北京旅行記5
 

1993年 5月 1日

【頤和園(イーホーユアン)へ】

 景山公園、故宮(紫禁城)、天安門、天安門広場、万里の長城、天壇公園、北海公園などを見てきたが、観光できるのはこの日が最後になってしまった。
 今日はメーデーだ。

 まず、今日の目的を簡単にまとめてみましょう。

 1.北京最大の公園らしい頤和園(イーホーユアン)へ行くこと。
 2.王府井にある京劇を見ること。
 3.明日の朝、飛行機で大阪に戻るのですが、朝早いので空港に近いホテルに移る。“首都機場賓館”という所。

 朝起きて、まず荷物をまとめる。荷物をフロントに預けて、街へ繰り出すのだ。昨日のうちに今日のホテルの予約をとってあるので、とりあえず安心です。
 ホテルを出て、まず前門を目指しました。前門は前にも書いた様にバスのターミナルになっているからです。そこから、頤和園行きのミニバスに乗ろうというわけです。

 北京のバスといえばご存じ“蛇腹バス”がまずあげられますが、その他にトロリーバスや“ミニバス”などがあります。ガイドブックの情報によると、前門から頤和園行きのミニバスが出ているらしいのです。小巴(シアオパー)とか小公共汽車(シアオコンコンチーチョー)とか呼ばれています。マイクロバスよりもさらに小型なのかな? 似たようなものが香港やマカオにもありますね。

 前門に着くと、ものすごい人でごったがえしていました。メーデーでお休みなのでいつもより多めなのかも知れません。しばらく頤和園行きのミニバスを探していると、蛇腹バスのバス停の向いから勧誘の声が聞こえました。

 『イーホーユアン、イーホーユアン、イーホーユアン・・・・・・・』

 おばさんが早口でまくしたてているのです。近づくとミニバスが数台とまっていました。フロントガラスを見ると“頤和園”と書いた厚紙がデンと置かれていました。これやこれや!ということで早速値段を確認して乗り込みました。すでに何人か乗り込んでおり、満員になった時点で出発しました。 

 バスは天安門広場をぐるっと回り、天安門と天安門広場の間の道に入りました。広場を見てみると、かなり人が集まっていました。メーデーですし、何かあるのでしょうか?バスはそれを横目で見ながらスピードを上げて走り出しました。そこから北へ北へと進み、“頤和園”に着きました。


【頤和園】

 ここで、“頤和園”について解説しておきましょう。市の北西部にある北京最大の公園。昆明池(湖だよこの大きさは!)という人造の池と、その池を掘ったときの土で造った万寿山があり、その間に建物が並んでいるといったロケーションです。とにかく広い!!!! 西太后もお気に入りだったとか。

 バスを降りて、人の流れに乗って門の方へ歩いて行きました。『おぉっ?!』っと気が付くと公園の中に入ってしまっていました。あれぇ?切符は??と思って切符売り場を探してみると、なんと閉まっていました。メーデーなので、タダで解放されていたのです。門には、

 

通知
本園五月一日免門票、二日照常■票人園

と書かれていました。やった、得した。

 中に入ると、まず大きな橋に出会う。玉帯橋(下写真)という名前で、真ん中が極端にせり上がった形をした石橋です。真ん中がかなり高くなっているので、階段のようになっています。登ってみると“頤和園”の全景が見えました。池の向こうの方に万寿山と建物が霞んで見えました。あまりの広さに、いったいどこまでが公園なのか分からない程です。

 『もしかして、目的地って……………あれ?』
 『……………………』
 『めっちゃ、遠ない?』
 『あぁ、でもしゃーないんちゃう?』

    

 

 ということで、我々は歩き出しました。時刻は10時50分でした。それから、昆明池の中に細く伸びている通路というか、天橋立のようになってる細い所を歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、ひたすら歩いてやっと建物のあるエリアに着きました。途中2人ともトイレに行きたくなったのですが、見当たらないので無口で且つ、かなり早足で歩いたのですが、時刻は12時になってしまいいました。さすが北京最大のことはあります。入り口から建物のあるところに行くのに1時間以上かかるんですからね。

 建物のエリアは、ものすごい人でした。ひどいところになると、日本の満員電車並の混み方です。休みで、しかもタダというのがきいているのかも知れない。

 しばらくぶらぶらしてから、万寿山に登ることにしました。別料金になっていたので金を払い、中に入る。斜面に張り付くように階段(右写真参照)が続き、次第に上のほうに上がっていく。最後の階段を登り、振り向いてみると大パノラマが展開されていました。湖にはボートがたくさん出ており、遠くの方に北京市街が霞んで見えました。うん、なかなか良い眺めじゃ。霞んでいなければもっと良かったんですけどね。山の上には佛香閣(右写真)という三重か四重の塔があり、中に入って見たりする。

 山の反対側に回ってみたりして時間を過ごした後、山を降りる。そして、東へ移動し、仁寿殿などを見て東門から外に出ました。外に出ると、行きに利用した様なミニバスがまた、

 『ティエメン、ティエメン、ティエメン、ティエメン・・・・・・・』

と呼び込みをしていました。ミニバスに近づいてキョロキョロしているとおばちゃんが

 『ティ・エ・メン!』

と、ゆっくりはっきりきっぱり発音してくれました。おばちゃんの持っている厚紙に“前門”と書いてあったので、これやこれや!ということで乗ることにしました。バスは間もなく発車し“前門”に着きました。


【北京の“麦当労餮庁”(マクドナルド)】

 そこから蛇腹バスで王府井に移動しました。京劇を見るためです。

 王府井に着いた我々は、とりあえず腹ごしらえをすることにしました。もう、お腹がぺこぺこなのです。王府井は前にも書いた通り、北京で一番のショッピング街なので食い物屋には事欠かないのです。位置は市内の中心からちょっと東に寄ったところ。天安門の真東になります。

 “王府”というのが皇族の邸宅の意味だそうで、そこに皇室専用の井戸があったところから、この“王府井”という名前がついたそうです。

 蛇腹バスのバス停は、天安門広場から王府井へ向かって伸びる大きな通りの真ん中にありました。ダッシュで道を横切り、露店の立ち並ぶ通りに入る。

 露店はバスの通っているその大きな通りに沿うように伸びていました。衣類、カセットテープ、帽子、食料品などあらゆるものが売られていました。ズボンなどはっきり言って劇安だったのですが、デザインに若干問題があったりして、結局買いませんでした。

 その露店街を抜けると、東長安街と王府井大街の角に出ます。その角に前にも書きましたが“麦当労餮庁”マクドナルドがあるのです。ここで食おうということになり、中に入りました。かなりの人でごったがえしていました。

 ここでも中国式というか、中国特有の“列をつくらない”光景に出会ってしまいました。普通日本のマクドナルドやヨーロッパのバーガーキングなどに行くと、レジの前に列をつくって順番に買うのですが、中国の場合、全くの早いもん勝ち状態です。レジの周りを取り囲むように集まって、金を手に大声で怒鳴るのです。そして店員がこちらを向いた隙を逃さず注文するのです。もし、ひるんだりしていると、たとえ店員の正面にても横から入り込んで来た人に買われてしまいます。日本では全く考えられない光景です。同じファーストフードの店なのに、所が違えばこうも変わるものなのか? 不思議ですね。

 我々もなんとか中国人との戦いに勝利し、ハンバーガーとポテトを食べることができました。その日はメーデーだからなのか、赤いマクドナルドのキャップをもらいました。どうも全員にプレゼントされているようです。


【王府井新華書店】

 食い終わった我々は、京劇のチケットを買いに劇場に向かいました。劇場はマクドナルドから少し北に行って東に入り、吉野屋などファーストフード店が立ち並ぶビルの隣にありました。吉祥劇院というところです。チケットは難無く手に入りました。

 京劇の上演開始まで少し時間がありましたので、悪友と別れて、それぞれお土産を買うことにしました。北京百貨大楼前で待ち合わせをすることにし、別れました。

 私はとりあえず“工芸美術服務部”に向かいました。お手軽にいわゆるステロタイプの中国土産を買えるとのことです。そこででティーカップや、シルクのハンカチなどをキープしました。

 さらに“王府井新華書店”に向かい、ホイットニー・ヒューストンのベスト版カセットを買ったりしました。(惠特尼・休斯頓金曲集)その他、日本語の教習テープや香港の歌手のカセットなどもキープしました。


【京劇を見る】

 時間になり、待ち合わせの上、京劇の劇場に入りました。劇場は小劇場といった感じのところでした。幕があく前に、女の子が出てきてマイクを使って何か紹介のようなもを始めました。字幕が舞台横の壁にオーバーヘッドプロジェクターのような感じで映し出されていたので、なんとなく意味が分かるような分からないような・・・・結局これはいったい何なんだろうか???と考えているうちに幕があきました。

 京劇は想像していたとおり、女形が胡弓の音色にあわせて、かん高い声で歌い踊るといったものでした。言葉が分からないので物語りの詳しい筋などは始めから諦めていましたが、周りの人達がドッと沸いたときなどはちょぴり悔しい思いをしました。『おーい!何がそんなにおもしろいんじゃぁ!』と叫びたくなります。ま、表情などだけでも十分楽しめます。楽器は胡弓の他にシンバルのようなものもありパァ〜イン、パァ〜イン、パァ〜インとけたたましく鳴っていました。

 踊りの他に男役の人が大立ち回りをしたり(カンフーのようなもの?)、完全に劇の様な感じのものもあり、楽しめました。京劇って結構バリエーションがあるんですね。

 客筋はというと、我々のような外国人は少なくて中高年の中国人が中心でした。もちろん若い人もいましたけどね。とにかく北京、いや中国の娯楽の一つとして確かに生きているといった印象でした。

 京劇を最後まで見ていると遅くなってしまうので途中で席をたち、東方飯店に戻ることにしました。マクドナルドまで戻ってタクシーを拾い、ホテルに向かいました。外は、ぽつぽつと雨がふりだしていました。

 東方飯店のフロントに預けてあった荷物を回収すると、今日の宿である“首都機上賓館”へ向かいました。

 

北京よさらば!!!

 


【首都機上賓館へ・・・そして帰国】

 タクシーは“首都機上賓館”へ向かってひた走る。暗く広い並木路を突っ走る車内はなにか幻想的な感じがしました。並木が真っ暗な中に、ぼうっと浮かび上がって、そしてそれがびゅんびゅんと後ろに飛んで行くのです。日本ですと周りに何かの光が見えるのですが、ここではそういうものがないのです。

 しばらく走った後、宿に着きました。早速チェックインする。今までで一番安い料金でした。しかし枕元の電気がつかなかったりして、やっぱそれなりやなぁ、と思いました。

 次の日の朝、送迎“バン”に送られて北京空港に向かう。朝の北京空港は入国した時の印象とは随分違っていました。
 搭乗手続きをした後、中で休憩をする。そして搭乗口のほうに行きました。

 待合室で搭乗を待っていると、日本人の団体客がドヤドヤと入ってきました。お互いにペコリペコリとお辞儀をしたりしている。なにか変な感じでした。日本にいるときはなんとも思いませんでしたが、こうやって見ると実に不思議な習慣ですね。日本人のステロタイプここに極まれりといった感じでしょうか。僕自身とても奇妙に感じました。隣のオーストラアリア人もクスクス笑っていました。こうしたものが誇張されて日本のイメージを形作っていくんでしょう。

 飛行機は予定通り北京空港を飛び立ちました。

 こうして、我々の北京旅行は終わりました。中国は2回目でしたが、ずいぶん変った様な気がしました。一言で言うのは難しいですが、乞食が少なかったことや物が豊富に出回っていることなど、確実に発展しているのだなぁと感じました。ただ、前回は桂林、広州など南部で田舎の都市だったので一概に言えないかも知れませんが・・・・。でもまた、行きたいと思っています。

 長文でしたが、おつきあい下さいましてありがとうございました。

 

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