法徳寺では、10月9・10日に報恩講をお勤めいたしました。この原稿の依頼メールが届いたのが、丁度、終わってホっとしていた時でした。 もう少し届くのが早かったら、『準備で忙しいので』とお断りが出来たのに(笑)。なんて、タイミングがいいのかなと苦笑い。 前置きはこのぐらいにして、当山の報恩講を終えての感想を踏まえて、報恩講についてご紹介させていただこうと思います。
「報恩講は、親鸞聖人のご苦労を偲び、感謝する法要です。全国の浄土真宗の寺院で、聖人の命日の前後に、行われている浄土真宗で一番大切な行事です。
親鸞聖人は、承安3年(1173)に、この日本にご誕生されました。 聖人により、南無阿弥陀仏の浄土の教えは、その当時の僧俗共に、多大な影響を与えました。 親鸞聖人は、90年間のご生涯、ただ、ひたすら自らが救われた南無阿弥陀仏のみ教えを喜び、その教えを人々に伝えることに、全精力をついやされました。 その間、大変なご苦労、悲しい出来事も数多くございましたが、それを乗り越えられ、八十歳を過ぎて、尚、布教に衰えはありませんでした。 しかし、ついに弘長2年(1262)11月28日(太陽暦では、翌年1月16日)90歳のご生涯を静かに閉じられ、浄土へ往生されました。 その時の様子を『親鸞伝絵』は、『世間の事については、全く口にされず、ただ阿弥陀如来のご恩の深いことばかりを申されておりました。声はといえば、お称名(南無阿弥陀仏)ばかりで、そのほかのことは、全くございませんでした』と伝えています。」
この文章は、今年の門信徒への報恩講の案内に書いたものですが、最初に書いてありますように、「浄土真宗で一番大切な法要」とご案内致します。ですから、毎年、お寺としては、特別な思いがありますし、それだけ報恩講の準備は大変です。
さて、準備万端調えると、やはり気になるのが、今年も沢山お参りして下さるかなということです。なんと言っても、一番大切な行事だし、やはり、主催者としては、参拝者数が一番気になってしまいます。
開式、1時間前から、ちらほら、お参りの方がおみえになりました。 今年は、天気は晴れだし、料理が足らなくなったらどうしようと、ちょっと心配になりましたので、開式15分前に様子を見に本堂に行ってみました。すると「あれ?なんか空いてる」。総代さんも、「今年は、ちょっと少ないね〜、料理だいぶ余りそうだな」とおっしゃっていて、ちょっと焦る私。 昨年は、雨の中でしたが、案外、お参りが多く、頼んだ料理がぎりぎりで焦ってしまいましたので、今年は、数を増やしたのです。
ふと、その時、「報恩講は、浄土真宗で一番大切な法要です」とお寺が思っているだけ?なんて寂しい思いが頭をよぎりました。そのうち、お彼岸・お盆におされ、報恩講の存在感が薄くなってしまうのではなかろうか、一番大切な行事なのに、お参りされる方は、一番少ないのでは困ってしまいます。それこそ、親鸞聖人に申し訳ないことです。
それでも、法要・法話が終わり、お参り頂いた方々に、御膳の前に座っていただくと、法要の間に、数えた人数よりもだいぶ多い。
終わってみたら、毎年お参り下さる常連さんから、「今年も初めて見る方が多かったですね」とお聞きし、ホッといたしました。けれども、少し危機感を持った、今年の報恩講でした。
伊東英幸 2002.10.16
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