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種田山頭火は自由律俳句を代表する作家である。というより、その作品が自由律俳句を代表するものだと私は感じている。よく、山頭火、放哉ばかりが自由律俳句ではないといわれるが、作品そものもで見るかぎり、やはりこの二人の作品には抜きんでたものがあるといわざるを得ない。特に山頭火においては顕著なものがある。

その作品の特徴は、

            自然さ    自在さ   やさしさ  単純さ

である。これは作品を外形から見ての特徴である。つまり、1句2句でなく、彼の作品の全体的映像を捉えていうものである。

われわれのように、実際に作句に携わるものにとっては、これらの映像は無視できない、いや、もっとも肝に銘じおくべきものと私は思う。

このところが一般評論家が山頭火を取り上げる立場と異なるのである。無論、ブームといわれる世間一般の読者とは違った視点で、私は山頭火の異常な生活態度などを、世間のように話題にしない一人である。

自然さ

  山頭火の作品に2〜3の仏教用語の使用はあっても、ほとんどは日常の、われわれが使っているやさしい言葉で、肩苦しい言い回しはない。漢語の使用も少ない。これは自然ということで、作るという立場より、浮かぶということを大切にしたからであろうと思う。

                     まっすぐな道でさみしい

                すべってころんで山がひっそり

                窓あけて窓いっぱいの春

自在さ

  自在ということは、作家にとって生やさしいことではない。よく、句は一句一律というが、なかなかそうはいかないのが実状なのだ。句の長さ一つをとっても同じテーマを扱っても人によって長さが違う。一句一律にならない証拠である。

                      ながい毛がしらが

                ふくろうはふくろうでわたしはわたしで眠れない

ヒラメキに集中して句が短くなるのは当然だが、長くなるのが自然ならそのようになる。字数揃えの作家がいるが、それで自由律とはいえなかろう。一作家一律ではいけないのである。

やさしさ

自然さにも共通して、山頭火の句はやさしい。こどもにもわかる作品が多い。 ヒラメキは口をついて出ることばだから巧まないのである。これはまた日常の日本語の特徴でもある。「随句と日本語」のページを参照されたい。

                   てふてふうらからおもてへひらひら

                 ひとりひっそり竹の子竹になる

口をついて出る言葉は文章にはならない。そこで韻になる。

単純さ

ヒラメキだから単純なのである。韻は3節によって単純化される。それ以上はいらない。山頭火の句は明快に3節である。だから口の端に乗りやすい。人々の心に残るゆえんである。

                   雪ふる一人一人ゆく

                 笠へぽっとり椿だった

これらの作品を現在の自由律俳句と比べてみよう。あまりの落差に驚くだろう。同じようにやりたい人は多くても、なかなかこうはいかないのである。なぜ? どうして? 今、われわれの課題はむしろそこから始まるのだ。

 

経    歴

本名、種田正一、明治15年12月3日、酒造家の長男として山口県防府市(現)に生まれた。

同25年、11歳、母が自宅井戸に投身自殺。

同35年、早大文科に入学。37年3月、疾病のために退学し、父とともに酒造業経営。

同42年、佐藤サキノと結婚(山頭火28歳)。

大正2年、井泉水に師事。

同5年、種田家破産。夫婦熊本に移住。

同9年、妻サキノと戸籍上離婚。

同13年、酒に酔い、電車の前に仁王立ちの事件を起こし、翌年得度、堂守となる。

同15年、行乞行脚へ(山頭火45歳)。

昭和7年、山口県小郡町の其中庵に入る(51歳)。

同14年、松山市の一草庵に入る。

同15年10月10日夜、脳溢血で死去(59歳)。