コラム 02.09.01



得体の知れぬ不安・・・孤立の現代

   昨日19日の神奈川新聞一面に、神奈川新聞社が行ったアンケートにより、住民票コードの通知で県内の8割以上にあたる24市町村で苦情と要望があったことが報告されている。その苦情の内容は「番号が透けて見える」「数字が縁起が悪い」などで、各自治体は番号の変更を受け付けるなど対応に追われているのだそうだ。「4」や「9」、「42」や「49」が嫌われている。

 この新聞記事から、得体の知れぬ不安と向き合う現代人の姿を感じるのは私だけであろうか。数字の語呂合わせにこだわっているだけじゃないかと・・・大上段から切り捨てることは簡単なことである。しかし、問題は、それによって番号変更がなくなるかといえばなくならないことにある。

 なぜ、なくならないのであろうか。私は、みんなわかった上でもそうせざるをえない思いがそこにあるようにおもえてならない。それは、現代人の心の弱さ、漠とした不安を抱えているという一つの反映と言えるのではないだろうか。大海に浮かぶ小舟のような私が、拠り処を持つことは必要である。現代に限ったことではない。「かなしきかなや道俗の 良時・吉日えらばしめ 天神・地祇をあがめつつ 卜占祭祀つとめとす」と親鸞聖人はうたわれた。親鸞聖人の時代でもそうであったのだ。現代において仏の教えを拠り処としていく意味があるのだ。

         成田智信   2002.9.01



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