ナチュラルヒーリング研究会 会報『光臨』 創刊号
1993年12月3日 発行
会報「光臨」発進!
創刊号の1
 ナチュラルヒーリング研究会の会員の皆さん、こんにちは。平成5年の年の瀬も押し迫ってきたこの時期に、突然ですが、会報がスタートすることになりました。この会報は、東京、岐阜、茅ヶ崎と散らばる会員の皆さんのコミュニケーションの場であるとともに、刑部の身の周りに起こったちょっと不思議でスリリングな高次元エネルギーによる現象を、いち早く皆さんにお届けするためのものです。みんなでビックリしたり感動したりしながら高次元のエネルギーについて勉強しましょう。

清里の夜にエネルギーが降った
「清里でUFOを語る会」1993年11月6日〜7日 主催・(株)イエス ペンション「マリオネット」にて

 1993年11月6、7日の二日間にわたって、山梨県の清里で「UFOを語る会」が行われました。これは名古屋のMさん(イエス代表)が主宰した親睦会で、地元のグッズショップ「清里カントリーくらぶ」オーナーのご好意で実現したものです。
 刑部を中心にUFOやヒーリングの話で盛り上がり、そして夜空を撮った写真には、降り注ぐ光が……!
(レポート・次郎丸明穂)
「どうも上に来てるわよ」
 お酒でほんのりと頬を染めた刑部がそう言ったのは、午後八時過ぎ頃。
 それっとばかりに私たちは、地下のバーから飛び出して、ベランダで夜空を仰ぎました。「UFOを語る会」の舞台となったペンション「マリオネット」のベランダの向こうは、一面の牧草地。視界をさえぎるものはなく、絶好の観天スポットです。
 なんてきれいな空。天の川までクッキリと目に映ります。それだけに寒い……。
 会の企画者である名古屋のMさんがビデオカメラを構えます。一時間くらい星を見上げたでしょうか。残念ながら、UFOらしきものは姿を現しません。体が冷えてきたので、バーに戻ってアルコールを補給することにしました。
 そのとき私は、正面の山の上に輝いているオリオン座が気になってしょうがありませんでした。オリオン座といえば思い出すのが、近代最高の神人・出口王仁三郎です。彼の背中にはホクロがオリオン座を形作っていたそうで、自分の魂はオリオンから転生してきたのだと語っていたとか。
 刑部はよく、スサノオというエネルギーと感応していますが、同じように出口王仁三郎もスサノオのエネルギーを受けていました。オリオン−王仁三郎−スサノオ−刑部。そんな連想から、私はオリオン座に向かってシャッターを切ったのでした。
 そして出来上がった写真が右下の一枚です。なんと、空から光状のもの(エネルギー?)が降り注いでいる様子がハッキリと写っているではありませんか!もちろんこの光は、目に見えていたものではありません。

創刊号の2 これをUFOと呼んでいいのかどうかはわかりません。しかし、私たちが、「UFOは見えなかったね」と言って、地下のバーで大カラオケパーティに興じていた頃、頭上に何かしら特別なエネルギーが降り注いでいたことは間違いないのです。
 UFOといわれているものは宇宙人の乗物ではなく、“意思を持ったエネルギー”形状化したものなのかも。この写真をながめていてそんな気がしました。ロシアのUFOの研究チームも確か同じようなことを言っていたように思います。
 さて、その翌日、今度は緑の太陽が現れたのです、詳しくは次号に。
 ――つづく

ククリの日に何かが起こる
「セルフヒーリング・ワークショップ」 1993年10月23日・24日

 空は青く澄みきり、太陽がいつもより大きく輝いた1993年10月23日の土曜日。それは、四ツ谷のスペース天夢にて始まろうとしていた……。
「このあいだ、天河に行きまして、そこの柿坂宮司さんに、すごいですね、と言われまして……(刑部の口調を思い浮かべてください)」
 フリルのついたブラウスとパンツを着た刑部が部屋の前方中央に立ち、そのまわりを取り囲むように板張りの上にすわった参加者の人たちに話始めました。
 それは、気功教室を湯川れい子さんとともに始める計画だったものをすべてご破算にし「ワークショップ」というカタチでとにかくやりましょうと、湯川さんと再計画をした日のことです。刑部は開講の日を直感で10月23日と指定しました。湯川さんがスケジュールを調べると、23、24なら空いている。とのこと。そして、スペース天夢に電話を入れると、「その日なら空いています」という返事。もうその日に決定!です。で、刑部は天河に行ったときにこの話を宮司さんにしました。宮司さんいわく「それはすごいことです。10月23日は旧暦の9月9日で、ククリの日といって特別な日です。天と地がくくられる日。神の仕組みの日です。刑部さんは、その仕組みに動かされておやりになるんですね。」
 宮司さんのこの話を刑部から聞き、何が起こるんだろう、そんな期待を胸にワークショップの第一日目が幕を開けたのです。

 刑部のカウントに合わせて呼吸する呼吸法から、足のかかとからついて、足の外側を床につけながら歩く歩行功と、ワークショップはゆっくりと走りだしました。そして、起こりました!
 太鼓! です。刑部が人間の本能に呼びかける方法のひとつとして取り入れた太鼓。荏原流れ太鼓ひびき会の方々(なんと刑部もこの日、初めて会ったとか)が打ち鳴らす太鼓が見事に成功! 立ち上がって踊り出す人、苦しくなって泣き出す人。体の芯に入り込むような太鼓の音に、魂まで振動していたのかもしれません。荏原流れ太鼓が、ワークショップの第一日目を見事にくくってくれました。

 そして、二日目。
 さあ、今日は何が起こるんだろう? 昨日と同じく太陽がすばらしい日差しを与えてくれた日曜日。その日も、湯川さんの七曜功や、太鼓による解放などが順調に進んで行きました。その間、雪のなかに腕を突っ込む誘導瞑想では、一人の少女が本当に腕を痺れさせてしまったり、渦の中で自由に動く場面では、感性のすばらしい外国からの参加者が止まらなくなってしまったり‥。色々なことがあり、そして、「祈り」。5、6人ずつのグループに組分けをし、刑部が言いました。
「はい、幸せになりたい人、真ん中に入って」
 各グループ毎に名乗りをあげた人を中心に、残りのメンバーがその人を取り囲むように円になります。
「では、まわりにいる人は、その人の体に手を触れて、そして、その人の幸わせを祈ってあげてください」
 蝋燭の炎と、崇高な音楽。そして、人が人の幸せを祈る愛が、スペース天夢に満ちてゆきます。祈りの念が真ん中の人を癒してゆきます。それは、愛に包まれた至福の時(ほとんどの人が泣いていました)。真ん中の人を交替して、グループ全員が幸せを祈られることを経験しました。そして刑部はその途中で、「真ん中の人は、地球のことを祈ってあげてください。」と言われました。このワークショップに参加した人はもちろん、きっとこのとき、地球も癒されたと思います。そして、参加者はこの体験を生涯忘れないことでしょう。グループでの祈りが終わると、今度は参加者全員で二重の大きな輪を作ります。内側の輪の人は外を向き、外側の輪の人は中を向き、対面です。そして、外側の輪から、真言、オームを合唱。中の人がその気を感じました。今度は中の人がオーム。このとき、中にいる人は背中がとても熱くなるのを感じました。オームという言霊の不思議です。

 こうして(書ききれないことがまだまだたくさんあるのですが)、数々の感動と癒し、喜びにあふれた二日間が終わりました。それぞれがそれぞれのご縁でここに集い、刑部と出会い、そして過ごした二日間。刑部に、湯川さんに、一緒に過ごしてくださったみなさんに、「ありがとうございました」。
(レポートは田代あいでした)
神の化身・サイババに会う 〜前編〜

創刊号の3  サティア・サイババ。その人は神の化身と言われ、今やインドはもとより、世界中から彼に会うために大勢の人々が、日々やってくる。サイババは灰や指輪、ネックレスなどを虚空から物質化現象によって取り出し、人々に与える。
 そのサイババに、刑部が導かれるようにして会いに行き、すばらしい奇跡が起こった経緯を、ここに記させていたただきます。

 1993年6月17日。この日、刑部は研究仲間である少林寺七段の先生と、刑部の家でサイババの話をしていました。刑部はサイババのことは知っていたし、湯川さんが物質化現象で出してもらった指輪なども手にもったこともあったけれど、さほどに引かれなかったと言います。ところがこの日、その話の途中、突然部屋の温度が上昇。そして、障子の前にオレンジの光が輝いて、サイババの姿が! 刑部は驚いて叫びました。
「サイババ! あなた、なんでこんなところに!」
 このとき刑部はダウジングでサイババと話をしたのですが、このことが発端となって、色々と不思議なことが起こり始めたのです。
 次に起こったのは、湯川さんにこの話をした時のこと。刑部から話を聞いた湯川さんがとても喜んで、サイババを写した生の写真とヴィヴーティ(灰)を刑部のところにもって来ました。刑部がそれを手にすると、なんと、写真やヴィヴーティが金粉に変わってしまうのです。そして、刑部が手を放すともとに戻る。えっ? なにこれ! の世界。
 これはもう、サイババが呼んでいるとしか考えられない。ということで刑部はインド行きを決めました。そして、この直後から、刑部の家のほとんど枯れかけていたジャスミンが、どんどん葉を伸ばし、ついに季節はずれの花を咲かせたのです。
 ここで、サイババに導かれ彼に会ったいきさつを、本(理性のゆらぎ・三五館刊)に書いている青山圭秀さん登場。刑部がジャスミンの話をすると、「サイババはジャスミンの匂いがします」と一言。刑部はまたまたびっくり!  というわけで、本当に驚きの連続を経て、いよいよ9月2日、刑部は日本を飛び立って行きました。
 ――つづく

天河物語〜古代から伝わる左渦の神秘〜

創刊号の4 「もうダメ!」
 天河にある弁財天神社の社殿に正座して、手を合わせていた刑部が、座ったままの姿勢で左へ回り始めました。一回転、二回転。『神前に背を向けるなんて、失礼』と、体が震え出すまでがまんした刑部ですが、手が左方向に引っ張られ、体ごと動かされたのです。
 宇宙や神の氣が満ちている場所をパワースポットと呼びます。中でも、奈良県吉野にある天河は、日本有数のパワースポット。冒頭の話は、今年の五月、刑部が初めて天河神社を訪れたときに体験したことです。
 実は、この神殿の下には古代の磐倉(いわくら)があり、強烈な左渦のエネルギーが立ち昇っていると伝えられています。刑部の様子を見ていた柿坂宮司の息子さんが嬉しそうにこう言いました。
「話には聞いていましたが、左渦を体現されたのは、あなたが初めてです」
 もちろん刑部が、神社に伝わる古い話を知っているはずはありません。左回転は、天河に渦巻くすさまじいエネルギーを、体が敏感にキャッチしたからに他ありません。しかもこの経験は、これから始まる天河での神秘体験のほんのプロローグにすぎなかったのです。
 ――つづく

※記事は掲載当時のものに一部校正を加えています。教室の構成など現在と異なります。

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