書名:常識の破産
過去の経験は未来の物差しにならない
著者:邱永漢
発行所:経済界
発行日:2001/5/24
定価:1238円+税
邱永漢さんも日下公人さんと同じでちょっと気の早い人5~10年早い。8年前の本ですが、丁度それくらいが良いのかなと言う気がします。いつもユニークな発想、いつまでも先を行く提案、非常に興味のある人です。この人の経済の見方は自分の経験、実験を踏まえているのでただの空理空論でないところが面白い。失敗も多い、でもそれをネタに本にする。したたかさもある。台湾生まれ、日本での生活。日本人とは違った環境からの視点が面白い。日本の戦後の工業化が成功した裏に、戦争で外地(韓国、中国、ビルマ等)を経験した日本人が戦後引き上げてきた時、従来の農業では食べられないなくて、やむを得ず鍋、釜をつくるところから始まった。また欧米列強に対して戦争が出来る位、技術力はあったので、兵器のかわりに鍋釜というものは簡単に出来るものだった。外地を経験した人達の視点は今までの日本人が持っていた農業一辺倒ではなかった。工業への転換もいとわなかった。工業化で成功した日本もここへきて今までとは違う時代になってきている。お金の流れが今までの常識とは違ったところになっている。魚のいる場所が違うのに同じ場所に釣り糸を垂れていても。企業の破産ではなく今まで常識が破産してきている。仕事は一生同じ会社に勤める。結婚は一生に一回、子の面倒は親が見る、親の面倒は子が見る。女性にとって結婚は永久就職。夫婦の財産の二人のもの。等が音を立てて崩れてきている。親の面倒は国が見る。
いままで正しいと信じていたことが崩れてくる時代とではそんな時代をどう生きていけばいいか?
「遊んで暮らせ、何もするな」文明が過去の常識を変える、早起きしても得はない。長生きは人生の不幸せである。「越すに越されぬ七十の坂」老齢化社会の到来、死亡適齢期の到来とか。発想の原点を知りたくなるようなユニークは視点が多い。邱永漢は気の早い人だから今回の本は死ぬことについても30年前とは違った視点で書いている。成熟期に入ってきたかななんて思ってしまう。景気の悪いときに金利を上げるのは今までは常識だったでも、個人金融資産の大半を老人が持っている時代は金利を上げて、使えるお金を増やすことで景気は回復する。いくらお金をもっているとしても老人は元金まで取り崩してはお金は使わないもの。と低金利政策を見直せと言っている。
本文より
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最も危険な選択「結婚」
人間は最終的に何を頼りに生きればいいのだろうか。例えば病気に対しては健康保険がある。失業に対しては失業保険がある火災にも盗難にも、また自動車事故に対してもそれぞれの保険がある。ならばどうして結婚に対して離婚保険がないのだろうか。多分それは保険がきかないほど多発する可能性があるからだろう。また保険目当ての悪用の可能性が高くて保険会社がたちまち倒産させられる性質のものだからであろう。
「売り家と唐様で書く三代目」
「FOR SALE とローマ字で書く三代目」
フル償却が終わった後も生き続ける老人が増えることほど厄介なことがないことも事実である。家族にとっても社会にとっても大きなお荷物だが、お荷物なる側の老人にしてみれば-----「年は取りたくないものだ」ということになってしまう。それを避けようとすれば、身体も意識もしっかりしている間に、うまく死んでしまう以外妙案はない。
「富則他事、寿則多辱」(お金持ちになったらトラブルが多い。長生きすれば、恥が多い)友達が次々と死ぬということは自分もその年になったということである。私はそれを「死亡適齢期」という言葉で表現している。