菅原智之 の インド紀行


  

インド仏跡参拝記 その 8
〜その8 首都デリー〜
 
 
  仏教の開祖『お釈迦さま』ゆかりの地を訪ねて、1997年2月12〜20日のインド仏跡参拝記の第8回です。




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    壮大なアグラ城とタージマハールを後に、我々一行は一路首都デリーへ向かいま す。またまた長いバス道中。この旅はバスばすバス…。クッションが良くない上に道 路が悪く、揺れます。最初は振動が「電気あんまみたいで気持ちいい」等と冗談を 言ってましたが、2000キロ近く乗っていると口数も食欲も減り、ただボーっと窓 の外を眺めている時間が多くなりました。


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   デリーの町は、さすが首都だけにきれいに整備されていました。広い道路に大きな 歩道、公園・高層ビル等々。ニュー・デリーと呼ばれる新市街地です。市内には東京 でもあんまり見ない新型最高級ベンツが走っているかと思えば、その隣を自転車リヤ カーが走り、オートリキシャーと呼ばれる3輪タクシーが駆け回っています。


隣のリキシャーと競争中!


   道端には牛もクジャクも犬もいます。フンには気を付けなければいけません。ごっ ちゃ混ぜです。旧市街地はオールド・デリーと呼ばれ、道も狭くゴミゴミし、雑踏の 軒下で亡くなっている方もあるそうです。凄いですね。



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    我々はニュー・デリーの国立博物館へ向かいました。   ここの目玉は仏舎利容器です。“本物 ”のお釈迦さまの骨が展示してあるとのこ とですが、学界では“偽物 ”と判定されているそうです。「さらし者にされている この方はいったい誰?」。

これが問題の仏舎利です。


   表庭には、大きな石が安置してあります。ただの石ではありません。何と一面にお 経が刻んであります。紀元前3世紀の初のインド統一国家マウリア王朝第3代アショ カ王が、お経を後の世にまで残そうと、石に刻ませたものなのです。こんなに大きな 石に。驚きました。


でっかい!


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   アショカ王は仏教を大変に尊び、国中に仏塔を建てられ、また、第3回目の経典編 纂会議(!)を開かれたという方でした。  お経はお釈迦さまの説法なのですが、当初、文字にはされず、口伝で伝えられてい ました。お釈迦さまのお亡くなりになった後、文字に残そうということになり、お弟 子方が集合して「お釈迦さまはああ言われた」「こうおっしゃった」「そうだそう だ、私もそう聞いた」というやり取りだったかどうかは判りませんが、数回の編纂会 議を経ているとのことです。そして文字になった説法は、三蔵法師と呼ばれた方々 (多数いらした)によって命がけで中国への旅をし、日本へも命がけの航海の末、伝え られてきました。  様々な方のお陰により、今の私に仏教が届けられているのですね。『生老病死』か ら逃げるのではなく、真っ向から立ち向かい、それを乗り越えていく人生の歩み。お 釈迦さまの教えは、この世界にはかない命がある限り、咲き続けることでしょう。


ブッダは微笑む。


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『過ぎ去った日のことは悔いず、まだこない未来のことにはあこがれず、とりこし苦労をせず、現在を大切にふみしめてゆけば、身も心も健やかになる。過去を追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない』
               
(ブッダのことば《法句経》より)




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  次回は帰国に当たって、旅を振り返ります。

                  (つづく)



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