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清沢満之の信仰とその学風
−「覚の真宗」と「摂取の真宗」との軋轢−
by 池田行信
2002年6月6日は清沢満之の百回忌にあたります。真宗大谷派において清沢満之は大谷大学の学祖にして近代真宗教学の祖として知られています。また近年は、明治時代の仏教思想家として、ひろく一般にも知られるようになりました。
清沢満之の信仰とその学風のキーワードは「実験」、「覚の真宗」といえましょう。
明治22年、東本願寺上棟式慶讃講演会の記念講演にて「今日西洋の学問は、事物に就いて観察実験を主とすれども、到底原因結果の道理にはづれることはなく、仏教はその原因結果をまるだしにして、理論上に訴へたるものなれども、観察実験の方法がたらぬゆへ、今西洋学術の実験観察と、仏教の理論との二つを合わせてゆくときは、果たして実益を得るに至るに相違ありません」(「因果之理法」)と述べました。それは、自分自身の経験によって検証し得ないものは何ものも信じないという、近代の実証的精神の表明ともいえましょう。言い換えれば、コギトエルゴスム(われ思うゆえにわれあり)という近代的思惟の上に、法蔵菩薩の「五劫思惟」を実験しようというものであります。ですから彼は「来世の幸福のことは、私はまだ実験しないことであるから、ここに陳ぶることはできない」(「我はかくの如く如来を信ず」)とも述べています。まさに清沢満之にとって「宗教は主観的事実なり」でありました。こうした清沢の信仰理解を「覚(さとり・めざめ)の真宗」と呼ぶこともできましょう。
こうした清沢満之の信仰理解は、従来の「釈尊金口の説法たる経典に記載されていることに嘘はない。阿弥陀様は私が信じようが信じまいが、私の思いに関係なく救いを約束してくださっているのである。だから経典に書いてあるとおりに信じるのが信心であり、そこに如来の摂取不捨のお救いがあるのである」と理解してきた伝統的な信仰理解(いわば「摂取の真宗」とでも呼ぶことができましょう)からは到底容認できるものではありませんでした。したがって、かって浩々洞で寝食を共にした多田鼎は、後に清沢満之の信仰理解を評して、「師(清沢・引用者)が来世は実験の外であるからとて、之を口にせぬといはる々処に、師が如何に仏祖よりも自分の実験を重んぜられたかが分かる。されば師は廻向廻施を語りつつ、罪悪の自分に対する本願の大行の廻向を認められなかった。ここに師と祖教との第二相異がある」(「清沢満之師の生涯及び地位」)と批判しました。
その後、清沢満之の信仰理解とその学風は、金子大栄、曾我量深に受け継がれます。
大正13年、金子大栄は「大乗経に於ける浄土の観念」を講述し、「浄土といふような考へは無くても宗教とか信仰とかいふものは有り得るのだといふような考へが随分行き渡って来たのでありますけれども私としてはどうも夫れでは不満足であってやはり浄土といふものが、我々にとって何か意味を持たなければならんといふような考へに支配されて居るのであります」と、大正12年に発表された野々村直太郎の『浄土教批判』を暗に批判しつつ、そして「浄土といふものは詰まり本当の意味に於いての観念の世界、一つの見えない世界である。さうして吾々の意識といふものが総て物質外物に捉へられて居るものとするならば其の浄土といふものは本当の意味の心霊の世界である。さうして又或る意味に於て最も内面的な一つの天地となって浄土といふものがそこに現れて来るのであります」(『浄土の観念』)と述べました。
また、大正15年、曾我量深は真宗教学研究所第2回秋季公開講座の講演「如来表現の範疇としての三心観」にて、「お話する標準といふものはどこに置くか、詰まり自分に置くのであります(中略)詰まり愚な自分が首肯くまで自分に話して聞かせ、さうして愚かな自分が成る程と受け取って呉れる迄話をしたいと思ふのであります(中略)私は『唯識』の阿頼耶識といふのは、即ち『大無量寿経』に説いてある所の弥陀の因位としての法蔵菩薩であると思ふ(中略)自分は愚直であるものだからして、其の法蔵菩薩といふものの正態を、どうしても自分の意識に求めて行かないといふと満足出来ない」と述べました。
金子大栄の「浄土の観念」、曾我量深の「法蔵菩薩とは阿頼耶識である」(取意)との浄土・法蔵菩薩理解は、浄土建立・往生浄土の因(法蔵菩薩の五劫思惟や兆載永劫の修行)と果(西方浄土)を、自分の「意識」の上に「実験」していこうという清沢満之の、いわば「覚の真宗」を継承した実存的・主体的な信仰理解であり、それは救う仏と救われる衆生という二元論的、実体的な再生論に陥りがちな「摂取の真宗」を克服せんとする近代真宗教学の伝統でありました。
【清沢満之に関する最近の書籍】
『父と娘の清沢満之』亀井鑛著 大法輪閣 \2,100
『清沢満之語録』今井仁司編訳 岩波現代文庫 \1,400
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