POSTEIOS カンボジア紀行


  

カンボジア紀行
 〜 序章 2 〜
☆カンボジアの歴史概略 〜中世以降〜
☆カンボジアの歴史概略 〜中世以降〜

 802年 ジャヤヴァルマン2世によって国内が統一され、アンコール王朝が誕生。
 889年 ヤショーヴァルマン1世はアンコールの地を王都と定めた。以降550年間
        に及び都城と寺院が建築され続ける。
1177年 海洋貿易国チャンパに王都アンコールを一時占領されるが、回復。
1181年 ジャヤヴァルマン7世即位。空前の繁栄を極め、インドシナ半島の大部分に
        勢力を広げる大王朝を築く。アンコール・トムはこの時に建立される。
        王都アンコールは世界の5本指に入る大都市として栄えた。
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バイヨン/アンコール・トム/カンボジア

1431年 シャム(現タイ)のアユタヤ朝が侵攻し、王都アンコールは陥落した。
       以降、シャムに浸食され続け、領土を縮小していった。
1600年代以降 勢力を拡大しつつあるベトナムによって浸食される。
1700年代後半 シャムとベトナムの攻撃でカンボジア王朝は滅亡の危機に陥る。
        以降両国の両属国となる。
1853年 両属国からの解放のために、アンドゥオン王はフランスに接近。
1863年 ノロドム王はフランスと保護国条約を結び、フランスの支配下へ入る。
1887年 フランス領インドシナ連邦成立。植民地となる。
1941年 シアヌーク国王即位。独立を模索。
1949年 フランス連合の枠内で限定的独立を獲得(司法権・警察権・軍事権は除く)。
1953年 完全なる独立を獲得。
1970年 経済政策失敗による混乱の中、ロン・ノル将軍がクーデターを起こし、内戦へ。
1975年 クメール・ルージュを中心としたカンボジア民族統一戦線がプノンペンに入城し、
        内戦終結。

      以降、「民主カンボジア(ポル・ポト政権)」による恐怖政治が始まる。
*ポル・ポト派の残した負の遺産
 1.都市の無人化、農村への強制移住、市場・通貨の廃止、学校教育の廃止、宗教活動
   の禁止、サハコー(人民公社)設置、家族と離れ年代毎の集団生活化などを実施し、
   伝統的な地域に根ざした社会システムは崩壊した。
 2.民族の伝承や歌・踊り・民話など全て禁止の為に、伝統は全て失われた。現在の伝
   統舞踊は、老人が覚えていたものや文化的共通点があるタイから学びつつ取り戻し
   ている。
 3.知識階級を抹殺し、全ての本を焼き尽くした為、知的財産を全て失った。戦前迄に
   国外に持ち出されていたカンボジアの本を収集し、失われた文化を取り戻している。
 4.数百万人という、実数を把握できない程の人々が虐殺された。

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トゥールスレイン虐殺博物館/プノンペン/カンボジア

1978年12月 ベトナム軍がカンボジアに侵攻し、政府はタイ国境の山岳地帯へと逃
         走。大量の難民が発生。
1979年1月 ソ連・ベトナム軍に支援された「カンボジア救国民族統一戦線」がプノ
        ンペン解放。 カンボジア人民共和国樹立(ヘン・サムリン政権)。
1982年7月 中国・ASEANに支援された民主カンボジア派、ソン・サン派、シアヌ
        ーク派が「民主カンボジア連合政府三派」を発足させ、タイ国境付近を
        拠点とし、再び内戦へ。二重政権状態が続く。

 *東西冷戦と、中国対ソ連という二重構造の対立によって、解決の糸口が見つからない
  状態が続いた。それは大国の代理戦争であり、結局傷ついたのはカンボジアの国民だ
  った。

1991年10月 パリ和平協定締結。国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の設立、
         武装解除と内戦の終結、停戦監視、タイ国境難民の帰国、制憲議会選
         挙の実施が規定される。
1991年11月 シアヌーク国王がカンポジアに帰国し、カンボジア最高国民評議
         会が発足。
1993年 5月 制憲議会選挙が行われる
1993年 9月 新憲法発布。新生「カンボジア王国」が誕生。
1996年 6月 クメール・ルージュは内部の権力闘争で弱体化。
1997年 7月 首都プノンペンにてFUNCINPEC党と人民党の武力衝突。政変発生。
1998年 4月 ポル・ポト死亡。クメール・ルージュ解体。内戦の終結。
1998年 7月、総選挙実施。フン・セン首相の新政権発足。
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アブサラの舞い/子ども/バタックスラム/プノンペン
/カンボジア

如何でしたか。これほど戦火にさらされた国も少ないのではないでしょうか。現在の平和が束の間の休息になりませんように…。

次回はポル・ポト時代の負の遺産を語り継ぐ、トゥールスレイン虐殺博物館を紹介します。

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ストゥーパ/プノンペン駅前/カンボジア

菅原 智之