三才優駿
アームアニエリの大賞典から1年。僕は、高崎競馬場へ戻ってきた。例によって、年末の群馬滞在期。足を運んだのが、12月30日。ここで、高崎に入れ込む、決定的となる馬に出会った。高崎競馬所属で、今でも抜群の知名度を誇る名馬。
そう、「ヨシノキング」号。このレースに、立ち会えたことが、本当に、得難い貴重な体験であった。当時のアカギ曰く、「怪物から英雄へ」。予想は、二重丸3人。この日まで、6連勝。見れば、着差は、それほどでもない。しかも、すべて逃げ切り。危険な要素は、確かにあった。しかし、パドックで、そんな不安は、吹き飛んだ。黒光りしたその馬体は、他の馬を、圧倒していた。高崎でも、トップクラスになれば、素晴らしい馬体の馬もいることを、知らしめてくれた。
さて、忘れてならないのが、ライバル、ステートジョージ。3人対抗印。この馬は、ヨシノキングとは、好対照の差し脚質。ただ、後一歩で届かず、を繰り返していた。ほかの馬が、この2頭より、結構差があったので、人気は、当然この2頭。3番手として、ヨウメイパワーがいたことも、あげておこう。僕は、穴っぽく、ラシアンレディーを買ったのだった。
レースは、ヨシノキングが、ハナに立つも、カツノダンスが、これをたたく、意外な展開を見せた。ステートジョージは、100M距離延長に、望みを託し、中段待機。三コーナー手前で、ヨシノキングが動く。そのまま先頭で、ゴールまで押し切った。2着は、差したステートジョージ、3着が、ラシアンレディー。馬券は、当然のように、1番人気で収まった。
ヨシノキングは、父キングオブダービー、母ブロンディガール、母の父ボールドラッド。ニジンスキー系。血統の字面からも、重厚で、パワーあふれるレースぶりが、伺える。その後の活躍は、追って述べていきたい。 PAGETOP
高崎大賞典
平成4年。1頭のサラブレッドが、高崎競馬を席巻した。エイユウリマンド。この年は、前述したとおり、ほとんど競馬場に足を運んでいなかった。よって、詳しくは知らないのだが、新春杯からの活躍は、目を見張るものがあった。勝ちパターンは、豪快な3角まくり。その強さは、夏、JRA、BSN杯に挑戦するに至った。僕が、高崎所属でJRAのレースに出走したのをはじめてみたのが、このレースだった。折しも、交流黎明期、オールカマー以外での出走が可能になった、初めてのレースであった。レース直前まで、あまりの緊張で、倒れそうになるほど、興奮した。結果は・・・。殿侭の、10着。スピードに全くついていけないレースぶりは、地方と中央の、限りなく高い、レベルの壁を見せつけられた。以後、高崎競馬は、飽くなきチャレンジを続け、ついに、タマルファイターが、歴史的1勝をあげるのだが、これは、後の話である。
話を戻そう。このレースの人気サイドは、前走、新潟との対抗戦で勝った、カツノシグナル、菊花賞馬ダンディテシオ、白根山特別1着降着のコーランボーイ。これに続いたのが、エイユウリマンド。中央惨敗後、9,3,3,着と、微妙な復調ぶりを見せていた。僕は、もう、この馬しか目に入らなかった。エイユウ復活。果たして、レースは、その通りとなった。かつてのレースぶりを、この大舞台でよみがえらせたのだ。馬券は、2着に、人気薄のホクセイフリートが入り、外したが、それよりも、エイユウリマンド復活が嬉しかった。やっぱり、スターホースが、ファンを引きつけるのだ。それを、実感し、ほっとできるレースであった。
エイユウリマンドは、父メイタカ、母カズノニシキ、母の父ウエスタンウインド。いかにも渋い血統。でも、マルゼンスキー系。でも、どの種牡馬辞典でも、見たことなし。 PAGETOP