管楽器奏者の歯のためのページ

「管楽器と歯」
92年6月、同じ医局の矯正歯科医向けにまとめたものです。歯科専門用語がありますがご容赦ください。
現在は私の知識も考え方も変ってきました。92年当時の情報をまとめた物としてご理解ください。

目次
アンブシュアについて
管楽器演奏が歯・顎顔面の形態に及ぼす影響について
管楽器演奏が歯・顎顔面の機能に及ぼす影響について
歯並び、咬合が管楽器演奏に及ぼす影響について
管楽器演奏のための歯科治療
管楽器奏者の矯正治療
参考文献


1.はじめに

不正咬合の局所的原因の一つとして管楽器の演奏があげられ、1935年にLamp and Epleyが管楽器と不正咬合との関係について諭じて以来、数々の報告がなされている。

管楽器をやっている人口は意外に多いと思われる。ほとんどの中学・高校には吹奏楽部あるいはオーケストラがあり、最近では、小学校でも金管バンドや吹奏楽部があることが少なくない。この、子供が管楽器をやる時期というのは、矯正治療の時期と重なる。プラスバンドをやっているから矯正したくない、あるいは、楽器か吹きにくいから装置を外してほしいと患者に訴えられることもある。また、管楽器奏者の立場からも、歯は楽器の一部であるといえる。歯並びが悪いから、やりたい楽器をあきらめる場合もあるだろうし、年をとって歯が駄目になり、楽器を断念する例もあるらしい。今日は、最後のセミナーということで、私がなぜか止められずに十何年も続けてしまった管楽器と、歯との関係について、少しまとめてみた。

2.アンブシュアについて

管楽器の演奏と歯、顎顔面との関係を諭じる前に、まず、口と楽器の位置関係について述べる。
「アンブシュア」とは、もともとフランス語で「〜ヘの入りロ」という意味だが、音楽用語では「楽器に当てる唇の形」をいう。口唇のみならず、口唇周囲の筋肉、舌、歯、顎、口蓋、咽頭を合めて理解されている。アンブシュアは、楽器自体、呼吸法、音楽性、フィンガリング等とともに管楽器の演奏を決める重要な要素であり、美しい音色、良くコントロールされた音程・音形、広い音域、演奏の持続力は、良いアンブシュアにより可能になる。
Strayer(矯正歯科医でプロのバスーン奏者)は1939年に、管楽器を歯科的な見地からマウスピースのタイプによって4つに分類した。この分類は、それ以後の研究でも一般的に用いられている。

Class A(カップ型マウスピース)トランペット、トロンボーン、ホルン、チューバなどの金管楽器
Class B(シングルリード)クラリネット、サキソフォーンなど
Class C(ダプルリード)オーボエ、バスーンなど
Class D(穴の関いた頭部管)フルート、ピッコロなど

では、それぞれのタイプで、アンブシュアはどうなっているだろうか。
Class A(金管楽器)
図aは、トランペット演奏時のマウスピースと口唇、歯との間係を示す。下顎をほぼ切端位まで前方に出し、マウスピースを前歯唇個面にほぽ垂直に口唇の中央(あるいは1/3上唇、2/3下唇)に当てる。このときマウスピースは口唇に押しつけられる。図a’は、ホルン演奏時を示す。マウスピースはやや下向きで、2/3が上唇を1/3が下唇を覆い、おもに下唇に押しつけられる。
トロンボーンやチューバはマウスピースが大型で、リムが口唇に当たる位置が異なる。
Class B(クラリネット、サキソホーン)
図bは、クラリネット演奏時のマウスピースと口唇、歯との関係を示す。
上顎前歯で直接マウスピースを支える。下唇は巻き込まれ、下顎前歯切縁に押しつけられる。マウスピースをくわえるため、下顎は下方に位置する。
Class C(オーボエ、バスーン)
図cは、オーボエ演奏時のマウスピースと口唇、歯との関係を示す。上下唇とも巻き込まれている。
Class D(フルート)
図dは、フルート演奏時のマウスピースと口唇、歯との関係を示す。下顎を切端位近くまで前方に出し、頭部管を下唇の下の凹みに当てて支える。
図a

図a’

図b

図c

図d

図a〜dの舌位は、タンギング(舌をつくことにより音を切る)時の状態である。金管楽器とフルートは上顎前歯口蓋側歯頚部に、リード楽器はリード自体に舌の先を当てる。舌を当てることで音が止まり、舌を下方あるいは後方に引っ込めることにより空気がマウスピースに送り込まれ音か出る。
では、演奏時の口唇周囲の筋肉はどのようになっているだろうか。
金管楽器の場合、マウスピースリムの内側の口唇が振勤することにより音が出る。このため、口唇は柔らかく良く振動することが大切で、口輪筋自体はあまり緊張さぜず、それを支える大頬骨筋、口角下制筋、頬筋が重要となる。奏者は、口角の位置を変えぬようにし、口唇から放射状に均等に軽く引くように心がけてアンブシュアを作る。
フルートの場合、穴の縁に当たる空気の流れが振動することにより音が出る。この流れを作るために、口唇を軽く引く。
リード楽器の場合、リードが振動して音が出る。リードを振動させるためにはかなりの空気圧が必要で、これに耐えるべく、口唇でしっかりマウスピースをくわえないと空気が漏れてしまうので、口輪筋を緊張させる。また、口輪筋をしっかり緊張させて口唇に厚みを持たせないと、マウスピースからの圧力で、前歯の切縁にはさまれて口唇が痛くなってしまう。口輪筋を支える大頬骨筋、口角下制筋、頬筋も重要ではあるが、口腔容積をできるだけ広くするために、口唇周囲は楽にすることが大切である。

3.管楽器演奏が歯・顎顔面の形態に及ぼす影響について

不正咬合の局所的原因の一つとして管楽器演奏があげられることがあるが、木当に影響があるのだろうか。管楽器奏者の歯・顎顔面の形態的な観察を行った報告をいくつか紹介する。
Parker(1957)は、2年以上管楽器をやっている小学生から高校生84人の頭部X線規格写真を撮影し、クラリネット群でオーバージェットが大きく、これは下顎前歯の位置によっておきているとした。
Pang(1976)は、管楽器を始めた中学1年生76人の、開始時、半年後の模型を取り、オーバージェット、オーバーバイトの変化を見た。金管楽器群でオーバージェットが減少したが、それ以外の楽器群では変化が見られなかった。
Gualtieri(1979)は、音大生とプロのオーケストラ奏者150人の咬合状態を観察し、シングルリード群でオーバージェットが大きく、下顎前歯が舌側傾斜している率が高かったとした。
Hermann(1981)は、管楽器を始めた中学生220人の、開始時、1年後、2年後の模型を取り、オーバージェット、オーバーバイトの変化を見た。シングルリード群ではオーバージェットが増加し、それ以外の楽器群ではオーバージェットが減少した。
Fuhriman(1987)は、プロのトランペット奏者、クラリネット奏者各12人の頭部X線規格写真と模型の計測を行い、コントロール群との間に、顔面、咬合の形態の差はないとした。
Brattstrom(1989)は、6、9、12、15歳時の頭部X線規格写真、模型のある金管楽器奏者38人、シングルリード楽器奏者20人について分析し、前顔面高が小さく、歯列弓幅径が大きかったとした。
Rindisbacher(1990)は、音大生とプロのオーケストラ奏者62人の頭部X線規格写真の分析を行い、金管楽器、木管楽器、コントロールの3群の間で、差はほとんど見られず、正常な顔面形態に類似しているとした。模型測では、管楽器奏者はオーバーバイトと上顎犬歯間幅径が小さかった。
これらの研究の結果の共通点としては、オーバージェットが影響されるということである。同じ楽器群でも、楽器によってマウスピースの大きさや方向が違うし、同じ楽器でも、奏法や技量、演奏時間・期間により、歯にかかる力や顎顔面への影響が個人により異なるわけで、統計的に大きな差はなかなか出ないだろう。
この点に関する日本での報告は少ない。石沢ら(1959)が、警察音楽隊の管楽器奏者の咬合状態を調査したのが最初である。金管楽器群で、前歯部が舌側へ圧迫されたと思われるものが19人中9人いたとした。
また、石沢は、その後の一連の研究(1960−64)で、金管楽器奏者5人、シングルリード楽器奏者5人の頭部X線規格写真と模型の計測を行い、歯列弓の形態から、金管楽器群で上顎前歯部が舌側に圧偏された傾向があるとした。また管楽器奏者35人の頭部X線規格写真で口唇の形態を調べ、上唇の高さが大きく、上下口唇の突出度が大きいとした。
島田(1977)は、中学・高校生で2年以上の経験のある管楽器奏者55人の頭部X線規格写真と模型の計測した。骨格的な影響は見られなかったが、楽器群により上下前歯の傾斜に差が見られ、歯列弓は幅径が小さく長径が長いとした。
荻野(1990)は、音大生またはプロのクラリネット奏者12人について研究を行ない、下顔面高が垂直的に大きく、下顎前歯の舌側傾斜が認められた。また、下顎歯列弓の前後径が小さく、下顎前歯は圧偏されていた。

ヨーロッパで発展した管楽器は、18世紀には現在の形に近いものになっている。当時の管楽器奏者は、バロックや古典派の作品から、かなりのテクニックを持った優れた演奏家がいたことが窺い知れる。この管楽器が日本に人ってきたのは鎖国が終ってからであり、明治政府が軍楽隊を作ったのも明治の半ばである。ヨーロッバの演奏や教則本を見よう見まねで演奏していた。西洋人が吹いているのを見ると口元が下がっているので、金管も木管もかなり口唇を横に引いて(緊張さぜて)吹いていたらしい。(私も中学に入った時に先輩からそう習い、後でアンプシユアを直すのに苦労をした。)日本人と西洋人の骨格の違いを理解していなかったのであろう。
このように、日本における西洋の管楽器の歴史は浅い。この数十年で管楽器を演奏する人の人口もかなり増え、正しいアンプシュアについての知識も一般的になり、歯を楽器の一部として認識されるようになってきつつある様にと思う。

4.管楽器演奏が歯・顎顔面の機能に及ぼす影響について

管楽器演奏には、口唇周囲の筋肉を使うが、これが、歯科矯正治療における顔面口腔の筋訓練の助けになるという考えを示した報告(Hermann1974など)もいくつかある。筋機能療法と管楽器のトレーニングでは、目的も鍛える筋肉も違うと思うが、口唇が短かったり、口唇を閉じる力のない子には役に立つかもしれない(口唇を巻き込むときに伸ぱされるし、マウスピースをくわえるのに口輪筋が鍛えられる)。また、管楽器の演奏には、舌の勤きは大変重要で、音を切るだけでなく、音程や音色をコントロールしたり、タンギングの位置によって表情を変えたりする。だから舌も鍛えられるであろう。しかし逆に考えると、口唇が短くて弱いと、管楽器(特にタプルリード楽器)を吹くのに不利であるし、口唇を巻き込むのが苦痛であろう。
実際に、管楽器奏者の口唇等の機能を測定した研究もある。
石沢(1964)は、管楽器奏者27人の上下唇垂直圧(口唇閉鎖時に、上下唇間にかかる力)を測定したが、コントロールとの間に有意差はなかった。
Engeman(1965)は、管楽器を初めて1年以上たった20人の口唇圧(上顎前歯唇側面にかかる圧力)を測定した。演奏時の圧力は金管楽器群で最も強く、フルート以外では、口唇を最も緊張させた時より演奏時の方が強かった。
Fuhrimann(1987)は、トランペット奏者12人、クラリネット奏者12人の口唇力、口輪筋の筋電図、口唇圧(上顎前歯唇側面にかかる圧力)についで計測した。口唇力はコントロールと差がなく、口唇圧は安静時より演奏時で高かった。
荻野(1990)は、クラリネット奏者12人について、吹奏時にマウスピースから上顎前歯にかかる力を測定した。その力は80g前後で、反対咬合で強く上顎前突で弱かった。上顎前歯の状態によっては、マウスピースを1本の歯で支えていた。また、上下唇、左右口角の筋電図を採取したところ、上唇の活動が最も強かった。

5.歯並び、咬合が管楽器演奏に及ぼす影響について

*痛み、バテ

アンブシュアの項で説明したように、管楽器演奏中には口唇に圧力が加わるが、歯並びの条件が悪いと、部分的に圧迫し、痛みを感じたり、血行障害を起してバテたりする。金管楽器の場合、唇舌方向の叢生があると、とびでた歯の角が口唇に当たってしまう。痛くないようにマウスピースを少しずらして解決すれぱ良いが、あまり大きくずらせぱ、口唇は良く振動しないしコントロールもしにくいだろう。また、大きなマウスピースの楽器に転向した方が良い場合もあるかもしれない。
シングルリードの場合、下唇を巻き込む。特に叢生がなく良く咬んでいても、下顎前歯切縁がナイフ状に咬耗していると、下唇に痛みが生じる。また、下顎前歯に垂直方向の叢生があると、とびでた切縁が巻き込んだ下唇に当たるし、歯間にスペースのある場合も、空隙に口唇が食い込んでしまう。
ダプルリードの場合、上下唇とも巻き込む。シングルリードと同様に、前歯に垂直方向の叢生等があると痛みを生じる。また、上顎犬歯が極端に唇側に出ていたりすると、上唇を巻き込んだときに当たってしまう。
フルートの場合、上記のようなトラプルは少ないが、やなり上顎犬歯が極端に唇側に出ていると上唇にひっかかるだろう。

*楽器のかまえ方

咬み合わせによって楽器のかまえ方が違ってくる。上顎前突の場合、楽器が下向きになるか、頭が上向きになる。逆に、反対咬合では、楽器が下向きになるか、頭が上向きになる。図は、金管楽器でどうしてそうなるかを図示しているが、リード楽器でも同様で、フルートの場合は、頭部管を回転さぜて穴の位置を変える。シングルリードの場合、上顎前歯で直接マウスピースをくわえるため、上顎前歯の歯並ぴによって楽器のかまえ方が変わり、正面から見て楽器が斜めになったりする。咬み合わせに問題があっても、楽器のかまえ方を変えて普通に演奏ができれぱ問題ないが、マーチングバンドやステージドリルでは、フォーム自体が重要であるし、また、実際には咬み合わせとアンブシュアの閏係を理解していない教師が多く、「正しい姿勢」一まっすぐかまえること一を強要されて、出来ずに悩んでしまうこともある。

根本俊男「すぺての管楽器奏者へ ある歯科医の提言」より引用

*音色

楽器自体だけでなく、身体も共鳴して、その奏者の音色を作り出すのだが、共鳴体の一部である口腔も音色を決める上で重要で、喉を開きいかに口腔を広くして吹くかということが大切である。特に、日本人の場合、歯列弓長径が短く、口蓋が浅いため、ともすると薄くペラペラな音になってしまう。前歯がマウスピースを当てやすい位置を取った時、口腔が広くなるような顎位であれぱ有利である。反対咬合や被蓋の浅いと、それ以上下顎を前に出せないから不利で、かえって少しオーバージェット、オーバーバイトが大きい方が良いかもしれない。

6.管楽器演奏のための歯科治療

*叢生

・歯冠修復物による形態修正、ブリッジ
・アダプター、リッブシールド
lip-shield(レジン製)
Poter,M.M.(1953)

根本式木管用アダプター

根本式金管用アダプター

*歯周疾患

プロの管楽器奏者にとって歯は商売道具であり、歯周病は深刻である。マウスピースにより特定の歯に力がかかり、歯槽骨の吸収が起こることもあるし、歯周病により、歯の移勤が起こりやすくなるだろう。そのために、アンブシュアが変化し、吹きにくくもなる。これ以上歯が移勤するのを押えるためにプレートタイプのリテーナーを1日2時間装着するという治療が行われている。

*補綴処置

管楽器奏者が歯を失って、義歯やブリッジを装着したとき、管楽器が以前のようには吹けなくなることがある。前歯の人工歯の位置や唇側面の形態はマウスピースの当て方に影響するし、前歯舌側面や床口蓋部の形態はタンギングに関係がある。あれば、好調な時の模型を参考にして義歯を作成すれば問題ないし、できれば、抜歯前に楽器を吹いてアンプシュアを確かめておき、試適の時に吹いてもらって一番いい音のするところを探して作れば、理想的である。
総義歯の場合、通常どおりに作っても管楽器によって義歯に力がかかり、ずれて不安定なため(特に下顎)、うまくアンプシュアを作れず演奏ができなくなることがある。演奏中に安定した状態を得るために、演奏時の顎位を再現できる義歯が考えられている。
また、上顎中切歯間にわずかなスペースがあると、音抜けが良く、楽に吹くことができるらしい。

Poter,M.M.(1953)

7.管楽器奏者の矯正治療

管楽器を吹くのに歯並ぴ、咬み合わせが良いに越したことはないが、矯正装置は演奏の障害にならないのだろうか。また、矯正治療中の患者に管楽器を始めたいと相談されたら、どう答えたらいいだろう。管楽器奏者の矯正治療についての文献はほとんどなかったので、自分に実際に装置を付けで試した。

体験談=上下前歯(3〜3)に、ユニテク社製.018スタンダードブラケットを通常の位置にボンディングして楽器を吹いた。

まず、A群の楽器ということで、ホルンを吹いた。低い音は問題ないが、ラ(実音D)から上は上唇が少し痛い。ド(実音F)から上はかすれて音にならない。高い音では、上顎前歯のプラケットの歯冠側のウイングに上唇粘膜が入り込んでしまうために痛い。意外と下唇は痛くない。音色は、初めは濁ったような音がしたが、すぐに普段に近い音(ほんとかな?)になった。タンギングは問題なく、リップスラー(タンギングせずになだらかに音を変える)は初め少しやりにくかったがすぐ慣れた。休み休み吹いて30分後には、上下唇が痛くはないがボーッとした感じになり、見ると下唇に跡が付いていた。翌日は、ウイングの下に粘膜が入らぬようにと、ロッキーマウンテン社製◎リングをかけて吹いてみた。無理をすればソ(highC)まで出るが、ドから上はやっぱり上唇が痛い。それで、次にユニテク社製アラスティック(グレーの大きいもの)でウイングをカバーした。そうしたら、1番上のド(highF)まで出て、痛くも何ともない。
普段高音を吹く時は少しマウスピースをプレスして吹いているのだが、プラケットのために押し付けず、かえって楽なアンブシュアでできた。ただ、押し付けることに頼って普段吹いているためか、高音は不安定で揺れてしまう。これは恐らく口唇周囲の筋肉の鍛え方が足りないためで、トレーニングで解決すると思う。
いつもは、髪の毛l本はさまっても、口紅をつけても、うまく吹けないのでプラケットのような大きなものが歯と口唇の間にあったら全然吹けないだろうと思ったが、意外と音が出て驚いた。プラケットの影響が最も大きいのは、マウスピースの小さい金管楽器と考えていたが、これで吹けないことはないことが分かった。できれぱ、お手数でも、金管楽器をやっている人には、ブラケットにエラスティックでカバーしてあげて下さい。
B群の楽器としてアルトサックスを吹いた。実は、サックスを吹くのは初めてだったが、割と簡単に音が出た。下顎前歯唇側面には下唇は押し付けられないので、ブラケットは全然気にならない。下唇に切縁が当たるのだが、息が漏れぬように口唇を閉めるため、下唇かクッションになって何ともない。高音も特に問題ない。
C群の楽器としてオーボエを吹いた。昔少しやってことがあるが、大分前に楽器を手放してからずっと吹いていない。サックスと同様にブラケットは全然気にならない。余り良い音がぜず、音程も良く取れないが、これはプラケットとは関係ない(すごく難しい楽器なので)。
D群のフルートは都合により吹かなかったが、歯にかかる口唇圧が最も小さい楽器なので問題はないと思う。

どの管楽器でも、装置なしの状態とまるっきり同じには吹けないと思う。管楽器をやらなくても、口唇に違和感があるのだから仕方がない。管楽器とは関係なく、矯正治療を望み、やる気のある人にとっては、ブラケットはさほど気にならないだろうし、いやいや矯正をやる人にとっては、管楽器を吹く時苦痛に感じ、もしかしたら楽器がうまく行かないのを装置のせいにしてしまうかもしれない。
管楽器をやっている人が矯正治療を始める場合や、矯正治療中の患者がブラスバンドをやりたいといった時、木管楽器やマウスピースの大きい金管楽器であれぱ、「少し吹きにくいことがあるかもしれないが、余り支障がない」と答えていいと思うし、トランペットやホルンでも、「慣れるまで大変だけど吹けないことはないと思うよ」とあいまいな返事をしてはどうでしょうか(個人差があるから)。ただ、矯正すると楽器がうまくなるとは言わないでほしいと思う。
矯正治療の注意点としては、例えば、シングルリードの楽器では、上顎前歯にマウスピースから直接力がかかるため、上顎前歯をリトラクションする時に思うように行かないかも知れないし、下顎前歯が舌側に倒れる力もかかるので注意が必要である。また、管楽器演奏中はプレートタイプのリテーナーは使用できないし(口の中が狭くなるから)、歯に力がかかって後戻りの可能性のある時は、保定期間を長くしなければいけない。

8.参考文献

・モーリス・M・ポーター:アンブシュア,大室勇一・荒木勇三共訳,全音出版社,東京,1979
・根本俊男:すぺての管楽器奏者へ ある歯科医の提言,音楽之友社,東京,1988
・フィリップ・ファーカス:金管楽器を吹く人のために,北村源三・他監修,全音出版社,東京
・Lamp,C.J.and Epley,F.W.:Relation of tooth evevness to perfomance on the brass and wooding musical instruments. J.A.D.A.22;1232-1236,1935
・Strayer,E.R.:Musical instrument as an aid in the treatment of muscle defects and perversions. A.O.9;18-27,1939
・Porter,M.M.:Dental factors adversely influencing the playing of wind instruments.  Bri.Dent.J.95;66-73,1953
・Parker,J.H.:The Alameda instrumentalist study. A.J.0.43;399-415,1957
・Engelman,J.A.:Measurement of perioral pressures during playing of musical instruments. A.J.0.51;856-864,1965
・Hermann,E.:0rthodootic aspects of musical instrument selection. A.J.0.65;519-530,1974
・Pang,A.:Relation of musical instruments to malocclusion. J.A.D.A.92;565-570
・Gualtieri,P.A.:May Johnny or Janie play the clarinet? A.J.O.76;260-276,1979
・Hermann,E.:Influence of musical instruments on tooth positions. A.J.O.80;145-155,1981
・Fuhrimann,S.:Natural lip function in wind instrument players. E.J.O.9;216-233,1987
・Brattstrom,V.:Dentofacial morphology in children playing musical wind instruments:A longitudinaI study. E.J.O.11;179-185,1989
・Rindisbacher,T:Little influence on tooth position from playing a1wind instrument. A.O.60;223-228,1990
・石沢命久,他:管楽器が咬合に及ぽす影響に関する研究,第一報.日矯誌,18;37-39,1959
・石沢命久:管楽器が咬合に及ぼす影響に関する研究,第2報.日矯誌,19;141-143,1960
・石沢命久:管楽器が咬合に及ぼす影響に関する研究,第3報.日矯誌,20;3-16,1961
・石沢命久:管楽器吹奏が咬合,口唇形態およぴ口唇機能におよぼす影響に関する研究.日矯誌,23;45-56,1964
・島田正:管楽器吹奏が歯口顎領域におよぼす影響に関する形態学的研究.日大歯学,51:500-516,1977
・荻野久:クラリネット吹奏が顎顔面形態および口顎機能に及ぼす影響について,奥羽大歯学誌,17;131-154,1990
・根本俊男:演奏の生理学(インタビュー).デンタルダイヤモンド誌(10);148-153,1988.