02.01.16



パレスチナを見続けるということ


「テロは報復テロを生む」
 昨年の9月11日以来、この言葉が何回人の口に登ったでしょう。
 実はこの全く同じ言葉が30年以上前に落書きとして記されていました。場所はエルサレム。
 1967年、イスラエルが東エルサレムとヨルダン川西岸、ガザ地区を占領したときに、占領に反対するユダヤ人たちがエルサレムの多くの壁に書いた落書きの文面です。
 全文は、「占領は抵抗運動を生み、抵抗運動は弾圧を生み、弾圧はテロを生み、テロは報復テロを生む」(広川隆一著『パレスチナ 瓦礫の中のこどもたち』徳間文庫より)。
 つまり、テロを初源としていないことに御注目ください。テロを生んだ土壌・因を視野に入れないテロ批判は現実の説得力は持ち得ません。

 パレスチナ問題についてはしばしば、これは宗教上の問題だから異教徒には介入できない、という声も聞かれます。また、旧約聖書にまで遡っての解説も見られます。
 しかしそれらは全くの的外れと断言できます。パレスチナ問題の原因は最大限遡っても第一次世界大戦の際の英国の二枚舌外交であり、その後の米国のイスラエル支援にあることは明白です。
 そして現在、パレスチナはこの10年間で最悪の状態が続いています。

 これは一昨年、シャロン(現イスラエル首相)がエルサレムにあるイスラム教徒の聖地に、周囲の強い反対を押し切って強行に足を踏み入れたことに端を発しています。その後始まったパレスチナ民衆の抵抗運動(インティファーダ)は常にイスラエル軍の規模にして数倍に及ぶ攻撃の口実とされ、昨年には自爆テロさえ誘う状況を生んでいます。

 パレスチナの人々の中から自爆テロを生じさせ、それに共感を覚えさせる土壌とは何でしょう。イスラム教の死生観などでは全くありません。
 それは彼らの疎外感です。
 一方的に土地を奪われ、仕事も誇りも生命さえも手の内に握られている自分たち。米同時多発テロの犠牲者たちには全世界の人たちが涙しテロ撲滅に立ち上がっているかに見えるのにその数倍の犠牲者を数十年にわたって理不尽に失いながら世界から無視されている感情が自爆テロに向ったとして、彼らを責める言葉はどのように紡ぐことができるのでしょう。

 米同時多発テロ以後、いかなるテロも最大の犯罪として糾弾する姿勢を日本政府は打ち出しています。その線上で、現在の状況をパレスチナ自身の責とする日本政府の姿勢は問題解決の遅延に荷担しているにすぎません。

 我々ができること。それは彼らを見続けることです。そして彼らが孤立していないことを知らせることです。
 自分を見つめてくれている目の存在を知るだけで、人には生きる力が育ちます。他者とのつながりが自覚できること。縁の中にいる自分であることを知ることは人が絶望や自暴自棄から抜け出せる第一の要件です。それはまた危機管理の本道に他なりません。

02.1.14  松本 智量 

戻る