菅原智之 の インド紀行 ページ 2


 

 


  

インド仏跡参拝記 その2
〜 朝から晩までバスの中〜
  
  仏教の開祖『お釈迦さま』ゆかりの地を訪ねて、1997年2月12〜20日のインド仏跡参拝記の第2回です



               ☆☆☆☆☆☆
 飛行機が三時間半遅れて、やっとのことでパトナ地方空港に着いた我々一行は、バスで最初の仏跡地ラジギールへ向かいました。いよいよ仏跡参拝の始まりです。

パトナ市街地





 バスの外見は割と綺麗なのですが、ホッとしたのもつかの間、乗ってみると窓はきちっと閉まらない。道が悪いので走り出すと揺れる跳ねる、まるでマッサージ機のよう。クラクションは鳴らしっぱなし。その上どこでも追い越し。前からトラックが迫って来てもお構いなしでアクセル全開!「ぶつかるっ!」。すんでの所で交わしてまた追い越し。初老に見える運転手さんは“熱い”走りをするんです。「このバスに7日間も乗るのか…」。私は前を見ないようにしました。
「あー疲れた!」


 ラジギールはその昔、王舎城(おうしゃじょう)という大きなお城があり、お釈迦さまも長く滞在されご説法されました。ここでは有名な『無量寿経』『観無量寿経』『法華経』等を説かれたそうです。そうそう、あの難しい漢字が並んでいる『お経』は、お釈迦さまとお弟子の対話なんですよ。



               ☆☆☆☆☆☆ 
 我々を乗せたバスは、刻々と落ちていく真っ赤な太陽を追い、全力疾走したにもかかわらず、ラジギールへは僅かに日没に間に合いませんでした。『ご説法の地《霊鷲山(りょうじゅせん)》に登りたい』との思いも叶いませんでした。ガイドさんの「また来て下さい」との言葉に「そう気易く言ってくれるな」と思ったのですが、仕方なくうなずきました。僅かひと月前に団体観光客が強盗殺人にあったという危険な夜の街道を、悔しさと恐怖の中に、一路ブッダガヤのホテルへと向かいました。




ブッダガヤの大塔。
高さが52メートルもあるんです。


 翌日は日の出と共にお釈迦さまが悟りを開かれたブッタガヤの大塔を参拝。悟りを開くとは『目覚める』ということで、『我欲に執われ迷っていることから目覚めた人』をブッダ(仏陀)と呼ぶのです。大塔の中に金のブッダ像が安置され、チベットやタイ・ミャンマー・台湾そして日本等、アジアの仏教国の人々が、それぞれの思いでお釈迦さまを慕い、それぞれの礼拝の仕方で敬う姿を目の当たりにして、改めて仏教は、人種や民族を超えた人類共通の『生・老・病・死』の苦悩に応える世界宗教なのだと実感し、教えの前ではすべての『いのち』が平等なのだと感慨に浸りました。

金剛宝座
菩提樹の下のこの場所で、お悟りを開かれました。



               ☆☆☆☆☆☆
 『生まれによって尊いのではない。生まれによって卑しいのでもない。人は行為によって尊くもなり、卑しくもなるのである。』 《ブッダの言葉 スッタニパータ》より



 改めてお釈迦さまの教えに思いを寄せながら、最初にご説法された地サルナート、そしてヒンズー教の聖地ベナレスまで、再び長いなが〜いそして恐怖のバスの旅は続くのでした。

大塔の中のブッダは何を想う


                  (つづく)





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