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「神秘主義」について




 ここ数年、オウム事件以来姿を消していた心霊現象を取り上げた番組を見掛けるようになりました。我が家でも今年中学に進学する娘が好んで見ています。私が心霊現象を取り上げる番組を好ましくないと思っていることを彼女に言ってチャンネルを変えると不満そうな顔をします。

人間の理性と合理主義で構築された近代的世界観が閉塞状況に堕いっており、また理性や合理主義で私たちの人生の全てが説明できるとは私も考えていませんが、そう簡単に私たちの出会う不都合な出来事を霊を持ち出すことによって説明し、祓いなどの呪術的行為によって解決できるとしてよいのでしょうか。

オウム事件の前はテレビでおどろおどろしい雰囲気を漂わした霊能者が頻繁に登場し霊視をし、登場者の自宅の様子を言い当て、その後に数代前の先祖が成仏しないで迷っているなどとまこしやかに語っていました。世間で問題になる宗教団体の多くがこの霊能者と同様に恐れを信者に植え付け、その上でそれから逃れる方法を伝授するという方法をもって教祖に金品が集まるシステムを構築しています。いわゆるマッチポンプです。人々が持つ不満、不安、不全感の問題の原因をすり替え恐怖を作り出し、すり替えた原因に対する解決策を授けるという形で救いを説くのです。

さすがにオウム事件の直後からその手の番組は画面から消えていきました。視聴率を重視するテレビ業界にあっても垂れ流した無責任な情報が、神秘主義に興味を持つ人々を育てていったことに対する反省があったことは想像に難くありません。

しかし現在夢枕獏氏の「陰陽師」シリーズをコミック化した「陰陽師」がベストセラーとなるなど、平安時代に占いや悪霊祓いなどを行い名をはせた陰陽師・阿部清明がブームとなるとともに、暫くなりを潜めていたオカルト番組が復活してきました。

仏教者(特に浄土真宗)は呪術を単に低級な宗教として切り捨ててしまいがちですが、(もっとも平安貴族が仏教に求めていたものは物の怪、悪鬼、悪霊の退散でもありました。それを批判する形で平安時代末に登場するのが法然上人、親鸞聖人に代表される専修念仏です)今日法然上人、親鸞聖人の専修念仏を受ける私たちが課題としていかなければならないことは、呪術的行為に頼らざるをえない一人一人の不安や苦悩に向き合い、その解決を仏法に聴き開いていくことではないでしょうか。当然私たちは人々の苦悩に祟りという言葉で取り入りそれを食い物にする霊能者や宗教者を批判すること、また視聴率を獲得するために興味本位の情報を垂れ流すことによって心霊現象を抵抗無く受け入れてしまう土壌を耕しているマスコミに対する抗議は当然行わなければなりません。しかし現代の人々の抱えている苦悩に向き合う営みを抜きにして単に呪術や霊に対する恐れを批判することは、オウム信者が語ったことに象徴される伝統仏教教団が不安や苦悩を持つ現代の人々にとって救いを求める場として認識されていなかったという事実に目を塞いでいくことになるのです。


酒井 淳


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