ナチュラルヒーリング研究会 会報『光臨』 第5号
1994年8月1日 発行
刑部 ゴルビーに会う 〜1994年7月4日−9日・ロシア〜

 7月の第一週、刑部は世界平和文化交流会のYさんとともにロシアを訪問。
 旧ソ連邦大統領のゴルバチョフ氏と会談をし、同氏を日本に招待する話をすすめてきました。
第5号の1  Yさんはかつて佐藤栄作元総理の秘書をつとめ、会社を経営する傍ら、世界平和文化交流会を創設し、平和運動に取り組んでいます。ゴルバチョフ氏を日本に呼ぼうという話は、同交流会の財団法人化にともなう記念イベントとして企画されているものです。
 ゴルバチョフ氏は現在チェルノブイリの汚染地域の復興と人々の救援活動に力を注いでいます。Yさんはこの仕事に深く共鳴し、協力活動の一環として氏の来日を申し入れているのです。
 刑部はかねてよりYさんと交流があり、様々な面で相談に乗ってきました。同交流会のアドバイザーとして、刑部にロシア行きの話が持ち掛けられたのは今年の一月。東西冷戦に終止符を打ち、文字どおり世界の流れを変えたゴルバチョフ氏を刑部は高く評価しており、ちょうど会いたいと思っていた時だったということです。
「ミハイル(ゴルバチョフ氏の名前)はミカエルに通じます。彼は天使なのではないでしょうか」と刑部は語ります。
 そういう訳で、その話があった時、刑部は「どうしても呼ぶ意味がある」と直感し、「ゴルバチョフ氏を日本に呼ぶという役目をやっていこう」という気持ちになったそうです。

 さて、7月7日、いよいよ会談の日です。
 会見室を訪れ、初めて実物のゴルバチョフ氏を目の前にしたとき、刑部は氏が発しているすごい光エネルギーを感じ、大変な使命を帯びて生まれてきた人であることを確信します。
「世界を変えた立て役者から、あらためて平和というものを世界に訴えてほしい。それも日本から発してほしい。冷戦の時、言えなかったことをどんどん言ってください」
 刑部は自分の思いを全部日本語でぶつけました。もちろん、通訳はいましたが、ゴルバチョフ氏は通訳の伝えるロシア語ではなく、刑部の発する日本語に対して、全てを理解しているように反応したということです。
 ところで、今回のロシア訪問が決まった段階では、実はゴルバチョフ氏と直接会うことはスケジュールの中には入っておらず、ゴルバチョフ財団の方を通しての話になる予定でした。
 では何故、“夢の会談”が実現したのでしょう。ゴルバチョフ氏はその理由をこう語りました。
「女性が来ているというので、会ってみようと思った。世界に平和をもたらすのは、あなた方女性であるからだ」と。
 さて、会談の結果ですが、ゴルバチョフ氏は「できることなら、大きなシンポジウムに参加できるように時間をとりたい」と、親愛なる態度で語ってくれたということです。
 まだ、正式な返事は来ていませんが、ゴルバチョフ氏の来日は実現に向けて動き出しているようです。
 この話は刑部個人のもので、ナチュラルヒーリング研究会としての活動ではありませんが、「氣」というものの働きを考える時、大きく通じるものがあります。私たち一人ひとりの発する「氣」が愛に満ちた平和をもとめるものとなり、それが地球をつつんだ時、本当の世界平和が達成されるのではないでしょうか。
 ゴルバチョフ氏と握手をし、抱きしめられた(ハグという親しい者にたいしての挨拶)時、刑部は暖かい知的な「氣」を感じたということです。


あの日から空が変わった 〜1994年7月18日木星に彗星が激突!〜

 その日、ある男性は意識が混乱し、自分で何をしているのか分からない状態になってしまいました。会社にも行けず、かといって何をしていいのかもわからないまま、神経だけが高ぶっていきます。もう、ダメだ、精神病院へ行こう、と思った時、人からその日に木星に彗星が衝突したのだと聞いて我に返ったということです。
 元東京事務局のKさんもその日は、一日意識が朦朧としていたそうです。
 木星に彗星が激突することによって何が起きるか、いろいろな憶測もありました。刑部は氣功教室や本誌で「祈り」を呼び掛けてきました。その結果はどうなったのでしょう。

 刑部は言います。「空が変わった。カラーンという空(くう)なる空。天の岩戸が開いた。ひとりひとりの魂が変化し、現実界の実相も変化していく。雲も、空も、星も、太陽も、色も輝きも違う。宇宙が近づいたという感じ‥‥」
 その一月前の6月19日、刑部は富士山の山小屋で、木星と彗星の激突について祈っていました。その時のことです。
 金龍のビジョンが現れました。金龍は舞を舞っています。どんどん回るように舞っています。刑部の身体もその舞に巻き込まれるように動いていきます。そしてどんどんどんどん舞い上がり、すごい勢いで身体が星に吸い上げられていきます。それは12の衛星を持つ、大きな惑星のようです。
 吸い上げられながら刑部は「祈りのためなら、本当の愛のためなら、自分の命もすべて捧げよう」と思っていました。
 すると、言霊(高次元からのメッセージ)が降りてきました。
「木星に彗星が衝突する準備は出来た。悠久の流れの中に決まったこと、心配しない方がいい。地球も宇宙も変わっていく。これが本当の天の岩戸開き」
 この意味するところは何でしょう。

 木星はジュピター、全智全能の神なる星と言われています。
第5号の2  準備ができた、ということは、大きな次元の変化が起きるということではないでしょうか。刑部は、「良いも悪いも神のはからい、ならば受けよう」と思いました。すべては、とらえ方の問題だと気づかされたのです。
 7月18日、予測どおり木星に彗星が激突しました。
 とりあえず、地球にはその直接の影響による災害は起きなかったようにも見えます。しかし、刑部は「もっと根本的なところですべてが変わったのだ」といいます。「何がおきるかは神のみが知るところだ」とも。
 これから、いったいどんな事が起ころうとしているのでしょう。いや、それはすでに起こっていることかも知れません。しかし「何が起ころうと、いいも悪いもとらえ方の問題だ」と刑部はいいます。

 8月1日のお昼ころ、東京教室のTさんとIさんから相次いで刑部のところに電話がありました。
「太陽の周りに七色の虹の日輪が出ています。先生は、見えますか」
 この日の現象は他にも大勢の人が目撃しています。
 様々な変化が起きていますが、空を見ない人には分からないでしょう。
 宇宙の「氣」、空の「氣」を皆さんはどうとらえていますか。その変化に気付いた時、あなた自身が変わっていくのです。
 
祈りが天の恵みを呼んだ  1994年7月23日〜25日 岐阜

 暑い日が続きます。日本列島はかつてない猛暑に見舞われています。そして、各地で水不足が深刻な問題となっているようです。
 7月23日も暑い日でした。その日、刑部は岐阜のNさんと電話で話していました。
 岐阜の水不足も深刻で、スーパーにはミネラルウォーターのボトルが一本もないくらい、もうパニック寸前の状態のようです。
 そんな話をしていた時のことです。刑部に言霊が降りて、口から「トヤマ、トヤマ、グジョウハチマン」という言葉が出てきました。
 暫くして治まると、刑部は「それ、どこ?」と聞いたのですが、電話の向こうのNさんは、口がレロレロです。
「何が起きたの、どうしたの」
 呼びかけても反応がありません。
 一時間ほどして、刑部はまたNさんに電話をしてみました。すると、Nさんは先程の電話で意識が朦朧としてしまい、一種のトランス状態に陥っていたというのです。でも、もうすっかり回復していました。
 さて、翌24日、刑部は同じく岐阜のMさんに電話をして「グジョウハチマン」を知っているかどうか聞いてみました。
 すると、なんと車で一時間半くらいのところに郡上郡八幡町というところがあるということなのです。
 電話の後、Mさんは早速下見に出掛けました。すると、郡上郡八幡町には「キシツルギ神社」という神社がありました。そして、そこでMさんがお祈りをすると、何と、叩きつけるような大雨が降り出したのです。
 さて、Mさんはその神社の由来を調べてみました。すると、おもしろいことが分かりました。
 1178年の大旱魃(かんばつ)の時に、農民たちは一生懸命雨乞いをしていました。すると、ある農民の夢枕に「剣を奉納せよ」という言葉が降りたのです。農民たちが剣を奉納すると、大雨が降り、旱魃から救われたということです。
 ただ、その大雨で奉納した剣も流されてしまったのですが、別の農民の夢枕に剣のある場所が示され、再び奉納し直したということです。
 つまり、「キシツルギ神社」は雨乞いの神様だったのです。
 さて、そのまた翌日。今度はNさんがその神社に行ってお祈りをしました。すると、何とまた雨が降り出したのです。
 8月の6、7日は岐阜で教室がありますので、刑部は会員の皆さんと一緒にその神社に行って、お祈りをするそうです。その時いったい何が起きるのでしょう。
 ただ、今回の水不足ならびに「キシツルギ神社」参拝についての刑部の基本的な考えは以下の通りですので付け加えておきます。
「日本は豊かになりすぎ、恵みに対する感謝の心を失っている。それに気付かせるために、『水不足』という形で、必要なものが手に入らない辛さを体験させているのではないか。『水』に限らず、今、いろいろなものが『○○不足』という形でマスメディアに取り上げられている。日本人はこれを警告の一つだと真摯に受け止め、本当に感謝し、原点の姿に戻るべきである。現実に立ってみないとわからないが、そういう意味で、雨を降らせるとかそういう意識では考えていない」
 なお、「トヤマ」という言葉が意味するものが何であるかは、まだ解決されていませんが、何らかの形でしめされれば、またお伝えしたいと思います。
 
誌上セミナー 刑部の“氣功のツボ”

《一指禅功》

 一指禅功(イッシゼンコウ)とは丹田を鍛える功法(タントウコウ)の一種で、その名のとおり指を使って行う功法です。
 まず最初にやり方を説明しましょう。足を肩幅に開き、全身の関節を緩め、リラックスした状態をつくります。次に両腕を前方に肩の高さまで上げます。このとき手は力を入れずに開き、手のひらが下を向く形にします。これが基本のポーズになります。
@ 人差し指を7秒かけて指先が真上を指すように上げます。
A 次に12秒かけて真下を指すように下げます。そのままで5秒間停止。
B 10秒かけて元の位置に戻し、5秒間停止。
 これを左右同時に、人差し指、薬指、親指、小指、中指の順に行っていきます。
(ただし、親指のときは真上ではなく真横に、水平に指を開くようにします。そして時間も7秒ではなく5秒とします)
 動きはこれだけです。体は基本のポーズのまま指だけを一本づつ動かしていきます。薬指など1本だけでは動かしづらい指もありますが、なるべくその指だけを動かすようにしてください。ただし、あまり指を意識せず、意識はあくまでも丹田においておこないます。
 指は全身をめぐっている経絡の集まっているところだといわれています。この功法は指という経絡の末端を刺激することによって、全身の経絡の流れをよくする効果があるのです。例えば、ツボを刺激することによって悪いところを治す鍼治療と同じようなものだといえるでしょう。しかし、普通に指を動かしていてもこの効果はなかなか得られません。なぜなら指の刺激が全身に通じやすい状態で行われなければ意味がないからです。つまり全身が緩み、氣が丹田に充満した状態である「氣功体」で行うことがこの功法のポイントなのです。
 意識を丹田におくように、と注意したのもこのためです。
 氣功では、病気は経絡の詰まり、氣が滞ることから起こると考えます。ですからこの一指禅功は、中国ではその簡易さ、効果の高さから「医者がすすめる功法」として知られていると刑部は言っています。
 夏バテで体が弱りやすいこの季節。皆さんもこの一指禅功で身体のバランスを調えて、猛暑を乗り切ってください。

※記事は掲載当時のものに一部校正を加えています。教室の構成など現在と異なります。

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