最近のニュース コラム
 04.12.01 


「神奈川組仏壮巡拝行脚での発見」



    去る11月1日、神奈川組の仏教壮年会の巡拝行脚で多摩組のお寺を参拝いたしました。
 第1陣は新横浜を8時半に発ち、登戸駅で第2陣の登戸集合組と合流し、多摩組に向けマイクロバス3台を連ね出発しました。

 登戸を出発してわずか10数分で調布市若葉町の目的地に到着。正善寺さんの本堂で開会式を行いました。
 引き続いて西照寺前住職の酒井一真先生から、多摩組の本派寺院の歴史についてお話をいただきました。

 多摩組のお寺は、現在24ヵ寺と2布教所がありますが、江戸時代からの既存寺院は3ヵ寺しかなく、12ヵ寺は都心からの移転寺院であり、その他は昭和以降の都市開教寺院です。
 調布市内の10ヵ寺を含む11ヵ寺は築地からの移転寺院です。
 大正12年9月1日の関東大震災により発生した火災により築地では本願寺を含むすべてのお寺が炎上し灰塵に帰しました。
 そして、復興の土音が聞こえ始めた最中に東京都の都市計画により移転を余儀なくされ、築地本願寺の門前にあった58ヵ寺のうち多くの寺院がそれぞれ大変苦労をしながら都内各地に移転しました。

 若葉町の6ヵ寺も築地からの移転寺院です。
 仏壮のメンバーは、酒井先生の懐かしい江戸弁によるお話に聞き入ったあと、徒歩で6ヵ寺を巡拝しました。
 連日の新潟県中越地震のニュースで地震の恐ろしさや被災者の苦労を見聞きしておりましたので、関東大震災罹災とその後の移転のご苦労を偲びながらの参拝でした。

 見ず知らずの地へお寺がまとまって移転することは、今では思いも寄りませんが、当時築地から移転した寺院は、ほとんどが都内各地に集団で移転しています。
 その理由は、墓地ごと寺が移転してくるのですから受け入れてくれる地主さんは少なく、移転の可能性があると聞くと何ヵ寺かがまとまって移転することになったのだとのことです。
 今でこそ若葉町周辺は家が密集していますが、当時は寂しい所であり、新しいご門徒ができる見通しも立ちません。
 お寺を支えてくださる昔からのご門徒もみな罹災しているのですから、2重3重のハンディを抱え、復興への苦労は並大抵のものではなかったことが想像されます。

 次に訪れたのが、八王子市の延立寺。都心の三田にあったお寺です。
 高度成長の最後期にその地域が地上げに遭い、昭和40年代の後半に八王子の郊外に移転してきました。
 震災戦災を経て、寺の過去の記録となるものは何も無いとのことでした。

 最後は、去年できたばかりの「あきるの本願寺」。
 大きな本堂と会館を備えた充実した設備を持つ築地別院の分院です。
 門徒もなく、教化活動もまったく白紙からはじまったお寺です。
 地理的条件から現在では西多摩霊園を訪れるお墓参りの人だけが対象で、その活動も試行錯誤が続いています。

 この巡拝行脚は、思いも寄らず東京教区の現代史の一面を垣間見る大変有意義な一日となりました。
 多摩組のご住職方や仏教壮年会の役員さんに歓待され、参加者一同大満足の巡拝行脚でした。


                             小林泰善