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                   「好き嫌い」と祖国愛

                                                   伊勢雅臣
■転送歓迎■ No.1582 ■ H21.08.03 ■ 9,162 部 ■■■■■■■


     作家・曽野綾子氏の「神のいる場所」[1]の次の一文にはハッ
    とした。

         愛は「好きである」という素朴な感情とはほとんど無関
        係だという厳しさを知ったからである。キリスト教におけ
        る愛というものは、むしろ自分の感情とは無関係に、人間
        としてなずべき態度を示すことだ、とされている。つまり
        その人を好きであろうがなかろうが、その人のためになる
        ことを理性ですることなのだ、と私は知ったのである。

     キリストの説く「隣人愛」とは、「隣人を好きだからその人
    に尽くそう」ということではない。それでは嫌いな隣人のため
    には尽くさなくても良いことになる。

     同じ事が「祖国愛」についても言えるのではないか。日本が
    好きだから、祖国のために尽くそう、というのはごく自然な感
    情だが、それなら日本が嫌いだから、国のためには尽くさない、
    ということにもつながってしまう。

     祖国愛の根底には、好き嫌いを超えて、国のために尽くすべ
    きという理性的判断があるのだ。そして、その理性的判断は、
    自分を生み育て、守ってくれている豊かな文化、歴史伝統、自
    然、経済を残してくれた先人たちへの感謝から始まるのではな
    いか。

     自分が受けている先人の恩に感謝し、それを子孫に恩返しし
    ていこうとする志こそ、祖国愛の本質なのではないか、と思う。

     とすれば、他国に比べて日本はこんなに素晴らしい国なのだ
    などとと誇る必要はない。そういう見栄は祖国愛には不要であ
    る。ただ先人への感謝の思いと、報恩への志があれば良い。

■参考■
1. 産経新聞、H21.07.241「【小さな親切、大きなお世話】作家・
   曽野綾子 神のいる場所」、東京朝刊、1頁

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