われている。[1,p525] これだけ聞くと、抽象的なお説教だが、その根底にある金次 郎の原体験まで掘り下げると、これらの徳目が実感を持って伝 わってくる。 金次郎の思想の原点は、17歳の時の次のような体験にある。 17歳の時田植えが終わった頃、村のあちこちに捨苗が ころがっていた。田植えの後は余った苗が出る。捨てられ た苗はもう誰の所有でもない。金次郎は捨て苗を拾い集め、 かつて用水堀として使われていた不用の古堀のあとを開墾 して水田を作り、捨苗を植え、除草をし、たんねんに育て 上げた。その結果、一俵(4斗1升、約60キロ)の米を 収穫できた。 わずかだがはじめて自分の努力で一俵の米を得たことに、 金次郎は深い喜びとともに大きな悟りに似たものを感得し たのである。年少にして両親と田畑財産を失い一家離散の 憂き目を見た自分、世間的には最も不幸な境遇にあると思 われるわが身にも、こうして天と地と人の恩恵がある。村 人が捨てた苗があり、太陽を始め天の恵みと空地や水とい う地の恵みにより一俵の米が得られてのであった。金次郎 はこの天と地と人の恵みを天と地と人の徳とよんでいる。 すべて人間は天と地と人の徳によって生かされているとい う深い感動を伴った得難い体験であった。[2,p20] 「徳」とは、受け手から見れば「恵み」であり、与える側から 見れば「他者のための働き」というように解釈してよいだろう。 「報徳」とは金次郎の最大の理解者であった小田原藩主・大久 保忠真の「なんじの道は以徳報徳(徳を以て徳に報いる)に近 し」という言葉から来ている。 天・地・人・の徳(恵み)によって自分が生かされている事 に感謝し、それに報いるために徳をもってする、すなわち自分 の働きで世のため人のために尽くす、これが報徳の考え方であ る。「推譲」とはまさに自らの働き(徳)をもって、天地人の 恵みに報いることである。 また消費は自分の稼ぎ(すなわち世の中への貢献)の範囲内 にする。消費よりも貢献が大きくてこそ、世の中のためになっ ている。これが「分度」である。 また、上述の捨苗から一俵もの米がとれたことは、金次郎に 自然の道は「積小為大」であることを教えた。わずかな土地を 耕し、わずかな苗を植えることで、わずかな米がとれる。10 万石といえども、このささやかな農作業の積み重ねがなければ、 成り立たないのである。 小さな努力の積み重ねが大いなる結果を為す、この積小為大 の考え方が「勤労」の根底にある。それは「大を為す」ための 道である。 日本企業が人作りを重要視するのは、一人ひとりの働き(す なわち「徳」)を引き出すためであるし、また細かな改善や現 場の創意工夫を重んじるのも「積小為大」の考え方からである。 我が国が世界有数の豊かな経済力を持つに至ったのも、金次 郎の示した「報徳」と「積小為大」の道が今も脈々と受け継が れているからであろう。その先人の「徳」に、子孫たる我々が どう報いるのか、が問われている。 ■リンク■ a. JOG(600) 二宮金次郎と「積小為大」 二宮金次郎の農村復興事業が、日本人の勤勉な国民性を形成 した。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 三戸岡道夫『二宮金次郎の一生』★★★、栄光出版社、H14 2. 岡田幹彦『二宮尊徳』★★★、日本政策研究センター、H20© 平成20年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.