管楽器奏者の歯のためのページ

管楽器奏者のための矯正治療



管楽器奏者が矯正治療を考えるとき
1.歯並びを直すために矯正治療をやりたいが、その間も楽器を吹きたい
2.既に矯正治療中だが、管楽器を始めたい
3.楽器をうまく吹くために、矯正治療をやりたい
の3つの場合があります。

それによって、治療の考え方も違ってくるとは思いますが、ここでは、一般的な矯正治療(歯を削って差し歯にして歯並びを整えるのでなく、矯正装置により歯自体を動かす)を受けながら楽器を吹くにはどうしたらよいか考えてみたいと思います。


1)本格的な矯正治療を行う場合
永久歯のそろう中学生くらい〜成人の矯正治療の場合、通常は歯全体に取り外しのできない装置(ブラケット装置)を付けて治療を行います。

矯正治療中でも楽器は吹けるのか?

吹けることは吹けます。

ただし、何の支障もなく吹けるか、吹けるけどバテやすく長時間は吹けないか、唇に傷ができて血だらけになるか、音は出るけど装置がないときと同じには吹けないか.....個人によって違うと思います。
楽器の種類、アンブシャーの状態、元の歯並び、口の中の粘膜の強さなどにより違うでしょうし、その人にとっての楽器演奏の重要度によっても感じ方も違うと思います。

矯正装置による楽器演奏への影響

・矯正器具の口唇粘膜への刺激(痛み、傷)
楽器を吹くときに歯の表面(ブラケット)にかかる圧力の大きさから
  金管楽器>シングルリード木管楽器・ダブルリード木管楽器>フルート
の順で影響が大きい傾向があると予想されます。
金管楽器でも、マウスピースが小さく圧力も大きいトランペット・ホルンで影響が大きいでしょう。プレスをすると口唇粘膜に痛みが出るので、中には高音が出にくくなる人もあります。また、長時間の演奏に耐えられなくなる場合もあります。

・矯正器具により口唇のコントロールができない
矯正器具にはある程度厚みがあるため、歯の面を口唇粘膜が滑ることができず、コントロールが思うように行かなくなることがあります。これは、アパチャーのコントロールが重要なフルートや、下顎の位置をコントロールする金管楽器で起こりますが、特にフルートの上級者で問題になるようです。

・歯並びの変化により、アンブシャーが日々変化する
どの程度アンブシャーを意識しているかによって感じ方も違うと思いますが、歯の位置の変化によりマウスピースを当てる位置がわずかに変わり、ウォーミングアップに時間がかかったり筋肉のバランスや息の使い方が微妙に変わるため思うような演奏ができないと感じることもあります。

・矯正のための抜歯による影響
抜歯部位で口唇・頬の支えが無くなり吹きにくくなることがありますが、一時的なものであることが多いでしょう。

矯正器具は管楽器を吹いていない人にとっても違和感があり、慣れるまでに1ヶ月くらいは時間がかかります。矯正器具を付けた直後は思うように吹けなくてもそれは当然です。少しずつなれると思いますが、時間がかかります。大切なコンクールや演奏会を控えた時に矯正治療をスタートするのはお勧めできません。矯正治療が必要な場合は時期を選んで始めましょう。
逆に既に矯正治療を受けていて矯正器具に慣れてしまっている人が初めて管楽器を始める分には問題のないことが多いようです。

楽器演奏による矯正治療への影響

楽器演奏により歯に力が多少はかかりますが、ほとんど問題はないでしょう。
ただし、上顎前突(出っ歯)や開咬(奥歯で噛んだとき前歯が開いている)の治療の場合、シングルリード楽器(クラリネット等)では、歯を動かす力と逆の方向に力がかかるので、治療がうまくいかなかったり治療が長びく可能性が考えられます。歯並びの程度や矯正力の大きさ、演奏時間にもよりますので、担当の矯正歯科医に相談してください。

管楽器奏者にやさしい矯正治療

1.治療方針

通常矯正治療の治療方針を決めるとき、まず歯をどの位置に動かすかを考え、歯を抜くか抜かないか、抜くとしたらどの歯を抜くか決めます。
前歯の位置は重要です。矯正歯科医は(歯が出ている場合)前歯を後ろに下げて、口元をスッキリさせようとします。顔貌を良くすることが、矯正治療の一つの目的ですから。
凸凹の程度が大きく歯を抜いて場所を作らないといけない場合や、誰が治療しても非抜歯でいける場合もありますが、治療方針を検討する際、管楽器奏者には次のような配慮が必要になります。

・歯を抜いて矯正すると歯列の幅が狭くなることがある
・前歯の位置を変えるとアンブシァー、楽器の当て方が変わることがある
・治療期間はできるだけ短い方がよい(特に管楽器を勉強している学生さん)

歯列がむしろ広くなったほうがよい、あるいは前歯の位置は口元の美しさより楽器演奏を優先して決めたいならば、通常なら歯を抜いて前歯を後ろに下げましょうという治療方針になるところを、管楽器奏者ということで違う治療方針になる場合もあると思います。
いずれにしても、担当の矯正歯科医に任せっぱなしではなく、納得するまでよく話し合いましょう。

2.ブラケットの選択

一つ一つの歯に接着する装置をブラケットといいます。ブラケットは、大きさ・デザイン・材質など、メーカーやテクニック、考え方により様々な種類があります。
当たり前のようですが、小さく、薄く、シンプルで角が丸めてあるものが良いでしょう。ウイングが大きいと粘膜が入り込んで吹きにくいです。
しかし、大抵の歯科医院では数種類のブラケットしか置いてありません。その中で違和感の少ない装置を選ぶ、あるいは新たに注文してもらうとよいでしょう。
また、セラミック製のブラケット(目立たない透明な物)は、見た目が良いですが、材料の性質上どうしても大きく厚くなることがありますので、よく相談してください。

3.ワイヤー・補助装置をシンプルに

テクニックによってはフック・ループの付いた複雑な形のワイヤーを用いることがあります。また、個々に歯を動かす補助材料(ゴムやバネなど)がごちゃごちゃつくときもあります。できるだけシンプルなワイヤーで、違和感のない補助材料を使って治療してもらいましょう。
また、歯の内側に、奥歯を固定あるいは広げるための装置がつくことがありますが、演奏の妨げになることがありますから、取り外しのできる装置等で代用してもらった方がいいでしょう。

4.装置をカバーする

<ワイヤーをとめるもの>

歯を動かすには、ワイヤーをブラケットのスロットに通し、ウイングに細いワイヤー(リガチャーワイヤー)で縛るあるいはエラステックリングをかけてとめます。ウイングが大きい場合、細いワイヤーではその下の凹みをカバーすることができませんが、リングでとめると少しカバーできます。さらに太いリング(セパレーション用)でとめるとブラケットと歯面がなだらかになります。

写真上の歯左から、ワイヤー、通常のエラスティックリング、セパレーション用リングでとめてあります(分かりやすいように色つきリングにしました)

<カバーする専用の材料>
・ホワイトワックス:口唇粘膜が傷になったり口内炎になったときにブラケットをカバーするために、大抵の矯正歯科医院では常備してあります。使い方は歯をティッシュ等で拭いて少し乾かし、小さくちぎってブラケットに押し付けます。ワックスではベタベタしていやだということであれば、シリコン製の物もあります。
・リッププロテクター:ワイヤーにとめてブラケットとワイヤー全体をカバーする軟らかいプラスチック製の物です。

5.できるだけ早く装置をはずす

ある程度治療が進んだところで早めにブラケット装置をはずし、ダイナミックポジショナー(取り外しができ、弾力性のある装置:右の写真)で仕上げを行うという方法もあります。これだと半年くらいブラケットのついている期間を短くすることも可能です。
患者さんとしては、来院の約束を守り、装置を指示通り使い、歯磨きをしっかりする(途中虫歯や歯肉炎になると治療が中断することもあります)ことで、治療を順調に進める協力をしてください。

6.治療の手順を考慮する

たとえば、八重歯で犬歯が前の方にある場合、通常の矯正治療ではいきなりすべての歯にブラケットを付けて治療を開始することがほとんどです。そうすると、前歯が一時的に過剰に前方にでたり、ただでさえ前にある犬歯にブラケットが付いて違和感が増し楽器演奏に影響がでることも考えられます。なるべく前歯の位置を大きく変化させない、また、犬歯はブラケット以外の方法である程度動かしてからレベリングするといった、治療手順に工夫をしたほうが、演奏への支障が少なくなります。


2)取り外しのできる装置で矯正治療を行う

取り外しのできる装置で少しずつ歯を動かして、楽器演奏に有利は歯並びにすることもできます。通常は取り外しのできない装置(ブラケット装置)を付けて行う歯の移動も、これなら楽器演奏に支障がありません。

治療の例1(上顎前歯のでっぱり)

20歳のホルンを勉強している学生さんです。左の写真ではほぼきれいな歯並びのようですが、上の中央から1番目の左側の前歯が前に出ています。
そのためマウスピースを当てる位置がだいぶ左側にずれています。
治療は取り外しのできる装置で行いました。
上の前歯2本の両サイド(歯と歯の間)を薄い金属のヤスリで削り、ごくわずかずつ隙間を作ります。そして出ている歯に一番力がかかるようにデザインした装置を使用してもらいました。
装置は楽器演奏の時は外します。あとは、食事・歯磨き以外で使用します。
4ヶ月間装置を使用し、出ていた歯が内側に入っているのがわかります。
微調整と保定をかねて、現在は右のような装置を使用しています。
(最初の装置は、右とほぼ同じ形ですが、前歯にゴムがかかるようになっていました。)

前歯1本を差し歯にして直すという方法もあったでしょう。
しかし、歯をほとんど削らず歯の神経もそのままですので、歯が長持ちし歯周病にもなりにくく、歯にとってはこの方法の方が望ましいと思います。
歯の位置も少しずつ変化するので、急に音が出なくなったり吹きにくくなるという心配もありません。

歯並びの状態によっては、取り外しのできる装置では治療不可能な場合があります。
また、取り外しのできる装置には様々な種類がありますので、状態と目的に応じて装置が選択されます。


3)内側につける装置(リンガルブラケット)で矯正治療を行う

内側に付けることで、矯正装置の口唇への影響をなくすることができますが、リンガルブラケットの場合、今度は舌への違和感があります。これは、普段あるいは演奏時の舌の位置によって個人差があるようです。特に問題がないという人もいれば、前方あるいは奥の方で舌にこすれて演奏しにくいと感じる人もいます。歯並びの状態によってすべての人で可能ではないですが、前歯部はリンガルブラケット、臼歯部は外側のブラケットで治療を行うと比較的快適に演奏ができるようです。また、シングルリード木管楽器の場合は上顎に外側ブラケット、下顎はリンガルブラケットにすることで影響を少なくすることができます。
いずれにしても、丁寧な処置を行いワイヤー等が飛び出ないように配慮が必要です。