なぜ私が「高崎競馬」に興味を持ったのか?それは、私が群馬県出身だからです。
群馬県は、名だたるギャンブル王国です。競馬に手を出すのも、当然でした。かといって、最初から、高崎競馬というわけではありませんでした。はじめは、JRAです。そして、「優駿」を購読するようになり、その「地方競馬ニュース」で、情報を仕入れていたのです。競馬は、馬の名前を覚えて、初めておもしろくなるものです。当時は、JRAの馬名を覚えるのに手一杯でした。高崎の記事に目を通しても、知らない馬ばかり。こうして、ようやく1頭の馬を頭の中にぶち込んだのです。
「ミサトメモリー」。
この馬こそ、私と高崎競馬との架け橋となったのです。
最初は、高崎ダービーの記事でした。牝馬ということに加え、最低人気での勝利。正直、高崎のレベルにがっかりしたのを覚えています。2度目は、高崎オークスの結果を知らせた囲み記事。「おっ、この馬また勝ったのか。ただのまぐれじゃなさそうだな。」とりあえず、この馬の名前を追いかけることにしました。3度目。北関東菊花賞。勝ったのは・・・。そう、ミサトメモリー。もう十分でした。高崎変則3冠を達成したこの牝馬を、もう忘れません。当時東京に住んでいた私と群馬との接点は、親戚のほとんどが群馬にいた、ということです。つまり、年末年始は、群馬にいました。そう、その年の大晦日。ついに高崎競馬場に足を踏み入れたのです。恒例「高崎大賞典」。いきました。

平成3年12月31日。当時の資料がなくなってしない、多くは語れないのですが、注目は、アームアニエリの連覇がなるか?、でした。ただ、この馬は、当時8歳、つまりほとんど9歳の馬でした。アームアニエリには悪いのですが、僕はミサトメモリーに勝ってほしかった。今後の高崎を担う、この若い牝馬に僕は期待したのです。
結果は、見事アームアニエリが、連覇を達成しました。ミサトメモリーは、2着。この結果は、仕方のないところでしょう。高崎大賞典は、距離2600M。なんと、スタンド前を3回も通過する、かなり特異なレースです。アームアニエリの決まり手は、逃げ切り。そう、まんまとやられたのです。差し足を身上とするミサトメモリーには、かなり厳しかったはずです。その中での2着。以後の活躍を、期待せずにはいられませんでした。
以上が、高崎競馬に入れ込むきっかけです。
競馬=JRA、という人にとっては、高崎競馬場を見て、かなりショックを受けるのではないでしょうか。かくいう私がそうでした。(^^;)
まず、スタンド。小さい。あまりに小さい。東京競馬場が主戦場だった私には、信じられない小ささでした。まるでおもちゃ。「小さい」を強調しすぎとお思いでしょうが、あの衝撃は忘れられない・・・。
この衝撃を軽く吹っ飛ばすほどのショックを受けたのが、パドック。これは参りましたよ。なにせ、まさかあれじゃないだろうと思ったのが、パドックだった。古い屋根に囲まれた一角。あまりに狭いスペース。しかし、このパドック、本当は素晴らしい逸品です。馬を、本当に間近で見ることができる。あれは、感動します。高崎においては、パドックも、重要な馬券戦略の一つです。買いたい馬、買えない馬が見えてきます。JRAだと、パドックもゆっくりみられません。あのパドックは、自慢できるのではないのでしょうか?
そう、小さいことが、長所となりうるのです。レースの迫力は、JRAでは味わえません。(ただし、スピード感はない。)
高崎競馬では、距離900M、1330M、1400M、1500M、1900M、2000M、2100M、2600Mのレースがあります。(800Mはなくなったのかな?)レースは、スタンド前での先行争い、1,2コーナーで折り合い、3コーナー手前で仕掛け、直線の追い比べ、といった感じで流れます。コーナーがかなりきつく、直線が長いので、なかなかおもしろいレースが楽しめます。逃げ馬有利ではありますが、好位抜けだし、中段差し、直一気の追い込み、そして、向こう正面からの豪快なまくり。バラエティーに富んだレースを見られるでしょう。(そのはずなんだけど・・・)