森首相の「日本国はまさに天皇を中心にしている神の国であるということを国民の皆さまにしっかりと承知していただくこと。その想いで我々が活動して30年になった」との発言には驚かされました。民主主義の国の首相として、実に不適切な発言であります。また、日本を「神の国」と表現することは戦前の国家神道の考え方を継承するものとしか考えることはできません。
また、発言の問題性を指摘された後の、首相と政府与党の対応も不適切でした。それは、亀井政調会長の「民主党は『民の国』と言っているが、人民共和国と言いたいのだろう。民主党、共産党は無神論なのか。我々はそうではない。『神の国』を争点にするなら、無神論か有神論かの戦いになる」という発言に代表されます。この発言は「神の国」発言論争を政争の具としてしか解釈していません。「無神論か有神論か」と言うに至っては宗教に対する無知をさらけ出しており、呆れて開いた口がふさがりません。亀井さんの言うところの「無神論」とは何なのでしょうか。「有神論」とはなんなのでしょうか。「有神論」は国家神道のことのようですが、「無神論」を理解することはできません。
森首相の発言に対しては、浄土真宗本願寺派をはじめとして多くの宗教団体が抗議文を提出しています。それはすべての宗教教団が大日本帝国憲法下の政府による国家神道政策により、圧力を受けて神国日本の形成のため大切な教義まで手を加えざるを得なくなった過去を背負っているからです。すなわち信教の自由、思想信条の自由という憲法で保障されている問題にまで立ち入った重大な発言であるのです。
森首相は記者会見で、発言によって誤解を生じたことを謝罪されてはいますが、発言を撤回しませんでした。本意は違うとのことですが、発言そのものはそのまま残るのです。しかし、その謝罪を聞いてからでも、発言をいくら読み直してみても疑問を払拭することができません。その上、野中自民党幹事長や亀井さんの発言です。私たちは、政治の駆け引きよりも、多くの宗教者の疑問に真剣に答える姿勢を求めているのです。
残念ながら、政府にはこの問題の本質を真剣に考えている様子はありません。「日本は神の国」という慢心を育てる教育の結果が何をもたらしたか、森首相はご存じないのでしょうか。
仏教では、自分自身をそして私たちの住む社会を、浄土(すなわち仏さまの世界)を目標に見つめ直すことを主眼としています。「神の国」とは考えません。むしろ「火宅無常の世界」と考えます。すなわち迷いの世界です。そんな仏教を「神の国」を司る政治家は「無神論者」として弾圧するのでしょうか。
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小林 泰善 |
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