■ オイラのプロフィール ■


「もうこれ以上は無理やなぁ」社長は消え入りそうな声でそうつぶやいた。
オイラは押し黙ったまま、煌々と光るコンピューターのモニターをボーっと眺めていた。
創業50年、年商500億以上の会社がいとも簡単に、その炎を消そうとしている。
民事再生法を申請した時は大きく新聞にも報道され、オイラの携帯は、昼も夜もなく鳴り続けていた。まだ再生すると臨んだ申請だったが認められなかった。
人の噂も七十九日。本当の終焉は静かなものだった。

この期に及んで長い話しは必要ない。
「わかりました。解散しましょう。」そう呟いて重厚な役員室の扉を開いて外に出た。
外は、どんよりとした生暖かい空気が漂っていた。

オイラのハンドルネームは仁山仁(にいやま・じん)46歳。ジンさんと呼ばれている。
地方の三流大学を卒業して、映像業界にたずさわり、オイラの事を知らぬものはいないと自負するちょっとした有名人。
得意先の幹部役員として迎え入れられて6年が経つ。
365日24時間神経を研ぎ澄まして辣腕をふるい、事に当たってきたつもりだ。
しかし個人の力ではどうする事も出来ない事態が世の中には発生する。
なぜあの銀行が潰れるんだ?
銀行の経営破綻に連座した呆気ない終焉であった。

仁山家では次男が今春大学に進学する。
長男と共に、京都の私学に進むわけで、我家で一番金のいる時期を迎えつつある。
今までの給料なら何も問題はないだろう。
しかし、プー太郎になったオイラに、今までのサラリーを提示する会社なんてない。
在ったとしても、ヤバそうな仕事と相場は決まっている。
しかしこの日本、働きもせずハローワークに顔を出すだけで月30万も貰える素晴らしい国だった。これは失業者天国でる。失業保険ってホントに在り難い。
だが、就業意欲を削ぐ要因にもなっているのを肌身で体験した。
いつもでもお昼のワイドショーばかり見ていられない。
今までの業界で、縁故を頼ればで誰かが雇ってくれる自信がある。
事実、失業保険が切れようとする直前、知り合いの社長に連絡を入れ自分を売り込んだ。先方も新しいプロジェクトを計画していたところで、月60万のオファーで力を貸して欲しいと云われ即決で就業した。

久々にやったるでェ!と気合が入りまくるオイラ。
新たな会社の仲間は、突然現れたオイラの一挙一投足を窺っている。
外を廻れば手ごたえを感じる。いづれ大きく華が咲きそうな雰囲気を感じる。
ただ雰囲気だけである・・・。ホント雰囲気だけである。
3ヶ月もすれば数字が伴うと自分を信じていたが、売上は立たない・・・。
もう、オイラの時代は終わったのか・・・オイラは終わったのか・・・
答えの出ない自答自問を延々と繰り返す。

皆の視線が痛くなり、社長からの電話が恐くなってきた。
こんな経験は初めてだ・・・今から思うと完全なうつ状態だったかもしれない。
そんなオイラに向かって社長がひとこと言ってはならない言葉を発した。
若かったら何ら問題はないだろう。酒を飲み仲間と愚痴ってたら解決するような事だ。
しかし歳を重ね、それなりにプライドを持っていたオイラは一気にやる気が失せた。
働く意欲をなくした人間が職場に留まることは、双方共不幸である。
歳をとったオヤジの再就職の難しさがそこあった。

帰宅すると、妻は何も言わず傷ついたオイラを受け入れてくれた。
この愛する妻の為、子供たちの為、オイラは止まるわけにはいかない。
すぐさま就職活動を再開するが、情況はよくわかっている。
今までのキャリアを捨て、全てをリセットし、新たな世界に飛び込みたい。

そんなオイラを受け入れてくれそうな世界を見つけたのは、お決まりの新聞の求人欄。
経験不問・年齢不問・就職祝金10万円進呈・2種免許養成費会社負担・養成期間中1日1万支給等々どえらい売り手市場の業種があった!それがタクシー業界だった。
しかし、タクシー業界に就業するにはイメージが悪すぎる。
タクシー強盗に、泥酔客。朝は早く夜は遅い。なにより交通事故のリスクが付き纏う。
実際のタクシー業界ってどうなんだ?ドライバーの仕事ってどんなんだ?
そして、後悔しない会社の選び方は?わからない事ばかりである。
インターネットで情報を収集するが、その情報はホント少ない。
思うに、タクシーのドライバーさんとコンピューターの接点は無いんだろう。
こうなりゃ、オイラがその発信源となってみよう。
そして、この業界に追随しようと考えておられる方々の為に、現場に則したレポートを掲載していこう。
ど素人のオイラにタクシードライバーが勤まるかどうか?しっかり見届けて下さい。

そう意を決め、JR沿線の大手タクシー会社の門を叩いた。
その日は、
あの日と同じ生暖かい空気が漂っていた2003年9月であった。
小さなため息のあと、大きく深呼吸をした。
肺に吸い込まれたその空気は、母胎から出てきて初めて吸った空気のように刺激的だった。
                                       2004年2月24日
                                              Jin

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