管楽器奏者の歯のためのページ

X線写真でみるアンブシャー


1.そもそもアンブシャー(embouchure)とは

もともとはフランス語で「〜への入り口」という意味。音楽用語としては管楽器を演奏するときの楽器にあてがう唇と口の形をいいます。具体的には
・唇と唇の筋肉=口輪筋と、そこから放射状に広がる筋肉
・舌自体と、それに付随する筋肉
・歯
・上下顎骨
・口蓋(いわゆるウワアゴ)、咽頭(ノド)など関連した空洞

2.頭部X線規格写真とは

X線写真により、外面に現われない内部構造(...骨、歯、筋肉などの軟組織、空洞など)の状態を知ることができます。
頭部の撮影をするとき、規格(X線の通る位置、方向、距離)を一定にしたものを頭部X線規格写真といいます。側面像と、90度回転させた正面像が一般的です。規格を一定にすることにより、比較が出来きます。
計測点を決め角度や長さを測ることによって、標準値との比較や、異なる個体間の比較をしたり、同一人物の経年的変化(成長や治療による変化)などを見ることができるわけです。

歯科矯正治療を行う時、治療方針決定のためには、この頭部X線規格写真を撮影し分析を行うことが必要となります。頭部X線規格写真は歯科矯正の分野では一般的に行われている検査です。

3.一枚の頭部X線規格写真からわかること

下記の図は、側方頭部X線規格写真(咬合時、口唇は軽く閉じた状態)をトレース(主な構造物の外形を写し取る)したものに、基準点、基準線を入れたものです。
恥ずかしながら私自身のX線写真のトレースです。レイアウトの関係で約3/4に縮小してあります。
計測項目は、目的やテクニック等によってものすごくたくさんありますが、ここではごく代表的な計測項目を使って説明します。

では、このX線写真からわかることの主な点をあげてみます。

・上顎と下顎の前後的な関係...ANB角がこの場合3.5度で、ほぼ標準。上下の関係は良い。

・下顎骨の形態...Mandibular平面とRamus平面のなす角が122度、Mandibular平面とFH平面のなす角も22度とわずかに小さいがほぼ標準。ごく普通の形のしっかりした下顎骨。

・前歯の位置...U1 lineとFH平面のなす角が125度(標準110度)、L1 lineとMandibular平面のなす角が100度(標準90度)、U1 lineとL1 lineとのなす角も110度(標準120度)と、上下とも前歯がやや前方に傾斜している。つまりちょっと出っ歯ということ。

・奥歯の位置...良い関係。上の臼歯より下の臼歯が半咬頭分前にあり、専門用語でAngle1級。

・口唇の位置...E-line(鼻の頭とアゴの先を結んだ線)より上下の口唇ともわずかに内側で、理想的。歯が出ている割りには口唇が出ていないのは、唇が全体的に薄いのとオトガイ(下顎の先の出ている部分)がしっかりしているためと思われる。

・舌の位置...舌が挙上され口蓋(いわゆるウワアゴ)についていて問題なし。気道の広さも十分。

以上は形態的な特徴ですが、顎骨の形態や歯の傾斜は筋肉の強さと関係があります。
たとえば、Mandibular平面とRamus平面のなす角は咬合力の強さと関係があると言われ、良く噛まないと、この角度が大きくRamus(下顎枝=下顎頭からエラまでの部分)が短い下顎になりやすく、逆に俗に言うエラの張っている人というのは、この角度が小さく(直角に近くなる)咬筋がよく発達しているのです。
また、前歯の傾斜角は口唇の力と関係があると言われています。口唇の力が強ければ前歯は立ってくるし、弱ければ前方に傾斜するわけです。
もちろん遺伝的な影響もありますから、筋肉の強さと角度が比例するわけではありません。私の場合、咬合力は十分で、口唇の力は弱めということになりますが、親も弟も同じような口元をしていますから遺伝的なものでしょうね。

ここでは側方の頭部X線規格写真についてですが、正面から撮影する場合、顎・歯列の横幅、鼻腔の大きさ、頭部・顎の左右のバランスや歪み等を知ることができます。


4.管楽器演奏時の頭部X線規格写真

左は楽器を吹いているときの側方頭部X線規格写真のトレースです(私自身です)

楽器はホルン

真ん中の実音Aをpで出しながら撮影しました

咬合時(口唇は軽く閉じた状態)と楽器演奏時を比較のために重ね合わせたものです(演奏時に動かない部分は赤で書いてありません)

下顎、軟口蓋、咽頭、舌、舌骨の位置がどのように変化しているかわかります

<マウスピースの角度>
演奏時に後下方にさげられた舌と口蓋でつくられる空間=空気の通り道と、マウスピースはほぼ同じ方向となっている。
また、前歯に対するマウスピースの角度としては、下の前歯の表の面(唇側面)とほぼ垂直になっているのがわかる。

<下顎の位置>
咬合時の下顎の位置に比べ7mm下方にさがっている。
思ったほど前方には出ていない。口を開けるとき、下顎骨は下顎頭を軸にして回転するのだが、真っ直ぐ口を開けたとき(つまり下顎頭を軸に7mm下方に回転させたとき)に比べると、前歯部で2mm、オトガイ部で3mm前方に出していることになる。
下顎骨のさがる量は、出す音の高さによって変わるはず。低くなるほど下にさがる。

<舌と舌骨の位置>
舌は下方にさがるだけでなく、舌の後方部が後ろに持ち上がっているのがわかる。舌骨はわずかに前下方に移動している。
これも、出す音の高さによって変わるはず。低くなるほど下にさがるでしょう。

<咽頭>
演奏時の方が、咽頭腔が細くなっている。演奏時には普通ノドは太くなるが、これは周囲の筋肉(舌骨筋群=下顎や舌骨を下げる)が働いて太くなるためで、その分咽頭腔自体は押されて細くなるのではないかと思う。
ノドを太くするのは咽頭腔を広くするのではなく、下顎・舌骨を下げて口の中を広くするためだったのですね、たぶん。


5.私のアンブシャーは正しいのだろうか?

フィリップ・ファーカス「金管楽器を吹く人のために」より

・下顎が後ろに引かれている。下の前歯は上の前歯ほど前に出ていない。

・上下の唇にかかるマウスピースの圧力が等しくない。

・上下の前歯の表面にかかるマウスピースの圧力は斜め後方。

・空気の流れが下向きのマウスピースの角度に曲がる。

・上下の前歯が並ぶように下顎が前に突き出されている。

・上下の唇にかかるマウスピースの圧力が等しい。

・上下の前歯の表面にかかるマウスピースの圧力は直角。

・空気の流れはマウスピースにまっすぐ入る。

これを参考に自分のアンブシャーを考えてみました。

<下顎の位置>
上下の前歯が並ぶように下顎を前に出すことが必要とあるが、私の場合わずかに上の前歯の方が前にある。上の前歯の傾斜が強いため、歯の切端を上下で合わせると相対的に歯の上の部分は後方に位置することになり、マウスピースのあたる部位を上下で合わせようとすれば上の前歯を前に出す必要があったのではないだろうか。
もしかしたら上下の唇に等しい圧力をかけるとしたら、歯の切端を上下合わせることよりも、マウスピースのあたる部位の歯の関係の方が大切かもしれない。

あと、下顎を後方に引いてはいけないとあるけど、下顎は咬合時よりも後ろにはいかない構造になっている。前方に出すにも限界があるので、出ない人は無理しないほうがいいかも....。

<マウスピースの角度>
上下の前歯の表面にかかるマウスピースの圧力は直角であることが必要とあるが、これは解剖学的に不可能。
上下前歯のなす角度は日本人で120度、白人で130度が平均。歯軸と歯の表面とのなす角度を計算にいれると、上下前歯の表面のなす角は140〜170度くらいか?(調べておきます、ごめんなさい)180度なんて人は少ないと思います。
仮に、前歯の表面とマウスピースの角度を同じにしようとすると、マウスピースをかなり上に向けないといけなくなってしまう。

私の場合、前歯に対するマウスピースが下の前歯の表の面(唇側面)とほぼ垂直になっている。下唇にしっかり当て、上の前歯とマウスピースは下に比べて離れていることから、上唇には少し浮かしていることがわかる。私はバテるとき、下唇のマウスピースリムの当たるところがまず痛くなるが、それはこのため。
よく、ホルン(トロンボーンやチューバも?)の場合上唇2/3、下唇1/3になるように当てるべきで、それは柔らかい音色を出すためと言われている。それならば、上下の唇に等しい圧力をかけるより、上唇がよく振動するように上下の圧力が違う方がよいかもしれない。

空気の流れがマウスピースにまっすぐ入るようにするには、口蓋の斜面は誰にでもあるのだから多少下向きになるのは必要かも?

実際は、ほとんどの金管楽器奏者(名演奏家であっても)は、多少下向きになる。
これについてファーカス氏は著書の中で、あくまで理想は頭に対し直角にあてることであるが「頭に対し直角ではなく、心持ち下向きになる。このわずかに曲げた角度は、あながちまずいことではない。人間にはだれしも、たぶんに本能的に顎をいくらか後ろへ引く傾向があるのだから。」としている。
しかし私は口蓋の形態や、上下前歯の傾斜の違い、上下口唇の組織学的な違いなど、必然性があって下向きになるのではないかと思っている(あくまで推論)。

と、ファーカス氏の本に難癖をつけているような感じになってしまいました。すみません。このファーカス氏の本はすばらしいと思います。ただ、世の中には多くのテクニック本や理論書があるわけですが、かなり観念的に書かれているものが多いのではないかと思っています。(あまりたくさん読んだわけではないので、はっきりいえないが。)

今後は、いろいろな奏者、いろいろな楽器演奏のX線写真を入手・撮影して検討できたらいいと思います(どこかにX線写真があるらしいが)。また、多くの奏者が、自分自身のアンブシャーを評価したり、アンブシャーを記録する手段に用いてもらえればいいなと考えています。