−−インターネットによるオンライン生涯学級の試み−−
横浜市緑区ではインターネットのメーリングリストを用いたオンライン生涯学
級をスタートさせた。コンピュータ・ネットワークの利用は、時間と場所の制約
を超えた学習の機会を提供するとともに、参加者同士のコミュニケーションも可
能になったことで、市民の新しい学習活動の場として注目される。
インフォメーション・コーディネータ
杉井鏡生
●電子メールの教室
横浜市の北西部に位置する住宅地域である緑区で、インターネットを使った新
しい生涯学習の試みが行なわれている。名称は緑区「オンライン生涯学級」。第
1回目のプログラムを企画担当した緑区の飯牟礼成則氏は、「自治体の公式の社
会教育プログラムとしては、インターネットを利用した最初の試みでしょう」と
いう。昨95年度11月〜2月に第1回の学級を開講、その成果を踏まえて、今年度
は期間を拡大し、6月から第2回目の学級がスタートしている。
緑区のオンライン学級はインターネットのメーリングリスト(電子メールの同
報機能を使った登録メンバー間の電子会議)を使って行なわれている。実際には
、開講式、セミナー、閉講式などはオフラインと呼ばれる「登校日」も用意され
ているが、ネットワークが教室代わりというこれまでにない学習活動である。
まだ普及率が高いとはいえないインターネットの利用を考えたのは、余程のパ
ソコンマニアかと思っていたがさにあらず。飯牟礼さんは専用ワープロ機のユー
ザーなのだという。メーリングリストも一般のパソコン通信ネットに専用ワープ
ロ機で接続して利用している。オンライン学級の記録や写真は横浜市のホームペ
ージに登録されているが、「私の端末からは見られないです」と笑う。
●在来型の学習形態を打破
緑区がインターネットを利用したオンライン生涯学級に取り組んだ背景には、
いくつかの要因がある。ひとつは、新しい時代に合せた学習活動の手段としてコ
ンピュータ・ネットワークが有効であると考えたからだ。従来の教室による集合
型の学習形態は、外出のできない人や、通勤や他の活動などの都合で時間の合わ
ない人の参加が難しく、どうしても対象が限られてしまう。一方、個別学習の可
能な通信教育でも、郵便や放送などによる在来型のものでは、講師と十分なコミ
ュニケーションをとるのは容易でない。まして参加者同士の意見交換は難しく、
どうしても一方通行型になる。
それが、コンピュータ通信を利用することで、参加者は時間や場所にとらわれ
ず自由に参加できること、さらに、講師や参加者相互の意見交換を自由に行なえ
る、という点が大きなメリットとなる。しかも、これまでの学習活動は、ともす
れば教える側と教わる側に分かれた、上からの教育というスタイルになりがちで
あったが、緑区のオンライン学級では、講師によるセミナーと組み合わせながら
、参加者自身がテーマを見つけていく自主研究という学習形態をとっている。こ
うした学習形態は最近の新しい流れであるが、これも時間と場所にとらわれず、
参加者が自由に意見交換ができるコンピュータ通信ならではの特徴だ。
もうひとつは、今後のコンピュータ通信の社会的な普及への対応ということが
ある。現在は、まだ利用者が限られるものの、今後、事業所や学校から家庭にま
でコンピュータ通信が普及していくことが予想される。そうした新しいメディア
を利用した学習環境の整備に、緑区としても早目に取り組もうというわけだ。
だからといって、コンピュータ通信を使うこと自体を目的としているわけでは ない。目的はあくまで学習活動であるので、必要に応じてオフラインでの活動を 組み合わせ、新しいメディアを生かしたより適切な学習形態を探ろうとしている 。
また、テキストベースの電子メールを使った活動であるにも関わらず、インタ
ーネットを利用したのは、商用のパソコン通信ネットであれ、地域のパソンンネ
ットであれ、特定のネットワークに依存せずに、インターネットと電子メールが
接続されていれば、それぞれの加入しているネットワークから自由に参加できる
からだという。
学級生は佐賀県や富山県からも参加している。地域学習活動の特徴であるオフ
ラインには簡単に参加できないという弱点はあるが、地域を越えた人々の参加に
よって、文化的にも幅広い視点での交流が可能になる。これもコンピュータ・ネ
ットワークならではの特徴といえよう。
●ホームページでノウハウ公開
昨年度の第1回オンライン学級は、運営委員3名とアドバイザー2名に学級生25 名で行なわれた。経費は全額横浜市の自主財源で12万円が運営委員会に委託金 として支払われている。自治体の行事であるが、運営はあくまで市民を加えた運 営委員会が自主的に行なう。
テーマについても、「国際化に向けた緑区の街づくり」という総合テーマを軸 に、個別の研究テーマを参加者が相談しながら決める形をとった。その結果、2 月の閉講式では、情報発信基地『田園みどり共和国』構想」、「公共施設の運営 の見直し」「高齢社会とパソコン」の3つテーマが共同研究の成果として発表さ れた。
このプロジェクトの素晴らしいところは、新しい学習形態に取り組んだという
だけでなく、こうした研究成果がホームページを通じて誰でも読める形で発表さ
れ、しかも学習のプロセスやオンライン学級に対する学級生のアンケートの結果
もホームページで公開されていることだ。その成果を自分たちだけにとどめず、
社会で共有しようというところにもネットワーキングの精神が溢れている。
学級生のアンケートでは、新しい試みに参加できた喜びとともに、従来の通信
教育では難しかった学級生同士の意見交換や交流ができたことを評価する声が高
い。その面でもネットワークが持つ新しい学習形態の可能性を示したといえそう
だ。一方、課題としては、顔が見えないだけに発言しない人は存在しないように
見えてしまうという問題点や、読むだけに終わってしまう人をどう巻き込むかと
いう課題が指摘されている。
こうした経験を生かして、6月に始まった第2回目のオンライン学級では、オ
ンラインでの雑談を交えての慣らし運転の期間を設けるなど、新しい工夫も取り
入れられた。第2回目のオンライン学級は、運営委員21名と学級生37名(7/11現
在)の58名、参加者数は前年度の倍に増えた。それだけ期待が高いということで
あろう。
緑区のオンライン学級は、人々の生活の多様化に合せた、新たな学習機会の開
発ということができる。どのような学習形態も、すべてが長所ばかりというわけ
にもいかない。ましてオンライン学習は経験が蓄積されていない分野である。そ
れだけに今後とも試行錯誤はつづくであろうが、ネットワーク利用の可能性と課
題を実践を通じて探る試みとして大いに注目をしていきたい。
(コンピュータエージ社『コンピュートピア』1996年9月号記事)
(コンピュータエージ社の許可を得て掲載しています)