世界の暦
現在、ほとんどの国がグレゴリオ暦を用いているが、それ以前にはその国特有の暦を
用いてた歴史がある。
国によっては、主としてグレゴリオ暦+以前の暦(旧暦)、あるいはグレゴリオ暦+宗教上の
暦を併記するものなどある。
主に太陽や月の観測に基づく太陽暦系と太陰暦系があるが古典マヤ文化の暦のように
特別の周期の組み合わせの暦もある。
| 太陽暦 | 古代エジプト⇒ローマ⇒全ヨーロッパ⇒全世界 |
| エジプト暦 | 太陽暦の始まり |
| Nyle川のデルタに農耕文明。 | |
| ナイル川の洪水は肥沃な土壌と災害をもたらした。 | |
| ナイル川上流のエチオピア高原が6月頃に雨期に入る。 | |
| 下流のエジプトでは四ヶ月増水する。その後耕作・播種、収穫と続く。 | |
| 洪水の季節=Silius(CanisMajor α)が日の出直前に東の空に | |
| 見える頃であった。 | |
| 洪水の季節を知るために天文観測が発達した。 | |
| 「古代エジプトの町、ヘリオポリスの神話」 | |
| 大地の男神ゲブと天空の女神ヌトは1年360日の | |
| (1ヶ月は30日、1年は12ヶ月で1年は360日) | |
| どの日にも子供を産んではいけないと太陽神ラーに | |
| 申し渡されていた。トト神が同情して1年に5日を追加 | |
| してくれたので、この5日間にオシリス、イシス | |
| ネピュテス、セト、ホルスがうまれた。 | |
| この神話だと、1年は365日だったことになる。 | |
| シリウス暦の | 1年=365日の暦(シリウス暦)を用いつづけると、天体現象(365.2422日周期)と |
| 成立 | シリウス暦は1年で0.2422日、10年で2.422日、100年で24.22日 |
| 1507年で365日ずれる。1507年周期で、このシリウス暦とシリウスの | |
| 天文現象があうことになる。 | |
| シリウス暦とシリウス天文現象が一致したのはローマ時代紀元141年だった | |
| ことが確認されている。1507の倍数年でシリウス暦と | |
| 天文現象が一致することになるので、逆算すると、シリウス暦が | |
| 用いられたのは紀元前2873年頃か。(141−1507×2) | |
| メンフィスに統一国家誕生=初期王朝時代 |
| 次の話もある。 | |
| B.C.4000年前 | 1年=365日と1/4日に近いとした。 |
| 民間暦は1年=365日(1年=30日×12ヶ月+5日=365日) | |
| 僧侶階級 4年に1度の閏年をおいた。 | |
| B.C.239年 | 1年=365日とし4年に1度366日の閏を置いた。 |
| 365.25×1460倍=1461暦年=ソティス(シリウス)周期が生まれた。 |
| ヘロドトス | 「歴史」によれば(以下ヘロドトスの「歴史」) |
| B.C.480?〜 | 1年という単位を発明したのはエジプト人。1年を季節によって12の部分に |
| 分けたのもエジプト人が史上最初の民族である。エジプトでは30日の月を | |
| 12ヶ月数え、さらに1年について5日をその定数のほかに加える。 | |
| (1年=30日×12ヶ月+5日=365日) | |
| 12神の呼称をきめたのもエジプト人が最初である。 | |
| (太陰暦の)ギリシャ人は隔年に閏年を1ヶ月挿入する。 | |
| エジプト人の創業になることがいろいろとあるが、それぞれの月や日がどの | |
| 神に属するか、各人が生まれた日が従ってどのような運勢を持ちどんな死に方を | |
| し、どんな人間になるかといったようなことがそれである。 | |
| 古代ギリシャ | クロイソス王(B.C.560〜B.C.546)にソロンが答える。 |
| の暦 | 人間の一生を仮に70年とする。70年を日に直すと |
| 閏月がないとすると25200日。もし、四季の推移を暦にあわせるために、 | |
| 1年おきに閏月を1ヶ月だけいれると70年間に35ヶ月、閏月が入る。 | |
| 日になおすと、1050日になる。あわせると、70年で | |
| 26250日になる。・・・・・・といっている。従って・・・・・・・ | |
| この時代(ソロンの時代)、1ヶ月は30日で1年は360日であった。 | |
| 1太陽年は365.2422日なので、1年を30日×12ヶ月=360日に | |
| 設定すると、1年に5.2422日ずれる。そこで | |
| (隔年に?)閏月を挿入して暦に季節に合わせていた。 | |
| ちなみに2年に1回の閏月は多すぎる。 | |
| ローマ暦 | 初期 1年=10ヶ月 304日の暦を使用。このときの月名が |
| その後変化しながら使われる。 | |
| (Ianuarius=始めの月) | |
| (Februarius=清めの月、Februaのある月) | |
| 1 Martius=軍神の月 | |
| 2 Aprilis=開花の月 | |
| 3 Maius=成長の月 | |
| 4 Iunius=(Juno 結婚の女神の月)=繁茂の月 | |
| 5 Quintilis=5の月・・・・・・・・・後にJuly | |
| 6 Sextilis=6の月・・・・・・・・・・後にAugustus。 | |
| 7 September=7の月 | |
| 8 October=8の月 | |
| 9 November=9の月 | |
| 10 December=10の月 | |
| この頃はMartius(march)が年初の月であった | |
| B.C.47 | シーザーのエジプト征服と太陽暦 |
| B.C.46 | |
| ユリウス暦 | エジプトの天文学者 ソシゲーネスの協力のもと、太陽暦を採用した。 |
| 平年365日、閏年366日(4年に1度)を制定。 | |
| 月を12ヶ月へ・・・上記、月の名称参照。 | |
| 奇数月 31日 偶数月 30日 最後の二ヶ月は29日、 | |
| 閏年は30日とした。 | |
| 春分正月=年初の月を Martiusから | |
| 冬至正月=年初の月を Ianuariusへ変えた。 | |
| ユリウス・カエサル 自分の生まれつきにIulius=Julyをつける。 | |
| B.C.8 | アウグスツス帝で改正 |
| Sextilisの月にAugustus(August)をつけ | |
| 更に2月から1日をとって31日とした。 | |
| 従って2月は平年は28日閏年は29日となった。 | |
| 1年は12ヶ月で、この月の名称と日数はここで確立する。 | |
| 以後1600年間このユリウス暦を用いた。 | |
| A.D.127 | プトレマイオス・クラウディオス(=トレミー)・・・・天文学の王子 |
| メガレ・シンタキス(=アルマゲスト) | |
| 月の歳差の確認(経験式) | |
| トレミー系・・・1530年のコペルニクス前まで続く | |
| A.D.325 | ニケアの大宗教会議 |
| 春分の日を3月21日と決定 | |
| A.D.533 | 西暦 B.C.=Before Christ/A.D.=anno Domini; |
| in the year of our Lord | |
| ディオニシウス・エクシグウス (年代記学者)が提唱。 | |
| 紀元1年の前年は紀元前1年とした。 | |
| ローマ紀元(ローマ建国の年)と西暦との関係 | |
| 狼に育てられた双子の兄弟ロムルスとレムスのローマ建国の話の中で | |
| 紀元前753年4月21日がローマ誕生の日とされた=ローマ紀元 | |
| (誓約に従ってレムスがロムルスの鍬の一撃で殺害された日) | |
| キリスト誕生をローマ紀元で計算すると | |
| キリスト誕生はローマ紀元753年12月25日とされている。 | |
| この年が西暦元年となる。 | |
| ユダヤの王・ヘロデ大王の在位はB.C.37〜B.C.4である。 | |
| しかし、マタイとルカはキリストがヘロデ王の治下に生まれと述べている。 | |
| マタイ伝によれば、エジプトに逃れ、そこでヘロデ王の死を告げられてから | |
| もどり、ガリラヤのナザレに住むようになった。 | |
| このことからキリスト生誕の年をB.C.7年あるいはB.C.4年とする説もある。 | |
| また、降誕の月も4月と5月の2説ある。 | |
| A.D.1095 | ウルバヌス2世 大宗教会議を開催する。 |
| A.D.1096 | 十字軍遠征始まる。 |
| A.D.1543 | コペルニクス(ポーランド)・・・地動説の提唱 |
| グレゴリオ暦の成立と普及 | |
| 「春分の日のずれ」 | |
| キリスト教の復活祭は春分の日の後にくる最初の満月の | |
| 次の日曜日と定めてあった。 | |
| A.D.325年二ケアの宗教会議で春分の日を三月二十一日と決めた。 | |
| 16C.に春分の日が10日もずれ3月11日になってしまった。 | |
| このことから、ユリウス暦の平年は365日、閏年を366日として | |
| 4年に1度閏年にする設定では、1年が長すぎることがわかった。 | |
| 西暦325年から西暦1582年の1257年間では10日多すぎたことになる。 | |
| 10/1257=0.00795日/年多すぎる。 | |
| そこで、400年間に閏年を3回減らし、400年間に閏年を97回にした。 | |
| 1年は平均すると 365+97/400=365.2425 日となり | |
| 1平均太陽年=365.2422日により近い数値になった。 | |
| 400年は146097日(7で割り切れ、カレンダーは400年ごとに繰り返す)。 | |
| この設定だと1万年で3日の誤差におさまる。 | |
| A.D.1582 | グレゴリオ暦の誕生 |
| ローマ法王グレゴリオ13世は1582年10月4日の次の日を | |
| 1582年10月15日とするとともに、閏年の置き方を次のようにした。 | |
| 閏年の設定 | |
| 西暦年が4で割り切れる年を閏年とする。閏日を2月29日とする。 | |
| このうち、100で割り切れ400では割り切れない年を平年とした。 | |
| これによって、400年で97回の閏年とした。 | |
| 西暦2000年は閏年、2100年は平年である。 | |
| 西暦では1582年10月5日から1582年10月14日の10日間は存在しない。 | |
| グレゴリオ暦の普及 | |
| 1582年 | イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、ポーランド |
| 1583年 | ドイツ、オランダのカトリック諸州、フランダース |
| 1587年 | ハンガリー |
| 1583年 | スイス |
| 〜1812年 | |
| 1584年 | 日本のキリシタン教会 |
| (1604) | ガリレオ・・・落体の法則 |
| (1609) | ガリレオ・・・望遠鏡で月面観測、木星の衛星の発見 |
| ケプラー・・・第一法則・第二法則の発見 | |
| (1613) | ガリレオ・・・太陽黒点と黒点移動の発見 |
| (1618) | ケプラー・・・第三法則の発見 |
| 1700年 | ドイツ、オランダの新教州、デンマーク |
| 1752年 | イギリス |
| 1753年 | スウェーデン |
| 1873年 | 日本 (明治政府下) |
| 1912年 | 中国、アルバニア公用暦 |
| 1916年 | ブルガリア |
| 1918年 | ソ連 |
| 1919年 | ルーマニア |
| 1924年 | ギリシャ |
| 1927年 | トルコ |
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