もうひとつのカントリーガール


 ピンポーンとベルが鳴った。
「うぅ、もうちょっと寝かせて・・・」
 ピンポーン、再びベルが鳴った。それで目が覚めた。
「もう!こんな時間に何なのよ!」
そういってみたものの、いま何時かはわからなかった。時計を見ると、すでに昼近かった。
「あれ、目覚まし時計鳴らなかったのかなあ」
 ピンポーン
また鳴った。わたしは起きたままの格好で、玄関に行った。
「はいはい、いま出ます」
 ベルを鳴らしていたのは、麻里だった。
「どうしたの? 今日は、授業休むなんて珍しいじゃない」
「・・・いま起きたとこなの、目覚ましかけ忘れたみたいで」
「なるほどね。でも心配したよ」
「ごめん」
「いいよ、そんなこと。 ショッピング行かない?」
「うん、着替えてくる」
 わたしは、パジャマから洋服に着替えた。 自分では気に入っている服だ。

「みっちゃん、あんたのダメなところは、その格好ね」
唐突に麻里は言った。
「そう?」
「うん」と頷く、「もっと自分を素敵に見せなきゃ」
 たしかに、自分でもそうは思っていた。
 麻里は少し考えて言った。
「そうねぇ・・そうだ! 今日はみっちゃんの服を買おう」

「やあ、麻里」
 服を買った帰り道、わたしたちは秋葉さんに出会った。
「あ、秋葉、なにやってんの」と、麻里。
「何やってるって、おまえたちこそ」
「わたしたちは見ればわかるでしょ」紙袋を見せる。
「俺たちだって」と振り向く「おーい 早く来いよ」もうひとり小柄な男が来た。
「もうちょっとゆっくりいってくれよ」
「おまえが遅いんだ」
「なんだ、岡村君じゃないの。あんた達も買い物だったの」
「そういうこと。ところでとなりにいるのは誰だったっけ?」
「あ、初めまして、わたし羽田道子っていいます」
「ふーん、羽田さんか、俺は秋葉俊彦、そしてこっちが岡村政男」
「わたし、秋葉さんのこと前から知ってました」
「えっ」秋葉さんが驚く
「同じ授業受けてたから・・・」
「ああ、なるほど・・・」

 そのあと、どこかで夕食を食べようということになり、わたしたちは手近なラーメン屋に入った。
「この店、ほんとにうまいんだぜ」
「適当に入ったような店なのに、なんでそんなことわかるのよ」
「それはだな・・・」
 麻里と秋葉さんは楽しそうに会話していた。わたしはあまり口が達者じゃないほうだけど、それでもいつもはときどき口を挟んでいた。でも今日はよけいに無口になっていた。

 ラーメン屋を出たわたしたち、男二人はまだ用事があるといって途中で分かれた。
「ねぇ、あの二人とはどういう関係なの?」
「あの二人とはね、高校が同じだったの、クラスは違ったけどね」
「秋葉さんとは特別な関係?」わたしはちょっと気になって聞いてみた。
「ううん、ただの友達よ、ただの友達。でも何でそんなこと... あ、もしかして」
「ちがうわよ。ただ聞いただけ!」そういうとわたしは駆け出した。
「今日はありがと!じゃあね!」

 次の日、わたしはいつものように学校へ出かけた。
「あれ、わたしが選んだ服は着てこなかったの?」
「うん、ちょっと着る気にならなくて・・・」
「べつにいいけどね。それはあんたの自由だから」
 それから、いつも変わらない同じような日がずっと続いた。秋葉さんとは、逢うこともあったけど、話をすることはほとんどなかった。

 でも、そんなある日のこと・・・
「あ、なんか落ちたよ」
 席を立ったわたしに秋葉さん言った。そして、床からなにか拾って差し出す。それは、青い封筒だった。
「えっ、わたしそんなもの知らないわ」
「いや、これは君の荷物から落ちたものだから、君の物だよ」強引にわたしに渡す。
 彼は急いでいるようで、さっさと部屋を出ていった。
「どうしたの?」
 様子を見ていた麻里がやってきて言った。
「秋葉さんがこれを・・・」
 わたしは、彼女に青い封筒を見せる。そして、なかの手紙を出して、読んでみた。そこには、なにか詩のような物が書かれていた。そして最後に「好き」と・・。

 側で見ていた麻里は言った。「これ、ラブレターじゃないの。 でも何であいつが・・・ あ、もしかしてあいつの冗談かも・・・みっちゃん本気にしない方がいいわよ」
 でも、わたしはその言葉を聞いてはいなかった。

「あれっ、どうしたの今日は」
「今日こそは着てみようと思って・・・」
 次の日、わたしはいつか麻里が選んでくれた服を着ていた。
「うん、似合ってるよ。やっぱりわたしが選んだ通りだ」
「秋葉さん、今日も来るかなぁ」
「あいつもこの授業受けてるはずだから、きっと来るよ」
 しばらくして、岡村くんが来た。
「あ、岡村くん」麻里が呼ぶ。
「やあ、三輪さん(麻里のこと)、ん? 隣にいるのは羽田さん?」
「そうよ。その服ね、わたしが選んだの」
「なかなかいいじゃないか」
「ところで、あいつは? まだ来てないみたいだけど」
「秋葉は今日は来ないって言ってたな。なんか昨日も急いでたけど」
 それから授業が始まったが、秋葉さんはやはり来なかった。

「あの、今日食事に行きませんか?」
 その授業が終わったあと、岡村くんがわたしたちに話しかけてきた。
「ごめんなさい・・・。わたし、今日用事あるの・・・」
 突然だったので、そう答えた。本当は用事なんかなかったけど・・・。
「それじゃ、わたしもパス」
「そうか」そう言って岡村くんはその場を去っていった。

 それから2日後、手紙をもらってから3日後、わたしと麻里はようやく秋葉さんに会うことができた。
「秋葉、この3日どうしてたの」
「ちょっと、野暮用でね」
「ふーん」
「あ、そうだ、羽田さん」
「えっ、わたし?」
 突然わたしにふられたので、ちょっと驚いた。
「うん、明日暇かい?」
「えっ、ええ」
「よかった。明日、俺と食事に行かないか?」
「え、そんな・・・」
「ダメかい?」
「いえ・・いきます!」
「よし、それじゃ明日ここで・・・」
「ちょっと! 二人で盛り上がらないでよ」麻里が言った。
「あ、すまん、おまえも来るか?」
「いいえ、遠慮するよ。二人で楽しめば?」
「・・・・・」
 二人ともその言葉で黙ってしまった。

 次の日、わたしは待ち合わせの場所に行った。
「やあ、遅かったね」
 そこには秋葉さんだけじゃなく、岡村くんもいた。秋葉さんは、わたしがちょっと驚いた顔をすると、
「言ってなかったっけ? 今日はこいつも一緒なんだ」と言った。
 私たちは、秋葉さんの案内でちょっと高そうなレストランに入った。
「こんな高そうなところいいの?秋葉さん」
「大丈夫。持ち合わせはちゃんとある。何でもいいよ」
 とはいったものの、何を注文すればいいかわからなかったので、秋葉さんにおまかせすることになった。

「秋葉さんはお金持ちなんですか?」わたしは聞いてみた。
「べつに、そんな金持ちじゃないよ。 一応親父は社長だけど」
「社長!? いったいどんな会社なんですか?」
 わたしと秋葉さんは楽しく話をした。けれど、岡村くんは黙っていた。しばらくして岡村くんは「ちょっといいか」と言って、秋葉さんとトイレの近くへ行き何事かを話していた。少しして戻ってきた。
「何話してたの?」
「いや、なんでもない」秋葉さんはそう言った。だけど、『なんでもない』と言うときほど、何かある。でもそれ以降、そのことは言わなかった。

 わたしたちは、レストランを出た。そこは商店街のはずれだった。少し商店街の方に歩いてから、岡村くんが「またいいか」と言った。「またか?」と秋葉さんは言うと、わたしに「ちょっとここで待ってて」と言ってから二人は、道のすみで、また何か話していた。しばらくして秋葉さんだけが戻ってきた。岡村くんはどこかへいってしまった。
「どうしたの?」私は聞いてみた。
「あいつは用事を思いだしたらしい。きみによろしくと言ってたよ」
「そう」
「ところで、あいつはこんなもんもってたんだ」
 そう言って差し出したのは映画の招待券2枚だった。
「いまから、この映画見に行かないか? あいつもいいって言ってたし」
「えっ、本当! もちろん・・・」

 わたしたちは映画館に来た。この映画はいま話題の映画で、わたしも見たいと思っていた映画だった。
「ねぇ、わたしたち恋人同士に見えない?」
「そ、そうだね」
 わたしは、思ってもみないことを口に出した。もっとも、心の底では秋葉さんといることで、しあわせな気分に浸ってはいたけど・・・。
 まわりには、わたしたちと同じ、カップルが何組かいた。わたしたちは映画館に入った。
 その映画は、おもしろい・・・はずだった。でも後で考えてみても、内容は覚えていなかった。

「もうこんな時間か、遅いから送ってあげるよ」
 映画館を出たわたしたち、もう夜も遅い時間、秋葉さんが送ってくれると言ってくれた。商店街にはまだ少し人がいた。路地を曲がって住宅街に入ると、そこには人の気配はなく、ただ街灯だけが光っていた。

「ここよ」
 わたしと秋葉さんは、アパートの前で立ち止まる。
「じゃぁ、俺はこれで」
「待って!」帰ろうとした秋葉さんをわたしは引き留めた。そして、抱きついた。
 秋葉さんと別れたくなかった。彼を帰してはいけない。これで別れてしまったら、なんとなくもう会えなくなるんじゃないか・・・。そんな気がした。
 だから必死(ちょっと大げさだけど)で引き留めようとした。わたしとしては思い切ったことをしたと思う。
「羽田さん・・・」
 秋葉さんは、そのあと黙ってしまった。
「・・・ごめんなさい!」
 わたしは、急いで手を振りほどいた。そして、ちょっと後ずさって、でも面と向かって言った。
「秋葉さん! 好きです! ずっと前から・・・」
 秋葉さんは驚いたようだった。わたしが秋葉さんを好きだという事にではなく、控えめでおとなしいわたしが、告白という大胆な行動に出たことに。

 しばらくして、秋葉さんはわたしを引き寄せ、抱きしめた。
「・・・秋葉さん?」
「俺も、好きだよ。 羽田さん・・・」

 そのときふたりは、初めてキスをした。

 次の日、目が覚めると、すでにあの人はもういなかった。テーブルの上に書き置きが置いてある。
『ぐっすり寝てたから、起こすと悪いと思って、そのままにしておいた。今日は1限から講義があるから、帰るよ』

 わたしは、しばらくその文字を見つめていた。そして、昨日の出来事を想い出していた。

 ピンポーン、ベルが鳴った。
「みっちゃーん、寝てるの? 今日の講義、1限からだよぉ〜」
 麻里だった。
 わたしは、我に返って、玄関の戸を開けて言った。
「ちょっと待ってて」
 急いで着替えて支度をし、外にでた。

「どうしたの? これで2回目よ。なんかあったの?」
「いや、べつに・・・」
「なら、いいけど。そういえば、昨日どうだった?」
「え?」
「ほら、あいつとどっか行ったんでしょ」
「うん・・・」

「ふ〜ん、良かったじゃない」
 麻里には、帰りからのことは黙っておいた。もちろん、最初の食事のときに、岡村くんが居たことも言わなかった。言わなかったというよりも、記憶からはずされていたのかもしれないけど・・。
「それで、どうなの? あいつは?」
「え?」
「だって、みっちゃんは好きなんでしょ。あいつ・・・秋葉の事が」
「どうして・・」
「見ればわかるわよ。みっちゃん、あいつのこと話すとき、目が違うもん」

 1限の講義は、あの人も来ていた。いつも、そばには行かないけど、今日は余計に近づきづらかった。行ってしまったら、なにか壊れてしまうような気がした。
「あ、そういえば、今日は岡村君来てないわね。いつもあの二人一緒なのに」

 講義が終わって、麻里は秋葉さんのところへ行く、わたしもついていった。
 わたしは、昨日のことを思い出してしまい、ちょっとはずかしくて、秋葉さんのすぐ前には出られなかった。麻里の後ろで盗み見るような位置におちつく。
「今日は岡村君休み?」
「うん、そうみたいだな」

「そうみたい・・って、知らないの?」
「別に、俺はあいつのお守りをしてるわけじゃないからな」
「まぁ、そりゃそうだけど・・・そうだ。2限目は、休講だし、テラスに行かない?」
 テラスというのは、キャンパスにある、喫茶店の名前。
「いや、俺はちょっと用事がある。またこんど誘ってくれよ」
「わかった、じゃぁ、みっちゃんいきましょ」
 麻里は、わたしの手を半ば強引に引き、この部屋を出た。

「えっと・・私はレモンティでいいけど、みっちゃんはどうする?」
「じゃ、わたしも ・・・」
「レモンティ 2つ」
「かしこまりました」ウェイターは用件を聞くと、カウンターへ去っていった。

「どうおもう?」麻里が聞いた。
「どうって・・? 何のこと」
「岡村くんのことよ」
「う〜ん、どうって言われても・・・」
「あの二人って、いつも一緒にいるのよ。それこそ、あの二人ってできてるんじゃないかって、くらい・・・」
「そんな!あの人に限ってそんなことない!」
「ごめん、ごめん、冗談よ。でも、それくらいに仲がいいのよ」
「ふ〜ん、そうなの・・・」
「そうだ。岡村くんの家に行ってみましょうよ」

 こうしてわたしたちは岡村くんの家に向かった。彼の住まいは、安いアパートだった。

「岡村くんって、地元なのに一人暮らしなんだ」
 そういえば、彼の事ってなんにも知らなかった。
 麻里が呼び鈴を押した。
「岡村くん?居る?」
 中から音がする。どうやら岡村くんは居るみたい。玄関が開くと、そこにいたのは秋葉さんだった。

「あんた、いたんだ」
「ああ、一応心配になってな。とりあえず中に入れよ」
 秋葉さんに言われ、わたしたちは中に入った。中は何の特徴もない、ごく普通の部屋だったけど、男の人にしては、きちっと片づいてるかもしれないとも思った。
 部屋の中心に、布団があって、そこに岡村くんが寝ていた。
 寝ていると行っても眠っているわけじゃなくて、目は覚めていた。顔色もそんなに悪くはない。
「やあ」
 あまり元気のない声だった。
「こいつ、風邪ひいたらしいんだ。昨日の夜から寝込んでいたそうだ。いまはだいぶ治ってきているらしい」秋葉さんが説明する。
「薬は?」麻里が聞いた。
「ちゃんと持っていたから、それを飲んだよ。明日はもう大丈夫だと思う」
「良かった」

 しばらくして、秋葉さんが立ち上がった。
「じゃ、俺はバイト行ってくる」
 そう言って、出ていった。
「居たとおもったら、あいつ、こんなときに」麻里が言った。
「いいんだ。ほんとは今日、僕が行くはずだったんだ。それを変わってもらったんだ」
「ふ〜ん、そうなんだ。友達思いもまだ続いていたのね」

 それから、3人で、秋葉さんの事について話した。麻里と秋葉さんと岡村くんは中学時代から仲が良かったという。それで、私の知らないことをいろいろ教えてくれた。ちょっとうらやましく思った。

 外が薄暗くなり始めた頃。
「岡村くん、今日の夕飯はどうするの?」
「まだそんなに食欲がないから、おかゆでも食べるよ。コンビニの買い置きあるし」
「だめよ。そんなんじゃ。どうせなら、うどんにしない? うどんはね。温かくて、体にいいんだから」
「わかった、そうするよ」
「じゃあ、決まり、私、買い物行ってくるから、みっちゃんは岡村くんと一緒に待っててね」
 何か、麻里に押し切られた格好になった。別に異論はなかったんだけど…。わたしは口が達者な方じゃない、岡村くんも、なんかそんなみたいだった。

「岡村くん、ほんとにうどんで良かったの?」
「うん、正直言って、おかゆは飽きてたんだ。昼も食べたし」
 そういえば、彼とこういう形で話すのって初めてだった。いままでは、秋葉さんといつも一緒に居る人としか思ってなかった。彼のことは全然知らない。さっき、来たとき疑問に思ったことを聞いてみた。

「岡村くんって、ここ地元でしょ? どうして一人暮らしなの?」
「両親がさ、僕が高校2年のときに、仕事の関係で引っ越ししたんだ、
 でも、僕は転校したくなかったからここに残った。大学も、ここを離れたくなかったから、こっちのにしたんだ。まさか、あいつらと同じとまでは思わなかったけど」
 わたしの、こっちに来た理由は、都会に来たかったからだった。
 それから、彼のことについていろいろ聞いた。

 それからしばらくして、麻里が帰ってきた。量がなぜか多い。
「途中でさ、鍋の方がいいかな〜と思ってさ、鍋用の野菜買って来ちゃった。あ、でもちゃんとうどんも買ってきたら、鍋焼きうどんよ」
 そういうと、麻里はキッチンに立った、わたしも何か手伝おうとそばに行く。
「それじゃあね、野菜でも切って、気をつけてね」
 わたしは言われたとおりに野菜を切った。
「うん、そんなもんね。後はいいから、岡村くんと一緒に待ってて」
 そうしているうちに、鍋はできあがった。
「さあ、召し上がれ〜」
 麻里は、鍋を居間のテーブルのうえに移して言った。寝ていた岡村くんもその声で起きてきて、テーブルの前に座わる。
「まずは、いちばんに味見してみて」と岡村くんに皿を渡す。
 皿をもらった岡村くんは「いただきます」と言って、食べ始めた。
「どお?」
「うん、うまいよ」
「それはやっぱり、私が作ったんだもん」
「これで、明日には元気になれるよ。三輪さん、それから、羽田さん、ありがとう」
 岡村くんは、ほんとにうれしそうに言った。

 次の日、岡村くんは元気にやってきた。いつもとは違って、すぐに席に着くのではなくて、わたし達のところまでやってきた。
「おはよう!」
「おはよう、岡村くん。風邪治ったのね」
「ああ、これも二人のおかげだよ…」
 岡村くんが、言いかけたところを、麻里が遮った。
「ストップ、もういい。その言葉、昨日いっぱい聞いたから…」
 わたしたちは笑った。そしてしばらく3人で話した。(もっとも、わたしは、ちょっと話すくらいだけだったけど)

「ねぇ、遊園地行かない?岡村くんの快気祝いに」
 麻里が突然、そんなことを言った。
「快気祝い?うれしいけど、そりゃ、大げさだよ」
「いいじゃん、行こうよ。みっちゃんも行きたいでしょ?」
「え?」突然降られて、驚いた。
「う・・ん、わたしも行く」わたしはぼそっと言った。
「じゃぁ、決まりね。あとは秋葉か…」
 ちょうどそこへ、秋葉さんがこの部屋に入ってくるのが見えた。なんだか、ちょっと疲れて居るみたいに見えた。
「あきばー」
 麻里が大声で叫ぶ。気づいた秋葉さんは、わたしたちのところにやってきた。
「どうした?」
 やっぱり疲れているみたい。構わず、麻里は言った。
「今度の日曜あたり、遊園地に行かない? みんな行くんだけど」
「わりぃ、俺は今回はパスだ」
「どうしてよ? 岡村くんの快気祝いなんだけど」
「岡村の? ああ、治ったのか。実は、今度は俺の方が風邪ひいてしまったんだ」
「え?」わたしは小さく嘆息した。
「だから、行けそうにない。今日は、まだ大丈夫みたいだから、とりあえずここには来てみたが…」
「僕の風邪が感染ったか…」

 次の日、秋葉さんは休んだ。そして、その次の日も…。
 やがて、日曜になった。

 今日は遊園地へ行く日、秋葉さんが来ないのは残念だけど、遊園地を楽しもう。
 RRRRR…
 電話が鳴った。たぶん麻里からだ。
「あ、みっちゃん、うれしいニュースよ」
「え? なになに?」
「秋葉、来るって」
「え、本当?」
「昨日電話したら、行くって、風邪は完全に治っているみたいよ」
「よかった…」
「じゃあ、待ち合わせ場所に遅れないでね」
 最後の麻里の言葉は聞いてなかった。秋葉さんが来るとわかって、いてもたっても居られなくなり、すぐに支度をしてアパートを出た。

 待ち合わせは、遊園地の前。待ち合わせの時間は、開園の9:00。今は8:30ちょっと早く来すぎてしまった。少し経って、麻里がやってきた。
「あら、早いじゃない。さては、待てなかったのね」
「うん…」
「その気持ち、よーくわかるわ。いいわよね、恋をしてる人は…」
 つづいて、岡村くんが到着する。
「おはよう、あれ? 秋葉まだ来てないの?」
「え?一緒じゃないの? あなた達いつも一緒なのに」
「一応、今日迎えに行ったんだ。そうしたら、もう出かけたって…」
「あいつ、どうしたんだろう? まさか何か事故に遭ってるなんて事はないでしょうね」
 その言葉を聞いて、わたしは不安になった。
「大丈夫だよ。きっと寄り道してるだけだ。あいつはそういうやつだからな」
 何年も一緒にいた岡村くんが、そう言ったので、わたしは信じる事にした。

 しかし… 10時になっても、彼は来なかった…。

「わたし、探してくるっ!」
「あ、待って! みっちゃん!」
 わたしは、二人をその場において駆けだした。思い当たるところは全くなかった。不安いっぱいで、その場に居ることができなかったのだった。

 一日中、街を駆けずり回っても、秋葉さんを見つけることはできなかった。
 途中、麻里達とばったり会って、秋葉さんの家に行ってみた。しかし、彼が帰ってきている様子はなかった。

 わたしたちは、朝と同じ、遊園地の前にいた。すでに閉園時間は過ぎており、
ひっそりとしていた。
 今日は、町中を探し回り、そしてここに戻ってきたのだった。
「ごめんね、せっかくの遊園地だったのに…。 わたしが、勝手な事しなきゃ…」
 わたしは麻里に、そして岡村くんに謝った。
「いいよ、もう」
 二人には、もう怒る気力もないようだった。
「私、もう帰る」
「じゃ、僕も帰ろうかな」
「さよなら」

 その場に、わたし一人だけが残された。
 わたしも、その場からとぼとぼと歩き出した。

 もういちど、秋葉さんの家に行ってみようと思った。もしかしたら、もう帰っているかもしれない。
 もうすぐ秋葉さんの家につくというところで、後ろの方から車が来て追い抜いて
いった。運転してるのはきれいな女の人、その横に乗っているのは・・?
 え?秋葉さん?
 急いで後を追うと、その車は秋葉さんの家の前で止まった。
 わたしは、見えないように道の角に隠れて、盗み見ることにする。
 秋葉さんが車から降りたった。運転席の方に向かい、その女の人と何事かを交わす。そのあと、車は発進し、秋葉さんも家の中へ消えた。

 わたしは、秋葉さんの家の前に出ていった。
 いまの女の人は、誰なのだろう?
 それが気になって、何度もベルのボタンを押そうかと思った。でも、出来なかった。その答えを聞きたくなかったから…。

「なんだい? 俺に聞きたい事って」
 次の日、わたしは秋葉さんと、大学の校舎の屋上で会っていた。
「あの…」
 でも、なかなか言い出せない。それを察したのか、言い出したのは秋葉さんの方だった。
「昨日のことだね」秋葉さんは遠くを眺めながら言った。
「…はい」わたしはうつむいて答えた。
「昨日はごめん、実は急用が出来て…」
「…わたし、見ました。女の人の車に乗ってるのを…」
「え?」秋葉さんは驚き、そのあと絶句した。

 少しの沈黙のあと、秋葉さんが再び口を開いた。
「…なんて言ったらいいんだろうな。
 君のことは好きだったよ。
 でも、どうにもならないことだったんだ…」

「突然、出会ってしまったんだ…。一目惚れだった…」
 秋葉さんのこころから、わたしが消えてしまった…そのとき、わたしはそう感じた。

「………」
 わたしはその場から立ち去った。
 その後のことはあまり良く覚えていない。
 気がついたときは、鏡の前でじぶんの顔を見つめていた。頬は涙に濡れ赤くなって
 いて、でも、まだ涙は流れていた。…なんてひどい顔。

 こんな想いをするなら、秋葉さんとつきあわなければよかった…。
 遠くから見つめているだけでよかったのに…。

 ピンポーン…
 ベルを鳴らしてみた。でも、誰も出る様子がない。
 コンコン…
 ドアをノックしてみても、やっぱり反応がない。
「いないのかなぁ… あれ?開いてる… いいのかなぁ… ごめん、入るよ」
 部屋の中は真っ暗だった。でも、人の気配はある。
 僕は後ろ手でドアを閉めた。
「みちこさん」
 彼女の名前を呼んでみた。でも、答えはない。
 奥の部屋に行ってみると、彼女は鏡台の前に、座っていた。
「みちこ・・・さん」僕はもう一度ゆっくり名前を呼んだ。
 彼女はゆっくりと振り返る。
「………」
 彼女の目は焦点を失っていた。こちらを見てはいるが、そこに誰が居るのか、何があるのかわからないようだった。
 その様子を見て、僕はなにかいたたまれなくなって、彼女を抱きしめた。
 彼女は衝撃で驚いたような反応をし…でも、すぐに僕に体をゆだねた。
「もういいんだよ…もう、忘れてしまえ…」
 僕は心の中でそう彼女に語りかけた…もしかしたら、口に出していたのかもしれないが…。
 そのまま…どれくらいたっただろうか?
 彼女は泣き疲れたのだろう、僕の胸の中で眠っていた。そっと彼女を離し、布団に寝かせてやった。

 それから3日後…

「おはよう!」
 彼女は元気になってやってきた。
「思いっきり泣いたから、サッパリしちゃった。てへっ」
 その笑顔には、失恋の痛手はなかった。

 帰り道、僕は彼女と一緒に歩いていた。
 そういえば、彼女とふたりきりというのは、初めてだった。
 いつもは、あいつが居たから…
 不意に彼女が言った。
「夕日…きれいね」
「うん…まるで萌える瞳のようだね…」
 その言葉は自然に出た…。

 彼女は気づいているだろうか?
 あの手紙は僕が書いたと言うことを…。

 あの手紙は、本当は僕から彼女へのラブレターだった。
 でも、差出人のない手紙は、誰の物か知られるはずもなかった。

 この想い、もういちど君に贈りたい。
 こんどは、ちゃんとぼくの手から・・・
 そのとき、きみはどう思うだろう?
 ぼくの気持ちを受け入れてくれるだろうか?

おわり


あとがき

 ついに終わりました。谷山浩子さんの「カントリーガール」の自分の解釈を小説にしよう…と思い立ってから、はや5年、やっと完成させました。
 しかし、結局元のコンセプトの”そのまま”というのは貫けず、妥協したかたちでの完成となりました。

 これ、もともとは、別の話の一部として書き始めたものでしたが、その元の話を別の形にすることにしたので、この話を独立させて書くことになったのでした。

 先ほども書いたとおり、わたしの「カントリーガール」の解釈で書くはずでしたが、書いていたら、最初思っていたのと違う方向に…。(^_^;)

 わたしの「カントリーガール」の解釈とは、「ぼく」は、「きみ」を好きで、ラブレターを書いたのだが、それを「あいつ」に渡してもらったら、「きみ」は「あいつ」にもらったものと勘違いしてしまい。それをいいことに、「あいつ」と「きみ」はつきあってしまう。ところが、「あいつ」は「きみ」を7日目に捨ててしまう。「きみ」の好きだった「あいつ」は、かなりひどいイメージがありました。
 一般的には、「ぼく」は単に手紙の代筆屋というのが多く、「あいつ」はちゃんと「きみ」を好きだったという事みたいです。また、「カントリーガール」は最初に発表されたときは3番までしかなく、後に4番つきが発表され、古いファンには4番に出てくる「ぼく」はいったい何者?という意見が多いみたいです。
さらに、浩子さん自身の解釈ってのもあったりして、コンサートのMCで「ぼく」というのは実は「ねこ」だったり、浩子さん自身だったり…。
 この歌の歌詞には、いろいろな解釈があるみたいです。

…でも、この作品では、「あいつ」が好青年になってしまったなぁ〜(^_^;)
彼女の気持ちがわたしの中に入ってきたからかもしれません。

 本来なら、そのまま彼女の語りで終わりたかったのですが、そうしたら、なんか収集がつかなくなってきてしまって…。
 結局「ぼく」の語りで終わらせました。始めと終わりで違っちゃっているけど、まぁしょうがないかな?

 それぞれの登場人物の名前ですが、「羽田」は浩子さんの本に出てきた「羽根木」を変えたもの、「道子」はもともと「みっちゃん」と呼ばせたくて選んだ名前、元ネタは『おしまいの日』です。(浩子さん声やってましたしね)
 「秋葉」は「秋葉原」からで、もともとは「秋原」だったのですが、偶然に「秋原」という名前の人が現れたので、変えてしまいました。「俊彦」はあえて言うまい(^_^;)
 あとの名前は適当だったりします(^_^;)
 そしてタイトルの「もうひとつのカントリーガール」ですが、浩子さんの「カントリーガール」とは別という意味で付けました。

 さて、ここまで約5年かかってます。果たして、次回作なんか書けるのでしょうか?(^_^;)
 それではまた、そのときまで。


[戻る]