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紙くずとなった「公共性」という概念
〜エイズの現在から学ぶ





   今年2月の東京教区基幹運動僧侶研修会では「エイズの現在から見える南北格差の問題」を学んだ。


   現在、日本はいわゆる先進国の中で唯一、エイズ感染者が増大し続けている国である。その最大の理由は若年層の性行動の自由さの伸長と、それにもかかわらず性情報がむしろ貧困になっている点にある。しかし一時期怖がられたようにはエイズは死に直結する病気ではなくなった。有効な医薬品の開発によってである。
 一方世界に目を向けると、特にサハラ以南のアフリカではエイズが戦争よりも深刻な災害となっている。治療薬が高額のために感染者の手にわたらないためだ。


   貧困と病気の関係は一見、普遍的な問題のようにも思える。金がないために治療を受けられずに死に至るという例が日本で見られたのもそれほど昔の話ではない。しかし、現在エイズが猛威を振るい、それを傍観するしかない人びとが激増したのは、ほんの10年前からの別な事情による。
   それ以前は、有効な医薬品が開発されると、貧困国ではその医薬品を模造して対応していたのだ。模造品は正規品に較べれば粗悪であり効き目も多少劣ってはいても実用上は問題ない。そして価格は20分の一から数十分の一に激減する。
   それに対して特許(知的所有権)を強硬に主張をしはじめたのが当時不況にあえでいたアメリカだった。それまで特許は基本的に国内でのみ通用するものにすぎず、公共性の高い製品については、特許の適応からはずす国が多かった。しかし、90年代にはいって事態は一転した。アメリカが特許から例外を撤去し、模造品を生産しようするタイ・南アフリカ・ブラジルなどに圧力をかけはじめたからである。米国は世界貿易機構(WTO)を設立してゆく過程で、特許を医療の分野にまで広げ、世界に通用するものへと変身させた。エイズが世界規模の災害へと拡大する同じ時期に、特許もまた世界規模のルールヘと拡大した。知的所有権の保護という名目で公益性と健康に対する権利の侵害が始まったのである。
   開発されてから何年もたった薬がなぜ安くならないのか。米国の製薬会社は研究開発費が高いからだと説明する。それに対して途上国や国連は、特許の保護を理由に先進国がその技術を独占するようになったからだと指摘する。
   国連では、特許の適応外の薬を生産しあい、輸入しあって、値段を可能な限り下げ、一人でも多くの感染者を救おうという方法を広めようとしている。また、ブラジルでは、健康問題を徹底的に調べ、食料、医薬品などの必需品が貧困層に届かないことがわかると、すべての人の健康に対する権利を憲法で保障し、実行にうつした。特許を無視して、科学者を集め医薬品の国産化・国営化を徹底した。その結果、医薬品が世界でもっとも安い国となり、エイズによる死亡者数を半分以下に減らすことに成功した。しかし、この方法はアメリカや大手製薬会社から猛烈な反対を受けている。また、WTOの協定により、最近は実施が難しくなっている。


   アメリカの利益確保でしかない「グローバライゼーション」が進行する先は、いのちの平等という概念が紙くずのごとく扱われる社会である。強者生存、強者の権利保護が公正なものと喧伝される限り、結果平等は無論、機会の不平等さえもに拡大・強固化していく。「平等」などという概念はいかなる場面においても消滅するに違いない。
 公共性の高い分野、特に医療の分野から特許を除外することを求めたい。


 

松本 智量    






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