コラム



ある「女性雑誌の記事」について


 6月20・27日号の雑誌『女性セブン』に、「わが家の近くの裏稼業」という記事が掲載されました。その第一回目に、「コンビニボーズ」の巻。として、日本僧侶派遣協会という団体が取り上げられています。

 ”僧侶派遣業は「早い」「安い」「うまい」”という大見出しに続いて、「厳しい修行もせず、お金もたくさんもらえる」「得度する動機の大半は私を含め”楽して儲けたい”」「お経はバカの一つおぼえでいい。」「電話転送にしておけば、たとえ競輪場にいても連絡はつきます」等々の記事が出てきます。

 キチンと正座してお経があげられれば中身はカラッポでも良いとして、「土日や祝日など、あいた時間のみ”営業”を行なう、便利屋稼業的な僧侶もいて、まさに”コンビニボーズ”」などと紹介されています。僧侶を「率のいい収入も得られる」サイドビジネスととらえ得度する人が多いのだそうです。

 以前、深夜のテレビ番組に真宗僧侶を名乗る人物が出演し、司会者達を呆れさせるような発言をしたことがありました。その「自称僧侶」も”僧侶派遣業”所属でした。世の中には様々な僧侶派遣業者が存在しているであろうことを想像させます。

 しかし、このことをよく考えると、現代の人々が「僧侶」に求めているものが端的に現れているようにも思えるのです。

 僧侶は必要な時に必要なことだけやってくれればそれで充分だ。葬儀や法事の時に「有難い」お経を読んでくれればそれ以上のことは必要ない。面倒くさいお寺との付合いはしたくない。そんな声が聞こえて来そうな気がします。

 また、私たちがご門徒と接する機会は葬儀や法事の時が多いのも事実であり、土日や祝日しか”営業”しない「コンビニボーズ」と外見上は区別がつかなくても無理はないでしょう。「コンビニボーズ」は、私たち僧侶のある一面を写し出しているとも思えるのです。

 「仏教は素晴らしい」「浄土真宗のみ教えは素晴らしい」と言いながらも、そのことを充分にご門徒に伝えず、現実社会に切り込んでゆく力を失ってしまったことが、このような状況を生み出したのではと反省させられます。コンビニボーズ、パートボーズを産み出したのは私たち自身なのです。彼らがこれ以上に重宝されるようになり、「本当」の僧侶が必要なくなってしまわないように、私達が襟を正さなければならないのでしょう。今一度足元を見つめ直す機会として今回の記事を受け止めたいと思います。

    藤井 芳弘 



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