★プロローグ
「浩之ちゃん、一緒にかえろう…」
スッ…。
俺はあかりを無視した。今日はあかりとは話したくなかったからだ。
家に着いた後、俺はベッドに直行した。仰向けになり、ただ天井を見つめる…。
何もする気が起きなかった。特に眠いという訳ではなかったが、いつの間にか眠りに落ちていた。
最初に見た夢は、幼い頃の出来事だった。
かくれんぼで、あかりがオニになったとき、みんなであかりをその場に残して帰ってしまい。夕方気になった俺があかりを迎えに行った…。確かそんな出来事だったと思う。
その夢を見ていた。
…そして、場面は急に変わった。現在の俺になり、俺は手にクマのぬいぐるみを持ち、あかりを探していた。
これが、これから始まるファンタジーな夢の始まりだった。
★その1 ブランニューハート
「あかり… 何処にいるんだ?」
呼んでも返事はない。公園、街、学校、あかりの家、いろいろ探し回ったが、何処にも居ない。
でも、俺はなんであかりを探しているんだろう?
ゲーセンの前に来たとき…。
「ヤッホー、 ヒーロ!」
聞き慣れている耳障りな声が聞こえた。志保だ。
「なんだ志保、何か用か?」
「何か用…って、別にぃ。見かけたから声かけただけよ」
まぁいつものことだ。別に腹は立たなかった。
「そうか…」
そのまま立ち去ろうとした。
…が、ちょっと聞いてみることにした。
「そうだ。あかりを知らないか?」
「あかり? 知ってるわよ」
「知ってる? …今どこにいる?」
「ただじゃ教えられないわねぇ…」
こいつの考えていることはわかるぞ。ヤックでも奢らせる気だ。
「あたしとカラオケ勝負して、買ったら教えてあげる」
「なに? カラオケ勝負?」
「そう、カラオケ勝負」
「よし、乗ろう」
俺と志保はゲーセンの2Fのカラオケルームへ向かった。
部屋にはいると、志保はすぐにリモコンをつかむ。
「まずはあたしから行くわよ」
「おぉ」
曲をセットすると、すぐに前奏が始まる、この曲は…『ブランニューハート』だな。
志保が歌い出す。カラオケに何度も行っているだけあって、さすがにうまい。しかし、俺には取っておきの方法があるんだ。
「〜テレパシー♪」
志保が歌い終わった。得点ボードの数字がまわり出す。しばらくして止まった。
「86点、まあまあね。今度はあんたよ」
「よし」
俺も同じく『ブランニューハート』を歌いだす。高得点を出す、とっておきの歌い方で…。
「な〜に、その歌い方」
志保が途中でチャチャを入れる。
あとで得点見て驚くなよ。
俺が歌い終わると、得点ボードの数字がまわりだした。そして、出た得点は…。
「92点! なんであんな歌い方で、こんな点なのよぅ〜」
「カラオケの機械は、俺の歌の方が好みらしいぜ」
「く、くやし〜い!!」
「さぁ。約束を果たしてもらおうか?」
「約束? 何の事かしら〜?」
志保は突然、とぼけだす。
「俺が勝ったら、あかりの居場所を教えてくれる約束だろ!」
「はいはい… わかってますよぉ〜」
「あかりはね… 北海道よ」
「北海道? なんでそんなところに?」
「さあね? あたしが教えられるのはここまで。じゃ、がんばって探してねぇ〜ん」
そういうと、あっという間に逃げていった。
「おい!」
ちぇ…。北海道か、なんでまた…。北海道なんか、来週修学旅行で行くじゃないか…。
★その2 岸を離れる日
北海道か…、普通行くとすれば、飛行機だよな…。
でも、ここでの答えはそうじゃないような気がする…。
途方に暮れ、この町の境である川の堤防を歩いていた。この川の対岸は隣の町である。
「やっと来たわね」
不意に声が聞こえ、堤防の影から志保が顔を出した。
「志保? なにやってるんだお前」
「待ってたのよ。あんたを」
「俺を?? ってさっきは、逃げたじゃねーか」
「まあ、さっきはさっき、今は今よ」
「わかった… で、今度は何だ?」
「志保ちゃんサービスで、北海道へ行く方法を教えてあげる」
「北海道へ行く方法? …さては、また何かやる気だな?」
「チッチッチ」人差し指を口の前で揺らす。
「だから、サービスだって言ってるでしょ。ただで教えてあげるわ」
…こいつ、やっぱり何か考えているに違いない。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、志保は続けた。
「あの舟に乗っていくのよ」
そういいながら、岸に止まっている舟を指す。
その舟は、公園なんかで遊覧に使われているボートだった。
「…おい、おちょくるのもいい加減にしろよ。あんなボートでどうやって北海道へなんか行けるんだ?」
「海へ下って、そして北上すればいいのよ」
平然と言った。
「普通考えてみろ、あんなんじゃ途中でくたばるぞ」
「大丈夫よ。これは”夢”だから!」
夢? …そうか、これは夢だった。
いつの間にか、ボートに乗せられていた。
「じゃ、がんばってねぇ〜ん」
志保のその声とともに、ボートは岸を離れ下流へ進み出す。
いつの間にか、まわりは霧に包まれていた。そして、鉄橋の下をくぐった辺りから何も見えなくなった。
★その3 花園の子守歌
ボートは霧に包まれたまま下流へと進んでいく。だが、今何処なのかはさっぱりわからなかった。
やがて、前方に島のようなものが見えた。しだいにそれははっきりとしてくる。
ボートはそこの岸に接岸した。そしてそのまま動かなくなる。
どうやらここで降りろということらしい。
俺は岸に降りた。そこは何となく山の中のような気がした。しばらく歩くと、木造のログハウスが見えてきた。
ちょうどいい、ここが何処なのか聞いてみよう。
ドアの前に立ち、ノックしようとしたとき、ドアが開いた。中から出てきたのは…。
「OH!」一瞬おいて「ヒロユキ!」
そこにいたのはレミィだった。俺が来たのを見て驚いている。俺も驚いた。
「レミィ… 何でここに?」
「だってここ、アタシんちの別荘だもん!」
俺は家の中に通された。
「ここまで来るの疲れたでしょう!」
俺はここまで来た来た経緯を話した。
「ダイジョウブ!絶対あかりみつかるワヨ!」
まぁ夢の中だしな…。
「コレデモ飲んで、ゲンキだす!」
「ありがとう!」
俺は出されたお茶を飲んだ。なんとも不思議な味だ…。…なんだか眠くなってきた。
あ、あれ…。これって夢の中だったよなぁ…。
「ヒロユキ、これから、アタシと暮らすネ!」
俺は数日、レミィと暮らした。(気がする)
なんで俺はここに居るんだろう?と疑問に思うこともあったが、理由は思い出せなかった。
ある日、俺は庭を散歩した。
ここには、様々の植物が植えられている。
薔薇の隣に桜…。なんか変な並び方だな…。
桜の木の元に、土の色が変色している箇所があった。まるで穴を掘って何かを埋めたような…。
俺はそこを掘ってみることにした。掘って出てきたのは…。クマのぬいぐるみだった…。
なぜ…そんなものが?
そうだ!思い出した。俺はあかりを探していたんだ!
★その4 壁に映る影
レミィの別荘を出た俺は、鬱蒼とした森の中を通る一本道を歩いていた。この方向に行けばどこに出るのか…それはわからない。でも、とにかく進んだ。
やがて、小高い丘へと出た。そこから先を眺めると、街が見えた。
よし、あそこに行こう。
俺はこの道を進んでいった。
そこは、中世ヨーロッパのような街だった。奥の方に大きな城が見える。
「さて、これからどうしたものか…」
街を歩いていると見知った顔に出会った。俺は思わず声をかけた。
「理緒ちゃん!」
「へ? あ、藤田くん」
呼ばれて気がついた理緒ちゃんは、俺のところに来た。
「何してるんだ?」
「新聞配達」
「こんなところで?」
「だってもう、夕方だもの」
空を見ると赤みがかかっていた。
「いや、そうじゃなくて…。この街って、新聞配るような柄じゃないだろ」
「でもね、必要なの」
「ま…いいか」
「ところで、藤田くんは、どうしてここに?」
「あかりを探しに来たんだ」
「神岸さん? 神岸さんなら、お城で見たような…」
「なんだって? お城?」
「うん、あの赤い髪はたぶん…」
「理緒ちゃん!」
俺は理緒ちゃんの肩に手をかけた。
「そこに連れてってくれ」
理緒ちゃんは、それに一瞬驚いて、思わず持っていた新聞の束を落としそうになる。でも、なんとか持ち直した。
「う、うん。いいよ。 でも、新聞配り終わるまで待ってて」
理緒ちゃんが新聞を配り終わるまで、俺は理緒ちゃんの家で待つことになった。理緒ちゃんの家は外観は、まわり同じヨーロッパ風の家だったが、入ってみると畳のある日本家屋だった。
外が暗くなってようやく理緒ちゃんが帰ってきた。
「ただいま! 藤田くん、お腹減ってない?」
「そういえば…。腹減ってるなぁ…」
「わたし、今から作るから、食べてからにしない?」
「え? 理緒ちゃん料理作れるの?」
「弟たちの世話をしてるのよ。それくらい当たり前」
「ああ…そうか」
理緒ちゃんの手料理の夕食を食べ、深夜、街の人が寝静まるまで待った。理緒ちゃんによれば、その方が城に入りやすいから…ということだった。
「さあ、行きましょう」
「おぅ」
俺達は、城の横の通用口から入った。理緒ちゃんが城の兵士にワイロを渡して、入れるようにしてくれたらしい。
「で、何処にいるんだ? あかりは」
「王様の部屋」
「お?」思わず大声を上げそうになる。声のトーンをかなり落として、俺は言った。
「王様の部屋? …一番厳重なところじゃないか」
「大丈夫、みんな寝てるから…」
おい、ホントに大丈夫かよ。兵士とかに捕まったらやばいんじゃないのか?
俺は理緒ちゃんに続き、音を立てないように進む。途中影のようなものが通り、何度もヒヤヒヤした。
階段を何回か登ったあと、廊下に出るところで、その目の前の廊下を右から左へ影がよぎった。
「この廊下のずっと先を右へ」
俺はうなずき、影が出てきた方向に音を立てないように小走りで飛び出した。
すると、後ろに行った影が止まり、こっちに戻ってきた。
やばい、気付かれたか。
スピードを上げ、突き当たりの角を右に曲がる。そして壁に張り付いた。
廊下は暗い。このまま張り付いていれば気付かれないかもしれない。
影は突き当たりで止まった。
「おかしいですね〜 誰かいたと思ったのに」
おや? この声は?
「マルチ?」俺は言った。
「え? 浩之さん!」
そこに居たのは、マルチだった。意外なときに意外なやつが出てくるな…。
「何やってるんだ?」
「はい! お掃除です」
おい、こんな深夜時間にか?
「藤田くん」理緒ちゃんがつついた。
おお、そうだ。こんなコトしていられない。
「マルチ、俺達がここに来たことは黙っていてくれ」
「え? 何故かわからないけど…わかりました」
「ありがとう、恩にきる。じゃあな」
俺達は王様の部屋に急いだ。
「ここよ」
そこは、王様の部屋…というには、あまりにも普通すぎるドアの前だった。
「こんなとこが?」
「鍵は開いてるみたい」
理緒ちゃんはゆっくりとドアを開けた。部屋の中には、これまた普通のベッドが2台あり、それぞれに誰かが寝ている。
あかりはどっちだ?
奥の方のベッドに言ってみる。そして寝ている人物をのぞき込んだ。
暗くてよくわからないが、髪はあかりのような赤い髪。顔の方へ目を向けてみると…。
「きゃぁっ!」
突然その子が、目を覚ました。上半身を起こす。
その瞬間、俺は何かの力で飛ばされて、壁にたたきつけられた。
「いてぇ!」俺は大声を上げた。
「藤田くん、大丈夫?」
理緒ちゃんが心配そうに見守る。体のいたるところが痛かったが、なんとか起きあがる。
ベッドに寝ていたもう一人も、いまの騒動に驚いて、こっちを見ていた。
「藤田…さん?」その子が言った。
「あれ? もしかして、琴音ちゃん?」
「浩之?」
「こっちは、雅史か?」
「その声は…やっぱり浩之だね。 ちょっと待って、灯りをつけるから」
雅史は、ベッドを降りて壁際に行く。壁にさわると、途端に部屋が明るくなった。
その部屋に居たのは、雅史と琴音ちゃんだった、だけど…。
「琴音ちゃん、その髪は…」
琴音ちゃんの髪は赤く染まっていた。それを見て理緒ちゃんも驚いている。
「琴音ちゃんをあかりちゃんと勘違いしたんだね」
「ああ そうだ」
「赤い髪だからてっきり、神岸さんだとばかり…」
部屋を隣に移し、俺達は真夜中のティータイムという事になっていた。
「ごめんなさい、藤田さん…、痛くなかったですか」
「痛かったよ(苦笑)でも、ま、仕方ないさ。俺が突然のぞいたんだからな。
それよりも…」
「さっきから気になってる、この髪のことですね。うふふ、ただの気分転換ですよ」
「そうなんだよ。浩之」
「ただの気分転換か…」
…そして朝。
理緒ちゃんは、新聞配達のためすでに帰っていた。
「なに? おまえはここの王様だって?」
「…実は、そうなんだ」
雅史は軽く言った。
「ってことは、琴音ちゃんは妃になるのか?」
「ふふふ…」琴音ちゃんは、ただ笑っているだけだった。
「浩之、あかりちゃんは”雪の女王”のところだと思う」
「”雪の女王”? なんだそりゃ?」
「北の大地に住む、雪を降らせる魔女だよ」
「どうして、そんなところに、あかりが?」
「それはわからない。風の噂に聞いただけだからね」
そして、俺は城をあとにすることにした。
「浩之、がんばってくれ」
「ああ」
「最後に、これは心づくしだよ。マルチ」
「はい!」
俺の元にマルチがやってきた。
「北海道までの案内に、マルチをつけておくよ」
「恩にきる。よし、それじゃいくぜ」
★その5 晴れのちVサイン
「あそこですぅ。浩之さん」
「あそこって何がだ?」
マルチの指さす方向には…何の変哲もないバス停。
この景色にはバス停は似合わないような気がするな…。
そこには先客が一人、セリオだ。
「よぉ、セリオじゃないか」
「…マルチさん、それから浩之さん」
「おまえも、北海道へ行くのか?」
「北海道? わたくしは、来栖川の研究所へ帰るところですが…」
「え? 来栖川の研究所? マルチ、なんか違わないか?」
「いいえ、ここでいいんですぅ。来栖川の研究所は北海道にあるんですよぉ〜」
「そうなのか…」
なんか、ご都合主義な設定だな…。
程なくして、バスが到着した。俺とマルチ、セリオはバスに乗り込む。他の客はいないようだった。バスが出発した。
少しして、バスが急に止まった。見てみるとバスの前方に柔道着姿の人物が立ちはだかっている。
「何だ?」
「何だかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け…」
…何を言ってるんだ。
「おまえは… 坂下だな」
「そう言うあんたは、藤田ね」
「そうだ。おまえは何をしてるんだ?」
「見てわからない? 通せんぼ。ここから先には進ませないわ」
坂下は構えを見せた。
「なるほど…。力ずくでいけって言うことか!」
俺は坂下に戦いを挑んだ。だが、空手部の坂下にかなうわけはなかった。
「ふ、口ほどにもない」
「くそぅ…」
「大丈夫ですかっ!」
マルチがやってきた。
「ああ、なんとか…」
さすがに空手部だ。帰宅部の俺じゃかなわない。奴に対抗するには、それ相当の力が必要だ。空手に対抗する力か…そうだ!
「セリオ! 綾香を呼んでくれ!」
「綾香さまですか? わかりました」
セリオは通信モードに入った…といっても、外目にはわからないが…。
「浩之さん、綾香さまがお話ししたいそうです」
携帯電話を俺に差し出す。
『なーに、浩之? どうしたの?』
「実はだな…」
俺は事情を話した。
『そんなこと? わかった。すぐ行くから』
その言葉通り、執事の車で綾香はすぐ到着した。
「は〜い、お待たせ!」
やけに早いな…。
「それで? 何でしたっけ?」
「坂下を倒して欲しいんだ」
「坂下…好恵ね」
「ほう… 今度は綾香が相手? 相手にとって不足はないわ」
「好恵、お久しぶり。元気みたいね。でも、相手をするのはわたしじゃなくて、この子よ」 車にはもう一人、葵ちゃんが乗っていた。
「葵ちゃん! …え? 坂下と戦うのは葵ちゃん?」
「はい、がんばりますっ!」
坂下と葵ちゃんが対峙する。
「葵、あなたが相手なんて、わたしも見くびられたものね」
坂下が言う。
「甘く見てると痛い目にあうわよ」
綾香が返した。
「ファイト!」
「がんばれ! 葵ちゃん!」
坂下と葵ちゃんの、戦いが始まった。
坂下は序盤から激しい攻撃を浴びせる、葵ちゃんは防御に徹していた。
「大丈夫か?」
「大丈夫、葵を信じなさいって」
だが、依然と坂下の猛攻は続く。
「葵はチャンスを待ってるのよ」
その言葉通り、坂下の攻撃が弱くなってくると、葵ちゃんも徐々に攻撃に転化していった。
いけ! 葵ちゃん!
葵ちゃんの攻撃が、坂下にヒットする!
…しかし、それは坂下の罠だった! 急に攻撃をかわしたかと思うと、葵ちゃんに一発お見舞いする。その攻撃で、葵ちゃんはふらつく、そこをさらに坂下の攻撃が続く。
「葵ちゃん!」
「これが最後!」
坂下のフィニッシュが炸裂する!
「葵ちゃーーーーーーん!」
最後の攻撃が決まった。空中に体が踊る。その場にいた全員が凍り付いた。
「葵ちゃん…」
そこに立っていたのは、拳を出している葵ちゃんの姿だった。倒されたのは坂下だった。
「どういうことだ?」
「好恵のフィニッシュが決まりかけた瞬間。葵のカウンターが入ったの…でも、あの構えは…崩拳」
「ホウケン?」
「崩拳、中国拳法の一種。葵、いつの間にそんなものを…」
「葵ちゃん!」
俺は葵ちゃんのもとに駆け寄った。俺が行くまで葵ちゃんは、最後の体勢のままだった。「あ、先輩。あの…私、どうなっちゃったんですか?」
「葵ちゃんは勝ったんだよ。おめでとう。そして、ありがとう」
「せ、せんぱぁーーい」
葵ちゃんは俺に抱きついた。
「う…」
坂下が気付いた。綾香が助け起こす。
「あなたの負け」
「…そうみたいね」
「葵」
綾香に支えられた坂下が、俺と葵ちゃんのところに来た。
「今回は負けたわ。でも、今度はそういうわけには行かないから」
「はい!」
「藤田、私の負けだから、この先は通してあげる」
「よし、それじゃ、そろそろ出発しようか」
「あの… 浩之さん」
「どうしたマルチ」
「バスが…いません」
「なに?」
ホントにバスはなかった。
「先ほど行ってしまったようですね」とセリオ。
う〜む、どうするんだこの先は?
「じゃ、わたしの車に乗ってく?」
そう言ったのは綾香だった。
「え? いいのか?」
「北海道でしょ?」
「どうせ私達もいくから」
「よし、それじゃ頼む」
★その6 満月コーヒー
俺達は来栖川家の車で、北海道へ向かった。車は何事もなく、順調に進み、無事北海道に到着した。
「お送りできるのはここまでです」
来栖川家の執事セバスチャンが言った。
「わかった」
俺はこの街に降り立った。
そこは氷の街だった。建物はまるで氷で出来ているように冷たい光沢を放っている。
日は落ちていて、すでに辺りは暗くなっていた。東の空には月が出ている。満月だ。
「寒いな…」
俺は、とにかく近くの喫茶店に入った。
「いらっしゃいませ」
コーヒーを頼んで、適当なカウンター席に落ち着く。コーヒーはすぐに来た。
「早いな…」
俺は、カップに口を付けて、一口飲む。
う、なんだこりゃ。
「ちょっと、これ甘いよ」
「あたりまえや、ミルクと砂糖のたっぷり入ったうちの特製コーヒーやからな」
「い、委員長!」
そこにいたのは保科智子、委員長だった。
「『どうしてこんなとろに』と思ってるやろ?」
「おお」
「めんどうやから、手っ取り早く言うわ。
神岸さんは、来栖川の別荘や」
「………」
「早く行った方がええで」
「…わかった」
俺は、甘いコーヒーを一気に飲み干すと、外に出た。
『神岸さんは、来栖川の別荘や』
…とはいってもなぁ〜。来栖川の別荘って何処なんだ…。あのときに車を降りなかったらよかったかもな。
「なーに、浮かない顔してんのよ!」
そこに居たのは志保だった。
「おまえ!」
と、言って、そこから先を言うのはやめておいた。『どうしてここにいるんだ?』なんて聞いても、まともに答えないに違いない。
「今度は何の用だ?」
「ゲーセン勝負よ!」
「望むところだ!」
突然ゲーセン勝負になだれ込んでしまった。
「それで、何をやるんだ?」
「じゃーん、これよ」
志保が選んだのは、ジェットスキーの体感ゲームだった。以前、志保とやってこっぴどくやられたゲームだ。だが、今、俺には自信があった。
「よし、まずは俺が行くぜ!」
意気揚々と、ゲームマシンに向かう。コインを入れて、ゲームを開始した。
3・2・1・スタート! 順調にスタートした。華麗なコーナリングと見事なフィニッシュで、今までで最高のタイムをはじき出した。もちろん志保の過去最高タイムをも上回っている。
「なかなかやるわねぇ…」
今度は志保の番だ。
「俺のタイムを抜けるかな?」
俺がわざと怒らせるように言った。
「うるさいわねぇ!」
志保がスタートした。だが、頭に血が上っているためミスのしまくり…到底、俺には及ばないタイムでゴールした。
「うう…またしても」
これで、志保はカラオケに続き、このゲームでも敗北したことになる。
「ところで志保。おまえがここにいるのには、何か理由があるんだろ? 今のゲームは単なるオプションだ」
「よく、わかってるじゃない」
悔しさを押し殺して、志保は言った。
「じゃあ、とにかくそれを教えてくれないか」
「あかりは、雪の女王のところよ」
「それはもう知ってる。俺の知りたいのはその先だ」
「雪の女王の居所は、来栖川の別荘…」
「その先だ。その来栖川の別荘は何処にある?」
「この先の丘の上よ。ここからでも見えるはずだわ」
★その7 浩之の迷宮
ゲーセンを出た俺は、志保に言われた丘の方へ目を向けた。そこに大きな屋敷が見えた。
あれが来栖川の別荘だな。
俺はそこへ向かった。
”来栖川家別荘 根室記念館”
そこにはそう書かれていた。
”根室記念館”?なんなんだそれは?
門は開いている。そして、警備員が居るわけでもなかった。不審には思ったが、俺は屋敷の敷地に入っていった。屋敷の扉に手をかけると、意外なことに鍵がかかっていなかった。そして、扉を開け中に入った。
屋敷の中は暗かった。心なしか、外よりも寒々とした雰囲気だ。
屋敷の中を適当に歩き回り、そしてある大きな扉にぶち当たる。
この扉が怪しいな。
俺は扉を開けた。
「なんだこれは?」
そこは氷の宮殿になっていた。そこに、二つの影があった。
「先輩!」
そこにいたのは先輩(来栖川芹香)だった。
「”雪の女王”は先輩だったのか!」
こくり、その人物…雪の女王=先輩は、頷いた。
そして、その隣にあるのは、人の身長ほどの氷の柱…。いや、違う、人だ。
よく見てみると…
「あかり!」
氷の柱は、あかりだった。氷漬けになっているのだ。
「なんてことだ…。これをやったのは先輩?」
ふるふる。
先輩は首を振った。
「じゃあ、誰が?」
先輩が口を開く…。
「え? これをやったのは、わたしじゃありません…って?
そして、これはあかりさんじゃありません…って?」
どういうことだ? 氷漬けになっているのは、どうみてもあかりに見える…。
先輩は続けた。
「これは、あかりさんを想う、あなたの心です。あなたの心が凍り漬けになっているのです…って? どういうこと?」
よく考えてみた。
そういえば、俺はあることであかりを遠ざけていた。幼なじみ…という関係を越えたくて、俺は一線を越えようとしたのだが…、結果は両方が傷つくことになった…。そして、しばらくの間、あかりのことは忘れよう…そう思ったのだった。
「そうか、そうだったのか! 凍っているのは、俺のあかりを想う気持ち…」
それに気付いた瞬間。あかりの氷柱が崩れた。そして、俺自身が凍り付いていった。
芹香は、浩之が完全に凍り付くのを見届けると、その場から姿を消した。
★その8 あかり
変わりにこの部屋を訪れる者があった。それは、あかりだった。
あかりは、浩之の氷柱を見つけると、そばに駆け寄った。
「浩之ちゃん! どうして、こんなことに…」
「それは、自分の心に気付いてしまったからよ」
そう言ったのは、志保だった。
「ヒロは、あかりを探していたの。そして、ようやく探し当てた。でも、それは、自分自身の心だったの。それに気付いて…自分も凍ってしまったのよ」
あかりは、浩之の氷柱に抱きつく。
「浩之ちゃん…私はここにいるよ。だから戻って…」
あかりの目から涙が出た。涙は頬を伝って、浩之の氷柱に落ちた。すると、その涙は氷を解かした。
そして、浩之は氷の束縛から解放された。
「あかり…」
「浩之ちゃん…」
ふたりはしばらく抱き合った。
「俺たちの街に帰ろう」
俺たちはこの暗闇から脱出した。
「…浩之ちゃん」
もうすぐ街に着くというところで、突然あかりが立ち止まった。
「どうしたんだ? あかり」
「この先は、浩之ちゃん一人で行って」
「?」
「…そして、”ほんとうの私”を迎えに行ってあげて」
「”ほんとうの私”ってどういうことだ?」
「いま”ここいる私”は、”ほんとうの私”じゃないの」
「”ここにいるあかり”が、”ほんとうのあかり”じゃないのなら、”ここにいるあかり”は誰なんだ?」
「私は…浩之ちゃんの心の中にある”私を想う気持ち”なの」
「”俺があかりを思う気持ち”か」
「わかった。迎えに行くよ」
俺がそう言うと、あかりはにっこりした。
「最後に、俺からお礼を言わせてくれ、ありがとう」
まぶしい日差しで、俺は目を覚ました。時計を見るともう昼近くだった。
…なんであんな夢を見たんだろう…。
昼下がり、ウトウトしかけたところに電話が鳴る。だが、それを取ろうとしたとき電話は切れた。
誰からだろう…。
またかかってくるだろうと思って、電話の前で1分ほど待った。…でも再びかかってくる事はなかった。
…なんだ根性無しめ…。でも、誰からだったんだろう?
よく考えてみた。
こんなときに電話をかけてくるやつ。
志保か? 雅史か?
いや、あかりだ!
あかりが、俺の声を聞きたがっている!
そう思うと、居てもたっても居られなくなった。
「あかり! 何処にいるんだ!」
俺はいろいろ探し回った。
そして、公園にやってきた。そこにあかりはいた。
いつの間にか、空が赤く染まっている。もう夕方だ。
「あかり…」
傷つけてすまない。いまなら素直になれる…。
「浩之ちゃん、みーつけた」
にっこり笑って、あかりは言った。
〜終わり〜
今回、急に思いつき、超特急で書き上げました。1週間くらいでしょうか?
そもそものきっかけは、ある同人誌で見た「全ての浩之たちへ」という一言。
それが、どういうわけか幻想図書館の雪の女王のエンディングのセリフ「すべてのゲルダたちから…」というのとダブってしまい。それで書きたくなったので書いたのでした。
しかしながら、その言葉はこの本編には結局出なかったりして(笑)
ストーリーの大筋は、雪の女王で、これに「To
Heart」のキャラたちを乗せていくという風にしました。でも、話の中身は、「To
Heart」の中の話そのままだったりして…。
既成のキャラクタを動かす…というのも実は初めてです。たぶん、これは人によって紆余迂曲説あるんじゃないかと思います。
…それだけに難しいところもありました。
というところで、ネタ解説です。
1.プロローグ
これは、あかりのシナリオのクライマックス直前ですね。ここから話を持ってきて、本作の話につなげていってます。
2.志保とのカラオケバトル
志保のシナリオで出てきます。PC版だと「ブランニューハート」、PS版だと「フィーリングハート」なのですが、ここではあえて「ブランニューハート」です。まぁ、実際にカラオケに入っているのは「ブランニューハート」ですけど(笑)
目的地が北海道なのは、単に北にあるから…です。
3.岸を離れる日
この時点では、まだ「雪の女王」のシナリオには入っていません。はたして、どうやって「雪の女王」に繋げようか…と苦心の末、無理矢理舟に乗せる事に。
舟に乗ってようやく「雪の女王」の始まりです。
4.花園の子守歌
ここでレミィが登場。「雪の女王」の「薔薇の花園に住むおばあさん」役です。薔薇ではなく、クマのぬいぐるみで忘れていたことを思い出すのがポイント
5.壁に映る影
3〜5までは、谷山浩子「カイの迷宮」の曲名を使っています。
ここでは、理緒、雅史、琴音、マルチが登場。
キャラ全員の中で、一番最初に決まったのが、雅史と琴音。アニメだと、琴音が雅史に惚れていてそこから持ってきました。琴音をあかりとどう勘違いさせるかがポイントです。
理緒はここでも新聞配達。マルチは何故か真夜中にお掃除。そして最後にもちょっと登場。次にも出てきます。
6.晴れのちVサイン
タイトルは「To Heart」の葵のテーマから。
最初にセリオとの出会い場面。これはゲーム版から。
「雪の女王」だと、山賊が出てきて…というところなのですが、本作では、坂下好恵が邪魔をするということで、この部分はかなり違います。
綾香を呼び出し…というところは、PS版の綾香のシナリオ…葵が戦うのは、葵のシナリオからそのままです。
7.満月コーヒー
このタイトルには苦労しました。どれも合わないような気がしたので。
それで、結局よくわからないタイトルに(^_^;)
智子(委員長)が出てきて、用件だけをしゃべるだけになったのは、単に関西弁の会話が書けなかったので(^_^;) 本当なら、もっと絡ませたかったんだけどね。
続いて、またしても志保の登場。志保って結構使いやすいキャラかも(^_^;)ゲーム勝負はもちろん志保のシナリオ。
8.浩之の迷宮
タイトルは「カイの迷宮」の「カイ」を「浩之」に置き換えただけ。
「根室記念館」が突然出てきたのはご愛敬です。
ここでは「雪の女王」として芹香が登場。2番目くらいに決まりました。
台詞を浩之が読みとって話す…のは、ゲーム、アニメとも同じ。
凍っているあかりが、実は自分の心だと知って、自分が凍り付いてしまうのは…なんとなく「悲しみの時計少女」(谷山浩子)に似てるかな。
いままで浩之の主観だったのが、ここから先、客観表現に変わります。
9.あかり
そもそも、この話を書こうと思った根底には、幻想図書館の曲に「あかり」があったからだったかもしれません。ちょうどいい場面です。またしても志保が登場している(笑)
「雪の女王」でも、ゲルダが凍っているカイを元に戻します。
そして、このあとが大変ですね。
元の「To Heart」の話に戻さなきゃならない。
PS版のエンディングちょっと前からやってみて、そして繋げました。
いや〜やっぱり、あかりのシナリオっていいわぁ!